2017年06月12日

高知よさこい情報交流館

7日の開幕から札幌市内18会場で競演した 「第26回YOSAKOIソーラン祭り」が11日、市中心部の大通公園で閉幕
という ニュースを見ました。
今や よさこい祭りは全国的ですが よさこい と言えば やはり 高知ですかね〜
yskikot (5).jpg高知よさこい情報交流館  高知県高知市はりまや町1丁目10
外観は、よさこい祭りには欠かすことのできない地方車(じかたしゃ)がモチーフ。
yskikot (6).jpg
昭和29年に生まれた高知の「よさこい祭り」の歴史や魅力を紹介
yskikot (9).jpg
館内は、歴史と知識のエリア「よさこいサークル」と、進化と体験のエリア「よさこいスクエア」で構成。
yskikot (15).jpg
流し踊りに欠かせないのが、チームを先導する地方車です。
華やかに飾り付けられたトラックが、踊りの楽曲を流しながら進み 地方車の上では、威勢のいい掛け声を上げてチームを鼓舞し、歌います。
yskikot (17).jpg
150インチの大型スクリーンでよさこいの歴史を紹介する「よさこいシアター」,鳴子を持って踊れる「よさこい体感コーナー」もあります。
入館 無料です。
タグ:観光
posted by うめのはな at 08:11| Comment(0) | 都外

2017年06月06日

高知 ひろめ市場

拘置にはひろめ市場という 名の市場があります。
ひろめ・・って変わった名前の由来は なんだ?
かってここ付近に 土佐藩の家老であった深尾弘人蕃顕(ひろめ・しげあき)の屋敷があったことによるものだそうです。
親しみを込めて 「弘人屋敷(ひろめやしき)」と言われていたことから 「ひろめ市場」となりました。
hrmicb (9).jpg
ひろめ市場は高知市帯屋町2丁目にある、集合型の屋台村
hrmicb (1).jpg
ひろめ市場の中は「お城下広場」や「龍馬通り」など7ブロックからなり,鮮魚店や精肉店,雑貨・洋服屋,飲食店など,個性的なお店が集まっています。
hrmicb (2).jpg
市場内にテーブルと椅子が並べられていて,それぞれ自分の好きなものを,好きなお店で買ってきて,持ち寄って食べるスタイルとなってます。
hrmicb (6).jpg
昼間から地元客と観光客が入り乱れて酒を酌み交わす場なのでしょう。
hrmicb (7).jpg
カツオの藁焼なんかもやってます。豪快!
hrmicb (3).jpg
日曜日は、北口側で日曜市が開催されます。
hrmicb (4).jpg
土佐刃物や 木製品など地場産業の品が並びます。
毎週 お祭りみたいで 楽しそう!

こういう地元に密着した 市場があるのはいいですね〜
築地場外市場もそうですし 金沢近江町市場なんかもそうですね。
古くは アメ横なんかも 庶民の市場だったのでしょう。
古き よきもの 残していきたいですね。
タグ:観光
posted by うめのはな at 08:25| Comment(0) | 都外

2017年06月01日

高知 ごめん電車

高知には 路面電車が走っています。
kochdnsy (1).jpg
後免線(ごめんせん)は、高知県南国市の後免町と同県高知市のはりまや橋を結ぶ、とさでん交通の軌道路線です。
kochdnsy (2).jpg
はりまや橋から40分ほどで「ごめん駅」まで行けます。
kochdnsy (3).jpg
ごめん と謝っているわけではありません。
土佐電 「ごめん・なはり線」の起点が「後免駅」でその隣が「ありがとう駅」です、本当は「後免町駅」ですが、この駅の愛称を漫画家のやなせたかし氏の発案で「ありがとう駅」にしたというものです。
面白いですね〜

kochdnsy (4).jpg
「ごめん」には謝罪の意味だけではなく 「天下御免」の意味もあって 龍馬のふるさと高知の大通りの中央を天下御免の電車が走っているのはなんとも 痛快な気がします。

土佐電気鉄道株式会社「後免線」は 現在 新会社とさでん交通による運行になっています。
タグ:観光
posted by うめのはな at 08:32| Comment(0) | 都外

2017年05月31日

高知県 桂浜

土佐日記の紀貫之は 現在の高知県南国市あたりから 出発し 船に乗り 1週間後くらいには高知県浦戸付近に到着しています。
浦戸は 有名な桂浜のある場所です。
ktrhm (5).jpg
高知県高知市浦戸桂浜
ktrhama (1).jpg
月の名所は桂浜 とよさこい節でも唄われています。
ktrhama (3).jpg
一帯は都市公園として整備されています。
ktrhama (2).jpg
高知県を代表する景勝地の一つで 浦戸湾口、龍頭[りゅうず]岬と龍王岬の間に弓状に広がる海岸です。
ktrhm (4).jpg
太平洋を望む 桂浜。
紀貫之も船から この景色を眺めながめていたのでしょうか・・
ktrsryum.JPG
竜頭岬の小高い丘の上から 太平洋を眺める 龍馬像。

タグ:観光
posted by うめのはな at 08:45| Comment(0) | 都外

2017年05月27日

はりまや橋

4月にペギー葉山さんが83歳で 亡くなられました。
ペギー葉山さんといえば 何と言っても 南国土佐を後にして の歌でしょうか。。。。
その はりまや橋です。
hrmybsi (2).jpg
大きな橋の向こうの赤い橋が はりまや橋です。
hrmyb (1).jpg
《はりまや橋》
札幌時計台(北海道)オランダ坂(長崎)と並び「観光三大ガッカリ名所」と言われています。
hrmyb (2).jpg
はりまや橋は「南国土佐を後にして」のヒットが人気になったのですが もともとは観光地としての名所ではなかったようです。
hrmybsi (4).jpg
からくり時計  高知市はりまや町1丁目
hrmybsi (1).jpg
1時間おきによさこい節の音楽に合わせて,からくり時計の上から高知城,下にはよさこいの踊り子人形,右にはりまや橋,左に桂浜が現れます。午前9時から午後9時まで。
これは なかなか 面白いですね。
タグ:観光
posted by うめのはな at 11:24| Comment(0) | 都外

