2021年04月06日

三木城合戦記

発売時は 読もうとは思っていなかったのですが 借りる機会があったので
「もろびとの空   三木城合戦記」 という本を読みました。

タイトル  もろびとの空 
       三木城合戦記
著者       天野純希
出版者東京 集英社   2021.1

「戦国末期、別所長治は信長に叛旗を翻す。織田勢を率いる秀吉の猛攻に耐え、籠城戦が続くなか、飢えに苦しむ領民は、究極の選択へと追い込まれる。
織田勢を率いる秀吉の猛攻と「干殺し」に耐え、暮らしを守ろうと刀を握った人々の、歴史に記されなかった生を描く。」

別所氏の三木城落城譚といえばその凄惨さから、有名な話として伝えられているそうですが 歴史には詳しくないし まして 三木城なんていうのも全く知らなかったです。
名前も知らなかった武将たちですが 「死に損ない」と罵られ、次こそ死のうと、敵軍を斬りつづける武士。貧しくて米十俵のために握った薙刀で、家族を守るため、「女武者組」として戦う覚悟を決める娘たちの姿が描かれていて ひきこまれました。

織田に反旗を翻した古豪・別所家。司令官・秀吉の報復と播州征伐。
三木城当主別所長治の籠城戦
「秀吉が行った兵糧攻めは、三木の干殺し(みきのひごろし、-ほしごろし)と呼ばれる。」

領民のためにと言いながら自らの意地、プライド、私欲に取り憑かれている城主。
「播州武士の矜持、名門別所家の誇り」とは程遠い 自己顕示欲の塊のような吉親。
城主長治を幽閉し 吉親がプライドだけで反旗をひるがえし 籠城という選択をした。
その選択が、自らだけでなく周囲も苦しめる。
こんな愚かな男のために 多くの民百姓や武士が死んでいく。
焼かれる家や田畑。子は拐われ、女は凌辱され、男は斬られ 秀吉の2年もの兵糧攻めにより飢え死にが相次ぎ
最後には飢えて 人肉まで食べなくてはならなくなった。

物語は百姓の娘で米を得られることから女武者団に参加した加代と、女武者団を支える別所家家臣の蔭山伊織の視点で描かれている。
女武者組の指揮を執るのは別所家の妻 波。
最後の交渉は 幼い子らを含め別所一族の死をもって立て籠もった領民、家臣の命が救うこと。
別所一族が女こどもまで自決する場面は 悲しい場面です。

別所一族の死をもって立て籠もった領民、家臣の命が救われ 月日がたち
その後の平穏な 農民の日々に安堵し 緑豊かな土地へと変わっていく姿にはほっとします。
合戦の裏にある ひたむきな生の物語です。

人とは 何なのだろうか・・
生きるとは?

戦国時代 人は戦いのために生きていたのだろうか。
戦がはじまれば歩兵として いやおうなしに かり出され 前線に出て 切られ 射られ 討たれる。
虫けらのように 殺されても 文句はいえない。
それが 役目と割り切っていたのだろうか・・・

太平洋戦争のときも 兵隊さんは同じでしたね。

家族もいれば 親兄弟もいるのは 領主とて同じはずなのに。
短い人生でも 戦いのためならしかたがなかったのだろうか。
戦争は いやですね。

強いものが勝つ。
そうなんでしょうが ひたむきに生きていた人たちの 人生は何だったのでしょうかね。

フィクションといえども 実際にあったという戦いの歴史を読むのは 辛かったです。

現代の為政者も 国のため国民のためといいながら 利権 忖度
自己顕示 私利私欲 プライドのために 取るべき道をあやまってはいませんか?
そう 問いかけたいです。
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2021年02月06日

成田線に沿って(旅する練習2)

ここからは 知る人ぞ知る 千葉県のローカルネタになります。
わかる人はまだしも 知らない人には何のことやらかもしれません。

利根川に沿って JR成田線が走っています。
途中より道をしながら 徒歩で茨城県の鹿島まで行きます。

6日間の旅の宿泊地とルート

天王台ー木下(きおろし)−佐原ー神栖ー鹿島

我孫子市。
千葉県と茨城県の県境の市です。
上野方面の常磐線の駅ですから 乗換駅 通過駅であって
千葉に住んでいたのに一度も町なかに降りたことはありませんでした。

本を読んで初めて知りましたが 文豪・文化人たちに愛されたまち だそうです。
彼等は手賀沼公園から高台の旧別荘地へと・・
大正時代から昭和初期にかけて我孫子には、志賀直哉、武者小路実篤、柳宗悦、バーナード・リーチなど多くの著名な文化人が居を構えたり別荘を持ち 白樺派の文豪が多く集ったそうです。

志賀直哉邸跡
旧武者小路実篤邸跡
柳宗悦旧居三樹荘跡(大きな3本の樹がある)
我孫子市杉村楚人冠記念館
嘉納治五郎別荘跡(天神山緑地)
旧村川別荘(歴史的建造物である旧井上家住宅手賀沼開墾に尽くした豪農と屋敷)
 
残っている旧居などが 公開されているそうで 知っていたら散策したのになぁ〜

手賀沼公園でカワウやコブ白鳥などの野鳥を観て
滝前不動尊へ。不動明王真言の碑があり こののち亜美はこの真言を唱えながらボールをけります。
ここもいいところで 写真など見ると一度行きたかった場所です。

天王台で宿泊の翌日 木下(きおろし)へと向かいます。
実はこの途中には 布佐などの街がありますが 通過。
次に向かったのが木下万葉公園の木下貝塚。
12〜13万年前東京湾の海の底だったらしく 貝塚が残っている。
木下は何度も行ったのに 知らなかったです。
この辺りは 古代から 香取海という内海があって 船の重要交通路でした。

木下をすぎると宿泊できる所がないということで 翌日は一気に30km。田舎すぎてホテルがないという状況です。
佐原へ向かいます。

途中利根川沿いの グラウンドでゴールを決め 栄町のスーパー堤防発祥の地を通り 根木川合流地点をすぎ 滑河駅。
神崎大橋を観て 神崎神社へ。ここには なんじゃもんじゃの樹がある。
旅を急ぎ 佐原へと・・・

佐原で宿泊。
翌日は 少し南下して 馬乗り馬頭観音へ。
千葉県を代表する特徴のある石仏だそうです。
佐原は 見学しましたがこの馬頭観音は知りませんでした。

成田線沿いに住んでいたのに 知らない名所ばかりで 驚きました。
考えてみれば 香取神宮もあるし 昔から成田山への街道があるしで
由緒ある 寺社が多いのは肯ける話です。
さすがに有名な香取神宮には行きました。
若いころは 地元に点在する名所旧跡に関心がなかっただけかもしれません。

小見川に向かい ここで茨城県へと小見川大橋を渡ります。
息栖大橋を渡り 軽野港水門。神栖泊。

神栖から国道124号線を鹿島神宮へと向かいます。
鹿島神宮は行ったことあります。

そして 旅の終わり。
鹿島アントラーズの本拠地にある合宿所へ 本を返しに行きます。
これで 旅する練習は終わりました。

だまって持ってきてしまったという
心につっかえていた 本を返すことができました。
心機一転で 中学生になれます。

安心して戻るところがある 旅でした。

翌日 電車に乗り帰宅しますが 6日間の旅で何を学んだかは
少女の成長を待ちましょう・・・。
人生の旅は長いです。

利根川沿いの情景が描かれていて なつかしかったです。
私もいっしょに旅をしたみたいな ほっとしたような すがすがしさがあります。
ローカルな話なので イラストマップがあればわかりやすかったかもしれません。

旅する練習。
じつはこれから思春期を迎える少女の多難な人生を乗り越える 練習なのかもしれません。
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2021年02月05日

旅する練習1

20年ほど前に住んでいた千葉の地名が出てくる本を読みました。
内容はともかく 地名と成田線という言葉に魅かれて読んでみました。

作者は芥川賞候補2回目という方でこの「旅する練習」も
第164回芥川賞候補作。

タイトル   旅する練習 
著者     乗代雄介
出版者    東京 講談社
出版年    2021.1
・・・・・・・・・・・・・
内容紹介

「中学入学を前にしたサッカー少女と、小説家の叔父。
2020年、コロナ禍で予定がなくなった春休み、
ふたりは利根川沿いに、徒歩で千葉の我孫子から鹿島アントラーズの本拠地を目指す旅に出る。
ロード・ノベルの傑作!」

「この旅のおかげでそれがわかったの。
本当に大切なことを見つけて、
それに自分を合わせて生きるのって、
すっごく楽しい」(本書より)
・・・・・・・・・・・・・・・・・

おや?芥川賞候補作なのに なんだか親しみやすい話題ではないか。
しかも 利根川沿いの旅と言えば 読まずにはいられない。
そんな感じで読んでみました。

叔父とサッカー少女の6日間旅の話。
途中、特に事件や出来事などは起こらない。
淡々と6日間の旅の様子が綴られているだけです。
利根川の堤防道を、亜美はサッカーボールをドリブルの「練習」をしながら進みます。
「私」は 旅の風景描写を書きながら進みます。
「私」が描写するのは、史跡や草花、鳥たち。
亜美も中学から「日記」の課題がが出ているので毎日書きます。
元気で、コロナ過でも明るく生きる少女の成長が見られます。
途中もう一人 旅に参加します。
でも これは「私」と 少女の
「歩く、見る、書く、蹴る」の繰り返しで「練習の旅」なのです。

文章はわかりやすく なんということのない話だけです。
ただ 「私」の書く 風景描写が興味深いです。

これは 「人生を旅する練習」なのだと推察されます。
やはり ただのロードノベルではなさそうです。
読み手の 受け止め方で評価がわかれそうです。

サッカーの上手な亜美は 東京の私立中学の入学が決まっている。
鹿島アントラーズの本拠地での合宿で 持ち帰ってしまった本を返しに行くという旅です。
我孫子駅まで電車で行き そこから利根川沿いに 徒歩の旅になります。
途中 寄るところがいろいろあります。
叔父が日記を書く間は ドリブルをしています。
天真爛漫 素直ないい子です。

さて その旅を追ってみましょう。

成田線(常磐線)我孫子駅から徒歩旅のはじまりです。
次へ 続きます。
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posted by うめのはな at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

2021年02月04日

羊は安らかに草を食み

衝撃的な本を読んだ。
心に重く残るような本。
夢中で読んだ。

最近こういう本に出合ったことはなかった。
ただ 面白いだけの本ならたくさんあった。
これはちょっと違った。

タイトル  羊は安らかに草を食み 
        Sheep May Safely Graze
著者     宇佐美まこと
出版者  東京 祥伝社
出版年  2021.1

出版社より
86年の人生をさかのぼる最後の旅
旅のはて 、認知症を患う益江がこれまで見せたことのない感情を露わにしたとき
老女たちの運命は急転する

内容紹介
認知症を患い、日ごと記憶が失われゆく老女には、それでも消せない “秘密の絆” があった――
八十六年の人生を遡る最後の旅が、図らずも浮かび上がらせる壮絶な真実!


羊は安らかに草を食み[Sheep May Safely Graze]
J.S.バッハ (BACH, J.S.)
という音楽があるけれど それとは別物で関係はない。

物語は 俳句教室で知り合った20年来の友人3人。益江 アイ 富士子。
「カヨちゃん」という言葉ばかりつぶやく益江。 過去の断片が、益江を苦しめている。彼女の心のつかえを取り除いてあげたい――
アイと富士子は認知症を患った益江の夫に頼まれ 益江と最後の旅に出るという話。
益恵がかつて暮らした土地 大津、松山、五島列島を巡る旅に出かけた3人。

満州からの引揚者だった益恵には 人に言えない過酷な秘密があった。
いかにして過酷な状況の中生き延び、引揚げ 現在の平穏な生活を得たのか。
彼女が隠しつづけてきた秘密とは? 

現在と過去。
益江のいくつかの俳句をキーワードに、少しずつ解明されていく過去 それは
幼い少女が生き抜いてきた 悲惨で過酷な敗戦時の満州での話であった。
親を亡くし 子をなくし ソ連兵に追われ 中国人に狙われ 命の危険と隣り合わせ。
自分の命を守ることさえままならぬ そんな中 子供のことなどかまってはくれない。
着るものも 食べものもなく 保護者もなく。子供はたった一人でどう生きればいいのか・・・
そんな中 出会った 「カヨ」と二人で助け合い 生き抜いてきた過去がすこしずつ語られていく。
今では考えられないような 壮絶な生きざま。
それは 読んでいても辛くなるような 話です。

満州で平和に暮らしていた 益江一家は敗戦時 ソ連兵に追われ命からがら逃げますが
途中 家族はみな死んでしまいます。
たった一人 生き抜いた11歳の益江。
戦争は常に弱い立場の者たちを苦しめるということがよくわかります。

引き上げ後 結婚 出産。
しかし夫にも 戦争の傷跡が残っていた。

過去の何が益江を苦しめているのか・・・
口に出せない 秘密とは・・・

長崎の島で出会った 老女。
隠し通した秘密。語られた真実とは・・・
あまりにも壮絶で想像を絶する真実。

そして旅の終わりに 旅につきそう老女にも「悲惨な現実」があった。

現在と過去が交錯して 戦争を生き抜いてきたという すさまじい人生が読み手にのしかかってきます。
特に 満州での話は 心にぐさっとつきささるような重いものでした。

そして 現在。
これもまた それぞれの生きざまが明らかになり 老女たちの覚悟が見えてきて心にしみます。

こういう生き方も終わり方もあるんだなーと。。。。
死ぬ覚悟は生きる覚悟と そんな風に思いました。

人にやさしくありたい そして強く・・・この老女たちのように。。。


2015年に 新宿の平和祈念展示資料館 を見学しました。
東京都新宿区西新宿2-6-1 新宿住友ビル33階(2018年に48階から33階に移転)


