2019年09月26日

松山城

松山には 伊予鉄道の路面電車が走っています。
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新型LRT車両(低床式)5000形
未来型流線型の車両
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松山城ロープーウエイ駅
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ロープウェイの乗り場に前にしゃちほこが飾ってあります。
親藩(松平氏)が建築し、「丸に三つ葉葵」(通称:葵の御紋)が付された城郭。
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松山城天守の古い鯱
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「松山城」は難攻不落、城郭建築の傑作。
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打込ハギの高石垣は、本丸内でもっとも高く、なんと約17m。
「扇の勾配」と呼ばれる、反り返り。
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松山城跡の主要部分が公園として整備され、大天守(現存12天守の1つ)を含む21棟の現存建造物が国の重要文化財に、城郭遺構が国の史跡に指定されている。そのほか、連立式天守群の小天守以下5棟をはじめとする22棟(塀を含む)が木造で復元されている。
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日本で12か所しか残っていない、江戸時代以前に建造された天守を有する城郭の一つです。
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筒井門
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松山城は、松山市の中心部である標高132メートルの城山(勝山)山頂に本丸があり、裾野に二之丸 三之丸(堀之内)がある、広大な平山城です。
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狭間  様子を窺ったり 鉄砲を撃つための小窓
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大天守の最上階は、360度眺望がひらけています。
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みきゃん のポスト
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みきゃんは 愛媛県のイメージキャラクターです
タグ:観光
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2019年09月25日

道後温泉

以前は 温泉好きだったし よく行きました。

福井は温泉場でして 歩いていける温泉もあって よく行きました。

神奈川に住んでいた時は 近くに飯山温泉だの鶴巻温泉だの日帰りの温泉があって
しかも水着で楽しめるということで家族で遊びに行ったものです。
箱根や 伊豆にも行きました。
千葉では 房総の温泉とか 遠く那須温泉まで。
それに スパリゾートハワイアンにもよく行きました。
水着で一日遊べるのでよかったです。

近頃は温泉どころか 風呂も疲れてしまって 入浴はカラスの行水です。

さて みかんジュースの 松山。
温泉と言えば有名なものの一つが 道後温泉ですね。
「漱石」の「坊ちゃん」で有名になりましたが 道後温泉は日本最古の温泉と言われています。
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道後温泉駅
坊っちゃん列車の終着駅であるため、引き上げ線で坊っちゃん列車の機関車の方向転換が見られます
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伊予鉄道道後温泉駅前の引き込み線にあ「坊っちゃん列車」1号機関車の復元機
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夏目漱石の小説『坊つちやん』の中で、軽便鉄道時代の伊予鉄道が「マッチ箱のような汽車」として登場。四国・松山の中学校に赴任する主人公の坊っちゃんがこれに乗ったことから、坊っちゃん列車と呼ばれるようになった。
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道後商店街(道後ハイカラ通り)
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坊ちゃんからくり時計
坊ちゃんからくり時計は、8:00〜22:00まで、1時間おきに坊ちゃんのキャラクターたちが動き出します。
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道後放生園
道後温泉駅前にある松山市営の足湯です。
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湯釜が据わっており、ここから出るお湯は道後温泉と同じ「源泉かけ流し」です。
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道後温泉本館
道後温泉のシンボルで、「神の湯」に代表される温泉施設
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日本の公衆浴場として初めて、平成6年(1994)に国の重要文化財に指定されながら、博物館化せずに現役の公衆浴場として営業を続けている。
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映画「千と千尋の神隠し」のモデルにもなったそうです。

現在保存修理中で 1階「神の湯」だけの営業。
行列ができる大人気。

温泉なら の〜んびり まったり 何度でも・・・が理想でしょうが 観光の目玉ですからね・・・
でも どうせなら2階から上が見てみたいです。
「千と千尋」のゆばぁばが 出てきそうな大広間とかね。

目黒「雅叙園」の百段階段も モデルと言われていますが どっちか比べてみたいです。
タグ:観光
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2019年07月11日

鎌倉大仏 長谷寺 鎌倉散歩

銭洗弁財天から大仏ハイキングコースに戻ります。終点まではは約2km、30分強。
起伏のあるハイキングコースです。
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そこから高徳院まではさらに、5分程度の距離です。
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高徳院といえば、鎌倉大仏。
この大仏様のお顔は 穏やかで慈悲に満ちていて ハイキングの疲れを癒してくれます。
男前のお顔。正式名称は阿弥陀如来坐像。鎌倉唯一の国宝仏です。
これは修復前の大仏様です。
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だいぶつさまの 後ろ姿もいいですねー
結構好きです。
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胎内見物もまた いいですよ。

高徳院から江ノ電「長谷駅」に向かう途中に長谷寺はあります。
高徳院から 長谷寺までは すぐです。
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創建736年の歴史あるお寺で 日本人にも外国人にも 人気のお寺です。
長谷寺は広い境内に見所がたくさんありますが 花のお寺としても有名です。
四季折々の花が きれいです。
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庭園も美しいです。
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境内には 大黒天や地蔵様などもおられます。
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和み地蔵様。
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傾斜に建てられている寺院のため展望スポットもあります。
時間をかけて ゆっくり参拝すると いいですよ。

長谷寺を出ると 江ノ電「長谷駅」なのですが ここからまた少し歩いて 坂の下にある 「星の井」に行きました。
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虚空蔵堂の下にある「星ノ井」は、別名「星月ノ井」又は「星月夜ノ井」と呼ばれ、鎌倉十井の一つ。
この辺りは山はうっそうと木々が繁り、昼でも暗かったため、井戸を覗くと星が輝いて見えたという伝説から「星月夜」と呼ばれたそうです。
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「われひとり鎌倉山をこえゆけば星月夜こそうれしかりけり」という古歌にも詠まれ、鎌倉の枕詞となっています。
星ノ井の上にある虚空蔵堂(星井寺)は、行基が彫った虚空蔵菩薩が祀られている御堂といわれています。
行基が井戸から出てきた光り輝く石を虚空蔵菩薩の化身と思い、お堂を建て虚空蔵菩薩を祀ったのが現在の虚空蔵堂といわれています。

