2017年09月13日

埋もれた江戸

江戸時代 大名屋敷があったところは 再開発の時の 埋蔵文化財調査をしなければなりません。
加賀前田藩があった 東大は 赤門が有名ですが 屋敷跡ということで いろいろな遺構が出ています。

江戸時代、東京大学本郷キャンパス(東京都文京区)には、加賀藩やその支藩である富山藩や大聖寺藩など多くの大名屋敷がありました。
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タイトル   埋もれた江戸
東大の地下の大名屋敷
著者    藤本強/著 
出版者  東京 吉川弘文館
出版年  2017.9
形態事項   313p 19cm
シリーズ名   読みなおす日本史 

内容(「BOOK」データベースより)
東京大学の改築工事の際に、加賀大聖寺藩の上屋敷跡が検出された。何層にも重なる遺構と大量の出土遺物から、焼失・再建の変遷や食器などの時代的推移が判明。近世史を塗り替える成果を、調査の臨場感と併せ紹介する。

東京大学の地下から大聖寺藩の江戸上屋敷の遺構があり 調査を進めると 古九谷 など遺物のの宝庫であった。
陶磁器が語る消費と流通が想像されます。
地下式土坑も残っていたし 木樋や 排水施設も 地下室もみつかった。
池の底から 将軍の「御成」と饗宴の跡があったし その規模の大きさもわかってきました。
しかし 箸や折敷 大量の かわらけ から 数千人〜9000人ほどの 宴だったとわかっているそうですが 大量の食材はどうして調達し どうやって 調理していたのか その費用も 準備も 興味深いです。
「御成」も 「参勤交代」も 大名の力をそぐための 儀式だったのでしょうか・・

杭のあとから 計られる江戸時代の基準尺度。
京間・江戸間・越前間の尺度等 次々と貴重な遺構が出てきました。
しかし 病院建設という 時間との戦いで そのまま埋め戻せという 意見もあったりしました。

何層にもあった遺構。
度重なる 江戸の火災で 燃えたものを埋め立ててしまったらしいです。
掘ってみれば 階段があり 地下室があったり それはもう 江戸を知るには 大切な遺構なのです。
江戸時代というのは すごい時代だったと わかります。
300年にわたる 初期から〜末期の江戸の文化を知ることができ とても 面白い本でした。
少し 専門的で 難しい部分も多々ありましたが それは 他の知識で 補うことができます。
今まで 東大博物館など そして 東大構内をじっくり見学していますから ああ・・・これはあそこか、とか 地理的なことは 解決できましたし 江戸の文化財は いろいろ 見てきましたので 本だけでも 想像がつきました。

江戸間と越前間の 比較も興味深かったです。
加賀藩では当初
越前間(1間6尺3寸≒1.91メートル)を使っていたと・・・
その後の八百屋お七の火災後の建て替えでは江戸間が使われたそうです。
少なくとも 17世紀末期からは 江戸間が 基準尺度になったと思われると書かれていました。

京間は一間が6尺5寸、江戸間あるいは田舎間が6尺です。6尺3寸の越前間あるいは中京間もあります。

現在は団地サイズなんていうのもあって 田舎の6畳間と 都会の6畳間では 広さが見た目でわかるほど違いますね〜
江戸間は 狭い・・・・。
これは 福井の家と比較しても すぐわかります。

文化財や 遺構が好きで あちこち 巡りましたが 歴史散歩も面白いです。

昔を知ることは 今を知る ことにも繋がります。
こういう本もなかなか いいものです。
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posted by うめのはな at 10:07| Comment(0) | 読書

2017年09月12日

捨てる

少し モノを捨てようと思い 粗大ごみセンターに申し込みをしました。
こんかいは 2点だけ。シールを買ってきました。
もっと 捨てたいのだけれど 一度にやると 疲れるのです。