「平和祈念展示資料館は、戦争が終わってからも労苦(苦しくつらい)体験をされた、兵士、戦後強制抑留者、海外からの引揚者の三つの労苦を扱う施設です。」

ここを見学したときも とても心が傷みました。
魂が揺さぶられるように すごく重かったです。でも一度は見たほうがいい施設だと思います。
戦争をしらなくても 過去にはこういうことがあったという事実を受け止めるべきです。
敗戦によって外地での生活のよりどころを失い、身に危険が迫る過酷な状況の中をくぐり抜けて祖国に戻られたからたちの
苦しみ労苦を物語る展示です。

物語の中での益江の過去と重なる部分がありました。。

ブログ過去記事

平和祈念展示資料館・常設展示 3つの労苦

平和祈念展示資料館・体験コーナー(兵士)

平和祈念展示資料館・体験コーナー(抑留者 引揚者)

『抑留者と家族をつないだ言葉ー葉書に託した想いー』平和祈念展示資料館

「羊は安らかに草を食み」カンタータ。
羊は平和の象徴。
音楽からは のどかな情景が浮かび上がります。
領主の健康・長寿・善政を歌い上げた祝賀曲だそうです。

なぜこのタイトルなのか・・
自分の人生のいきざま そして 始末のつけかた・・
衝撃的な物語の最後に 穏やかな心になって・・・
この音楽が流れてきそうです。

この本は心に響く 1冊です。
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posted by うめのはな at 14:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

2021年01月31日

なつかしい映画

本の中で なつかしい映画を観た・・・観たときのことを思い出した。
思いだしたというより なつかしさに浸った。

同じ年代なら 一度や二度 観たり聞いたりしたことのある映画のタイトルではなかろうか・・・
その時代の自分を思い出してなつかしかった。
そりゃ いい思い出ばかりではないけれど やはり映画を観たときはそれなりに幸せな気持ちで
観ていたのだとおもう。

タイトル 追憶映画館 テアトル茜橋の奇跡
     PHP文芸文庫)
     伴 一彦 (著)  発売 2020/9/9

内容(「BOOK」データベースより)
友人に騙され借金を背負った男が、町で出会った少女に「私を殺し屋にして」と頼まれ…。母が故郷の橋で再会した、生涯の“想い人”の正体とは…。病室の窓から男が見たのは、十一歳の時に一目惚れした少女と瓜二つの女の子だった…。『レオン』『マディソン郡の橋』『小さな恋のメロディ』など名作映画をモチーフに、焼失した映画館と、映画で結ばれた人々に起こる奇跡を、稀代の脚本家が描く感動の連作短篇集。

8つの映画。そして8人の人物。
映画にまつわる8人の人生が 茜橋という街の映画館で過去と未来が交差します。
そして ひとつになって よみがえります。

ニュー・シネマ・パラダイス 
 レオン
 ハチ公物語 
 マディソン郡の橋
 小さな恋のメロディ 
 愛と喝采の日々 
 ローマの休日 
 バック・トゥ・ザ・フューチャー 

映画館で観たものもあるし TVで観たものもありますが どれもなつかしい映画ばかりです。
そのころの映画といえば 「卒業 」なんかもいいかなと思いますし「ある愛の歌」なんていうのもありましたね。
 「未知との遭遇」や「ジョーズ」もそうでしたね〜

生まれ育った田舎町には 映画館が二つあって ひとつは松竹の映画 もうひとつは東映の映画を上映していました。
松竹のほうは主に 時代劇 東映のほうが少しハイカラな映画。そんな感じでしたが まだ子供だったので
お金を払ってまで映画を観るということはなかったです。
いまはもうふたつとも 映画館はありません。

映画には 甘い思い出もありますが 大半はそんなロマンチックな思い出ではなくて
スリルとサスペンス専門のような映画ばかり見ていましたから 
人生が交差するような 思い出も出会いもなかったです。

しかし この本を読んでいろいろ思いだしたことはたしかです。
あの時代を生きてきた同世代の人にはわかるだろうなぁ〜

昭和時代のノスタルジーです。

最近は映画館で映画を観ることもなく たいていTVの再放送か
それ以前はDVDを借りて観ていました。
レンタル時代は それこそ新作が出るたびに借りて観ていました。
毎日のように観ていましたが あるときからピタッと観なくなりました。
理由はわかりませんが2時間も拘束されるのは 辛いし
なんだか 年とともに映画がつまらなく思えるようになったせいかもしれません。
最後に映画館で観たのは
2009年のアバターだったと思います。
3Dとかで 頭が痛くなって それ以来映画館には行っていません。

それ以来 思い出もなにもないです。

だから映画は懐かしいものなのです。
私は映画館に特別の思い入れもないし 思い出もありませんが
映画のタイトルはなつかしかったです。
そして8つのストーリーもなかなか味わい深かったです。

ローマの休日 の王女さま オードリーに憧れたり
小さな恋のメロディ の幼い恋に拍手したり
バック・トゥ・ザ・フューチャー でタイムマシンに夢見たり
ニュー・シネマ・パラダイス は不滅の名作だなーと思ってみたり
いろいろ思いだせたことが なつかしかったです。
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2021年01月26日

野菜の花

最近は 娯楽の小説でも 中に書いてあるちょっとした言葉が目につき 心に残ることがあって
そこから 得ることも多くなりました。
巣ごもりのせいか 外に目が向かない分 内に気が付くようになったからかもしれません。
あるいは 年齢のせいか・・とも。。

野菜の花について料理人が言った言葉が心に残りました。

「野菜はえらい。
どんなにきれいに花が咲いても 花を自慢したりしません。
実ができてこその花だと知っている。
人も花を咲かせることばかり考えていると その後に実をつけることを忘れる
人も野菜を見習わねば」

 お勝手のあん 3   あんの青春〜若葉の季〜 柴田よしき 著より

このような言葉でした。

この言葉に思い当たることがあって 考えてしまいました。

野菜の花って 目立たなくて 小さく咲いて大きな実をつける。
実はその小さな花が実に 可憐なのです。
その後 大きな実をつけるわけですから 誇らしげに大きく咲いてもよさそうなのに
そうではないのです。
鑑賞用の花は 花が愛でられて咲いたら枯れるのですが 野菜の花にはその後に大きな目的があります。

人もそうではなかろうか・・・
蕾が子供で花が青春だとすると
蕾のころから温室育ち 花開くときに パッと咲いてちやほやされ その華麗さからもてはやされ華やかな青春 
なんでも思う通りになるような青春時代をすごす人もいる。
大人になったその後のことは 考えない。鑑賞用の花みたい。

雨風に打たれ 小さく咲いて 目立たないけれど人生の基礎を築いてしっかり生きる下準備をする人もいる。
こちらは野菜の花かな。

花が咲くのが10代のころだとすれば その時代は思慮も足りなくて
いろいろ自己中心になっていても気が付かない。
私もそうだったし 今になって ああ〜と思うこともたくさんありすぎて 本当に若いということは
未熟だったんだなぁ〜と思います。
未熟 ・・・ そうなんです。人間的に 熟していない時代だったんです。

未熟のまま 大人になる人もいますが
ちゃんと熟していく人もいます。
それに気が付くのが うんとあとになってから。

未熟のときに気が付くはずがないし 実を結ぶころには いろいろ人生真っ最中で振り向くことさえできません。
ただ前へ 前へと生活に追われるだけです。
そして 熟年。そうですね〜
熟したあとになって やっとこれまでのことを思い浮かべることができるようになります。
青年 壮年 熟年 老年とはよく言ったものです。
老年すぎれば 晩年とね。

鑑賞用の花の生き方より
野菜の花の生き方がいいと思うのは もう熟年をすぎたころなのかもしれません。
華やかさより 穏やかさがいいと 思うのです。

若いころは多少無茶したり 自分勝手だったり 相手のこと考えなかったり
目先のことにとらわれていたりしたこともありました。
そういうことを 今更ああ〜あのときああしていれば と思ったってしかたないのです。
今はただ ここまで無事生きてこれたことに感謝して この先も平穏にすごせたらいい
それだけです。

自然災害が起きるかもしれない。
明日 事故で死ぬかもしれない。
コロナに感染するかもしれない。
病気になるかもしれない。
今は 入院すらできず 無念の死を迎えるかもしれない。
戦争ではないけれど ここは戦場なのかもしれません。

生きていれば奇跡もあるかもしれない。
今生きていることそのものが奇跡なのかもしれないのです。

自分はしっかり実をつけることができただろうか・・・
パッと咲くこともできず 
実をつけることもできず
ただ 生きてきただけではなかろうか・・・

最近そんな風に思います。
これも コロナによる環境の変化のせいかもしれませんね。

野菜の花の生き方に気が付いたのが少し遅かったです。

本の紹介
タイトル お勝手のあん 3  あんの青春〜若葉の季〜 
著者   柴田よしき
出版者 東京 角川春樹事務所
出版年 2020.12

内容(「BOOK」データベースより)
昨年の大地震が残した爪痕も、ようやく幾らか薄れてきたように思えた頃。品川宿の宿屋「紅屋」では、おやすが見習いから、台所付きの女中として正式に雇われることとなり、わずかばかりだが給金ももらえることになった。「百足屋」のお嬢さま・お小夜が嫁ぎ、おあつから別れの手紙を受け取るなど、寂しくもなるおやすだが、心配していた勘平の消息を聞き、「むら咲」の女料理人・おみねから出された謎も考えながら、充実した日々を送っていく―。時代小説版「赤毛のアン」、大好評シリーズ第三弾。


柴田よしき、初の時代小説シリーズで これがあんの青春3作目です。全部読んでいます。
あんの名は 「安」と書きます。本当は「ヤス」です。
料理の極意はもとより(江戸の料理も楽しめます) 女が料理人になるというその時代にはできなかったことを
天才的な 味覚 嗅覚をもった あんがやりはじめる。
その恵まれない生まれ育ちをなげくではなく しっかりと生きるすべを身につけるという生き方を
描いてもいます。
あんを 見守り とりまく人々も 魅力的です。
まっすぐに生きる あんの姿は読んでいて心地よいです。
本の中の言葉に うなずいてしまう場面も多く 続編を楽しみにするようになりました。

今回もまた 野菜の花に教えられました。
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2021年01月24日

とんちき耕書堂青春譜

毎日 本を読んでいますが 心に残るような本に出合えるのは数少ないです。
ミステリーだとか そういうありきたりの小説は読んでいるときはドラマを見ているようで
面白いのですが そこから何かを考えたり 感心したりすることはあまりないです。
そりゃ〜面白くて 一気によんだり 読後の満足感はいいドラマのように一時的にはありますが
何も考えずに単純に 面白かった!それで 終わります。

心に残る本というのは 読んでいるときは 面白いとかそういうのではなくて 読んでいるとき 読んだあとに
じわっと 何かが残るようなそういう本です。
そう何か・・何だかわからないのだけれど ちょっと考えさせられたり 妙にひっかかったり
気になってしまい 気になることを 調べたりしなきゃいけないような 感じになります。

これは 傑作だ。面白い。そういうのとは 少し違います。

今回読んだ本も 妙に気になる本でした。
タイトルや作者で選ぶとすれば まず選ばなかったと思いますが 内容紹介で興味を持ち 読んで見ました。
フィクションですが 読んでいるときは 深く考えずさらりと読んだ・・
でも 読んだあと ああ〜そうだったのか・・と心に残りました。

タイトル  とんちき耕書堂青春譜 
著者     矢野隆
出版者  東京 新潮社
出版年  2020.12


出版社からの紹介
「日本が世界に誇る天才たちの、青き時代は面白い! ここは蔦屋重三郎の店、耕書堂。いわば江戸時代の「トキワ荘」。十返舎一九に滝沢馬琴、東洲斎写楽に葛飾北斎。才能の開花を待つ、まだ何者でもない天才たちが集い、悩み、妬み、笑って、泣いた聖地。金はないけど、夢はある。元気もある。怖いものも、なし。だが、ひとつの「死」によって暗雲が――。痛快歴史エンタメ長編」

「幾五郎が出逢う 瑣吉が悩む 京伝が奮う 蔦重が迷う 十郎兵衛が壊れる 歌麿が惑う 鉄蔵が失せる 耕書堂が揺れる」
最初 この紹介文だけでは 何のことやらわかりませんでした。

江戸一番の出版社ともいうべき耕書堂。
幾五郎・瑣吉・斎藤十郎兵衛・鉄蔵。
そこに偶然集まった夢を持つ若者たち。この若者たちこそ のちの「十返舎一九、滝沢馬琴、東洲斎写楽、葛飾北斎」
であった。現代でも多くの人が、当たり前に知っている有名人。

侍を辞めて浄瑠璃の作者を目指ざして大阪から 江戸へ。
金がなくなり 飢えと闘いながらたどり着いた 蔦屋耕書堂。
主の蔦屋重三郎から、絵師の鉄蔵と一緒に、瑣吉という男を捜すよう頼まれる。阿波蜂須賀家のお抱え能役者で、絵が好きな斎藤十郎兵衛を加え、幾五郎たちは瑣吉を見つけるために奔走する。
4人の出会いから はじまります。

幾五郎がいう、
「こんな定まりきった世の中なんざ、ちっとも面白くねぇ。だからよぉ、面白ぇ物でも書いてなけりゃ、やってらんねぇよな」
商売を始めとして多様な才能を見せる幾五郎は 戯作家になることにこだわり 現実は戯作に昇華させるためのものと
創作の糧にしていく。

瑣吉は彼の根暗な性格であるがゆえに 自分の作風が時代に受け入れられないという苦悩であった。

住んでいた長屋の隣の長唄の師匠の首吊りを発端とする事件で 鉄蔵は その死の真相にこだわり続ける。
強引な性格で、幾五郎たちの兄貴分におさまっている鉄蔵は 阿波蜂須賀家のお抱え能役者で、絵が好きな斎藤十郎兵衛を加え、幾五郎たちと瑣吉を見つけます。

娯楽を締めつける幕府の政策に反発する重三郎が あの東洲斎写楽を生み出した理由も明らかになります。

写楽役を引き受けた十郎兵衛が、苦悩の果てに、創作者として覚醒 。新たな役者絵を誕生させます。

大胆な表現。今までの浮世絵にはなかった 見たままありのままの 役者絵。
美がないと 反発する当代一の人気浮世絵師・喜多川歌麿は写楽の絵を激しく嫌いながら 正体不明の写楽に嫉妬する。