2017年05月26日

高知駅前

わけあって 高知駅。
kochst (4).jpg
高知といえば あの人・・・
kochist.jpg
駅前に 並んでいるのは そうです あのひとたち。
kochst (1).jpg
JR高知駅前の武市半平太 坂本龍馬 中岡慎太郎の3人の志士像
設置場所:JR高知駅前
設置時期:平成23年(2011)
この像は大型台風が来ると一時避難するという、全国でも珍しい不思議な像なのです。
内部が発泡スチロールで表面を強化ウレタンで覆っているという像。
しかし 400kgあるというから そうそう 台風では飛ばないと思うのですが 不安定な感じもしますので 安全のため大型台風で避難するのでしょうか・・・
kochst (2).jpg
高知と言えば アンパンマンの生みの親・やなせたかし氏の出身地です。
kochst (3).jpg
通りにはアンパンマンのキャラクターの石像が並んでいます。
タグ:観光
posted by うめのはな at 08:40| Comment(0) | 都外

2017年05月22日

海老名SA

以前 神奈川県の海老名市に住んでいたことがあるのですが・・・
そのころは 東名海老名サービスエリアも 普通のSAでしたが 最近はわざわざ立ち寄るべきSAで人気だそうです。
ebns (3).jpg
車に乗っていたときも 東京料金所から25kmと 近く 休憩はもっぱら 足柄SAでしたので あまり立ち寄ったことはありません。
今は 人気なんですって!
3〜4年前 一度立ち寄ったことがありますが 下りは 東京土産から 横浜土産 なんでもそろっていて ここでお土産買えました。おいしい パンの店もあって 混んでいましたっけ・・・・
ebns (2).jpg
フードコートも充実していますね。

これ 上りなんですが 下りと上りの違いがあって・・・
下りでは 買い損ねた お土産など買うことができるのですが 
東京に向かう上りには 帰宅してもすぐ買い物しなくてすむようにか スーパーがあるのです。
これ とっても便利ですね。
何がいやかというと 疲れて帰宅したのに 食料なくて 買い物にいかなきゃならないってことです。
うん これは いいアイディアです。
ebns (1).jpg
これは 本高速道路(NEXCO中日本)のオリジナルキャラクター みちまる くん。

海老名SA 高速からだけではなく 人は出入りできたと思いますが 今はどうなんでしょうか。
もし 今もできるなら 地元の人は 買い物するだけでも いいかもね。
タグ:エトセトラ
posted by うめのはな at 09:42| Comment(0) | 都外

2017年05月07日

北陸新幹線 かがやき

北陸新幹線金沢駅舎の待合室には、30品目236点の伝統的工芸品が壁面に納められています。
前田綱紀が残した「百工比照」にちなんで「百工の間」と名付けたそうです。
knzwkgyk (1).jpg
ホーム待合室 壁
knzwkgyk (2).jpg
加賀藩5代藩主・前田綱紀は、工芸技術の育成に努め、各種伝統工芸の意匠、技法等の実物見本や雛形を集成し、分類
整理して箱に収めた「百工比照」という資料を残しました。
全部 みたいけど みれないので 目の前のものだけ パチリ。
knzwkgyk (5).jpg
かがやき510号に乗りました。特急券です。
knzwkgyk (3).jpg
初めて乗りました。
一番先に乗って パチリ。
knzwkgyk (6).jpg
実は指定席は 満席でした。

knzwkgyk (4).jpg
東海道新幹線と座席が違う・・・・
頭の枕部分。
これ 少しずれるのですが どうやっても体に合いません。
邪魔で 不必要です。
タグ:観光
posted by うめのはな at 06:00| Comment(0) | 都外

2017年05月06日

加賀ちりめん細工

金沢と言えば 加賀友禅 ちりめん が有名です。
百番街を ぶらぶら歩いていて 加賀縮緬の小物の店が けっこうあることに気が付きます。
その中の ひとつに 可愛い小物の店があり 入りました。
一目で 気に入ったのが これ!!
knzwcrmn (4).jpg
小さなポーチ。
いろいろなバージョンがありましたが 色と言い 表情といい これが気に入り買い求めました。
knzwcrmn (1).jpg
加賀ちりめん細工の うさぎ雛を 2年ほど前 東京の三越で買い求めたことがあって それ以来お気に入りでした。
knzwcrmn (2).jpg
ちりめんうさぎストラップ。
knzwcrmn (3).jpg
加賀友禅のはぎれで作っているので いろいろな模様色バージョンがありましたが この子に決めました。
東京に 連れて帰って 現在はお土産になって 高知 にいます。(笑)
posted by うめのはな at 06:00| Comment(2) | 都外