「極楽寺にいたるほどにいとくらき山間に星月夜というところあり」と『北国紀行』に記している。法印堯慧。
ということで 極楽寺へと 歩をすすめました。
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極楽寺
1259年に北条重時が創建した古刹で、鎌倉では唯一の真言律宗です。
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全盛期には、金堂、講堂、十三重塔などの伽藍のほかに49の塔頭を備えた大寺院だったが、合戦や火災、地震等により、今ではただ一つ残った吉祥院が本堂となっています。
桜がきれいなお寺です。
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極楽寺駅は目の前です。
江ノ電に乗って「鎌倉駅」に戻りました。(この写真は 当時のもの 今も走っているかどうかは???」

鎌倉駅から 小町通りに入りました。すごく混んでいて 失敗したと思ったけれど 買い食いしたり お店をみたりで結構楽しみました。
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最後は 鶴岡八幡宮で締めました。

境内はすみずみまで 巡り参拝しました。写真もたくさん撮ったけれど 省略。
いちにち 鎌倉ですごし 山歩きをし あちこち巡ってもまだ4時ころで 帰宅ラッシュにあわずに早めに帰宅することができました。
いい お散歩でしたので また鎌倉に行きたいです。

余談ですが
鎌倉は 大人気のようで このブログも鎌倉がテーマだと 一日のアクセス数が1000を越えていて ちょっと驚きました。
いつもの倍です。
ブログ 1も 2も 同じくアクセス数がかなり増えていてそれぞれ1000近いです。いつもは半分くらいです。

やはり このブログは 散歩ブログなんだなぁ〜と しみじみ・・・
出掛けられなくて ごめんなさい!
posted by うめのはな at 09:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 都外

2019年07月09日

「葛原ヶ岡(源氏山)・大仏ハイキングコース」3

葛原ヶ岡公園から急坂をを下っていくと、やがて右手に銭洗弁天に通じるトンネルの入口が見えてきます。
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第二次世界大戦時 砲台を築くため掘られた 隧道。
まるで 異世界への 入り口のようです。
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トンネルを抜けると 白木の鳥居が並んでいます。
朱塗りの鳥居は たくさんありますが 白木の鳥居は珍しいのでは?
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銭洗弁財天宇賀福(うがふく)神社
平安末期、鎌倉は災害が続き貧困にあえぐ庶民のために,源頼朝が世の救済を祈願したところ。
「巳の年の文治元年(1185)の巳の月、巳の日の巳の刻、宇賀福神から「この地に湧き出す水で神仏を供養せよ、そうすれば天下泰平の世が訪れる」と源頼朝の夢にお告げがあり、そこで源頼朝はこの地に社を建てて宇賀福神を祀った。その後、世の中の混乱は収まったと伝えられている。」

境内は三方が崖に囲まれていて、ちょっとした異空間。
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奥宮
宇賀神と弁財天が祀られている洞窟
銭洗弁財天銭洗弁財天 奥宮でお金を洗います 。
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鎌倉随一の金運パワースポット。ここで湧き出る霊水は「銭洗水」。
霊水でお金を洗うと倍になると言う信仰が生まれた。鎌倉五名水の一つである。
この洞窟の奥宮は 日本神話に登場する水の神様・市杵島姫命が祀られています。
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浅ましい気持ちを捨てて 御祈願。
巳の日に参拝すると ご利益があるそうです。
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摂社「七福神社」七福神をお祀りしています。(恵比寿、大黒、毘沙門、弁才天、福禄寿、寿老人、布袋)
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摂社「下之水神社」
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「下之水神社」と「上之水神社」がありますが 
石段を上がった高いところに「上之水神社」はあります。
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銭洗弁財天 から 大仏コースを下っていきます。
タグ:神社・寺院
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2019年07月08日

「葛原ヶ岡(源氏山)・大仏ハイキングコース」2

浄智寺の山門を入り しばらく歩くと 源氏山ハイキングコースに続く道になります。
「源氏山まで600m」という標識があります。
石段が終わると 土の道になります。
ここからが 本格的なハイキングコースです。
獣道のような道をひたすら登ります。木の根に足をかけ すべらないように歩きますがけっこうキツイです。
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険しい切通しの崖などもあります。
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けっこう急な山道ですので パンプスやヒールはやめたほうがいいでしょう。
距離は短いですが 起伏に富んだいいコースです。
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緑のさわやかな空気を味わいながら歩くのも 心地よいです。
浄智寺から1kmほどで あたりが開けます。
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葛原岡神社です。
葛原岡神社は明治21年に創建された神社で、南北朝時代に南朝の後醍醐天皇に仕えた日野俊基(ひのとしもと)を祀(まつ)っています。境内には俊元の墓所があります。
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近年は縁結びの神社として知られるようになりました。境内には「男石」と「女石」が並ぶ縁結び石もあります。
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あたりは 公園になっていますから 休憩にはいい場所です。
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葛原ヶ岡公園といいますが、それに隣接する、源頼朝の像がある方を源氏山(げんじやま)公園といいます。
源氏山公園には 源頼朝像があります。
いずれも 花見の名所です。
かなり高いところに登ってきたようですが山頂はすぎています。
一番高いのは「天柱峰(標高97メートル)」です。
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鎌倉にはいくつかのハイキングコースがありますが ここは 「葛原ヶ岡(源氏山)・大仏ハイキングコース」です。
大仏までの約半分の地点です。
タグ:観光
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2019年07月07日

「葛原ヶ岡(源氏山)・大仏ハイキングコース」1

東京駅から北鎌倉へは 乗り換えなしの横須賀線快速で55分ほどです。
一日 鎌倉で遊んでも日帰りができます。
鎌倉へは 何度も行きましたが いつも 八幡宮 大仏など名所を訪ねるだけでした。
ふと 思いついて 北鎌倉へ行ったのは10年くらい前になります。
その時のブログというか 記録はもう閉鎖したHPですので 残っていません。

思いだしながら 北鎌倉散歩をたどってみます。
北鎌倉駅から源氏山を歩き 鎌倉大仏、長谷寺へと続く ハイキングコースです。
距離にすれば 5kmほどですが 97mの源氏山を越えていきます。