絵を描かなければ生きていけない鉄蔵。
己のやりたいことを気ままにやって、毎日楽しく過ごすという 幾五郎。
大胆な役者絵を描いて 消えた 斎藤十郎兵衛。
蔦屋重三郎に見込まれ手代になったが商売に興味を示さず のちに旅に出た瑣吉。

だれがどの有名人だかは読んでいてすぐにわかります。

江戸の若者は夢がある。
共助 自助 相互扶助の 精神もある。
それぞれ おのれが決めた夢にまい進する覚悟も執念も強い意志もある。
そのためなら 努力も苦難も乗り越えていく。
しかし それは 楽な道ではない。
そんな 彼らの青春時代の話です。

今のめぐまれた時代の若者にはどんな夢があるのだろうか。
そして それを支える大人はいるのだろうか。

そんなことを思ってしまいました。
フィクションなのですが 妙に心にのこった本。

ああ〜あの大御所といわれた 4人の人たちは
こうやって育っていったのだなぁ〜
さもありなんと 思った内容でした。

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2021年01月20日

じい散歩そして梵 寿綱

面白いというより 楽しめた本があります。

「ちい散歩」ならぬ「じい散歩」。

タイトル  じい散歩 
著者      藤野千夜
出版者  東京 双葉社
出版年  2020.12


出版社内容情報
明石家は夫婦あわせて、もうすぐ180歳。一家の主、新平は散歩が趣味の健啖家。妻はそんな夫の浮気をしつこく疑っている。長男は高校中退後、ずっと引きこもり。次男は自称・長女のしっかり者。末っ子は事業に失敗して借金まみれ。……いろいろあるけど、「家族」である日々は続いてゆく。飄々としたユーモアと温かさがじんわりと胸に響く、現代家族小説の傑作!
問題山積家族の“軽やかな”物語|


単なる散歩ものかと思えば 家庭内の重苦しい状況とは裏腹に 全然暗くない家族の物語。
読みやすい文章で 楽しめます。

元建設会社を営んでいた90近い じいさんが 日課である散歩で あちこち巡ります。
散歩に出るたび 認知症になった妻が、昔、夫に愛人がいたときのことを思い出し、「どこ行くの」「冨子と会ってたんでしょう」と責めます。若いころのショックなのでしょうね。

妻は認知症。
長男は ひきこもりの子供部屋おじさん。
次男は LGBTだけど 兄弟の中では頼りになる存在。
三男は 借金まみれで金をせびりに来る。

暗くなりがちな家庭でも じいさんは元気はつらつなのです。
建物めぐりや、カフェめぐりで、結構知っている建物がありました。
カフェは レトロでなつかしいような雰囲気ですが 入ったことのないお店でした。
建物めぐりは 池袋を中心に 立教大学 江戸川乱歩の旧家。
そして 自由学園明日館 行ったことがあるので 思いだしながら読みました。
他にもなつかしい場所があって 楽しめました。

そのなかで 一番興味を持ったのが 「梵寿綱  」の建物です。
梵 寿綱(ぼん じゅこう 本名:田中 俊郎(たなか としろう)
日本の建築家。86才。
日本のガウディと呼ばれる男

画一的な 面白みのない近代建築様式ではなくて独自の斬新な建物を建てた男です。
私は知らなかったのですが 本を読んで 調べてみて 「これは驚いた!こんな建物があったんだ」と
ぜひとも 見てみたくなりました。
近くを歩いたことはありますが 気が付かなかったです。

建物というより 芸術品か美術品かと思えるものですが なんとそれが 集合住宅だったりするので
また驚きです。
見たことないので 写真はありませんが その独特な建物は検索すれば あちこちで写真を見ることができます。

代表的な建物(東京都)
池袋: 斐禮祈(ひらき):賢者の石 、 「ヴェッセル:輝く器」
早稲田: ドラード和世陀(わせだ)
佃:   カーサ相生
杉並区: 和泉の門(ラポルタ和泉) 舞都和亜(まいんどわあ)
港区: 「エスペランザビル」
東大和市: 向台老人ホーム(無量寿舞)
目黒: カーサ中目黒

池袋や早稲田の集合住宅など まるで外国の建物のようでここに人が住んでいるのかとおもうほど素晴らしいものです。
ああ〜一度見てみたいなぁ〜外観だけでも驚きなのに天井やエントランスもまたすごいです。
でも 黙って中には入れないですね〜
老人ホームなんか いるだけで楽しくなるんじゃないでしょうかね〜

などなど思いながらあれこれ梵 寿綱の写真見たり調べたりして結構楽しめました。

しかし 話を元にもどすと これは 単なる散歩紹介の本ではありません。
あくまでも 家族の物語です。
じい散歩を通して 街の風景やカフェのメニューを楽しむことができますが
人生こんなものだと 何事も深く考えず 楽しめる本なのです。
過去のことをあれこれ悔いてもしょうがない 
今を嘆いてもしかたがない
なるようになるさ。
それより 今を楽しもう。
そういう生き方というより 終活もありなんだなぁと思いました。
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2020年11月23日

画鬼と娘

はじめての作家さんの本ですが タイトルに魅かれてよみました。

画鬼と娘: 明治絵師素描
池 寒魚 (著)
発売日 : 2020/9/18
 集英社文庫

内容(「BOOK」データベースより)
日本のアートシーンが大きく変化した明治期に活動した三組の画家の親子の物語。巨匠河鍋暁斎とその画業を継いだ娘、暁翠の矜持(画鬼と娘)。早熟の天才、五姓田義松の苦悩と見守る父芳柳。洋画の技術と画材の研究に尽力した高橋由一と息子の源吉。世の中や市場の変化に翻弄されながら彼らが貫いた画業と、達した境地に迫らんとする歴史連作小説。美術鑑賞への意欲を喚起する、興奮に満ちた一冊。


幕末から明治にかけて活躍した絵師河鍋暁斎と弟子昆徳爾(ジョサイア・コンドル)さんの話は
別の本でも読んでいたので 興味があって読みました。

コンドルさんと言えば 、工部大学校で教壇に立つお雇い外国人で建築家として有名な人ですが 実は河鍋暁斎さんに弟子入りしていました。

明治22年4月26日、狩野派最後の絵師・河鍋暁斎が息を引き取った。享年58歳。
その日コンドルを訪ねてきたのが 画家の五姓田義松。応対したのは暁斎の娘 とよ(暁翠)。
五姓田義松と高橋由一は同時代、日本の洋画黎明期に活躍した画家。


明治のスター絵師河鍋暁斎とその娘 とよ(暁翠)
五姓田義松とその父である初代五姓田芳柳
高橋由一と息子・源吉

3組の画家親子の関係とそれぞれの絵の舞台裏を描く 連作小説です。

河鍋 暁斎  天保2年4月7日〈1831年5月18日〉 - 明治22年〈1889年〉4月26日)
号は「ぎょうさい」とは読まず「きょうさい」と読む。
以前の「狂斎」の号の「狂」を「暁」に改めた.
多くの戯画や風刺画を残していて 私も展示会を見に行きました。

以前のブログに書いています。
画鬼・暁斎 KYOSAI 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル・三菱一号美術館

画鬼・暁斎「狂ってたのは、俺か、時代か?」・三菱一号美術館


暁斎は狩野派の流れを受けていますが、他の流派・画法も貪欲に取り入れ、自らを「画鬼」と称した。
縦横無尽の筆さばきで 輪郭線を描かずに色のにじみで形を表す「没骨(もっこつ)法」が用いられています。
主線なしで描かれているので 絵がやわらかく感じられます。
代表的な絵が 岩崎ちひろさんの絵です。

私も 主線(輪郭線)は書かず そのままで描きます。
鉛筆でスケッチした輪郭線の中を塗ると 塗り絵のようになって 明暗が弱まるので
好きではありません。

暁斎さんは 天井絵の龍など 下絵なしに一気に描いたそうです。
深大寺に暁斎さんの龍の天井絵がありますが 劣化していてよく見えませんでした。

それと 特筆すべきは 五姓田義松さんの絵です。
この人は天才ですね。
見たものそのまま描きます。
亡くなった暁斎さんの顔を見て 自宅に戻ってから緻密な顔を描いたと言われています。

この人の展示会も行っています。
ブログに書きました。
2015年10月28日ブログ
『没後100年 五姓田義松 −最後の天才−』・神奈川県立歴史博物館

天才の一言です。

高橋由一さん。
名まえだけではピンときませんが
縄でつるされた 鮭の絵と言えば 一度は見たことあるのではないでしょうか。
本格的な油絵技法を習得した人で 日本で最初の「洋画家」といわれました。
写実というより 細部にこだわり質感の表現を極めました。


しかし この本のメインは 暁斎さんでしょう。
画鬼ですからね。

2013年に特別展「北斎と暁斎〜奇想の漫画〜」展 太田記念美術館
を見に行きました。

「北斎と暁斎〜奇想の漫画〜」展 太田記念美術館

妖怪をたくさん描いています。
漫画です。
「百鬼夜行図屏風」というものがあり 鬼や妖怪が夜に町を行進するW百鬼夜行Wの様子をユーモアたっぷりに描いた作品です。現代の 水木しげる さんというところでしょうか。
昔も今も 漫画は庶民を楽しませます。

なんでも描いた暁斎さんはまさに 画鬼ですね。
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2020年10月26日

絵ことば又兵衛(岩佐又兵衛)

東京国立博物館で 岩佐又兵衛作 国宝 舟木本・洛中洛外図 
を見たのはずいぶん前のことですが
当時 岩佐又兵衛という絵師のことはほとんど知りませんでした。

今回 その岩佐又兵衛の生涯を書いた小説を読み 岩佐又兵衛さんってこんな人だったのだという
新たな知識を得ました。
ある意味 この本も 私にとっては心を動かす内容でした。


タイトル  絵ことば又兵衛 
著者     谷津矢車/著 
出版者  東京 文藝春秋
出版年  2020.9
内容(「BOOK」データベースより)
戦国時代末期、母とともに寺で住み込みで働く又兵衛は、生来の吃音が原因でままならぬ日常を送っていた。そんな中、ひとりの絵師と出会った又兵衛は、絵を描く喜びを知る。しかしある日、母が何者かに殺された―。

荒木村重一族の生き残りにして絵師となった岩佐又兵衛を描く歴史長編。

母と二人寺の下働きをする又兵衛は 吃音があっていじめを受け 人と話すこともままならぬ日々。
そんな時寺に来た絵師に出会い 絵を描く喜びを知る。
この時はまだ 自分の出自を知らぬ又兵衛は何者かに追われ寺から母と二人京に逃れる。そして新たに狩野派で学ぶ機会を得て、兄弟子でもあり師ともいえる狩野内膳と出会い、更なる絵の研鑽を積む。その後母を殺されてしまう。

後に絵師として生きてきた又兵衛は 母だと思っていたお葉はもともと乳母で、しかも彼女を殺した首謀者が自分の父 村重だったことを知る。
母を想い、父を恨み、人とのかかわりも苦手な彼は 絵を描くことだけが生きる道となって行く。

最近の学説では「浮世絵の祖」といわれ、また「奇想の絵師」のひとりとして江戸絵画で注目の絵師を正面から描く。
「怨念の絵師」とも言われますがのちに 「山中常磐物語絵巻」重要文化財 、「堀江物語絵巻」などを描きます。

父 荒木村重は光秀より先に信長を裏切った武士です。
松永久秀に次いで荒木村重も信長に反旗を翻し そして逃亡したことによって信長の怒りは頂点に達し 村重の家臣やその家族たち数百人を焼き殺し 京都の六条河原で、村重の妻子たち約30人の首も刎ねられてました。
2歳の又兵衛は 乳母によって逃れました。
又兵衛が母と思っていたのが この乳母 お葉です。

父村重は謀反の折、家族や家臣達を見殺しにし 逃亡。生き延び信長の死後自ら道糞と名乗り、豊臣秀吉の御伽衆になりました。

それを知った又兵衛の父への 怒りは行き場のないものとなりました。

又兵衛は京都で絵師として活躍し、洛中洛外図屏風舟木本(国宝)を製作。
越前藩、そして江戸へ活動の拠点を移します。
松平忠直の命により 「山中常磐物語絵巻」重要文化財 を製作。
常磐御前、つまり源義経の母にまつわる話です。

松平忠直は家康の孫ですが 「妊婦の腹をかっさばく」という悪評などが際立ち、後に幕府によって追放されます。
「妊婦の腹をかっさばいた」と言われた石が 福井県三国町にあります。
以前のブログで 写真とともに紹介しています。
今回 このようにつながるとは当時思ってもいませんでした。
幼いころより 「妊婦の腹を裂いて 笑っていた悪い殿様がいた」と聞かされていました。

三国港のまないた石

さて 「山中常磐物語絵巻」重要文化財 ですが
笑いながら常磐に刀を突き刺す男。
鮮やかな血の赤。。。血みどろの世界です。
血の朱は 又兵衛自ら筆をとったそうですから 幼いころのトラウマ 怨念が狂気となって
描かれたのかもしれません。
人を殺すということはこういう事だ。という憎悪を吐き出しているかのようです。

又兵衛が関わった血みどろ絵巻「堀江物語絵巻」は 見たことないですが 
すごく悲惨なものらしいです。

この本は 又兵衛がいかにして 絵を学び絵師として生きたのかを描いたもので
当時の絵師 長谷川等伯などとの出会いもあって 興味深いものでした。
絵を極めるということは ただ描くというだけでなく
当時は 染料の調合から膠の作り方 紙の選び方などいろいろ学ぶことがあって
並大抵のことではなかったようです。

岩佐又兵衛は、豊かな頬と長いあごを持つ人物や 大和絵や漢画のような独特の画風で後の浮世絵に大きな影響を与えたと言われます。
「浮世絵の祖」と言われる所以です。

国宝 舟木本・洛中洛外図.  岩佐又兵衛

京の都の パノラマ。鳥瞰図で描かれています。
四季あり 祭事あり 武士も商人も 町人も 貴人も蛮人も描かれているものです。
なんと2500人も描かれているそうです。
一人一人の表情が豊かで 京の都の様子が伝わってくるものです。