処分したいものは 山ほどあって いらないと言えば みないらない・・・
それだと 非常時には困るので これもとっておこう あれも・・と 思うと結局 捨てられない。
こういうのって 思い切りが必要なんですね〜

代々使ってきた PCが 数台あるのですが これは 専用の事業所に引き取ってもらわないといけません。
ほとんどが ノートPC.
HDDをどうしようか 考え中だけど 障害者支援事業所に電話してとりにきてもらおうかと考えています。
その他 プリンターや VTRのデッキ 外付けHDDなど 周辺機器もひきとってもらえそうです。

整理しなきゃ・・・
モノは いらなくなった時に 捨てるのが一番いいのかも。
貯めると面倒・・・・
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posted by うめのはな at 15:46| Comment(0) | エトセトラ

2017年09月11日

よく学び 遊ぶ

福井県や秋田県の 子供の学力 体力が上位だということです。
福井には お受験の予備校もなかったし そもそも お受験そのものがなかったので こりゃどういうことかな・・なんて思っていました。
みなが 当たり前のように 公立に行きます。
私立は すべりどめ。
ここが 都内とは違うところかも。。。

しかし 子供の学力は全国1位 2位。
社長になっている人も日本一とか。
ここは 詳しくは知らないのですが そうみたいです。

子供の学力。何が違うのか・・・
塾や予備校も行くこともなかったので
宿題が多いです。たぶん他より多い。
毎日の宿題。これは 主に その日の復習。
それに 予習が必要です。
予習していかないと 次の日の授業は おいてけぼりになります。

先生は 予習してきているのがあたりまえで 進みます。
当てます。
漢字の読み書きは もちろん下調べ。
英語は 全文英訳、単語の意味も 文法も予習。
先生は文を読ませ英訳させて 次々当てていく授業でしたから 何もしていないと お手上げです。
たまに その日の朝 写させてもらうようなこともありましたっけ・・・・
この予習 復習が とても効果的だそうです。

予備校など行っている暇もなければ そんなものも近くにはなかったです。

進学は ほとんど 関西。金沢。
東京に出る人はあまりいませんでした。

今はどうだか知りません。

学力だけかと思えば 体力も1位とか・・・
なんでだろうか・・・
その辺は 私にはわかりません。

よく遊び よく学んでいるからかもね・・・。
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posted by うめのはな at 15:24| Comment(0) | エトセトラ

2017年09月10日

ボンボニエール展

今日が 最終日なのですが 皇居東御苑の三の丸尚蔵館で 素敵な展示会がありました。
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「皇室とボンボニエール−その歴史をたどる」
会期. 平成29年7月15日(土)〜9月10日(日)

明治20年代から 皇室の引出物のひとつとして ボンボニエールと呼ばれる小さな菓子器が採り入れられました。
手のひらに乗るくらいの小さなものですが 慶事にふさわしく 趣向をこらした工芸品です。
デザインに工夫を凝らして銀や漆,陶磁などの材質を生かしたボンボニエール。
日本の伝統工芸の技をいかした 小さな世界。
日本の工芸の歴史の深さを感じます。
旧秩父宮家や旧高松宮家から まとまった数の寄贈があり 近代皇室のボンボニエールの有様があきらかになったということで 今回まとまった数の展示となりました。

どれも 小さな世界ではありますが 伝統工芸の緻密な技をいかしたもので、あっと驚くようなものもあります。
この ボンボニエールの中に入っているのが 金平糖。
そりゃ 皇室の引きでものだと 食べてしまうのも もったいない。
か・・どうかは 知りませんが 日持ちのする金平糖を入れたそうです。

伝統的製法でつくる 金平糖は 高熱で焼き固めることから保存性が良く、湿気さえ気を付ければ20-30年経っても味が変わらないとさえいわれています。
非常用の乾パンなどにも入っていますね。