JR北鎌倉の駅を降りて すぐに見えるのは 円覚寺です。
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円覚寺(えんがくじ)   鎌倉五山第二位 臨済宗・円覚寺派総本山
文永・弘安の役の戦死者を慰霊するため、北条時宗が無学祖元(仏光国師)を招いて1282年(弘安5)に創建。

総門を入ると 参拝受付がありますが 源氏山への道を急ぎます。

踏切を渡り 東慶寺をすぎます。
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山門から見える 金仏
東慶寺は北条時宗を弔うために開創されたので、金仏は時宗の廟がある円覚寺の佛日庵の方を向いているそうです。

東慶寺をすぎて しばらく行くと 浄智寺です。
駅から 徒歩10分くらいでしょうか・・
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浄智寺入口の道標から 右に曲がると古い山門へ続く参道です。
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「宝所在近」の額を掲げた浄智寺の総門。
「宝のある所は近くにある」ということだが、「宝所」とは悟りの世界の彼岸のこと。
修行して立派な僧になりなさいということかな。
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石段を上がると、鎌倉でも珍しい中国式山門(鐘楼門)があります。
浄智寺(臨済宗円覚寺派)(じょうちじ). 鎌倉五山の第四位で、北条宗政の妻と子の師時が1281年(弘安4)ごろに創建。
「山居幽勝」と書かれた扁額は この浄智寺の立地 雰囲気にぴったりです。
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左手をしばらく進むと山道が始まります。
とても静かで 幽玄 。木漏れ日の中 静かに進みます。
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ハイキングコースを3分ほど歩くと 浄智寺の茶室の門です。
「宝庵」の入口。
苔むしていて わびさび の世界そのままです。
しばし 見とれていました。

源氏山はまだ これから先へ進みます。
タグ:神社・寺院
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2018年07月11日

I−linkタウンいちかわ展望デッキ

I−linkタウンいちかわ ザ タワーズ ウエストの45階展望デッキです。
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ガラス越しの展望ですが 屋根はなく 風が吹き抜けます。
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西から南方向。
東京都心や 六本木まで見えます。
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東京スカイツリーが見えます。その右は池袋方面。西です。
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総武線 京成線が見えます。
江戸川を渡れば 東京都です。東です。ilinktwr (8).JPG
江戸川から遠く横浜方面。
お台場などもその方向。南側です。
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江戸川から 埼玉方向。北です。
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国府台 松戸方面です。
この写真でははっきりと見えませんが 遠く 筑波山が見えました。
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眼下に見えるは 市川の町並み。

360度のビューパノラマを楽しみました。
150mもあると 暑さは感じませんでした。
千葉県市川市市川駅前の 無料で行ける 展望施設です。

タグ:観光
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2018年07月10日

I−linkタウンいちかわ 

今日は晴天。気温34度くらいになる中 出かけました。
炎天下 頭がくらくらしましたが 日影は風もあったせいか それほど暑くはなかったです。
総武線 市川駅です。
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総武線快速ホーム。
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市川駅南口のアイ・リンクタウン展望施設です。
右側のシースルーエレベーターに乗り 展望デッキに行きました。
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駅の電車がよく見えます。エレベーターは3Fからです。
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だんだん高くなっていきます。
晴れていたので 遠くまでよく見えました。
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エレベーターで45階で降ります。
展望ロビーがあり ビルの模型が飾られていました。
I−linkタウンいちかわ ザ タワーズ ウエストの45階です。
「ザ タワーズ ウエスト」と「ザ タワーズ イースト」があり 分譲住宅 賃貸住宅のほか
行政サービスセンター(イースト3階)、図書館(ウエスト3階)などの公共施設や商業施設(イースト及びウエストの1階、2階)があります。
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ロビーから階段を上り 屋上展望デッキに出ます。
ザ タワーズ ウエストの45階に展望デッキは、地上150メートルから360度の大パノラマが楽しめます。
風が心地よく吹き抜けて 地上より涼しいです。
さて・・360度のパノラマ展望を楽しみましょうか・・・・
タグ:観光
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2018年05月21日

三国祭りの思い出

我がふるさと 福井三国町の 江戸中期から続く歴史ある三国神社の祭礼ですが
昨日20日の山車練り歩きが 無事終わったようです。
今年は 天気にも恵まれたようで何よりです。
20日には高さ6mもの山車が6基、笛太鼓のお囃子と共に町内を練り歩きます。参道には約400軒の露店が並び 町中は 車が通行止めになるので みな ぞろぞろと 露店の並ぶ道を 三国神社へと 参拝に向かいます。
260年以上もの伝統ある三国祭は、平成17年に旧三国町の無形民俗文化財、
翌年18年には福井県の無形民俗文化財に指定されました。
北陸三大祭りの一つで 歴史ある祭りです。
各町内で 山車を出す 順番が決まっていて 3年に一度くらいは 担当の町内会で山車を準備します。
今年は奉納する山車(やま)6基。
現在の高さは、6.5メートルですが、電線のない 明治中期には10メートル以上もありました。
今は 電線もあるし 道幅が狭く そういう巨大な山車を出すのは無理です。
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みくに龍翔館(郷土資料館)にある 明治の頃の実物大 山車。
巨大な山車は 近隣の村からも見えたということです。

三味線・笛・太鼓ばやしにのり、旧町内を練り歩きます。
しかし 山車の曳き手も 少子高齢化で 少なくなり 旧町内会だけでは 無理になり 曳きてなどを募集するそうです。
旧町内から 新しい住宅街へ 引っ越す人も増えて 空家も目立ってきました。残っているのは高齢者です。
経済的にも なかなか難しいとのことです。
伝統文化を受け継いでいくというのも むずかしいものなのですね。

東京の神輿などは 担ぎ手は 地元民だけじゃないそうで担ぎ手は若い人が 多いみたいです。
相互援助みたいなシステムになっているのでしょうか・・・
それとも 江戸っ子は 祭り好きが多いのでしょうか。。。

地方でも いいシステムを考えていかないと継続できなくなるかも。

子供の頃 三国祭りの日は 学校も休みでした。
旧町内は 人で 身動きとれませんし(十数万人らしい。人口2万3千人ほどの町)
子供も大人も祭りは 特別な日でしたし
神社にいったり 露店で買いものしたり と楽しみな一日でした。
おこづかいも 貰える日でした。
自宅から 2kmほどの 道を神社まで 歩くのですが
翌日学校で「○回 行った!」と自慢しあいましたね〜
山車が通るたび 露店もテントの屋根を上にあげ 人は道をあけ と 手なれた風景でした。