東京国立博物館所蔵ですので 機会があれば もう一度見てみたいです。
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posted by うめのはな at 07:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

2020年10月11日

臆病な都市

何と言っていいのだろうか 面白かったというわけでもないし つまらないわけでもない。
読後感がよかったのでもないのに 妙に胸に何かつかえているようで すっきりしな そんな本を読んだ。
これは 何か書いて 吐き出さないと もやっとしたものが 消えないと思い ここに書くことにしました。

臆病な都市 
著者    砂川文次
出版者 東京 講談社
出版年 2020.7
154ページ

内容(「BOOK」データベースより)
鳥の不審死から始まった新型感染症の噂。その渦中に首都庁に勤めるKは巻き込まれていく…。組織の論理と不条理を描く傑作。 --

砂川氏は 第160回芥川賞候補作家 ですので 純文学風で とりかかりが読みずらかったです。
しかも 現職の都区内公務員とのこと。
これは 『群像』2020年4月号
に発表されたもので 新型コロナ流行以前に書かれたものです。
まるで ノンフィクションを読んでいるような 感じがしました。

内容的には 首都庁が舞台。
何事もなく 淡々と 上に逆らわず 事を起こさず・・
そのような お役人の日々。
会議を開くための 事前会議に長時間費やすなどバカげたことが日常である。

「首都庁」の「総務局行政部市町村課地域連携係」に勤める役人であるKが 
「鳧/けり」が媒介する新型感染症の騒動に巻き込まれて行きます。

パニック小説ではないし 154ページと短い内容なのですが
少しお役人的というような文章で 読みずらかったです。
面白いかと言えば 面白くはないです。
ただし 途中でやめられない 魅力があります。
面白いというような ジャンルの本ではないのは確かです。

鳥を媒介とする病「鳧/けり」
市民がこれは感染症で 病人が出ていると 騒ぎ出し 役所に対処を求めます。
しかし 専門家は検査し 否定しているにせの感染症である。
存在しないはずの新型感染症が世間に蔓延し 民意が、「ある」とそう思い込んでいる。
民意がそうなら 国も従うしかなくなり
「ある」という前提は崩せなくなる。

「ない」ものを「ある」と言い、流されていくこの茶番が始まる。
噂が真実として蔓延し、市民は自己防衛と自警に走る。
感染症ありきで法令が改正され 全員検査となる。
安全を証明する『ワッペン』政策に税金を投入して実施
「ワッペン」を付けていない人を
正義という大義名分で 排除していきます。

正しいとか間違っているは、もはや関係がなく 
民意 最大多数の考えに逆らうことはできなくなります。

役人は 逆らいはしない。
行政の無気力、保身に走る。

行政の仕事って こういうこと?と 思わせます。
ないものを あるという バカげたことに同調し 対策までとり 落としどころを考える会議を開き
知らぬふりをして 間違った方向に進んでいても 誰も何も言わないまま。
組織の理不尽さなのでしょうね。

人は自分が 信じたい事実しか信じなくなって 異分子を排除していく。
まるで それが 真実のごとく広がっていく。
こういうことが 一番恐ろしい。

コロナ以前に書かれたものですが なんとタイムリーなのでしょうか。
コロナ対策が後手に回った政府の対応や 
感染した人への 中傷など 現実味があります。

世の中には ミスリードされた事柄が存在するし
行政のあいまいな対応策も目につきます。
事なかれ主義と言われてもしかたがないようなことも多々あります。

行政の無気力、上には逆らわず 保身、非効率な仕事 前例主義 たらいまわし
いろいろ目につきますね。
「善処します」
「持ち帰って検討します」のお決まりの返答がむなしい・・・。
しかし
この感染症も ある日突然
なかったことになって・・・
誰も何も言わず
日常に戻る。

ああ〜物事って そういうものなのかしらねと
ますます 恐怖にかられました。

この新型コロナ感染症の蔓延する今
やはりこの本は 胸に残るし 考えさせられた内容だったのです。

行政は 臆病ではいけません。
理不尽ではいけません。

実は 私の読解力がたりないだけで ある意味 名作なんだろうなーーという
結論になりました。
いい本を読みました。
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2020年09月19日

恐ろしくきれいな爆弾

ちょっと面白い本を読んだ。
面白いというより 女の私が読んで 「痛快!」そう思った本。

タイトル  恐ろしくきれいな爆弾 
著者     越智月子/著 オチ,ツキコ
出版者   東京 小学館
出版年   2020.9

内容(「BOOK」データベースより)
福永乙子は、大臣就任会見の場での男社会への歯に衣着せぬ発言で一躍時の人となる。総理経験者の養女として、3回目の当選で初入閣。しかし、彼女は驚くべき過去を抱えていた。戦慄と驚愕の悪女小説!


美しすぎる46歳・福永乙子。
総理までのぼりつめる その衝撃的やりかたに驚きます。
が・・・しかし
「痛快」であって 不愉快ではない。
むしろ 小気味よい。
「まさかこんなことありえない」と思いつつ
「いや あり得るかもしれない」が 「あるんだろうなー」に変わってしまう。
魑魅魍魎の政治の世界。
なんでもありに 思えてしまう。

登場人物も リアリティがあって ああこの人は 実在のあのひとかもーーと
想像できます。
実在の政治家と比較しながら 読み進むのも面白い。
大臣就任会見で
「わたしは男たちの論理で作られたこの日本をひっくり返します」と男社会へ宣戦布告します。
まさに ニューヒロイン。ここまではっきり言うことで 大人気となる。
永田町に巣くう 悪と権力。
真っ向から立ち向かうべく 永田町で暗躍する政敵を追い払い、彼女は冷然と、登りつめていく。

しかし 彼女には暗い過去もある。
おとこ世界に立ち向かうため 女である武器を使い 男に取り入るという後ろめたい過去もある。
その血筋 元総理の隠し子であり 大物政治家の養女。
そして新興宗教の教祖だった過去。
反社会勢力トップとの接点。
恐ろしくきれな爆弾を抱えて
そのすべてを武器に すべての反撃をものともせず 追い払い 総理への道へと突き進む。

ありえない。そんなことできっこない。
そういう言葉で否定できない 政治の世界。

敵か味方か。表と裏の顔。
誰もがみな 聖人君子の政治家ではない。

うまく利用し 利用され
勝ち残ったものだけが そこに残れるという世界。
それは 男社会だったはずです。
それを 打ち砕くことが やはり読んでいて「痛快」なのです。
おとこはどう思うのかはわかりませんが 少なくとも私は 痛快でした。

もしかして 女の最大の敵は男ではなくて 女なのかもしれません。
邪魔はいつも 「女」。

うらみ、つらみ、ねたみ、そねみ、いやみ、ひがみ、やっかみの七味の渦巻く世界です。

おとこの嫉妬は 女よりひどいといいますが
「なんで 女なんかに・・」
「女のくせに・・」
今まではそうでした。

だから 男をぎゃふんといわせるような 福永乙子が 「痛快」なのです。


戦慄と衝撃の悪女エンターテインメント。
とありましたが 本当に悪女なのか・・・
政治家の世界では 当たり前ではないのか?
過去をさぐれば 誰もが触れられたくないものが出てくるのではないか。
そんな風に思わせた 本でした。
まさに 恐ろしくきれいな爆弾 でした。
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2020年09月17日

四神の旗

昨日の 続き です。
今回は ノワール小説というかそういうものを得意とする 馳星周さんの本です。

馳 星周さんの本は たくさん読んでいます。歴史ものはあまり読んでいなかったのですが
ハードボイルド的な本が多かったです。
「少年と犬」  第163回直木賞受賞。(2020年)
これは 愛あふれる話で心にのこりました。

迷宮の月 と 大仏開眼 の間のことが書かれていた本がありました。
2〜3日前に 読みました。


タイトル    四神の旗 
        馳星周/著 ハセ,セイシュウ
出版者  東京 中央公論新社
出版年   2020.4

内容(「BOOK」データベースより)
武智麻呂、房前、宇合、麻呂。父・藤原不比等の遺志を継ぎ、四人の子らはこの国を掌中に収めることを誓う。だが政の中心には、生前の不比等が唯一恐れた男、長屋王が君臨していた。兄弟は長屋王から天皇の信頼を奪うために暗躍。それに気づいた長屋王は、兄弟の絆を裂くための策を打つ―。皇族と藤原家。野心と野心がぶつかり、巻き起こる壮絶な政争。その果てに待つ、思いもよらぬ結末とは?

四神(しじん)とは、東西南北の四方を守る神(守護神)のことで、「方位の四神」とも呼ばれます。 東は青龍(せいりゅう)、西は白虎(びゃっこ)、南は朱雀(すざく・すじゃく)、北は玄武(げんぶ)の四神(霊獣)をいいます。 「四神」の信仰は、古代中国で誕生し日本に伝えられました。

余談です。

江東区に四方を護る 四神の像があります。
モニュメントとして 江東区内の方角に合わせて存在しており、青龍の像は都営新宿線東大島駅前(平成9年設置)、白虎の像は豊洲シビックセンター前(平成27年設置)、朱雀の像は区立若洲公園内(平成18年設置)、玄武の像は亀戸駅前公園内(平成4年設置)に置かれているます。
モニュメントの写真や地図は 以前ブログに書きました。

江東区四神のモニュメント

本の内容に戻ります。

藤原不比等の息子たちの話。
武智麻呂、房前、宇合、麻呂。
父・藤原不比等の遺志を継ぎ、四人の子らはこの国を掌中に収めることを誓う。
政の中心にいた長屋王は 目の上のたんこぶ。
それを追い払い天皇の信頼を得るため 兄弟は暗躍。
皇族と藤原家の謀略と野心のぶつかり合いと政争。

前回の大仏開眼 藤原仲麻呂の父の世代の話ですが
その後の 大仏開眼時代につながる話です。

そもそも聖武天皇の母は 藤原宮子であり 藤原不比等と県犬養橘三千代の女子である安宿媛(あすかべひめ)通称 光明子(こうみょうし)を妃にした。
藤原宮子は不比等の子であるというややこしい関係。

当時 皇統でない妃は 皇后にはなれなかったがその令を破り皇后にしようとします。
皇子が生まれれば 皇后になる道もあると 祈願 皇子が生まれるが 乳飲み子のとき 熱病で死亡。
今度は 娘の安倍内親王を天皇にと画策する。
なんとしても 藤原の血を皇統にと野心を抱きます。
そこで前回の 第二皇子安積親王暗殺となったわけです。
何時の世も権力争いと政争は絶えませんが
殺し 殺されるという時代に 藤原家が暗躍したのです。
兄弟の絆も 野心との板挟みで 亀裂が入っていきます。
邪魔者は消す。
そんな悪事がまかり通りますが 天罰なのか
四人とも当時はやった 疫病(疱瘡)で死にます。
藤原4兄弟が死んだあとは 藤原衰退。
しかし すぐに 藤原武智麻呂の次男である藤原仲麻呂の時代
「大仏開眼」の話になっていきます。
野心は続き 息子の仲麻呂の時代へと 受け継がれていき叔母は光明皇后となって 聖武天皇との娘が 天皇になります。
歴史は繰り返し 繁栄と 滅亡となりますね。

長屋王の変は
長屋王を取り除き光明子を皇后にするために、不比等の息子で光明子の異母兄である藤原四兄弟が仕組んだものといわれています。
光明子は非皇族として初めて立后されました。
藤原仲麻呂は 強大な権力を手に入れました。

皇子が生まれなかったため 聖武天皇の後宮には他に4人の夫人が入ったが、光明皇后を含めた5人全員が藤原不比等・県犬養三千代のいずれか、または両人の血縁の者である。
なんとしても 藤原の血を・・だったのでしょうね。
その後 第48代の天皇がが亡くなると
藤原不比等の血は皇統からいなくなります。
藤原家から 天智天皇の血統に戻ります。

第49代光仁天皇の夫人の中に 高野新笠がいます。
夫人の父は百済 新羅の渡来人。高野新笠は
第50代 桓武天皇の母ですので 歴史を紐解けばさまざまなことがわかり 面白いものですね。

そこまでさかのぼれば 藤原も 渡来人も 貴族も平民も みな同じ 祖先という感じがします。
よく言うじゃないですか・・
「人類みな兄弟」ってね。

そんな中で 皇統だけが126代も続いているのは 驚きべきことで
皇統の父系をたどれば 神武天皇にたどりつきます。

天皇の系図まで調べると 頭が混乱してきますので
とりあえず 奈良時代のことで 終わります。

なかなか面白い 本を読み 興味を持っていろいろ調べてみましたが
学校の歴史も こんな風に興味が持てればよかったのに
年表暗記ばかりでね〜
受験の歴史は 本当につまらなくてほとんど記憶に残っていません。

小説といえど 面白い。どこまでフィクションかはわかりませんが
全部が作り事でもないので
歴史を知るきっかけにはなりましょう。
だから 本が好きです。
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2020年08月22日

銀河鉄道の父

「銀河鉄道の夜」と言えば 宮沢賢治作の童話。
その宮沢賢治さんの父の視点からの本 「銀河鉄道の父」を読みました。


銀河鉄道の父 
門井慶喜/[著]   東京 講談社
158回 直木賞(2017下半期) 受賞作

内容(「BOOK」データベースより)
天才で、ダメ息子な宮沢賢治。その生涯を見守り続けた父が心に秘めた想いとは。

「岩手県をイーハトヴにし、銀河に鉄道を走らせた宮沢賢治。生涯夢を追い続けた賢治と、父でありすぎた父・政次郎との対立と慈愛の月日を、父の視点から描く。」

私の好きな 門井慶喜さんの本ですが 単行本で読み損ねたので今回 文庫本で読みました。
はじめての男の子。家督を継ぐべきものとして 
父政次郎は威厳を保ちながら、賢治を溺愛し あまやかして育てた。
大病で入院しても自らつきそい 片時も離れない。
そんな賢治は勉強はできるが 苦労をしらない坊ちゃんで
どうしようもないダメ男に育ってしまいます。
何かと金をせびり お金はいくらでも自由に使えるものと思い込み
上京しても 何かと仕送りをせびります。
それにこたえようとする 父のダメっぷりもまた おかしいくらいの愛情にあふれています。