2017年05月05日

金沢 土産

金沢駅で1時間半ほど 時間をとったのですが 町中に行く時間もないので 駅ナカでお買い物です。
knzwmyg (7).jpg
金沢駅コンコースに設置されているC58の動輪 です。
C58140の動輪。 直径1520mm. 
1939年(昭和14年)に製造され、戦後は七尾機関区配置で、七尾線の旅客輸送で活躍していた と説明書きがありました。
急行「ふるさと列車 おくのと号」として親しまれていたが、1973年(昭和48年)9月30日に惜しまれながらさよなら運転が行われたそうです。
金沢駅 百番街でお土産を買いました。
knzwmyg (1).jpg
金沢駅のショッピングモール金沢百番街あんとに“加藤晧陽堂”があります。
桜餡を求肥で包んだ羽二重巻 さくら「心もち」です。
knzwmyg (6).jpg
すこし厚めの「羽二重餅」と白味噌餡。
季節がら さくら 心もち ですが 普通は白いお餅の真ん中に金箔が一枚添えてあるそうです。
仙台全国菓子博覧会で「名誉総裁賞」をもらっているお菓子です。
knzwmyg (2).jpg
富山吟撰堂 白エビせんべい
50年以上煎餅を焼き続けてきた職人の技だそうです。
knzwmyg (5).jpg
「生地は馬鈴薯で、白えび(60%)と良質のえびをブレンドして練り込み、低温でじっくり素焼きし、風味を閉じ込めました。 さらに富山のうるち米を上塗りしてパリッとした食感と口どけ感を重視した本格的お煎餅です。」説明書きより
塩とエビの味が 口の中に広がりました。
knzwmyg (3).jpg
つい・・買ってしまったのが のどぐろ味噌汁。
アカムツは口の中が黒いことから、日本海側では「のどぐろ」と呼ばれる魚です。
生味噌とわかめと・・お湯で溶かすだけの味噌汁ですが のどぐろのダシが効いていました。

この 百番街はお店がたくさんで 金沢の名物ばかりで あれもこれも 欲しくなってしまいました。
タグ:観光
posted by うめのはな at 06:00| Comment(0) | 都外

2017年05月04日

九谷焼 陶板壁画

金沢駅西口にある陶板レリーフです。
hyryo.JPG
駅ビルの壁なのですが大きくて正面から 全体像がうまく写せません。
knzwsnsi (4).jpg
横からこんな感じ。
九谷焼の陶板レリーフで 松本佐一氏による「百花繚乱」というタイトルの壁画です。
作者は1847年からつづく九谷焼の名門・松屋窯の4代目陶芸家,松本佐一氏。
knzwsnsi (3).jpg
地元の工芸品である九谷焼の陶板を使い 「城下町金沢の風土を、四季の花をあしらい豪華なうちにも重厚な美しさを保つ杜の都」を表現しているそうです。
knzwsnsi (2).jpg
蓮,桔梗,あじさい,水仙,かきつばた,椿などの金沢の四季折々の花と,兼六園のシンボルである二本脚の徽軫灯籠(こ
とじとうろう)があしらわれている。1988年制作
knzwsnsi (1).jpg
大樋焼 「日月の煌き」 (完成予想図)  文化勲章受章者・日本芸術院会員 十代 大樋 長左衛門
駅の中心部、みどりの窓口向かいの通路にも 幅8m、高さ4mのスペースに陶壁が飾られています。
タグ:観光
posted by うめのはな at 06:00| Comment(0) | 都外

2017年05月03日

金沢駅西口

金沢駅東口にある噴水です。
knzasts (1).jpg
陶磁器かな?詳細はわかりません。
IMGP5754.JPG
辰巳用水という金沢を支えていた用水から水を引いているそうです。
knzasts (2).jpg
JR金沢駅東口広場にある、時刻や文字が交互に表示される噴水
CNNの世界の噴水ベスト15に選ばれた水時計です。
噴水で時刻やWELCOMEやKANAZAWAなど 歓迎メッセージも表示されます。
knzasts (3).jpg
JR金沢駅の西口の出入り口付近にある郵便ポストです。
陶器製の加賀人形「郵太郎」が乗った大理石製特殊ポスト。
加賀人形は伝統工芸品です。獅子頭を持った男児の人形は加賀人形の特徴。
加賀人形は桐塑(とうそ)製だそうですがこちらは陶器製。
knzasts (5).jpg
金沢駅西口 キャノピー(大屋根)
金沢駅東口の「もてなしドーム」とはひと味違った大きな屋根ですが トラス構造でこちらもいい感じです。
knpk.JPG
24メートル四方の屋根で高さは7メートル最高部は12.4メートル
板張りの天井では金沢の「金箔」が貼られています。
knzasts (4).jpg
金沢駅西口バスターミナル入口にそびえ立つ高さ20mのモニュメント。
ステンレス製で金属造形作家の蓮田修吾郎氏の作品。
金沢の「カ」と「ナ」を組み合せたデザインだそうです。

西口広場のコンセプトは「水と緑と空」だそうです。
人がいないのが気になるところですが ターミナル反対側には団体バスの乗降場もあり、観光ツアー、各種送迎バス、臨時バスは、主に西口からの発着となるとのことです。
タグ:観光
posted by うめのはな at 06:00| Comment(0) | 都外

2017年05月02日

金沢おもてなしドーム 鼓門

いつもは 東京ー芦原温泉を 東海道新幹線で往復するのだけれど北陸新幹線ができて乗ってみたいということもあり 帰りは金沢経由にしました。
調べてみると 往復別々に乗車券を買うより 東京〜東京の切符を買うほうが 断然お得だとわかりました。
みどりの窓口で 経由のメモを渡し 切符を買いました。
knzaek (1).jpg
7日間有効で12960円。
例えば 東京〜米原経由 芦原温泉は 8960円
芦原温泉〜金沢経由 東京は 8210円
乗車券の値段ですが この切符はずいぶんお得なのです。
おまけに途中下車何度も OKです。
knzaek (2).jpg
行きは あらかじめ指定席の予約をとりましたが 帰りは当日 芦原温泉駅で 指定券を買いました。
指定じゃなくても 自由席に座れるほど ガラガラで 駅の人もまばらです。。。。
knzaek (3).jpg
芦原温泉駅から 金沢まで 途中 加賀温泉駅に停車するだけなので 特急サンダーバードで 35分くらいです。
まわりに人がいない座席でのんびり 白山など眺めているうち 金沢に到着です。
knzaek (5).jpg
JR金沢駅東口 金沢もてなしドーム 鼓門
2005年竣工。建築家の白江 龍三氏が設計
能や素囃子で用いられる「鼓(つづみ)」をモチーフにしています。