広大な神社にも 各種露店が並び 見世物小屋などもあって 隙間もないほど 人であふれかえっていました。
迷子になるともう大変でした。
私も 一度 はぐれたことがありました。

高校生は 休みではありません。各地からきていますから。
でも はやめに授業が終わり 自宅に 友達を連れてきては
母の 作った おいなりさんや チラシ寿司などのごちそうを 食べてもらいました。
旧町内に住む 生徒の役割みたいなものでしたね。
中学 高校と 毎年恒例 友人集合の祭りの日でした。
近くの子まで  うちに来て それって 便乗だねーーといいつつ みなで
神社へと歩きました。
なつかしい思い出です。

もう 何年も 三国祭りには 帰省したことがないです。
実家も 引っ越してしまったので 
自宅の前を 山車が通るあの 喧騒も見ることはできません。
淋しいような・・・・
でも 兄たちは 山車の曳手の役目から 解放されて ほっとしているようです。

少子高齢化 祭りの継続も なかなか大変なのでしょうね。
タグ:イベント
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2017年06月12日

高知よさこい情報交流館

7日の開幕から札幌市内18会場で競演した 「第26回YOSAKOIソーラン祭り」が11日、市中心部の大通公園で閉幕
という ニュースを見ました。
今や よさこい祭りは全国的ですが よさこい と言えば やはり 高知ですかね〜
yskikot (5).jpg高知よさこい情報交流館  高知県高知市はりまや町1丁目10
外観は、よさこい祭りには欠かすことのできない地方車(じかたしゃ)がモチーフ。
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昭和29年に生まれた高知の「よさこい祭り」の歴史や魅力を紹介
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館内は、歴史と知識のエリア「よさこいサークル」と、進化と体験のエリア「よさこいスクエア」で構成。
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流し踊りに欠かせないのが、チームを先導する地方車です。
華やかに飾り付けられたトラックが、踊りの楽曲を流しながら進み 地方車の上では、威勢のいい掛け声を上げてチームを鼓舞し、歌います。
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150インチの大型スクリーンでよさこいの歴史を紹介する「よさこいシアター」,鳴子を持って踊れる「よさこい体感コーナー」もあります。
入館 無料です。
タグ:観光
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2017年06月06日

高知 ひろめ市場

拘置にはひろめ市場という 名の市場があります。
ひろめ・・って変わった名前の由来は なんだ?
かってここ付近に 土佐藩の家老であった深尾弘人蕃顕(ひろめ・しげあき)の屋敷があったことによるものだそうです。
親しみを込めて 「弘人屋敷(ひろめやしき)」と言われていたことから 「ひろめ市場」となりました。
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ひろめ市場は高知市帯屋町2丁目にある、集合型の屋台村
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ひろめ市場の中は「お城下広場」や「龍馬通り」など7ブロックからなり,鮮魚店や精肉店,雑貨・洋服屋,飲食店など,個性的なお店が集まっています。
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市場内にテーブルと椅子が並べられていて,それぞれ自分の好きなものを,好きなお店で買ってきて,持ち寄って食べるスタイルとなってます。
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昼間から地元客と観光客が入り乱れて酒を酌み交わす場なのでしょう。
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カツオの藁焼なんかもやってます。豪快!
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日曜日は、北口側で日曜市が開催されます。
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土佐刃物や 木製品など地場産業の品が並びます。
毎週 お祭りみたいで 楽しそう!

こういう地元に密着した 市場があるのはいいですね〜
築地場外市場もそうですし 金沢近江町市場なんかもそうですね。
古くは アメ横なんかも 庶民の市場だったのでしょう。
古き よきもの 残していきたいですね。
タグ:観光
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2017年06月01日

高知 ごめん電車

高知には 路面電車が走っています。
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後免線(ごめんせん)は、高知県南国市の後免町と同県高知市のはりまや橋を結ぶ、とさでん交通の軌道路線です。
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はりまや橋から40分ほどで「ごめん駅」まで行けます。
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ごめん と謝っているわけではありません。
土佐電 「ごめん・なはり線」の起点が「後免駅」でその隣が「ありがとう駅」です、本当は「後免町駅」ですが、この駅の愛称を漫画家のやなせたかし氏の発案で「ありがとう駅」にしたというものです。
面白いですね〜

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「ごめん」には謝罪の意味だけではなく 「天下御免」の意味もあって 龍馬のふるさと高知の大通りの中央を天下御免の電車が走っているのはなんとも 痛快な気がします。

土佐電気鉄道株式会社「後免線」は 現在 新会社とさでん交通による運行になっています。
タグ:観光
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2017年05月31日

高知県 桂浜

土佐日記の紀貫之は 現在の高知県南国市あたりから 出発し 船に乗り 1週間後くらいには高知県浦戸付近に到着しています。
浦戸は 有名な桂浜のある場所です。
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高知県高知市浦戸桂浜
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月の名所は桂浜 とよさこい節でも唄われています。
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一帯は都市公園として整備されています。
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高知県を代表する景勝地の一つで 浦戸湾口、龍頭[りゅうず]岬と龍王岬の間に弓状に広がる海岸です。
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太平洋を望む 桂浜。
紀貫之も船から この景色を眺めながめていたのでしょうか・・
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竜頭岬の小高い丘の上から 太平洋を眺める 龍馬像。

タグ:観光
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2017年05月27日

はりまや橋

4月にペギー葉山さんが83歳で 亡くなられました。
ペギー葉山さんといえば 何と言っても 南国土佐を後にして の歌でしょうか。。。。
その はりまや橋です。
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大きな橋の向こうの赤い橋が はりまや橋です。
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《はりまや橋》
札幌時計台(北海道)オランダ坂(長崎)と並び「観光三大ガッカリ名所」と言われています。
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はりまや橋は「南国土佐を後にして」のヒットが人気になったのですが もともとは観光地としての名所ではなかったようです。
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からくり時計  高知市はりまや町1丁目
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1時間おきによさこい節の音楽に合わせて,からくり時計の上から高知城,下にはよさこいの踊り子人形,右にはりまや橋,左に桂浜が現れます。午前9時から午後9時まで。
これは なかなか 面白いですね。
タグ:観光
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2017年05月26日