金平糖といえば 子供の頃よく食べたので 駄菓子かと思っておりましたが とんでもない。
つくるのに 2週間ほどかかる手の込んだお菓子だそうです。

金平糖は1546年、ポルトガルからもたらされたお菓子の中でも 「高貴なお菓子」として珍重されました。
皇室にふさわしいお菓子なのですね。

創業、弘化四年(1847)の日本で唯一の“金平糖専門店”は この伝統的製法でつくっているそうで 予約待ち1年ともいわれているそうです。

ボンボニエールと同じく 奥の深いものなのですね。
posted by うめのはな at 08:31| Comment(0) | 千代田区

2017年09月09日

努力

このごろ 15歳くらいの若い人が スポーツでもなんでも頑張っています。
将棋もそうですし水泳 スケートや 卓球。スノーボードも優勝しましたし 世代交代の時期なのかなぁ〜と。
でも よく話を聞けば そういう子は 3歳くらいのときから 目標に向かって努力しているのです。
練習もそうだけど じぶんで学ぶ 工夫する そういうことの積み重ねでしょう。
卓球の 愛ちゃんも 3歳くらいのときから泣きながら練習していた姿 ありましたね〜
遊びたいときにも まずは 練習。
いきなり できるわけじゃないと思います。
そこそこまでは 素質があってできる子はいますが その先はやはり 努力です。
日本の代表になるような子は 日々の練習量も違うし 覚悟が違うのでしょう。

野球の松井選手のお父さんが 
「天才とは 努力できること」って 言ったそうで 松井さんは 常に努力してきたそうです。
日々の積み重ねが大切ってことでしょうね。

何事も 人並み以上の努力が大切ってことでしょうね。
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posted by うめのはな at 08:45| Comment(0) | エトセトラ

2017年09月08日

元気で長生き

現在のところに住んで もう11年になります。
8年位前に 引っ越してきた 真上の人は 当時 70代の夫婦 だと言っていました。
郊外の 戸建を処分して 便利な都心に出てきたそうです。
越してきた当初は 戸建の感覚で住んでいたらしく 下の住人としては いらだつことが 多々ありました。
ベランダ の手すりに 高層階にもかかわらず 布団を干す。それも 階下に めいっぱい垂らして 干すし(うちは どうなってもいいんかい!)取り込むときは パンパンはたく・・・これ ほこり と騒音で 大変なんです。
管理人にいおうかと思っていたら 先に 隣の人が 直接言いに行ったらしいです。
手すりに布団干しは禁止なんです。

年よりだから 早朝5時前から がたがた ベランダでなにかやりだす。
日曜大工か なにかしらないけれど 電気ドリルだの トンカチだので 音をたてる。
孫がくれば 走り回る 飛び降りるの 大騒ぎでした。
うちは他より 天井高もあって二重天井の 厚みのあるつくりなんですが。
それでも やはりダメージはありました。

迷惑このうえなかったのです。

マンション暮らしに慣れてきたのか 注意を受けたのかは知りませんがだんだん 非常識なことはしなくなりました。
時々 顔合わせるのですが 「こいつが 下のやつか・・」みたいに ガン飛ばしてます。

でも 考えてみれば もう8年なのだから そろそろ80歳ですよね〜
それにしては 元気で 若い感じがします。
最近の 年寄りって 昔の年よりとは違って 元気ですよね〜
え〜!って 思うくらい 若々しいです。
それに よく動く。
私なんか ほとんど動かないから ダメかも。。。。

上の住人も 元気いっぱいです。
80近く には見えません。
お元気で 何よりです。

うち は 外国人もいるし 単身者 家族者 いろいろ住んでいるらしいのですがよく知りません。
年よりもいれば 赤ちゃんも 子供も多いし(子供会はあるみたい)
考えてみれば 大きなマンションって ひとつの大きな町内会みたいなのに 顔あわせることもないって 不思議な世界ですね。
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posted by うめのはな at 10:39| Comment(0) | エトセトラ