金沢は よく遊びに来ましたし 街中も兼六園も何度も行ったことはありますが 金沢駅が新しくなってからは 初めてなので 北陸新幹線に乗り換えるまで 1時間半ほど 時間をあけました。
駅の外に出て 見学です。
knzaek (7).jpg
駅から出ると まず目に入るのがこの 金沢もてなしドーム 鼓門です。
金沢駅は わかりやすい駅であるし 世界で最も美しい駅14選の6位に選出されています。
巨大なガラスのドーム(もてなしドーム)と鼓門(つづみもん)は 「駅を降りた人に傘を差し出す、もてなしの心」が表現されています。
knzaek (6).jpg
東口広場をおおう、もてなしドームはアルミ合金製の骨組みに強化ガラスを組みあわせた大きな屋根です。
「工事期間7年間、総工費172億円」だそうです。
もてなしドームの地下部分は地下広場になっています。

鉄骨とガラスの屋根をみて 既視感が・・・
kyotst.jpg
こちらは 原広司さん設計の京都駅です。
tkykfrm.jpg
東京国際フォーラム ガラス棟 
設計者は建築家のラファエル・ヴィニオリ氏
kitenn.jpg
東京丸の内 KITTEアトリウム
そういえば 東京芸術劇場のホールに上がる エスカレーターのあるところのトラス状の天井もガラス屋根だったような・・・
ガラス屋根 時々見かけますが 流行りなんですかね・・・
タグ:観光
posted by うめのはな at 06:00| Comment(0) | 都外

2017年04月28日

東尋坊

海岸沿いを車で走ると 東尋坊への入口の近くで ポツンと建つ まわりとは異質な建物を見かけました。
となりの空き地に 車を止めてこの建物をみることにしました。
tojnbo (5).jpg
内田惣右衛門記念館    福井県坂井市三国町安島
門が閉じられて 開館していませんでした。
tojnbo (6).jpg
自然豊かな まわりにそぐわない ド派手な洋風建築でちょっとしたショックを受けました。
バロック様式の洋館の前に 菱垣廻船と銅像  仏像みたいなものやら 置かれていて それも新しく作ったものばかりで 調和がないというか・・・・成金趣味にしか見えませんでした。
tojnbo (4).jpg
調べてみると 内田家は江戸時代に北前船の海運業で福井藩を潤した三国の代表的な廻船問屋で、飢饉のたびに出費をして町の窮民救済に貢献したとか・・・
この記念館が いつ建ったのかは知りませんが 華美を嫌う惣右衛門の意を重んじて、現在の当主によって閉館となっているそうです。なるほど そういうことですか。。。。
tojnbo (8).jpg
東尋坊です。
tojnbo (1).jpg
ちょっと見物していきましょうか・・・
手前の手すりは 観光船乗り場への階段。
tojnbo (2).jpg
雄島が見えます。
tojnbo (3).jpg
子供の頃は もっとすごく感じたのですが 観光化されて 歩きやすくなっていたり岩場近くまで 店があったりして 怖いという感じは薄れました。
いいのか 悪いのか・・・・どうでしょ?
タグ:観光 福井
posted by うめのはな at 06:00| Comment(0) | 都外

2017年04月27日

丸岡藩 砲台跡

福井県坂井市三国町の梶にある丸岡藩砲台跡に行きました。
梶台場(かじだいば)ともいう。国の史跡に指定されています。
mrokhodi (1).jpg
駐車場に車を止めて 松林を海岸のほうに下りていきます。
せっかくの説明板の文字が 見えない・・・
人もいなかったし あまり訪れる人はいないのだろうか。。。
mknkj (1).jpg
駐車場から松林を下ると 海が見えます。
ほぉ〜っと いう瞬間です。
mrokhodi (2).jpg
もう少し下ると 松の間に それらしきものが見えました。
mrokhodi (3).jpg
幕末の嘉永5年(1852年)、丸岡藩の砲術家栗原源左衛門によって作られた砲台の跡。
欧米列強が鎖国下の日本に来航し、開国を迫っていた頃、江戸幕府から全国諸藩に海岸を警備するよう命があり、1852年丸岡藩が建設した砲台跡です。
ペリー率いるアメリカ艦隊が浦賀に来航する前年のことです。
mrokhodi (4).jpg
当時の形をよくとどめていることは全国的にみても大変稀であり、国の指定史跡になっています。
丸岡藩では後に藩主・有馬道純自らが西洋流砲術家の江川太郎左衛門に入門している。また藩士も大野藩の学問所「洋学館」に砲術修業のため入学している。
mrokhodi (5).jpg
弓状に築かれた土塁には5ヶ所の砲眼といわれる大砲を備える窪みが設けられています。
高さ1.8m、長さ33mの石垣でつくられた胸墻に5つの砲眼を設けている。
組まれた岩の下部に文字が彫られ、嘉永五年(1852)2月、高島秋帆の門人と伝えられる栗原源左衛門の設計で築造と書かれています。
mknkj (2).jpg
砲台は、丸岡藩が沿岸警備のために坂井市三国町梶の東方に突出した海岸部に建設したもので 景色がいいです。
mknkj (3).jpg
右手には浜地・波松そして石川へと続く海岸線がみえます。
mknkj (4).jpg
左は越前松島方面です。
砲台跡を見に来る人はいないのか わからないですが 人がいない・・・
ろくな説明板もなく 案内もないし 景色はいいのに忘れられた場所 という感じです。
mknkj (5).jpg
目の前に広がる 日本海。
今も昔も警備の要でしょう。
昨今の脅威はありますが この時は 波穏やかな豊饒の日本海が広がっていました。