高知駅前

わけあって 高知駅。
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高知といえば あの人・・・
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駅前に 並んでいるのは そうです あのひとたち。
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JR高知駅前の武市半平太 坂本龍馬 中岡慎太郎の3人の志士像
設置場所:JR高知駅前
設置時期:平成23年(2011)
この像は大型台風が来ると一時避難するという、全国でも珍しい不思議な像なのです。
内部が発泡スチロールで表面を強化ウレタンで覆っているという像。
しかし 400kgあるというから そうそう 台風では飛ばないと思うのですが 不安定な感じもしますので 安全のため大型台風で避難するのでしょうか・・・
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高知と言えば アンパンマンの生みの親・やなせたかし氏の出身地です。
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通りにはアンパンマンのキャラクターの石像が並んでいます。
タグ:観光
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2017年05月22日

海老名SA

以前 神奈川県の海老名市に住んでいたことがあるのですが・・・
そのころは 東名海老名サービスエリアも 普通のSAでしたが 最近はわざわざ立ち寄るべきSAで人気だそうです。
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車に乗っていたときも 東京料金所から25kmと 近く 休憩はもっぱら 足柄SAでしたので あまり立ち寄ったことはありません。
今は 人気なんですって!
3〜4年前 一度立ち寄ったことがありますが 下りは 東京土産から 横浜土産 なんでもそろっていて ここでお土産買えました。おいしい パンの店もあって 混んでいましたっけ・・・・
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フードコートも充実していますね。

これ 上りなんですが 下りと上りの違いがあって・・・
下りでは 買い損ねた お土産など買うことができるのですが 
東京に向かう上りには 帰宅してもすぐ買い物しなくてすむようにか スーパーがあるのです。
これ とっても便利ですね。
何がいやかというと 疲れて帰宅したのに 食料なくて 買い物にいかなきゃならないってことです。
うん これは いいアイディアです。
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これは 本高速道路(NEXCO中日本)のオリジナルキャラクター みちまる くん。

海老名SA 高速からだけではなく 人は出入りできたと思いますが 今はどうなんでしょうか。
もし 今もできるなら 地元の人は 買い物するだけでも いいかもね。
タグ:エトセトラ
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2017年05月07日

北陸新幹線 かがやき

北陸新幹線金沢駅舎の待合室には、30品目236点の伝統的工芸品が壁面に納められています。
前田綱紀が残した「百工比照」にちなんで「百工の間」と名付けたそうです。
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ホーム待合室 壁
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加賀藩5代藩主・前田綱紀は、工芸技術の育成に努め、各種伝統工芸の意匠、技法等の実物見本や雛形を集成し、分類
整理して箱に収めた「百工比照」という資料を残しました。
全部 みたいけど みれないので 目の前のものだけ パチリ。
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かがやき510号に乗りました。特急券です。
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初めて乗りました。
一番先に乗って パチリ。
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実は指定席は 満席でした。

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東海道新幹線と座席が違う・・・・
頭の枕部分。
これ 少しずれるのですが どうやっても体に合いません。
邪魔で 不必要です。
タグ:観光
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2017年05月06日

加賀ちりめん細工

金沢と言えば 加賀友禅 ちりめん が有名です。
百番街を ぶらぶら歩いていて 加賀縮緬の小物の店が けっこうあることに気が付きます。
その中の ひとつに 可愛い小物の店があり 入りました。
一目で 気に入ったのが これ!!
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小さなポーチ。
いろいろなバージョンがありましたが 色と言い 表情といい これが気に入り買い求めました。
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加賀ちりめん細工の うさぎ雛を 2年ほど前 東京の三越で買い求めたことがあって それ以来お気に入りでした。
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ちりめんうさぎストラップ。
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加賀友禅のはぎれで作っているので いろいろな模様色バージョンがありましたが この子に決めました。
東京に 連れて帰って 現在はお土産になって 高知 にいます。(笑)
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2017年05月05日

金沢 土産

金沢駅で1時間半ほど 時間をとったのですが 町中に行く時間もないので 駅ナカでお買い物です。
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金沢駅コンコースに設置されているC58の動輪 です。
C58140の動輪。 直径1520mm. 
1939年(昭和14年)に製造され、戦後は七尾機関区配置で、七尾線の旅客輸送で活躍していた と説明書きがありました。
急行「ふるさと列車 おくのと号」として親しまれていたが、1973年(昭和48年)9月30日に惜しまれながらさよなら運転が行われたそうです。
金沢駅 百番街でお土産を買いました。
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金沢駅のショッピングモール金沢百番街あんとに“加藤晧陽堂”があります。
桜餡を求肥で包んだ羽二重巻 さくら「心もち」です。
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すこし厚めの「羽二重餅」と白味噌餡。
季節がら さくら 心もち ですが 普通は白いお餅の真ん中に金箔が一枚添えてあるそうです。
仙台全国菓子博覧会で「名誉総裁賞」をもらっているお菓子です。
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富山吟撰堂 白エビせんべい
50年以上煎餅を焼き続けてきた職人の技だそうです。
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「生地は馬鈴薯で、白えび(60%)と良質のえびをブレンドして練り込み、低温でじっくり素焼きし、風味を閉じ込めました。 さらに富山のうるち米を上塗りしてパリッとした食感と口どけ感を重視した本格的お煎餅です。」説明書きより
塩とエビの味が 口の中に広がりました。
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つい・・買ってしまったのが のどぐろ味噌汁。
アカムツは口の中が黒いことから、日本海側では「のどぐろ」と呼ばれる魚です。
生味噌とわかめと・・お湯で溶かすだけの味噌汁ですが のどぐろのダシが効いていました。

この 百番街はお店がたくさんで 金沢の名物ばかりで あれもこれも 欲しくなってしまいました。
タグ:観光
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2017年05月04日