賢治のダメ息子≠チぷりと父のダメっぷりが痛快に思えてここまで 親ばかがいるものだと飽きれます。
どこまで真実なのか フィクションなのかはわかりませんが
この父にして この子あり
の典型なのではと思いました。

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ・・・
で始まる 詩の最後が
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
ですから 賢治の心情はうかがえます。
ナリタイであって ナルでも 私はソウダでもないですから・・・。
ふんふん すばらしいね〜と読みつつ最後に ナリタイで なぁんだ・・ってわけです。

そんな賢治もあるときから きっぱりとお金をせびるのをやめ ダメ男から立ち直ります。

家族のつながり。
特に すぐ下の妹 トシとのかかわりが
とてもよく描かれていて これがもし真実ならば 賢治が童話作家になっていった道のりがわかる気がしました。
トシの存在は とても大きなものでトシがいなかったら あの「銀河鉄度の夜」も生まれなかったのではないかと思います。

高校生のころ 教科書に「永訣の朝」がありました。
国語の教師は 少し興奮気味でこれを朗読し 感想を求めたことを今でも覚えています。

けふのうちに
とほくへ いってしまふ わたくしの いもうとよ
みぞれがふって おもては へんに あかるいのだ
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)

今 逝こうとしている妹トシのことを書いたものですが
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)
の言葉が とても響いて印象的でした。
なぜ トシは賢治に (あめゆじゅ とてちて けんじゃ)
と頼んだのか・・・

今回 本の中にトシの闘病生活に つきっきりで看病した賢治の姿。
童話を書き トシに聞かせる姿なども描かれていますので 賢治とトシの絆の強さがうかがえて
「永訣の朝」の意味も はっきりしました。
トシは賢治のよき理解者でありました。

賢治ものちに 同じ病気になり 逝きますが
生きているうちには 芽がでなかった童話も なくなってからその価値が認められるようになりました。

実は私は 宮沢賢治さんの童話は原本はほとんど読んだことがないです。

ますむらひろし さんの「アタゴオル物語」などが好きで ほとんど読みました。
宮沢賢治作品の漫画化も たくさんあって 面白く読みました。
銀河鉄道の夜 
グスコーブドリの伝記
猫の事務所
どんぐりと山猫 などなど 猫が主人公で親しみやすくて 好きでした。

ますむらひろしさんの 漫画を通じて宮沢賢治の世界を知ることができたといっても過言ではないです。

「銀河鉄道の父」
宮沢家はこの父がいたからこそ あの宮沢賢治が生まれ
あの家族がいたからこそ 賢治は立ち直り数々の名作を生み出していったのだなぁと思います。

賢治に光を当てたのではなく 
明治のあの時代に 威厳と溺愛のはざまで 子に甘くふりまわされた父を描いたのはとても興味ある内容だと思います。
父 そして家族があってこその 賢治でした。
しられざる 宮沢賢治。胸温まる宮沢家の父。
そんな父が あの東北に 明治にいたことも驚きでした。
さすが直木賞作品と納得いくものでした。
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2020年07月23日

囚われの山

久々に手に汗握る読み応えのある本を読んだ。

 囚われの山 
 伊東潤/著 
出版者 東京 中央公論新社
出版年 2020.6   412p 20cm

内容(「BOOK」データベースより)
世界登山史上最大級、百九十九人の犠牲者を出した八甲田雪中行軍遭難事件。百二十年前の痛ましき大事件に、歴史雑誌編集者の男が疑問を抱いた。すべての鍵を握るのは、白い闇に消えた、もうひとりの兵士。男は取り憑かれたように、八甲田へ向かう―。


新田次郎の「八甲田山死の彷徨」と 1977年公開の映画「八甲田山」が有名です。
本はもちろんのこと 映画もTVで放送されたものを見ました。
何かと心に残った作品でしたが今回 改めて 「八甲田山」を取り上げた 小説を読んで
心に残っていた記憶を思い起こして 読みました。

新田次郎の「八甲田山死の彷徨」のイメージがあまりにも強く 二番煎じかなぁ〜と思い読み始めたのですが
切り口が違う。
謎解きからはじまる物語は 迫真の描写となり まるで読み手がその場にいるような感覚に陥らせます。
冬山の厳しさ 地獄の山 ホワイトアウト 本当に死の彷徨なのです。
凍えるような気分になります。読んでいても辛い・・・。

これは 小説なのか 史実なのかと 間違えそうになりました。

「このような悲劇がなぜ起こったのか?」
そこからはじまる 数々の疑問と謎。
残された資料を読み進むたびに 謎は謎を呼ぶ。
そして 一人足りない犠牲者(200人のはずが 199人となっている)
その謎解きから 内容はミステリーへと 進みます。

八甲田山を案内するガイドの説明と地図で 山の様子がよくわかりました。

人は極寒のとき どうなるか どう対処すべきか。

人は極限で何を思うか。

昔の軍隊という規律 命令が絶対という中で 人はどう行動するのか。

新田次郎さんにチャレンジしたような 「囚われの山」ですが
人はいつまでも 何かにとらわれてはいけない。。。。
最期に教えてくれます。

山の描写もすばらしいが 生きるという執念 また人間模様。
そんな中に 現代らしく ミステリー要素も織り交ぜて
とても 興味深く 楽しんで読むことができました。

一言でいえば「面白かった」です。

伊東潤氏は このような読み応えのある本を書きます。
歴史ものが多いですが お気に入りの作家さんです。

読み終えた今 無事に「八甲田山」から 戻った気分です。
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2020年07月02日

童の神 読了

童の神  今村翔吾/著  を読み終えた。

2018年に発表した『童の神』は「角川春樹小説賞」を受賞、第160回直木三十五賞候補作。
(『じんかん』今村翔吾/著  第163回直木三十五賞候補作)

童の神
今村翔吾/著 
東京 角川春樹事務所 
ハルキ文庫

内容(「BOOK」データベースより)
「世を、人の心を変えるのだ」「人をあきらめない。それが我々の戦いだ」―平安時代「童」と呼ばれる者たちがいた。彼らは鬼、土蜘蛛…などの恐ろしげな名で呼ばれ、京人から蔑まれていた。一方、安倍晴明が空前絶後の凶事と断じた日食の最中に、越後で生まれた桜暁丸は、父と故郷を奪った京人に復讐を誓っていた。そして遂に桜暁丸は、童たちと共に朝廷軍に決死の戦いを挑むが―。差別なき世を熱望し、散っていった者たちへの、祈りの詩。第一〇回角川春樹小説賞(北方謙三、今野敏、角川春樹選考委員大激賞)受賞作にして、第一六〇回直木賞候補作。

単行本で出たときに読み逃したので 今回 文庫本で読みました。

平安時代の酒呑童子伝説をベースに、「鬼」「土蜘蛛」など京人から蔑まれた者たちの戦いを描いた物語ですが 安倍晴明、藤原保輔、渡辺綱、坂田金時、茨木童子、酒呑童子など 平安時代の名まえだけは知っているという人物が登場します。

越後に漂着した異人の娘を母とする 桜暁丸は 青い目 赤い髪 大柄。越後を追われ 京へのぼりますが
人と違う容貌で迫害され放浪。
平安時代、見た目や生まれ、血筋などで京人から化外の者と蔑まれ壮絶な迫害を受けていた者たちが 他にもいた。
鬼、土蜘蛛、滝夜叉、山姥、 などは 「童」と呼ばれ忌み嫌われていた。

人も童も流れる血は同じ赤なのに、なぜ童だけが虐げられなければならないのか。
京を追われた「童」たちは京を離れ 山中に安住の地を求めた。
しかし そこにも朝廷軍が討伐に来る。
共に度々来る朝廷の討伐軍に対抗するため 戦いを挑みます。

同じ出自の足柄の坂田金時も登場。しかし彼は 朝廷側につく。
最強の武人渡辺綱ら頼光四天王を配すなど 伝説もからめて 読みごたえのある内容になっています。

京人から化外の者と恐れられ 蔑まれ迫害を受けた「童」たち。
恨みを捨て 融和をはかろうとしますが 貴人たちは それを受け入れられません。

朝廷は 桜暁丸を 酒呑童子 と呼ぶようになります。

安住の地を追われ 追われて 「大江山」に結集する 「童」たちを 根絶やしにしようとする 朝廷軍。
朝廷軍との長い戦において 切られ 「流れる血の色は皆同じ!」と差別なき世に変えるため命を懸けて 死の間際まで平等を叫んで散っていった童たち。

千年後には人を色分けしない心が 民の中で目覚める事を信じる、と桜暁丸は言った。
言葉通り 千年後の今は はたして差別がない 世の中になっているだろうか・・・・
この本を読んで 考えさせられました。

人は 肌の色 出自 見た目だけで 差別していないだろうか・・・
遠い昔の 京の人のように 口にはださないが 怖れがないだろうか。
昔話で 赤鬼 青鬼と言われ恐れられてていたのは 鼻の高い 大柄な異人さんだったのでしょうね〜
小柄な日本人から見れば 肌の色も違ったでしょうし 鬼伝説もそうなんだろうな〜と 納得。

世界のどこかで 原住民を迫害してきたという歴史があります。
長い歴史の間に 同じことが行われてきたようです。

人は 自分とちがうものを 忌み嫌い 迫害しがちです。
異種のものを受け入れがたいという そんな風潮になってはいませんか?
村八分なんて 典型的な風習でしょう。

現代は 自分は と考えさせられました。

平将門や安倍晴明 坂田金時なども 登場して 盛りだくさんですが
恨みを捨て融和を目指すというテーマがあって この本の重さがうかがえる内容です。
しかし 陰陽師 安倍晴明 さんと 金太郎さんこと坂田金時のイメージが崩れ去ったのは 言うまでもありません。


久々に 読み応えがあり 面白かったです。
夢ではなくて 読んでいるときは 脳内で 平安時代にタイムスリップしてしまいました。
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2020年04月14日

横浜1963

出掛けることもなく TV観たり 録画したものを見たりする日々です。
図書館も休館ですので 手元にある本を大事に読んでいますが
どうも気が乗らなくて いままでのように継続して読めるわけではありません。

そんな中 「横浜1963」という本を読み終えました。
2016年出版の文庫化本です。
著者は 伊東 潤 さん。
伊東 潤さんといえば 歴史小説が多くて 私はファンなのですが
この本は 社会派ミステリーです。
めずらしいなぁ・・・と思いながら読みました。

時代は 東京オリンピック前年の 1963年。
フェンスの向こうのアメリカがあった頃の横浜。(今も変わりませんが・・)
基地は 治外法権。

米軍人の 相手をする 女性たちの
連続殺人事件の捜査に当たった 金髪のハーフ刑事。
立ちはだかる 米軍の壁。
米軍にも 黒髪の日系人がいた。
その二人の生い立ちにかかわるそれぞれの立場と 苦悩や葛藤。戦争中に受けた 深い傷跡。
復興期の日本ですが 戦後はまだ続いていました。

1963年という時代背景が 郷愁を誘いました。

そのころの 横浜は全く知らないのですが
街の風景などが なんとなくなつかしいものなのです。

「ヨコハマメリー:かつて白化粧の老娼婦がいた」
中村高寛 (著 )2017年8月。

この本を読んでショックを受けた記憶も新しいのです。


著者は1960年横浜生まれ。

その本の中の言葉が心に残りました。
犯人を見つけるのに 米軍という壁に遮られ 邪魔をされるのですが
その時 こんな言葉があると紹介されていた言葉です。

今の 自粛要請中の社会に ぴったりの言葉だと思いました。

John F Kennedyの言葉

「やらねばならないことをやる。個人的な不利益があろうとも、障害や危険や圧力があろうとも。そしてそれが人間倫理の基礎なのだ。」

A man does what he must ? in spite of personal consequences, in spite of obstacles and dangers, and pressures ? and that is the basis of all human morality.


もうひとつ本に 書かれていたのは

「いかなる犠牲、いかなる危険を伴おうとも、すべての危険の中で最も大きな危険は何もしないことである。」

これは
There are risks and costs to a program of action, but they are far less than the long-range risks and costs of comfortable inaction.

「行動にはつねに危険や代償が伴う。しかしそれは、行動せずに楽を決めこんだ時の長期的な危険やコストと較べれば、取るに足らない。」

この言葉のことだと思います。
どれも ケネディさんの言葉です。


ケネディさんは 在任中の1963年11月22日に暗殺されてしまいました。
1963年のことです。

名言を数多く残していますね。

今の時期 もうひとつ あげるとすれば

Ask not what your country can do for you; ask what you can do for your country.

「国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく、あなたが国のために何を成すことができるのかを問うて欲しい」

ジョン・F・ケネディ
John F Kennedy



このコロナ感染症の時代の対応を 予期するような言葉に思えました。

感染症を防ぐには 何をすべきか・・・STAY HOME
一人ひとりが 外に出ない ことです。
きちんと 守る それ以外 救いはないように思いますね。

「Do the right thing.」John F Kennedy


みな 健康でいられますように。
一日もはやく 普通の日々がすごせますように・・・

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2020年03月13日

東京、はじまる

今日は 本の話。

タイトル  東京、はじまる  門井慶喜/著  
出版者東京 文藝春秋
出版年2020.2

内容(「BOOK」データベースより)
江戸を壊し“東京”を建てねばこの国はほろびる―留学から帰国した辰野金吾は、瓦屋根がぺたりと広がる町並みを眺め焦燥に駆られる。建物と風景が近代国家を支えると信じた日本人初“建築家”の熱い生涯!