下りた分だけ 戻りは上って・・・一苦労しました。
タグ:歴史 観光 福井
posted by うめのはな at 06:00| Comment(0) | 都外

2017年04月26日

霞ヶ城公園 

1979年に築城400年を記念して、整備され造られた日本庭園式の霞ケ城公園(丸岡城公園)は 歴史的・文化的資源を有効に活用している公園として、「日本の歴史公園百選」に選ばれています。
mroksirop (1).jpg
眺望もよく 春は桜とともに楽しめます。
mroksirop (2).jpg
丸岡城を取り囲む内堀は明治時代には埋め立てられ、道路になっていますが外堀は用水路となり、今も町のあちこちにその面影が残っています。
mroksirop (3).jpg
春は桜やみどり、秋は紅葉が美しいです。
mroksirop (4).jpg
公園内には 明治・大正期に活躍した郷土の偉人や名士の碑などがあります。
これは お地蔵さまらしき祠。
mroksirop (5).jpg
天守台を取り囲む桜とともに 道を下って行きます。
mroksirop (6).jpg
桜がきれいです。
mrokjyolst.jpg
振り向けば 花の霞に浮立つ古城かな・・・

城はいろいろ見てきましたが やはり本物の木造の古城は 長い歴史の重さとともに何か胸に迫るものがありました。
posted by うめのはな at 06:00| Comment(0) | 都外

2017年04月25日

丸岡城 雲の井龍神

丸岡城天守台のまわりは 見晴らしのいい高台です。
mrokryujn (1).jpg
天守台の下にある 一筆啓上 の石碑です。
mrokryujn (6).jpg
一筆啓上石碑
「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥せ」徳川家康の家臣本多作左衛門重次が陣中から妻に宛てて送った手紙として有名です。「お仙」とは後の丸岡城主本多成重(初代丸岡藩主 幼名:仙千代)のことです。この石碑が縁で、日本一短い手紙文の一筆啓上賞の起こりとなりました。
mrokryujn (2).jpg
丸岡城八幡神社
祭神:誉田別命・息長帯姫命・比盗_
本社は丸岡城内鎮守社として築城以来此の地に奉斉せられたもので古図にも明示される処である。
mrokryujn (3).jpg
築城以来この地にあった城の鎮守社です。
明治の廃藩後城郭の荒廃に伴い自然社も衰退し 僅かに地元の有志の信徒達が祭礼を続けていたそうです。
丸岡城天守再建の際に、この神社も再建されました。
mrokryujn (8).jpg
天守台の南西の井戸「雲の井」
この井戸「雲の井」のあたりは福井大震災のときでもくずれなかったといわれている。
mrokryujn (7).JPG
「一揆の残党が攻撃をしかけても、井戸のなかから大蛇があらわれて、城に霞をかけて危機を救った」。
別名 「霞ヶ城」と言われる 所以である。
この大蛇を「雲井龍神」という。ちかくに祠があり、かたわらに碑文がある。
mrokryujn (4).jpg
雲井龍神の祠
mrokryujn (5).jpg
雲井龍神 碑文
古老傳ヘテ曰ク 丸岡城ノ巽ノ隅ニ雲ノ井アリ 傍ニ小祠アリ 城主有馬侯勝利ノ守神トシテ祀ラレシ所ナリト 今ヤソノ荒レタルヲナゲキ 人々力ヲ合セテ之ヲ再興セリ
昭和四十年秋 東大名誉教授 文学博士 平泉澄

福井県勝山市に平泉寺白山神社があります。苔寺といわれる神秘的な 美しい寺です。
平泉澄は、この白山神社の神職の家に生まれた人です。
posted by うめのはな at 06:00| Comment(0) | 都外

2017年04月24日

丸岡城 人柱お静の伝説

当時は 五角形の広い内濠に囲まれた中に本丸や二の丸がありましたが 堀も大部分埋め立てられ、小高い丘の上に天守台と石垣だけが残っているだけです。
mroksiz (1).JPG
現在天守の鯱は 木造の銅板張りの鯱です。
mroksiz (6).jpg
福井震災前の石製の鯱
福井震災で落下した笏谷石の鯱が 現在天守閣登り口の階段脇にあります。
mroksiz (7).jpg
もともとは 木彫り銅板張りの鯱でしたが 戦時中銅板の入手が困難だったため 石製鯱に改めました。
福井地震で落下後 昭和の修復時にもとの 木彫り銅板張りに復元しました。
mroksiz (2).jpg
子供の頃に 聞かされた お城にまつわる伝説があります。
丸岡城 伝説「人柱お静」です。
mroksiz (3).jpg
お静慰霊碑があります。その脇には 説明板。
mroksiz (4).jpg
伝説 「人柱 お静」
柴田勝家の甥、柴田勝豊が天正4年(1576)に丸岡城を築城の際、天守閣の石垣が何度積んでも崩れるので人柱を入れるように進言する者がいました。そしてその人柱に選ばれたのが、二人の子をかかえて苦しい生活をしていた片目のお静でした。 お静は、ひとりの子を侍に取り立ててもらうことを約束に、人柱になることを決意し、天守閣の中柱の下に埋められてしまいました。
それからほどなくして、天守閣は立派に完成しましたが、柴田勝豊は他に移封され、お静の子は侍にしてもらえませんでした。
お静の霊はこれを恨んで、毎年、年に一度の藻刈りをやる卯月のころになると、春雨で堀には水があふれ、人々は"お静の涙雨"と呼び小さな墓をたてて霊をなぐさめました。
「堀の藻刈りに降る雨は、いとしお静の血の涙」という俗謡が伝えられています。
mroksiz (5).jpg
今でもこの時期に行われる丸岡祭(国神神社春季祭礼)4月15〜17日は、天候に恵まれることが少なく、お静の涙雨 という話を聞きます。
今年も 雨降った・・・・そうな。
タグ:歴史 観光 福井
posted by うめのはな at 06:00| Comment(0) | 都外