九谷焼 陶板壁画

金沢駅西口にある陶板レリーフです。
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駅ビルの壁なのですが大きくて正面から 全体像がうまく写せません。
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横からこんな感じ。
九谷焼の陶板レリーフで 松本佐一氏による「百花繚乱」というタイトルの壁画です。
作者は1847年からつづく九谷焼の名門・松屋窯の4代目陶芸家,松本佐一氏。
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地元の工芸品である九谷焼の陶板を使い 「城下町金沢の風土を、四季の花をあしらい豪華なうちにも重厚な美しさを保つ杜の都」を表現しているそうです。
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蓮,桔梗,あじさい,水仙,かきつばた,椿などの金沢の四季折々の花と,兼六園のシンボルである二本脚の徽軫灯籠(こ
とじとうろう)があしらわれている。1988年制作
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大樋焼 「日月の煌き」 (完成予想図)  文化勲章受章者・日本芸術院会員 十代 大樋 長左衛門
駅の中心部、みどりの窓口向かいの通路にも 幅8m、高さ4mのスペースに陶壁が飾られています。
タグ:観光
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2017年05月03日

金沢駅西口

金沢駅東口にある噴水です。
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陶磁器かな?詳細はわかりません。
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辰巳用水という金沢を支えていた用水から水を引いているそうです。
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JR金沢駅東口広場にある、時刻や文字が交互に表示される噴水
CNNの世界の噴水ベスト15に選ばれた水時計です。
噴水で時刻やWELCOMEやKANAZAWAなど 歓迎メッセージも表示されます。
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JR金沢駅の西口の出入り口付近にある郵便ポストです。
陶器製の加賀人形「郵太郎」が乗った大理石製特殊ポスト。
加賀人形は伝統工芸品です。獅子頭を持った男児の人形は加賀人形の特徴。
加賀人形は桐塑(とうそ)製だそうですがこちらは陶器製。
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金沢駅西口 キャノピー(大屋根)
金沢駅東口の「もてなしドーム」とはひと味違った大きな屋根ですが トラス構造でこちらもいい感じです。
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24メートル四方の屋根で高さは7メートル最高部は12.4メートル
板張りの天井では金沢の「金箔」が貼られています。
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金沢駅西口バスターミナル入口にそびえ立つ高さ20mのモニュメント。
ステンレス製で金属造形作家の蓮田修吾郎氏の作品。
金沢の「カ」と「ナ」を組み合せたデザインだそうです。

西口広場のコンセプトは「水と緑と空」だそうです。
人がいないのが気になるところですが ターミナル反対側には団体バスの乗降場もあり、観光ツアー、各種送迎バス、臨時バスは、主に西口からの発着となるとのことです。
タグ:観光
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2017年05月02日

金沢おもてなしドーム 鼓門

いつもは 東京ー芦原温泉を 東海道新幹線で往復するのだけれど北陸新幹線ができて乗ってみたいということもあり 帰りは金沢経由にしました。
調べてみると 往復別々に乗車券を買うより 東京〜東京の切符を買うほうが 断然お得だとわかりました。
みどりの窓口で 経由のメモを渡し 切符を買いました。
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7日間有効で12960円。
例えば 東京〜米原経由 芦原温泉は 8960円
芦原温泉〜金沢経由 東京は 8210円
乗車券の値段ですが この切符はずいぶんお得なのです。
おまけに途中下車何度も OKです。
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行きは あらかじめ指定席の予約をとりましたが 帰りは当日 芦原温泉駅で 指定券を買いました。
指定じゃなくても 自由席に座れるほど ガラガラで 駅の人もまばらです。。。。
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芦原温泉駅から 金沢まで 途中 加賀温泉駅に停車するだけなので 特急サンダーバードで 35分くらいです。
まわりに人がいない座席でのんびり 白山など眺めているうち 金沢に到着です。
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JR金沢駅東口 金沢もてなしドーム 鼓門
2005年竣工。建築家の白江 龍三氏が設計
能や素囃子で用いられる「鼓(つづみ)」をモチーフにしています。

金沢は よく遊びに来ましたし 街中も兼六園も何度も行ったことはありますが 金沢駅が新しくなってからは 初めてなので 北陸新幹線に乗り換えるまで 1時間半ほど 時間をあけました。
駅の外に出て 見学です。
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駅から出ると まず目に入るのがこの 金沢もてなしドーム 鼓門です。
金沢駅は わかりやすい駅であるし 世界で最も美しい駅14選の6位に選出されています。
巨大なガラスのドーム(もてなしドーム)と鼓門(つづみもん)は 「駅を降りた人に傘を差し出す、もてなしの心」が表現されています。
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東口広場をおおう、もてなしドームはアルミ合金製の骨組みに強化ガラスを組みあわせた大きな屋根です。
「工事期間7年間、総工費172億円」だそうです。
もてなしドームの地下部分は地下広場になっています。

鉄骨とガラスの屋根をみて 既視感が・・・
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こちらは 原広司さん設計の京都駅です。
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東京国際フォーラム ガラス棟 
設計者は建築家のラファエル・ヴィニオリ氏
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東京丸の内 KITTEアトリウム
そういえば 東京芸術劇場のホールに上がる エスカレーターのあるところのトラス状の天井もガラス屋根だったような・・・
ガラス屋根 時々見かけますが 流行りなんですかね・・・
タグ:観光
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2017年04月28日

東尋坊

海岸沿いを車で走ると 東尋坊への入口の近くで ポツンと建つ まわりとは異質な建物を見かけました。
となりの空き地に 車を止めてこの建物をみることにしました。
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内田惣右衛門記念館    福井県坂井市三国町安島
門が閉じられて 開館していませんでした。
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自然豊かな まわりにそぐわない ド派手な洋風建築でちょっとしたショックを受けました。
バロック様式の洋館の前に 菱垣廻船と銅像  仏像みたいなものやら 置かれていて それも新しく作ったものばかりで 調和がないというか・・・・成金趣味にしか見えませんでした。
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調べてみると 内田家は江戸時代に北前船の海運業で福井藩を潤した三国の代表的な廻船問屋で、飢饉のたびに出費をして町の窮民救済に貢献したとか・・・
この記念館が いつ建ったのかは知りませんが 華美を嫌う惣右衛門の意を重んじて、現在の当主によって閉館となっているそうです。なるほど そういうことですか。。。。
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東尋坊です。
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ちょっと見物していきましょうか・・・
手前の手すりは 観光船乗り場への階段。
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雄島が見えます。
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子供の頃は もっとすごく感じたのですが 観光化されて 歩きやすくなっていたり岩場近くまで 店があったりして 怖いという感じは薄れました。
いいのか 悪いのか・・・・どうでしょ?
タグ:観光 福井
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2017年04月27日