建築家 辰野 金吾さんのお話しでした。

著者の門井慶喜さんは 
「屋根をかける人」アメリカ人建築家、メレル・ヴォーリズ氏の話を書くなど 建築家の話を書いています。
また 『家康、江戸を建てる』の著者でもあります。

江戸を建て 江戸が終わり 近代化の 東京がはじまる という建築の話。
辰野金吾さんは 江戸から東京へ、急速に近代化する街の形を決定づけた建築家です。
鹿鳴館の窓から見た 東京の景色があまりに平坦なのに驚き これからの街づくりに 「江戸」を壊して近代「東京」の街づくりを志します。

師である ジョサイア・コンドルとの対立 ライバルたち そして野心 葛藤。
下級武士であるという劣等感から 勉学に励みます。
イギリスへの留学で諸国と日本の差に焦り帰国後は これからは日本人が設計しなければ 日本の街づくりは進まないと、恩師ジョサイア・コンドルを蹴落としてでも日本人建築家による首都作りを目指した男です。
今日の東京の風景が生まれるに至った「東京のはじまり」の物語でもあります。

コンドルを蹴落として 「日銀」の建築を奪います。日本の銀行は日本人の手で!
上から見ると「円」という建物には 辰野ならではの こだわりがあったようです。
長い年月をかけての 石造りと煉瓦の建物。
地下の金庫室は いざというときは 水没するように設計されているとは 知りませんでした。
戦争中だったため 敵にお金等を奪われないためだとか・・・・。

そして大成功を収め 理想の首都「東京」を作り上げようとします。
次は 鉄道の国有化と 中央駅の建造。
今の 「東京駅」です。
豆腐のようなぐずぐずとした 地盤に松の木の杭をびっしりと打ち込んでからの建築。
長さ330mあまりもある 無駄に長い建物と 当初評判はよくなかったそうです。
しかし 関東大震災でも びくともしなかったことで 再評価され 今では東京のシンボルになっています。

三菱が原と呼ばれた 現在の丸の内の広大な平原にも 赤レンガに白い線の建物が増えていきました。
今日の風景が生まれるに至った「東京のはじまり」の物語です。

辰野金吾と言えば あまりにも有名な人で 全国の数多くの建築物を手掛けてきましたが
彼が 一番やりたかったのは 「国会議事堂」だったそうです。
「国会議事堂」はコンペ方式になったものの スペイン風邪の流行でライバル 妻木の死。そして辰野の死で
設計者があいまいな ままになっています。

本の中に出てきた「スペイン風邪の流行」なのですが
今の新型肺炎と 同じようなのかなぁ・・・と 思ったりもしました。

「流行の経緯としては、第1波は1918年3月にアメリカのデトロイトやサウスカロライナ州付近などで最初の流行があり、アメリカ軍のヨーロッパ進軍と共に大西洋を渡り、5〜6月にヨーロッパで流行した。」
とwikiにありますが
本では アメリカから始まった風邪に兵士たちがかかり 船でヨーロッパに進軍する間 船の中で蔓延。
上陸してヨーロッパにあっという間に 広がったと書いてありました。

今の コロナと似ていますね〜
船で蔓延するのは同じでしょう。現在はクルーズ船ですけれどね。

歴史は繰り返すのかな。
でも 乗り越えてきたのだから 今回もきっと 乗り越えられますよね。
あの当時よりは ずっと文明が進んでいるのだからね。

久しぶりに 東京の歴史を感じた本でした。
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2020年01月15日

奈落

昨日 衝撃的な本を読んだ。

TVなどでおなじみの古市憲寿さんの本です。
2作目の 『百の夜は跳ねて』(新潮社、2019年)は芥川賞候補作でした。
古市さんの本は 今回 3作目をはじめてよみました。

タイトル 奈落 ナラク
古市憲寿/著 
東京 新潮社
出版年 2019.12

内容(「BOOK」データベースより)
17年前の夏、人気絶頂の女性シンガー・香織はステージから転落し築き上げてきたものをすべて失った。残ったのは全身不随の身体と鮮明な意識、そして大嫌いな家族だけ―

これ以上怖ろしいことが、この世にあるだろうか。

ホラー小説ではありません。

奈落というのは ステージや舞台などにある 床下の空間のこと。
本来の意味は地獄。

家族から独立して暮らす 大人気歌手だった 香織が奈落に落ちて 植物状態になったということから話がはじまります。
最初は 単に軽い闘病ものかと思いきや だんだん 薄気味悪さというか 香織の恐怖が伝わってきてもどかしくて
いらついてきてしまいました。

くわしくは読まないとわからないでしょうが
これは 人間としての恐怖です。
オカルトなどではありません。

大嫌いな家族というのが はじまりです。
家族はどう対応するのか・・・。
突然の事故。舞台の奈落に落ちて 目覚めたときは 身体は動かず意思表示もできず。
ただ 意識はあって なにもかもが聞こえる。

高校教師だった聖人君子の父。
折り合いが悪かった姉。
お互いきらいだった 母。
好きだった彼氏。
ライバルの歌手。

みなそれぞれ登場して 自分を語るのだが
メインは香織の意識。

聞こえているのだが なにひとつ意思表示できない状態は 地獄に等しい。
見えてくるそれぞれの 人格や行動。
救いようのない 壊れた家族。


そんな地獄のなかで生かされ続けている香織。
孤独の底から 見ている世界は 恐怖そのものです。
孤独な歌姫と、最も醜い家族の物語です。

香織の立場になって読めば これ以上の恐怖はないですね。

単なる 小説かと思えば 奥深く心の中に語り掛けてくる何かがある。
それが 恐怖。

この本を読んでいて 知り合いのことを思い出しました。
脳こうそくで 倒れて やはり 意思表示もできなくなり寝たきりのまま入院中のとき
見舞いに行った 母の前で 倒れたおばさんの夫が 言ったことば
「こんな風になるなら いっそ死んでくれたほうがましだ」
それを聞いて 母は
「そんなこと言うもんじゃない。」とたしなめた。
すると おばさんの目から 涙がぽろりと垂れてきた。
そんな話です。
医者の話によれば
意識がなくなっても 臨終の間際でも 人は最後まで 聞こえているらしいですね。
深い眠りについていて 目覚めなくても 語りかけることによって意識が戻る場合があるということで
枕元で 大きな声で語り掛けてくださいと 言います。

意思表示できないだけで 聞こえているのだから
不用心に 不愉快なことはいうべきではない。
そういうことです。

思えば 障害のある人も 理解はできていてもただ単に どう表示していいのか
どう言葉にしていいのかがわからないだけなのかもしれません。
決して 見下したり 差別的なことはしてはいけません。

本の最後のほうに
ある有名な物理学者の言葉として 書かれていた言葉があります。


[過去と現在と未来の違いは しつこく続く幻でしかありません」
アインシュタインが有名な手紙の中で 書いた言葉です。

時間の流れや変化は幻であり 宇宙の一筋の時間の流れとして整列しているわけではない。

そういう意味だそうです。

これまた 心に残った一文です。

奈落という言葉が 深くつきささってきます。
ある意味 衝撃的内容で ぞぞっと恐怖がわきあがるそんな 本でした。

奈落とは やはり 地獄だった。
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2019年11月29日

風神雷神

読書の話。

タイトル風神雷神 上 ・下
Juppiter,Aeolus
原田マハ/著 
東京 PHP研究所
出版年2019.11

内容(「BOOK」データベースより)
20××年秋、京都国立博物館研究員の望月彩のもとに、マカオ博物館の学芸員、レイモンド・ウォンと名乗る男が現れた。彼に導かれ、マカオを訪れた彩が目にしたものは、「風神雷神」が描かれた西洋絵画、天正遣欧使節団の一員・原マルティノの署名が残る古文書、そしてその中に書かれた「俵…屋…宗…達」の四文字だった―。織田信長への謁見、狩野永徳との出会い、宣教師ヴァリニャーノとの旅路…。天才少年絵師・俵屋宗達が、イタリア・ルネサンスを体験する!?アートに満ちた壮大な冒険物語。

読みました。
一言でいえば すごく面白い!
面白すぎて 感動するくらいでした。

誰でも知っている 「風神雷神図屏風」
謎の天才絵師 俵屋宗達。
史実と フィクションを織り交ぜて 楽しませてくれました。

奇想天外な話。

7歳の頃からその才を認められ12歳で 信長にお目通りし その場で描いたという 白い像の絵の話。
「見たこともないものを描け」と言われ 首をかけての渾身の絵が 象の絵だったという話。
これもまた 面白い発想ですが その絵は養源院の 杉戸絵「白象図」のことですね〜
そして 信長の密命を受けて ローマの街の詳細な絵を描くように言われ
天正遣欧使節団と一緒に ローマへと旅立つという なんともあったようでありえないようで
もしかして本当かも・・と思わせる 筆力で描かれていて 一気に読んでしまいました。
表向きは 印刷技術を学び 持ち帰るということでした。

当時の大家・狩野永徳と合作で「洛中洛外図屛風」の制作を命じられ 製作にかかわったという話も面白かったですが
やはり ローマへの旅が メインで 俵屋宗達少年が天真爛漫少年らしく のびのびと描かれていて ひきつけられます。

伊東マンショ、千々石ミゲル、中浦ジュリアン、原マルティノの敬虔なクリスチャンたち。
クリスチャンでもない 宗達は なかなか受け入れてはもらえませんでしたが その天性の明るさと才能により
みなに心を開かせていきます。仮の アゴスティーノという洗礼名を受けます。

3年ほどかけてローマへ・・・。
そして教皇様にお目通り。。。
宗達はどこででも 絵を描き続けます。木炭のスケッチです。

おりしも 先日 ローマ教皇が来日しておられたので 何かの縁と思って 読みました。

西洋絵画を見たときの 驚き。その写実性にすぐれた 絵画技法。
当時の日本の平面的な絵とは 違う技法に 驚いたという話から
バロックの巨匠、カラバッジョ少年との出会いまで 書かれていて
フィクション乍ら それはもう具体的で 知識がなければ史実と信じてしまいそうになります。

西洋の 雷神(ユピテル)と風神(アイオロス)の対比も面白かったです。

その生涯の詳細がわからないという 俵屋宗達。
もしかしたら この本のような事実があったのかもしれないと 思わせます。
なぜなら 
少年使節団には アグスチーノ (印刷技術習得要員、日本人少年)が 一緒だったという事実があります。
その日本人少年の詳細は不明とのことですから おそらくこの少年を 宗達に置き換えて書かれたものなのでしょうね。

フィクションでありながら 想像力でタイムスリップ。
辛い船旅 ローマの感動。
ダヴィンチやミケランジェロの絵に 出合った時の感動まで 伝わってきました。

いやぁ・・
フィクションでここまで描けるなんて すごいです。

本当だと 信じてしまいそうになりました。

「風神雷神」の絵ですが
宗達、光琳、抱一の<風神雷神図屏風>は 実物を みています。

でも 宗達の風神雷神が一番好きです。
何より 楽しそう!
「遊ぼうよ!」って 聞こえてきそうです。

やはり 風神雷神は 元祖 俵屋宗達 です。

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2019年10月06日

だます

何時の世も 人をだまして それを生業として生きる人がいる。
人をだます 智慧のあれこれを思うと ちゃんとした仕事につけそうな気もするのですが
そこは ある種の欲望 快感が伴い 病み付きになってしまうのかもしれないなぁ・・と。

こんな 本を読んで思いました。
タイトル   欺す衆生 
著者     月村了衛/著 
出版者  東京 新潮社
出版年   2019.8
内容(「BOOK」データベースより)
被害者数三万人、被害総額二千億円―。戦後最大級の詐欺集団「豊田商事」の亡霊は欲を喰らい、悪意を増殖させながら、令和の世を彷徨い続ける。欲望の深淵を暴く、規格外の犯罪巨編。人間の業と欲を徹底的に描破した、渾身の長編小説


戦後詐欺の全ての源流とされる詐欺事件。この実話をもとにした その後の 残党たちの詐欺人生を描いています。
なぜ 人をだまし続けていけるのか。
欲望なのか 快楽なのか はたまた ひとつのビジネスのつもりか。
なんだか むなしくなるような 人生です。

詐欺会社の残党たちは 再び集結して 同じことを繰り返す。
そこに 泣く人がいても 人生をなくしてしまう人がいても
非情にだまし続ける。

それが 大きなプロジェクトとなり 国家を欺くこととなっても やめられない。

そんな話なのです。

今も あの手この手の詐欺が まかり通っています。
オレオレ 投資詐欺 不動産詐欺 未公開株詐欺 いろいろあります。

詐欺する人って 人当たりがよくて 話術にたけていて 親切そうで 人情深くて
つい 心をゆるしてしまうそうです。
そんな人が 営業マンになれば 物が売れるかももしれないのに・・・

人をだますって 気持ちいいですか?
私なら 些細な事でも 気になって 後悔して くよくよしそうな気がします。
普通のひとは そうでしょう。

以前 大田区に住んでいた時 よく勧誘の電話がかかってきました。
それも 以前の電話番号の持ち主さんらしく 
○○さんですか。以前お伝えした不動産の件で・・というような電話。
お名前からすると お年寄りの名。
きっと名簿を繰り返し 使っているのだろうな〜
だから 電話番号の持ち主が変わっても 電話するのでしょう。
1社だけではなくて 何度もかかってきたので 名簿は共有されているみたいです。
名簿やがあるくらいですからねーーー

今度の電話は まっさらな新規番号なので そういう電話はありません。
一度 だまされると 名簿が出回るというのは 本当のことらしいです。

知人にも 未公開株などで 「配当がいいんだよー今だけの チャンスで・・」と
自慢げにしていた人がいましたが
桔局それも 詐欺だったみたいです。
うまい話しなんて ないのです。

宝くじも買わないと 当たりませんし
ギャンブルも 元締めが儲かるようになっています。

地道に生きましょう。。。
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2019年09月17日

吉原

人形町はなぜ 人形町というのか・・
調べてみれば
「江戸時代、堺町と葺屋町が現在の日本橋人形町三丁目の人形町通り西側にあり、歌舞伎小屋の中村座と市村座があった。また、薩摩浄瑠璃(薩摩座)や人形芝居(結城座)も行われていた。一般には人形遣いが多く住んでいたから人形町と名付けられたとされている。」