2017年04月23日

丸岡城天守

桜の花の中に 浮かんでいるような 丸岡城です。
mrokjyo t(7).jpg
安土桃山時代に建造されたと推定される天守は重要文化財に指定されています。
mrokjyo t(1).jpg
丸岡城天守  丸岡城の天守は、全国で現存する12基の天守で最も古い。
別名霞ヶ城
城郭構造連郭式平山城
天守構造独立式望楼型 2重3階(建造年不明 木造 現存)
遺 構:曲輪、天守、移築門、石垣
築城主柴田勝豊
築城年天正4年(1576年)
mroktnsyu.jpg
天守は、二層三階の初期望楼型独立式で、軒下や壁面が白木造りとなっている。
屋根は 珍しい石瓦で葺かれている。
約6000枚の瓦はすべて笏谷石(足羽山山麓から産出)1枚20〜60kg 屋根全体で120トンにもなります。
mrokjyo t(8).jpg
内部に入ることができますが・・
この 急な石段だけで 諦めました。
とは言っても・・・子供の頃から何度か 内部に入ったことがあります。
天守内部の階段は、大変急な階段で 段差が高く 観光客のためなのか つかまるためのロープが備えられています。
2階ー3階の階段は、傾斜角約65度、段差がなんと27cm、踏面も最小で12.5cmしかない。
天守への石階段:約29度ですから 65度がどんなものか想像つきますね。
日本一 登りにくい階段かも。。。
mrokjyo t(2).jpg
外観は二階建てに見えますが、内部は三階建て(二層三階)となっています。
最上階三階の望楼は、ふもとから約35mの高さで 坂井平野が一望できます。
mrokjyo t(3).jpg
不規則な石組みで高度な技術が必要な野面積みの石垣。戦国期特有の建築構造の1つです。
野づら積み の石垣は、すき間が多く粗雑な印象ながら排水がよく大雨に崩れる心配がないといわれています。
mrokjyo t(5).jpg
狭間(鉄砲穴)
天守の壁面に開けられた小さな小窓で、この穴から外敵に向かって石を投げ落としたり、鉄砲を撃ったりするところです。
mrokjyo t(4).jpg
簡素な石落とし
天守閣の一階には石落としという狭間があり、石垣を登ってくる外敵に向かって、石を投げ落としたり、弓をや鉄砲を撃ったりする時に用いました。
mrokjyo t(6).jpg
天守の最高階の天井の間には四方に窓があり、窓からの展望がよく 西方は日本海、三国の海岸まで見渡せます。
丸岡城内は戦国時代の特徴で 豪華さや優美さより、いたる所にある敵に対する備えを重視しています。
現在の天守は、昭和23年(1948年)の福井地震によって倒壊した後、昭和30年(1955年)に部材を組みなおして修復再建されたものです。
タグ:歴史 観光 福井
posted by うめのはな at 06:00| Comment(0) | 都外

2017年04月22日

丸岡城 桜に浮かぶ霞ヶ城

越前 福井藩 丸岡城に行きました。
ちょうど桜が満開で 一番いい時でした。
mrokjyo (3).jpg
小学校の遠足で訪れたこともあるし 何度か遊びに来たことがある 城です。
別名霞ヶ城。江戸時代には丸岡藩の藩庁であった。現在は天守のみ残る。 
mrokjyo (1).jpg
国宝 霞ヶ城   福井県坂井市丸岡町霞町1-59
1934年(昭和9年)1月30日 天守が国宝保存法(旧法)に基づく国宝に指定される。
mrokjyo (7).jpg
丸岡城天守閣を取り囲むようにソメイヨシノが植えられている公園は、日本庭園式公園の「霞ヶ城公園」として整備されています。
1990年(平成2年) 「霞ヶ城公園」として日本さくら名所100選に選定されました。
mrokjyo (8).jpg
桜が満開の頃は、桜が作り出す霞の中に丸岡城が浮かんでいる幻想的な風景となります。
mrokjyo (4).jpg
天守閣をとりかこんでいる 坂道をぐるりとまわるように上っていきます。
mrokjyo (5).jpg
頭上を覆うように咲く 桜がきれいです。
mrokjyo (6).jpg
丸岡城は越前ほぼ一帯を領していた柴田勝家の甥である勝豊により築城されました。
丸岡城築城後も一向宗の残党が城を襲うことがありました。しかし、その度に、天守閣横にある井戸から大蛇が現れ、城に霞をかけて城の危機を救ったと言われています。このことが丸岡城の別称「霞ヶ城」の云われだそうです。
現在は 取り囲むように咲く さくらがまるで 霞のように見えます。
posted by うめのはな at 06:00| Comment(0) | 都外

2017年04月20日

三国運動公園

成田山福井別院は 小高い丘の上にあるのですがすぐ近くには 広大な三国運動公園があります。
mknundp (2).jpg
三国運動公園の桜を見に行きました。
遊戯施設、休養施設、管理施設、スポーツ施設、芝生広場などがある広大な公園です。
mknundp (7).jpg
施設のまわりには 桜の木が植えられていて 心和む場所です。
人がほとんどいないです。
mknundp (1).jpg
芝の手入れも大変だろう・・・と思えるサッカー場
mknundp (6).jpg
陸上競技場 立派な施設です。1周400m全天候型ウレタン舗装8コース
草むしりの 人が 一人仕事していました。
mknundp (5).jpg
このほかに テニス場 ゲートボール場 (屋内外) プール 野球場などもあります。
mknundp (3).jpg
運動公園は21.0ha
維持費がかかる上 稼働率が低いことが問題になっているそうです。
箱もの作るのはいいけれど 後の事考えないと 維持費がかかってしようがない 見本のようなものです。
まさに ワイズ‐スペンディング(wise spending) 賢い支出 を考えるべきですね。
posted by うめのはな at 06:00| Comment(0) | 都外