丸岡藩 砲台跡

福井県坂井市三国町の梶にある丸岡藩砲台跡に行きました。
梶台場(かじだいば)ともいう。国の史跡に指定されています。
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駐車場に車を止めて 松林を海岸のほうに下りていきます。
せっかくの説明板の文字が 見えない・・・
人もいなかったし あまり訪れる人はいないのだろうか。。。
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駐車場から松林を下ると 海が見えます。
ほぉ〜っと いう瞬間です。
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もう少し下ると 松の間に それらしきものが見えました。
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幕末の嘉永5年(1852年)、丸岡藩の砲術家栗原源左衛門によって作られた砲台の跡。
欧米列強が鎖国下の日本に来航し、開国を迫っていた頃、江戸幕府から全国諸藩に海岸を警備するよう命があり、1852年丸岡藩が建設した砲台跡です。
ペリー率いるアメリカ艦隊が浦賀に来航する前年のことです。
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当時の形をよくとどめていることは全国的にみても大変稀であり、国の指定史跡になっています。
丸岡藩では後に藩主・有馬道純自らが西洋流砲術家の江川太郎左衛門に入門している。また藩士も大野藩の学問所「洋学館」に砲術修業のため入学している。
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弓状に築かれた土塁には5ヶ所の砲眼といわれる大砲を備える窪みが設けられています。
高さ1.8m、長さ33mの石垣でつくられた胸墻に5つの砲眼を設けている。
組まれた岩の下部に文字が彫られ、嘉永五年(1852)2月、高島秋帆の門人と伝えられる栗原源左衛門の設計で築造と書かれています。
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砲台は、丸岡藩が沿岸警備のために坂井市三国町梶の東方に突出した海岸部に建設したもので 景色がいいです。
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右手には浜地・波松そして石川へと続く海岸線がみえます。
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左は越前松島方面です。
砲台跡を見に来る人はいないのか わからないですが 人がいない・・・
ろくな説明板もなく 案内もないし 景色はいいのに忘れられた場所 という感じです。
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目の前に広がる 日本海。
今も昔も警備の要でしょう。
昨今の脅威はありますが この時は 波穏やかな豊饒の日本海が広がっていました。

下りた分だけ 戻りは上って・・・一苦労しました。
タグ:歴史 観光 福井
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2017年04月26日

霞ヶ城公園 

1979年に築城400年を記念して、整備され造られた日本庭園式の霞ケ城公園(丸岡城公園)は 歴史的・文化的資源を有効に活用している公園として、「日本の歴史公園百選」に選ばれています。
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眺望もよく 春は桜とともに楽しめます。
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丸岡城を取り囲む内堀は明治時代には埋め立てられ、道路になっていますが外堀は用水路となり、今も町のあちこちにその面影が残っています。
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春は桜やみどり、秋は紅葉が美しいです。
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公園内には 明治・大正期に活躍した郷土の偉人や名士の碑などがあります。
これは お地蔵さまらしき祠。
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天守台を取り囲む桜とともに 道を下って行きます。
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桜がきれいです。
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振り向けば 花の霞に浮立つ古城かな・・・

城はいろいろ見てきましたが やはり本物の木造の古城は 長い歴史の重さとともに何か胸に迫るものがありました。
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2017年04月25日

丸岡城 雲の井龍神

丸岡城天守台のまわりは 見晴らしのいい高台です。
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天守台の下にある 一筆啓上 の石碑です。
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一筆啓上石碑
「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥せ」徳川家康の家臣本多作左衛門重次が陣中から妻に宛てて送った手紙として有名です。「お仙」とは後の丸岡城主本多成重(初代丸岡藩主 幼名:仙千代)のことです。この石碑が縁で、日本一短い手紙文の一筆啓上賞の起こりとなりました。
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丸岡城八幡神社
祭神:誉田別命・息長帯姫命・比盗_
本社は丸岡城内鎮守社として築城以来此の地に奉斉せられたもので古図にも明示される処である。
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築城以来この地にあった城の鎮守社です。
明治の廃藩後城郭の荒廃に伴い自然社も衰退し 僅かに地元の有志の信徒達が祭礼を続けていたそうです。
丸岡城天守再建の際に、この神社も再建されました。
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天守台の南西の井戸「雲の井」
この井戸「雲の井」のあたりは福井大震災のときでもくずれなかったといわれている。
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「一揆の残党が攻撃をしかけても、井戸のなかから大蛇があらわれて、城に霞をかけて危機を救った」。
別名 「霞ヶ城」と言われる 所以である。
この大蛇を「雲井龍神」という。ちかくに祠があり、かたわらに碑文がある。
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雲井龍神の祠
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雲井龍神 碑文
古老傳ヘテ曰ク 丸岡城ノ巽ノ隅ニ雲ノ井アリ 傍ニ小祠アリ 城主有馬侯勝利ノ守神トシテ祀ラレシ所ナリト 今ヤソノ荒レタルヲナゲキ 人々力ヲ合セテ之ヲ再興セリ
昭和四十年秋 東大名誉教授 文学博士 平泉澄

福井県勝山市に平泉寺白山神社があります。苔寺といわれる神秘的な 美しい寺です。
平泉澄は、この白山神社の神職の家に生まれた人です。
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2017年04月24日