旧日本橋地区にあたり 日本橋地区内です。
この 人形町が 実は「元吉原」といい 幕府公認の 遊郭街でした。
武士が この遊郭で遊んだわけです。

吉原という名は この遊郭をつくるにあたり 葦の原の湿地を埋め立て整備したことから 葦の原が吉原になったとのことです。
歌舞伎界の 今ほど格式高いものではなく 芸人といったような やさぐれもいて そちらとは 一線を画し 武士を相手の商売だったそうです。
巷には 「風呂屋」と称するあやしげな商売もあって 「湯屋」とは別物だったとか。

「1657年(明暦3年)1月の明暦の大火(振り袖火事)で辺り一帯が焼失したことを機会に、幕府の命令で、遊郭は地名ごと浅草寺裏の日本堤付近に移転した(新吉原)。」
最近こんな本を読みました。

タイトル     落花狼藉 ラッカ ロウゼキ
著者       朝井まかて/著 アサイ,マカテ
出版者      東京 双葉社
出版年      2019.8

内容(「BOOK」データベースより)
戦国の気風が残る、江戸時代初期。葦の生う辺地に、ひとつの町が誕生した。徳川幕府公認の傾城町、吉原だ。公許は得ても、陰で客を奪う歌舞妓の踊子や湯女らに悩まされ、後ろ楯であるはずの奉行所には次々と難題を突きつけられる。遊女屋の女将・花仍は傾城商いの酷と華に惑い、翻弄されながらも、やがて町の大事業に乗り出す―。

吉原の歴史と そこで生きる人々の悲哀を知ることができました。
何時の時代も 変わらぬ 「女」と「男」
お金にまつわる 悲しい話。
そこに 人間のドラマがいくつもあって 百花繚乱の裏にある物語もたくさん描かれていました。

朝井まかてさんの本はいつも ぐいぐいひきこまれてしまいます。

2017年9月18日に放送された「眩(くらら)〜北斎の娘〜」これも朝井さんの原作

タイトル 眩(くらら) クララ
著者    朝井まかて/著
出版者 東京 新潮社
出版年 2016.3
内容(「BOOK」データベースより)「あたしは絵師だ。筆さえ握れば、どこでだって生きていける──。北斎の娘・お栄は、偉大な父の背中を追い、絵の道を志す。好きでもない夫との別れ、病に倒れた父の看病、厄介な甥の尻拭い、そして兄弟子・善次郎へのままならぬ恋情。日々に翻弄され、己の才に歯がゆさを覚えながらも、彼女は自分だけの光と影を見出していく。「江戸のレンブラント」こと葛飾応為、絵に命を燃やした熱き生涯。」

2018年に文庫本にもなっています。

この 本も面白かったです。
北斎の娘は 「お栄」北斎がお栄を呼ぶ時に「おーい、おーい」と呼んだから、葛飾応為になったと言われています。
応為さんは 天才ですね。
北斎晩年の絵は 記名こそ 北斎ですが 実はほとんどが 応為 の作だとも言われています。
ouiyshr.jpg
葛飾応為「吉原格子先之図」(1844〜54年ごろ) 太田記念美術館蔵
横40センチほど。小ぶりな紙に、江戸の遊郭・吉原が光と影の対比をいかして描かれている。

江戸時代に 光と影 を描いた浮世絵師はめずらしい。
浮世絵というより 西洋の技法の絵ですね。
この絵は 「眩」の表紙にもなっています。

吉原の様子 光と影 をえがくことによって
そこにある 悲哀も同時に描かれている気がします。

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太田記念美術館
東京都渋谷区神宮前1丁目10−10
浮世絵専門の私設美術館です。
江戸時代末期より明治時代にかけ、膨大な数の浮世絵が海外に流出しました。五代太田清藏(1893〜1977)は、このような実情を嘆き昭和の初めより半世紀以上に渡り浮世絵の蒐集に努めたそうです。
数年前に 北斎と暁斎 展を見に行きました。
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2019年08月24日

国宝

第14回中央公論文芸賞に、吉田修一さん(50)の「国宝」(朝日新聞出版)が選ばれました。

この本は 上下2冊の大作です。

国宝
吉田修一 著 
2018年9月朝日新聞出版
上 青春篇
下 花道編

主人公は この国の宝となる役者・立花喜久雄

1964年元旦、長崎は老舗料亭「花丸」で生まれる。
任侠の一門に生まれながらも、この世ならざる美貌は人々を巻き込み 喜久雄の人生は 思いもよらない域へと・・

歌舞伎界の新星として一躍注目を浴びるも運命に翻弄され続ける波乱万丈な半生が描かれています。
梨園という 血族の世界。
血族との深い絆と軋みに苦しみます。

また本来なら親の後を継ぎ、三代目半二郎を襲名すべき「俊ぼん」こと俊介の人生もすさまじいものがあります。

血のつながりがそんなに 大事な世界なのか・・・
主人公喜久雄への仕打ちは、あまりにひどい。
血族 家系との 軋轢。
スキャンダルと栄光、信頼と裏切り。
歓喜と絶望。
ただ 芸に打ち込み 頂点に登りつめ喜久雄は
国の宝となった。

舞台での鳴りやまぬ拍手 国宝としての人生の境地。
その先に 何があるのか・・・・


人間国宝 女形 といえば
五代目 板東玉三郎。
2012年 重要無形文化財保持者に各個認定(人間国宝)。
梨園の出でなく小児麻痺の後遺症をリハビリで克服したこと
歌舞伎界で 養子になったこと。
女形であるが 長身であったこと。
芸風や活動方針を巡って六代目歌右衛門との間に永年の確執があったこと(後年和解)など

喜久雄は 玉三郎さんをモチーフにしているのかな〜と思いながら 読みました。
この本は 傑作です。

梨園という知られざる世界を 垣間見るようでした。

梨園って 一般人には 縁遠い世界だと思っていました。
どうも 序列というか 格付けがはっきりしているようです。

梨園といえば
市川 中村 尾上 片岡 坂田 松本 板東 ・・・・・
他ありましたっけ?
皆親戚のような 感じがしますが
近年芸能人妻が多くなりました。
梨園の妻 たちにも 序列があるということですが・・
きっと常識では 想像できない世界なんでしょうね〜

読んだのは 昨年ですが 今回 ありありとその内容を思いだしました。
「国宝」は 間違いなく 傑作です。

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2019年07月23日

大阪の陣

いつまでも じめじめとした日が続き しおれた菜っぱのように ぐったり感を感じています。
気温はそう高くはないのだけれど 湿気が多くて エアコンはフル稼働。
蒸暑さを我慢できるほど 丈夫ではないので 日がな一日 涼しい部屋ですごしています。

選挙という 戦いが終わりました。
選挙期間中だとは思えない しずかな日々でしたので さほど意識することもなく過ぎ去りました。

まぁ 東京選挙区は面白かったですが 昔ほど キワモノが出ていなくて 面白味は半減でした。
昔は いろんな人がいて 楽しかった気がします。

ともあれ現代の 夏の陣は終わり。

最近 「大阪の陣」という本を読みました。

タイトル  大坂の陣 
     岡田秀文/著 
出版者  東京 双葉社
出版年  2019.6

「賎ケ嶽」「関ケ原」につづく豊臣興亡記完結編
関ヶ原の戦いの後の 家康 秀頼。
家臣たちは どう動き 何を目論見 どちらについたか。
駆け引き 思惑 それに対する 家康の動き。
大坂冬の陣・夏の陣を そんな 武将たちを描いています。

岡田秀文さんの 本は好きで 他もたくさん読んでいます。
歴史ものが多いです。

関ケ原 家康 夏の陣 冬の陣など たくさんの本が出ています。
歴史は変わらず どんなふうに描くかが 面白いところです。

それにしても 戦いというのは バカらしい。
人の命が軽すぎる。
戦国の世とはそういうものかもしれませんが 命の重さなど ひとたまりもない。
読んでいても むごいものだなぁ・・と。

平民の命など たとえその一人一人に 家族があり 生活があっても 虫けらのようにしか扱われなくて
悲しくなる。

そんな世に 生まれなかったことに ホッとしてしまいます。

ところで 大阪というのは なぜ 大坂から 大坂に変わったのか・・調べてみました。

室町時代、蓮如上人の『御文章』に書かれた「攝州東成郡生玉之庄内大坂」が最古の文献となる。 「大坂」は「オオザカ」と呼ぶことが多かった。
古くは浪速または難波と呼ばれていたが、緩やかな坂が多かったことから「大坂」と称されるようになったという説もあります。大政奉還により天皇に実権が戻った明治時代に入ると、大坂の名称は「大阪」と改められたらしいです。

明治に入って「大阪」となった理由として
坂が土に返るで縁起悪いからとか 明治新政府が「坂」が「士が反する」、すなわち武士が叛く(士族の反乱)と読め 
ることから「坂」の字を嫌ったともいわれています。
本当のところは どうなんでしょうね。

では
江戸という地名は?
「江戸」という地名は、鎌倉幕府の歴史書『吾妻鏡』が史料上の初見で、おおよそ平安時代後半に発生した地名であると考えられている。と書かれています。

江は川あるいは入江とすると、戸は入口を意味するから「江の入り口」に由来したと考える説が有力らしいです。
江戸は 、武蔵国と下総国の国境である隅田川の河口の西にあり、日比谷入江と呼ばれる入江が、江戸城の間近に入り込んでいて 品川あたりも 入り江でした。

水の都と言えば 聞こえはいいですが 昔は 湿地の野原が広がる 辺境の地だったわけです。

大人になってから こういう歴史ものの本も 面白いと思うようになりましたが
昔は 歴史なんて つまらない ただ 試験のために年表を覚えるだけ という感じで つまらなかったです。
もっと 興味深く 面白い授業だったら 関心も深まるかと思います。
本やドラマを見るのも いいかもしれませんね。

遠き昔の 人々の暮らしや 思いを知ることもできますし・・・
自分をその時代に 置いて今の暮らしを考えてみるのも また いいものです。
私など 面白い本は すぐ 脳内タイムスリップしてしまいます。

本はいいなぁ・・・。
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2019年07月05日

螺旋プロジェクト

ちょっと面白い企画の本を読んでいます。
8作家による 競作企画 「螺旋プロジェクト」(中央公論新社)
全部で 8冊。
明日発売の2冊を 残して6冊はよみ終えています。

3つのルールがあって 原始から未来まで 描かれます。
7月は 原始と未来。

1・海族 と 山族 の対立を描く。
2・全作品に 共通する特徴を持ったキャラクターを登場させる。
3・年代を越えた 仕掛けがある。お守りや壁など。

このルールにより 壮大な歴史絵巻が完成する。


3月
朝井リョウ
「死にがいを求めて生きているの」平成

4月
伊坂幸太郎
「スピンモンスター」近未来
「シーソーモンスター」昭和後期
これで1冊

5月
薬丸岳
「蒼色(そうしょく)の大地」明治

天野純希
「もののふの国」中世・近世


6月
乾ルカ
「コイコワレ」昭和前期

澤田瞳子
「月人壮士(つきひとおとこ)」古代

7月
大森兄弟
「ウナノハテノガタ」原始


吉田篤弘
「天使も怪物も眠る夜」未来


毎月待ち遠しくなるくらい どれも面白かったです。
私は「海族」か?「山族」か?って 考えましたが
どの特徴にも当てはまらない。
でも 本当に会った瞬間から バリアーがあるかのように 気の合わない人っています。

これまでで 一番 よかったと思ったのは 
薬丸岳
「蒼色(そうしょく)の大地」明治
次に
乾ルカ
「コイコワレ」昭和前期

まだあと2冊残っていますが 今まででは・・ということ。

こういう企画は面白いです。
各時代の背景も読み取れますし その時代の人々の暮らしや思いも垣間見ることができます。

「もののふの国」は 日本の戦い歴史を語ります。
源氏と平氏 から 700年にわたる 武士たちの争いの系譜。
これが 日本の血の歴史なのでしょう。

天皇家に藤原の血が・・
聖武天皇の真実なんていうのも 面白い。
これもまた 争いの歴史。

明治海軍と海賊の争いや 戦時下の疎開っこの話から 
嫁姑の争いまで ・・・ 
海族山族と思えば納得できたりもして。。。。

さて あと2冊が 楽しみです。

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2019年06月24日

松方コレクション

上野の国立西洋美術館は今年で 創立60周年を迎えます。
この西洋美術館が 作られる元となったのが 松方コレクションです。

国立西洋美術館開館60周年記念 松方コレクション展
2019.6.11(火)〜 2019.9.23(月)
国立西洋美術館
smatukata.JPG
現在 開催中です。

今年の直木賞 第161回直木三十五賞にノミネートされたのが原田マハ『美しき愚かものたちのタブロー』という本です。

タイトル  美しき愚かものたちのタブロー
        原田マハ/著  出版者東京 文藝春秋
出版年   2019.5

内容(「BOOK」データベースより)
すべては一枚の絵画(タブロー)から始まった。あのモネが、ルノワールが、ゴッホが!国立西洋美術館の誕生に隠された奇跡の物語。

これは 繰り返しよみたい本です。

モネ、ルノワール、ゴッホ…。日本の若者に本物を見せたい。その一心で絵画を買い漁った男松方幸次郎。
日本に美術館を創りたい。
その夢ひとつのために生涯を懸けた不世出の実業家・松方幸次郎。
戦時下のフランスで絵画コレクションを守り抜くという任務と責任から 貧困と苦を乗り越え使命をはたした 孤独な飛行機乗り・日置ス三郎。
そして、敗戦国・日本にアートとプライドを取り戻した男たちがいた。
国立西洋美術館の誕生秘話に隠された 松方コレクション100年の歴史がここにある。