2017年09月07日

山頂

山登りの話をしましたが 山頂というのは とにかく気持ちがいいのです。
お花畑や雪渓をみながら 登ったり。
途中もいろいろ楽しいです。
そりゃぁ ガレ場も 鎖場 も急こう配もあって それなりに 山登りしてるって 感じる場所はありますが 基本的に初心者が上る 山でしたので・・・楽しみのほうが多かったです。

360度見渡せて 達成感があって 景色もよくて これは 登った人じゃないとわからない。

そんなわけで バカは高いところが好きといいますが スキー場に行っても 山頂まで行くのです。
福島 会津高原 たかつえスキー場は 何度も行って 定宿に4~5日は滞在するという なじみのスキー場でした。
(スキー道具は 処分してしまい 今は 行っていません)
ここのスキー場は リフトやゴンドラを5つ6つ乗り継げば初心者でも 山頂に行けるのです。
それ以上 高いところがなくて 空が近くて すばらしいところです。
山頂は 1700mほど ゲレンデが 1000mほどですので 標高差700mを 滑り降りることができます。
林間コースがあって くねくねとした 登山道みたいな道をすべってゲレンデまで下ります。
けっこう 緩やかで (でも片側は崖ですが・・・)
気持ちのいいコースで 行けば必ず この4〜5kmを滑り降りました。
林間コースから ひろぉ〜〜い ゲレンデにたどりついたときは これまた世界が広がったようになり 一気にスピードを出し滑り降ります。
初心者ゲレンデでは 慎重に 人をよけながら。。
こんな感じで とても楽しいのでした。

早朝 だれも滑っていない コースをショートカットして下のコースまで ゲレンデの崖を 滑り降りたこともあります。
腕前は 中級の下くらいだろうと 思っています。
それほど うまいわけじゃないです。

長野県や 栃木県など 他のスキー場でも たいてい 山頂に行ければ 行きました。
でも たかつえほど 気に入った 山頂コースはなかったです。

私は 今は 山もスキーもやりません。
なんでも できるうちにやっておくのがいいです。
あとで・・・そのうち・・と思ってもなかなかできなくなります。
山登りも スキーも 今は いい思い出になりました。
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posted by うめのはな at 11:09| Comment(0) | エトセトラ

2017年09月06日

山登り

山の本を読んだ。
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SOLO
著者  笹本稜平/著 
出版者東京 祥伝社
出版年2017.8

「孤高のクライマー・奈良原和志。
アルピニズムの極北を目指し、ヒマラヤ屈指のビッグウォール、
ローツェ南壁に挑む! 」
小説です。
たった一人で 8000mの山に挑戦する 一人の日本人の話。

ネパールの 商業登山の様子 や どんなふうにして 頂上を目指すのかが よくわかりました。
ベースキャンプをつくり そこから 登るというような基本的なことも含めて なかなか興味深かったです。

もう 今は山登りはしませんが 昔は お散歩程度の山登りしました。

立山・雄山 これは3003m。(頂上の神社にお参り)
乗鞍岳 3026m(夏でも雪渓で ヒンヤリ)
箱根 明神ヶ岳 1169m(笹のブッシュを漕いで 行きました)
三つ峠 1785m(ここからの富士山は きれいです)
丹沢・大山 1252m(低いけど 険しい山)
那須 茶臼山 1915m(何度も登りました)
その他 もろもろ 蔵王だ筑波山だ 高尾山だの ハイキング程度の山。

やはり 立山が一番 きつかったかもね。。。。
頂上付近は ほとんどはいつくばってでした。
ああ・・・大山も意外と 大変な箇所あったように思います。

よく 登ったなぁ〜って 思いますが そのころは 登ることが目的でしたので 達成感を味わうためだけだったでしょうね。
本格的な登山はしたことがないし したいとも思いませんでした。
どんな 簡単な山でも 水 食料 防寒具など それぞれリュックにいれて 備えありで 登りました。