2017年04月19日

成田山福井別院の桜

境内には四国八十八か所の寺の砂が埋められている「四国霊場お砂踏み」などもあります。
nrtmkn (1).jpg
「四国霊場お砂踏み」では、周囲の台石に四国八十八箇所のお寺の砂が埋められており、順番に八十八カ所の砂を踏みながら歩くと、四国お遍路と同じご利益があると言われています。
nrtmkn (2).jpg
五鈷杵は 弘法大師が右手にお持ちの法具で 魔を払い、身を守る密教を代表する法具です。
nrtmkn (3).jpg
見晴台の桜が見事です。桜回廊。
nrtmkn (4).jpg
展望もいいです。
nrtmkn (5).jpg
坂井平野が一望できます。
nrtmknenj.jpg
子安地蔵
nrtmkn (9).jpg
桜と池と可愛い地蔵さま
nrtmkn (8).jpg
境内にはもちろん 不動明王さまも・・・
nrtmkn (6).jpg
山のまわりに植えられている桜の木。桜の名所です。
nrtmkn (7).jpg
成田山 福井別院 九頭竜寺
posted by うめのはな at 06:00| Comment(0) | 都外

2017年04月18日

成田山福井別院

私が現在住んでいるのは 深川不動尊 成田山東京別院 の近くです。
生まれた場所 三国町にあるのも 成田山福井別院。
東京に来る前は 成田市の 成田山本山 近くの町に住んでいたので 何かと縁がある 成田山。
nrtfki (1).jpg
北陸地方唯一の別院である「成田山福井別院九頭龍寺」です。
福井県坂井市三国町緑ヶ丘4-9-10
1958年に千葉県の成田山本山から本尊不動明王の分霊を迎え創建されました。
飛鳥時代の建築様式をいかした造りの本殿は朱色です。
福井県で1番、初詣参拝者が多く、特に三ヶ日には県内外から二十万人を超える人が参拝します。
nrtfki (2).jpg
鐘楼。
nrtfki (6).jpg
桜がきれいです。
nrtfki (9).jpg
見晴らし台になっています。
nrtfki (3).jpg
開運出世稲荷堂
nrtfki (4).jpg
説明板
nrtfki (7).jpg
境内の恵比須大黒堂  
nrtfki (8).JPG
恵比寿天 大黒天
posted by うめのはな at 06:00| Comment(0) | 都外

2017年04月17日

旧三国北小学校の桜の木

私が通っていた 小学校は移転して取り壊されましたが 当時の桜の木はまだ残っています。
mknkitas (1).jpg
現在 みくに文化未来館になっていますが その前は、130年の歴史を持つ三国北小学校がありました。
mknkitas (2).jpg
歴代の卒業生たちが卒業の記念に植樹をしていったものですが 私が小学生の頃には すでに大きな桜の木でしたので 相当古いものだと思われます。緑の苔が 幹についていたり 花の密度も格段に薄くなったりで 老木という感じがします。
mknkitas (4).jpg
桜の木の木陰で 遊びましたね〜
この場所にあった130年の伝統を誇る三国北小学校は、昭和29年から30年にかけて、当時県内では珍しい鉄筋コンクリート3階建ての立派な校舎や体育館などがありました。
先端をいった施設え県内外から多くの人が視察に訪れたそうです。
当時では珍しい 水洗トイレでした。
mknkitas (3).jpg
藤棚のそばには 砂場があったかなぁ・・・・
鉄棒もありましたっけ・・など 思い出しました。
mknkitas (5).jpg
1862年   道雅上人主称し,学舎斯文館を上西町に設立
1870年   松ヶ下清光院に塾を開く,程なく正賛院に移る。 福井藩より御学問所の名称を賜る。   
1875年   就将小学校と改称
1906年   三国北尋常小学校と改称
1947年   三国町立三国北小学校と改称  
学校の歴史は 古いです。
1975年に学校創設100周年でした。
mknkts.jpg
未来館には 他にタブノキ、ケヤキ、イチョウの木があるそうですが・・
私たちが 卒業記念に植えた木は どうなったんでしょ?
取り壊す前は 前庭だったのですが 現在駐車場で 影も形もないのですが。。。。。
北小学校は 昭和63年に300mほど離れた標高20mの高台に移転しました。
グランドは広くなって直線100mのトラックが取れるようになりました。
町中の学校で グラウンドはそう大きくなく かけっこは 50mの直線だったかな〜
未来館建設時 桜の木を切る話もあったそうですが 反対が多く残したそうです。
桜の木 残しておいてくれて 嬉しいです。
タグ: 福井
posted by うめのはな at 06:00| Comment(0) | 都外

2017年04月16日

福井 三国町 桜。

芦原温泉駅に迎えに来て貰った車で 実家のほうへ・・・と言っても 新しい家に引っ越しているので 私は初めての家に行くことになります。
mkn413 (3).jpg
その前に 食べたかった 8番らーめんを食べました。
北陸では ラーメンと言えば8番らーめんですが 東京ではお目にかかれないので ずっと食べたかったのです。
mkn413 (1).jpg
餃子は安くて美味しかったのですが ラーメンのほうはひとまわり小さくなった感じで・・・味も好みではなくなっていました。
mkn413 (5).jpg
実家近くの公園の桜がきれいでした。
mkn413 (6).jpg
公園で花見。地名は 桜ケ丘と言います。高台です。
mkn413.jpg
ベランダから見た公園の桜。まわりは大きな家ばかりで庭一つ見ても 豪邸街。
遠くの山には 成田山福井別院の屋根が見えます。
そこもまた 桜の名所です。
タグ: 福井
posted by うめのはな at 06:00| Comment(0) | 都外