丸岡城 人柱お静の伝説

当時は 五角形の広い内濠に囲まれた中に本丸や二の丸がありましたが 堀も大部分埋め立てられ、小高い丘の上に天守台と石垣だけが残っているだけです。
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現在天守の鯱は 木造の銅板張りの鯱です。
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福井震災前の石製の鯱
福井震災で落下した笏谷石の鯱が 現在天守閣登り口の階段脇にあります。
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もともとは 木彫り銅板張りの鯱でしたが 戦時中銅板の入手が困難だったため 石製鯱に改めました。
福井地震で落下後 昭和の修復時にもとの 木彫り銅板張りに復元しました。
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子供の頃に 聞かされた お城にまつわる伝説があります。
丸岡城 伝説「人柱お静」です。
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お静慰霊碑があります。その脇には 説明板。
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伝説 「人柱 お静」
柴田勝家の甥、柴田勝豊が天正4年(1576)に丸岡城を築城の際、天守閣の石垣が何度積んでも崩れるので人柱を入れるように進言する者がいました。そしてその人柱に選ばれたのが、二人の子をかかえて苦しい生活をしていた片目のお静でした。 お静は、ひとりの子を侍に取り立ててもらうことを約束に、人柱になることを決意し、天守閣の中柱の下に埋められてしまいました。
それからほどなくして、天守閣は立派に完成しましたが、柴田勝豊は他に移封され、お静の子は侍にしてもらえませんでした。
お静の霊はこれを恨んで、毎年、年に一度の藻刈りをやる卯月のころになると、春雨で堀には水があふれ、人々は"お静の涙雨"と呼び小さな墓をたてて霊をなぐさめました。
「堀の藻刈りに降る雨は、いとしお静の血の涙」という俗謡が伝えられています。
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今でもこの時期に行われる丸岡祭(国神神社春季祭礼)4月15〜17日は、天候に恵まれることが少なく、お静の涙雨 という話を聞きます。
今年も 雨降った・・・・そうな。
タグ:歴史 観光 福井
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2017年04月23日

丸岡城天守

桜の花の中に 浮かんでいるような 丸岡城です。
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安土桃山時代に建造されたと推定される天守は重要文化財に指定されています。
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丸岡城天守  丸岡城の天守は、全国で現存する12基の天守で最も古い。
別名霞ヶ城
城郭構造連郭式平山城
天守構造独立式望楼型 2重3階(建造年不明 木造 現存)
遺 構:曲輪、天守、移築門、石垣
築城主柴田勝豊
築城年天正4年(1576年)
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天守は、二層三階の初期望楼型独立式で、軒下や壁面が白木造りとなっている。
屋根は 珍しい石瓦で葺かれている。
約6000枚の瓦はすべて笏谷石(足羽山山麓から産出)1枚20〜60kg 屋根全体で120トンにもなります。
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内部に入ることができますが・・
この 急な石段だけで 諦めました。
とは言っても・・・子供の頃から何度か 内部に入ったことがあります。
天守内部の階段は、大変急な階段で 段差が高く 観光客のためなのか つかまるためのロープが備えられています。
2階ー3階の階段は、傾斜角約65度、段差がなんと27cm、踏面も最小で12.5cmしかない。
天守への石階段:約29度ですから 65度がどんなものか想像つきますね。
日本一 登りにくい階段かも。。。
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外観は二階建てに見えますが、内部は三階建て(二層三階)となっています。
最上階三階の望楼は、ふもとから約35mの高さで 坂井平野が一望できます。
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不規則な石組みで高度な技術が必要な野面積みの石垣。戦国期特有の建築構造の1つです。
野づら積み の石垣は、すき間が多く粗雑な印象ながら排水がよく大雨に崩れる心配がないといわれています。
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狭間(鉄砲穴)
天守の壁面に開けられた小さな小窓で、この穴から外敵に向かって石を投げ落としたり、鉄砲を撃ったりするところです。
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簡素な石落とし
天守閣の一階には石落としという狭間があり、石垣を登ってくる外敵に向かって、石を投げ落としたり、弓をや鉄砲を撃ったりする時に用いました。
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天守の最高階の天井の間には四方に窓があり、窓からの展望がよく 西方は日本海、三国の海岸まで見渡せます。
丸岡城内は戦国時代の特徴で 豪華さや優美さより、いたる所にある敵に対する備えを重視しています。
現在の天守は、昭和23年(1948年)の福井地震によって倒壊した後、昭和30年(1955年)に部材を組みなおして修復再建されたものです。
タグ:歴史 観光 福井
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2017年04月22日

丸岡城 桜に浮かぶ霞ヶ城

越前 福井藩 丸岡城に行きました。
ちょうど桜が満開で 一番いい時でした。
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小学校の遠足で訪れたこともあるし 何度か遊びに来たことがある 城です。
別名霞ヶ城。江戸時代には丸岡藩の藩庁であった。現在は天守のみ残る。 
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国宝 霞ヶ城   福井県坂井市丸岡町霞町1-59
1934年(昭和9年)1月30日 天守が国宝保存法(旧法)に基づく国宝に指定される。
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丸岡城天守閣を取り囲むようにソメイヨシノが植えられている公園は、日本庭園式公園の「霞ヶ城公園」として整備されています。
1990年(平成2年) 「霞ヶ城公園」として日本さくら名所100選に選定されました。
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桜が満開の頃は、桜が作り出す霞の中に丸岡城が浮かんでいる幻想的な風景となります。
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天守閣をとりかこんでいる 坂道をぐるりとまわるように上っていきます。
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頭上を覆うように咲く 桜がきれいです。
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丸岡城は越前ほぼ一帯を領していた柴田勝家の甥である勝豊により築城されました。
丸岡城築城後も一向宗の残党が城を襲うことがありました。しかし、その度に、天守閣横にある井戸から大蛇が現れ、城に霞をかけて城の危機を救ったと言われています。このことが丸岡城の別称「霞ヶ城」の云われだそうです。
現在は 取り囲むように咲く さくらがまるで 霞のように見えます。
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2017年04月20日

三国運動公園

成田山福井別院は 小高い丘の上にあるのですがすぐ近くには 広大な三国運動公園があります。
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三国運動公園の桜を見に行きました。
遊戯施設、休養施設、管理施設、スポーツ施設、芝生広場などがある広大な公園です。
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施設のまわりには 桜の木が植えられていて 心和む場所です。
人がほとんどいないです。
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芝の手入れも大変だろう・・・と思えるサッカー場
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陸上競技場 立派な施設です。1周400m全天候型ウレタン舗装8コース
草むしりの 人が 一人仕事していました。
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このほかに テニス場 ゲートボール場 (屋内外) プール 野球場などもあります。
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運動公園は21.0ha
維持費がかかる上 稼働率が低いことが問題になっているそうです。
箱もの作るのはいいけれど 後の事考えないと 維持費がかかってしようがない 見本のようなものです。
まさに ワイズ‐スペンディング(wise spending) 賢い支出 を考えるべきですね。
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