この頃 サンダルで 半袖で ちょいとそこまで・・って 登ったりする人がいるって 報道でありましたけど
甘く見るなよ〜〜って 感じです。

今は もう 階段のぼるのさえ 坂道あるくのさえ いや!!
です。
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posted by うめのはな at 14:49| Comment(2) | 読書

2017年09月05日

酸蝕菌

「虫歯より 怖い 酸蝕歯」という記事を見ました。

要するに 酸で歯がとけるという話です。
「歯は酸に弱いが、唾液が酸を洗い流して中和するため、通常は大きな問題は起きない。」
でも 胃が悪くて 胃酸がしょっちゅうあがってきたり 嘔吐を繰り返すと 歯も融けます。
酸蝕歯の重症例の多くは「胃酸が原因」
だそうです。

日常生活でも ワイン、炭酸飲料、栄養ドリンク、かんきつ類、ドレッシング酸などは リスクがあるとのこと。
酸蝕歯を防ぐには、歯を酸に長時間さらさないことが 大切で ダラダラ食べたり ちびちびのみは よくないそうです。

健康のため 黒酢の原液を朝晩飲んでいたり グレープフルーツを1日 2玉たべていたりする人も ダメージが大きいそうです。
スポーツドリンクののみすぎも よくないとのこと。

防ぐには 食後 30分ほどに 口の中 歯をきれいにすることだとか・・・

{「コップ1杯の水に小さじ1の重曹をよく溶かした重曹水をブクブクと口に含む」うがいを勧める。
重曹がない時は水やお茶で口をすすぐ。中和はできないが、酸を洗い流すだけでも予防につながる。}
って書いてありました。

ごしごし磨きすぎも 歯を痛めるので やわらかいブラシで きれいにするのがいいそうです。
虫歯リスクのある人は 石灰化を促すフッ素入りがいいらしい。

それなら 食後 液体歯磨きでもいいかな〜
posted by うめのはな at 08:49| Comment(0) | エトセトラ

2017年09月04日

自動車

車のドライブレコーダーのバッテリーが 発火とか。

車の中って 炎天下の駐車で 物凄くあつくなるのですが 置き忘れたら危ないものは 人はもちろんのこと 電池のおもちゃや ライター スプレー缶なども危ないですね。PCもダメですね〜

車の中に置いておいたら よくないものって いろいろありそうです。

誰かが 炎天下の車の中に 布団を入れておくと ダニ退治になるって 言っていました。
それもそうかもね〜
私は 昔よく 車の屋根の上で干しました。中でもいいんだ・・・

最近 車は乗らないのですが たまに乗ると怖いかな。
もちろん 人に乗せてもらってですけど。

自分がいくら注意していても 事故は起こるし 運転手に命預けていますって感じです。
よく こんなので長時間 高速を走ったと 思い出しただけで恐怖です。
トラックにぶつけられたら ぺしゃんこだものね〜
ちょっと間違えれば 人殺しになったりもして・・・・
毎日 車にのるって 危険と隣り合わせで
すれすれのところで 生きているって感じです。

と まぁ これは あくまでも個人的な 感覚です。
車社会にいれば そういうことは ぜんぜん思わず 当たり前のように 車に乗るのです。
長年 車に乗っていて もう長い間車から 離れたからこそ そう思うだけです。

親戚に 車の乗せていってあげるから 田舎に一緒に行こう。。。って言われても
今なら いい新幹線で行く って 言いますね〜
それくらい 長時間の車は 疲れるし 怖いです。

ちょこっとタクシーに乗るくらいなら いいんだけど
バスがあれば やはり バスにするかも。

車が生活の一部になっていた時は ひやりも 何度かありましたし
今思えば かなり怖いときもありました。

こう恐怖症になると
運転免許証も ペーパーのゴールドだし
返納してもいいかもね。
タグ:エトセトラ
posted by うめのはな at 13:28| Comment(0) | エトセトラ