2017年04月15日

東京駅から芦原温泉

3日間ほど福井に行きました。
行きは東海道新幹線経由です。
fki412 (1).jpg
東京駅発 ひかり新大阪行
乗客の6割が 外国人(西洋系)で 驚きました。大きなキャスター付きの荷物ばかりです。
駅も ホームも車内も そういう客ばかりでわたしのほうが 外国に来ているみたいでした。
fki412 (2).JPG
富士山は 雲がかかっていましたがなんとか見えました。
fki412 (3).jpg
名古屋駅です。米原で 北陸線の特急に乗り換えました。
fki412 (4).jpg
敦賀駅のベンチの向きが面白いです。
fki412 (5).jpg
日野川だそうで 桜がきれいでした。
fki412 (6).jpg
サバエドームが見えました
fki412 (7).jpg
芦原温泉駅に到着しました。
百人一首がさかんなところです。
私が 中高生の時も 校内で百人一首大会があり みなでそらんじて言えるよう 覚えたものです。
わたしはあまり 熱心ではありませんでしたが なんとなく 覚えたものは忘れないものですね〜
タグ:観光 福井
posted by うめのはな at 11:45| Comment(0) | 都外

2017年02月10日

市川市 菅野駅

市川市菅野で用をすませたあと MAPみながら 少し巡ろうと思っていましたが 強風で諦めて戻ることにしました。
帰りは外環道の工事現場を右手にみながら戻ります。
sgnek (4).jpg
ずいぶん長い間工事をやっているようです。駅直下に東京外環自動車道が建設されているそうです。
京成菅野駅近くに 石碑がありました。
sgnek (1).jpg
「西平田市川新田道」
sgnek (2).jpg
石柱には、「西平田市川新田道」「菅野停車場設置紀念」と刻まれています。平田は京成線の線路の南側の地名で、新田は西隣の地名です。
sgnek (3).jpg
瀬戸彦八翁頌徳碑
瀬戸彦八さんは神田の青果商で、松丸平太郎、浮谷善次郎、松丸清之助らとともに停留所設置の発起人となった人だそうです。
sgnek (5).jpg
菅野駅 千葉県市川市菅野二丁目
京成電鉄本線の駅。1916年(大正5年)2月9日に開業。
外環道が完成したら駅舎も新しくなるのでしょうか・・・・
タグ:歴史
posted by うめのはな at 08:48| Comment(0) | 都外

2017年02月09日

御代院 市川市菅野

市川市のネーミングライツでアーデル通りという通称になった市道を歩くと 途中 御代院という小さな祠があります。
myin (1).jpg
御代院 千葉県市川市菅野2丁目14
myin (3).jpg
御代院
「伝えによると、天慶の乱(天慶3年・940)のとき京都の菅野氏が、平将門調伏の志を抱いて、妻と共に関東に下り、この地に居を構えました。
妻の容姿が美しいところから「御代の前」と称して将門の内室になり、将門の出城といわれる大野城に入りました。そして内情を探索して夫に知らせたところから大野の落城を早め、将門調伏に功績をたてたといいます。
その後、夫妻は共に剃髪してこの地に留まり、将門と戦で亡くなった将兵たちのの後生を弔いながら世を去りました。夫妻の死後、里人はその志を哀れんで、墓標をたてて祀ったのが、この御代院ということです。
後世、幾度か墓標が破損しましたが、そのつど里人の力によって建てなおされ、伝承と共に今日まで守り伝えられてきました。
また、いつの頃からか風のときには、御代院から借りた茶碗で薬湯を飲むとご利益があるといい、回復のときに新しいものを添えて返す風習が広まりました。

平成3年3月
市川市教育委員会」案内板
myin (2).jpg
天慶の乱で亡くなった平将門とその将兵を生涯弔うためにこの地に留まった菅野夫妻を祀った祠です。
myin (5).jpg
妻が美しいので「御代の前」と称して将門の 内室になり、将門の出城といわれる大野城に入り、彼女は女スパイとして内情を探索して夫に知らせたことから大野の落城を早めたというから 内助の功の極みです。
myin (4).jpg
天慶の乱(天慶3年・940)のとき、京都の菅野氏が、平将門調伏の志を抱いて妻と共に 関東に下り、この地(現 市川市菅野)に居を構えた。という菅野氏の祠は 地元の人に大切にされているらしく 地蔵さまや正観音像がありきちんと整備されていました。
タグ:歴史
posted by うめのはな at 07:49| Comment(0) | 都外

2017年02月08日

荷風の散歩道

千葉県市川市 京成八幡駅の踏切を渡るとすぐ 荷風の散歩道(商美会ロード)があります。
kfusanp (4).jpg
(文化の街かど回遊マップ より)
kfusanp (2).jpg
かなり狭い道なのですが 駅に向かう道で車や人の通りが多い道です。
自転車が多く 人があるく白線の内側を乗ったまま走っているので かなり危ないです。
自転車は原則 車道を走るのですが ここはそんな道幅もないので 結局 人のほうが立ち止まり 自転車を避けなければならないので少し 怖かったです。
この先に 小学校があり 昨日は強風でしたので ものすごい砂埃が舞い上がってあたり一面 真っ白で 参ってしまいました。東京は芝生や 競技場のような舗装をしてあるので 砂埃は想定外でした。
これじゃ 商店街の店も ほこりだらけ・・・
kfusanp (3).jpg
永井荷風が晩年に移り住んだ本八幡。
ここは 永井荷風が愛した散歩道です。
kfusanp (1).JPG
(文化の街かど回遊マップ パンフレットより)
駅前にある「大黒家」で荷風はカツ丼を毎日のように食べていたそうで 荷風の人生最後の食事もこのカツ丼だったということです。
日本酒はいらないけれど 一度くらい食べてみるのもいいかも〜
・・・と 風に向かい ひたすら歩きました。
タグ:歴史
posted by うめのはな at 08:46| Comment(0) | 都外