松方はアートへの審美眼は持ち合わせていなかったが 若き美術史家にサポートされていました。
モネtの出会い親交 は 松方をアートに目覚めさせていきます。

絵はわからないが あなたの絵が好きです。
モネに言ったその言葉は正直なものでしょう。

よく美術館で ルーペを持ち タッチなどをじっくり見ている人がいます。
それもまた研究で いいことなのでしょうが 私にはそういうことはよくわからないので
いつも いいなぁ〜 好きだなぁ〜 いつまでも見ていたいなぁ〜と 
心に残るような絵を見ています。
数多くの絵の中でも それは 数点しかなくても 展覧会があれば ホンモノを見たいと思います。

感動を与える絵こそ その人にとっての名画なのではないでしょうか。

さて 苦労して大金資産をつぎ込んで買いあさったアートもフランス内に とどまったままで 
どうなるか・・・
なんとしても 守らねばならないという日置の苦労がみのり 消失はまぬがれましたが
戦後 敗戦国となった日本。敵国人財産として接フランスに没収されてしまいます。

講和条約後 時の首相吉田茂のもと フランス政府に 個人資産なのだから返還して欲しいと申し入れます。

多くが散逸・焼失しているが、浮世絵が約8000点、西洋美術が約3000点で総数は1万点を超えていたと言われています。
近年 イギリスでそのリストが見つかったそうです。
松方コレクションのうち 浮世絵は日本に。ロンドンの倉庫にあったものは消失しました。

難儀な交渉。
返還ではなく 寄贈といいはる フランス政府に 「寄贈返還」という変な言葉を使わざるを得ませんでした。
交渉の中で、コレクション中、重要なゴーギャンやゴッホなどいくつかの作品についてはフランス側は国宝級だと 返還せず結局、絵画196点、素描80点、版画26点、彫刻63点、書籍5点の合計370点の作品が、美術館を建設して展示するという条件付きで返還されました。
松方 日置の思い入れのある 「アルルの寝室」は返還されず。
今回展示。
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モネの 睡蓮「柳の反映」は行方不明。
クロード・モネの『睡蓮―柳の反映』が2016年9月にルーヴル美術館の収蔵庫でロールに巻かれた状態で発見され、返還され修復されました。上半分が水にぬれたのか 損傷。

返還された 松方コレクションの受入れのための美術館はル・コルビュジエにより基本設計が行われ、1959年に国立西洋美術館として開館しました。

おなじみ ロダンの考える人が 入り口にあります。
ロダンの作品は 50点ほどを購入したそうです。

今回の 松方コレクションは 波乱の歴史をたどり 
作品を守り抜いた 男たちの奇跡をたどるものとなりますね。

タブロー(仏: tableau)
とは 絵画 という意味です。
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2019年05月14日

灰の男

初版発行が 2001年3月 という 本を読みました。
古い本は 時代背景があわなくて 興ざめしてしまうのであまり読まないのですが
この本の内容紹介に興味をそそられて 読みました。
なぜ いままで 読んでいなかったのか・・と おもうほど 面白かったです。

単行本で初版が出てからも 単行本での再販 そして 文庫本でも出版され 今回2019年に再び文庫本 上下 で再版された本です。

タイトル   灰の男  上・下
著者      小杉健治/著 
出版者   東京 祥伝社
出版年    2019.3

内容紹介
「昭和史の暗部を抉る衝撃と感動の大作!
昭和20年3月10日、10万人の命を奪った東京大空襲の裏に驚くべき謀略があった! なぜ下町が狙われたのか?なぜ空襲警報は遅れたのか? ともに大事な者を失った咄家の信吉と大学生の伊吹。2人が平成の世に再び邂逅した時、史実の闇に隠された衝撃の真相が明かされる。著者渾身の歴史ミステリー問題作。」

物語は 大正時代からはじまります。
そして 関東大震災。
不穏な時代へと 突入 。
昭和初年から 戦争へと・・・

出会いがあります。
それも 普通の出来事ではなく 運命を左右するような 出会いの数々。
そして 人間模様。

上巻半分くらいからは 戦争です。
それも 東京大空襲。
飢えに苦しむ家族のために ある日同僚たちと 盗みをしようと計画をたてる。
そして当日 同僚の不可解な行動。同時に起こったB29の爆撃。
空襲警報の遅れ 火焔地獄をそこで見た。
下町を焼き尽くす 炎。
死体の山。
それをのりこえ 家族のもとへ・・・。

なぜ、こんなに大勢の人が死ななければいけなかったのか・・・
なぜ、下町だったのか。

時代は昭和から平成へと・・
あの焼け野原で 心身ともに焼き尽くされ 燃え尽き失望した 男。
そして 時代は移りますが
心に残る あの3月10日の 空襲の出来事。
あれは 3月9日ではなかったのか・・
真実は 闇に葬られている。
衝撃の事実を語らねば・・・
今 再び歴史の裏に隠された 真実が語られる・・・

庶民から見た東京大空襲に迫る畢生の書下ろし1200枚。
一気読みしました。
読み始めたら 途中でやめられない 迫力がありました。

以前も このブログで書きましたが
なぜ 東京慰霊堂はあっても 東京大空襲の記念館はないのだろう。
10万人の人がなくなったというのに なぜ その人々を慰霊する施設がないのだろう・・・
この疑問が あきらかになるような気がしました。
両国の慰霊堂は もともと 関東大震災の慰霊のための施設です。
1948年より東京大空襲の身元不明の遺骨を納め、死亡者の霊を合祀して、1951年に現在の形になりました。

本来 東京大空襲で亡くなったかたの 慰霊施設があってもいいはずなのにありません。
アメリカへの忖度か。。。
はたまた 何か 後ろめたいことがあったのか
それは わかりませんが
「灰の男」 を読んで 少しわかるような気がしました。


少し前に読んだ 石田衣良氏の 「不死鳥少年 アンディ・タケシの東京大空襲」
も 空襲の場面が悲惨で 読んでいて辛かったですが
この本も おなじような描写があって 辛いです。
決して 作り事ではなく 証言をもとに 事実を描いているからだと思います。

ちょっとできすぎな気がしましたが
運命の出会いと 人とのつながり 不思議な縁を感じる 話でした。
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2019年05月10日

帝国ホテル建築物語

非日常の連休もすぎて どうやらまた普通の日常に戻ってきました。
しかし 今日は暑いです。
冬布団を干して 夏布団と入れ替えています。
エアコンのフィルターも掃除。
急に 夏支度です。

連休中に何冊か本を読みました。
一番興味深く読んで 面白かったのは

「帝国ホテル建築物語 」
著者  植松三十里/著
出版者東京 PHP研究所 2019.4

帝国ホテル建築の物語ですが世界的建築家フランクロイドライトの厳密すぎるほどの 細部までのこだわり。
大工 石工たちとの 確執 理解までの苦難。
一番は 利益 効率追求の 経営陣のライトへの追及。
関東大震災でも 壊れなかったライトの設計。
火事などなど 苦難をのりこえ
1923年(大正12年)に完成した帝国ホテル旧本館「ライト館」の建築にかけた男たちの熱い闘いを描いた長編小説です。
ライトは完成を見ることなく 経営陣に解任され 離日。
一番弟子の 遠藤新の指揮のもと 完成。


ライト館
フランク・ロイド・ライト 設計。
鉄筋コンクリートおよび煉瓦コンクリート造、地上3階(中央棟5階)、地下1階、客室数270。
1923年(大正12年)竣工。1968年(昭和43年)新本館建設のため解体。

この名建築は 今は ありません。
玄関部分だけが 保存され 明治村に移築されています。
この移築も困難を極め 10年かかったそうです。

すばらしい建築で 一度見たかったなぁ・・・
庶民には縁のない ホテルだったでしょうが・・・・

ホテル宿泊者のクリーニングサービスは世界的にも 評判がよかったとか
ビュッフエスタイルの食事を日本ではじめて取り入れたのも帝国ホテルだそうです。

私はビュッフエスタイルの食事は落ち着かなくて 好きではないですが
帝国ホテルの食事はしてみたいです。

世界へと開かれた日本において、迎賓館の役割を果たしていた帝国ホテルも 時代の移り変わりとともに変化し
高層ビルとなりました。
今では誰でも 利用できる シティホテルとなりました。

フランクロイドライトの代表作の一つに
自由学園明日館があります。


見学した時のブログです。
jiyuuasu.JPG

そういえば
「フランク・ロイド・ライトに捧げる歌」(原題: So Long, Frank Lloyd Wright)
サイモン&ガーファンクルの歌がありましたっけね・・・。
わりとすきでした。

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2019年03月31日

共依存(傲慢と善良)

傲慢と善良 という本を読みました。

タイトル   傲慢と善良 
著者    辻村深月/著
出版者 東京 朝日新聞出版
出版年  2019.3

内容(「BOOK」データベースより)
婚約者が忽然と姿を消した。その居場所を探すため、西澤架は、彼女の「過去」と向き合うことになる―。

紹介では 婚約者に逃げられた男の話のように書いてあるのですが 実は 逃げた彼女のストーリーが中心です。

婚活を繰り返す アラフォーの男と女が 婚活アプリで巡り合った。
結婚も決まり 幸せなはずだったのに 忽然と消えた彼女。
彼女の過去を追ううちに わかってきた事実。

彼女は 自分に気が付いたのです。
「進学、就職、恋愛、友情、結婚…。あらゆる選択を決断してきたのは本当に「私自身」なのだろうか?」


子供の時から 母親の言うなり。 決めたことに従っていた自分。
結婚相手さえ 母親が決める そんなことを繰り返してきた自分。
地元ではお嬢様学校の ○○校に入学 これで就職も 結婚も安泰。
しかし見合いをしても まとまらない。
自分が 相手に100%を求めている 傲慢さに気が付く。
自分のプライドが相手を選ばせる。
100%を求めてはいけないと わかっているのに。
自分も100%ではないとわかっているのに 相手を値踏みしたりする
傲慢さが 自分の中で芽生えてしまう。
あんな人が 結婚できて幸せそうなのに なぜ彼女よりすぐれている私が選ばれない。
そんな気持ちになったこともある。

しかし 善良なのです。人にも自分にも嘘はつきません。
あの子は 「真面目で いい子なのよ」母親はそういいます。

「いい子」でいるのがいやになった。

「傲慢」と「善良」
母親の干渉があるかぎり 自立できない。
なにもかもが 自分の意志ではないことに嫌気がさし 家を出る。

東京では 地方の○○校など誰も知らないし そんな小さなことは気にしない。
「井の中の蛙」状態だった 母親の傲慢さ。

そんなとき 婚活で出会った男とようやく付き合うことができて・・
自分に自信がない・・はたして 結婚できるのだろうか。
不安になる。

焦る30代の結婚と自意識。親子関係 そして周りとの複雑な関係を描いています。

「傲慢と善良」というタイトルは、J・オースティン「高慢と偏見」のオマージュだそうです。
18世紀の女性の立場とは 違いますが 結婚ということをゴールと考えると
女性の立場は 深刻なのです。

今 そう思う人は少ないですがね・・・。

小説のストーリーは なかなか変化に富んでいて生き方の選択もあって
面白いです。
レールの上をただ 歩いていく生き方から 自分で選択した 道を行く。
これもまた 幸せな生き方でしょう。

人と人の出会い。
我が子可愛さ そして幸せにするという 親の「傲慢と善良」
そんな行き過ぎた感情が 心を壊していくこともあります。

愛情と言う名の支配。
それを快く受け入れている 家族もいます。
これは 「共依存」という状態だそうです。
依存は片方だけなのですが 依存するほうもされるほうも その状態がいいと思ってしまい
おかしいということに気が付かなくなるのです。

「私がいなきゃ ダメなのよ。私がいなきゃ 何もできないのよ。私が・・私が・・・」
それを受け入れる ほうも 自分で考えるより してもらったほうが 楽だ心地よい そして相手を親を喜ばせることができてうれしい・・・

「人を世話・介護することへの依存」「愛情という名の支配」が起こっていることに気が付かないのです。
共依存者は、相手から依存されることで 自分の存在価値を見出しています。
相手をコントロールし自分の望む行動を取らせることが多いです。
そして 自分の心の安定と満足感を満たしています。

まさに 傲慢と善良 なのです。
善良でなくては 相手を受け入れられないんです。

共依存。
あなたのまわりにも いるかもね・・・・。
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2019年03月10日

東京大空襲の日

今日 3月10日は東京大空襲の日。
死者数が10万人以上の1945年(昭和20年)3月10日の夜間空襲(下町空襲)が行われた日です。

3月10日は陸軍記念日でしたし
3日ほど前から 卒業式のため多くの子供が疎開先から一時帰宅していたといいます。
20歳未満の子供の犠牲者は犠牲者10万人の4割ほどだそうです。
そもそも 民間人10万人もの犠牲者 100万人もの人が家を失いました。
東京都は、1944年(昭和19年)11月24日以降、106回の空襲を受けていますが 3月10日は さらに大規模な攻撃でした。

民間人への機銃掃射も行われました。
いかなる理由があろうとも この行為は決して 許されるものではありません。
本所 深川 城東 下町の町工場があったところです。
住宅密集地でもありました。
焼夷弾有効度が高い地域ということで 重点的に空襲が行われたそうです。
3月10日 午前0時に B29300機以上で「ナーパム弾」と言われる ゼリー状のガソリンを約50センチメートルの筒状の容器に詰めたいわゆる「クラスター爆弾」のようなものを 雨あられのごとく 落としました。
春の強い風もあって 火災旋風がおこり 下町は焼け野原 焦土と化しました。
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昨日 本を読み 東京大空襲の恐ろしさを改めて 感じました。

タイトル   不死鳥少年 
        アンディ・タケシの東京大空襲
著者     石田衣良/著
出版者   毎日新聞出版
出版年   2019.2

内容紹介
<アンダイング=不死身>とあだ名をつけられた日系二世の少年・時田武14歳。父の国の大空襲から母と家族を守り、炎そのものとなった街を駆ける…。3.10東京大空襲の物語。

さすが 石田衣良さんです。
ぐんぐんひきこまれ 一晩で読み終えました。
途中で やめることができませんでした。
あまりにも リアルでまるで自分がそのころの東京にタイムスリップしたような気がしてしまいました。

敵国アメリカとのハーフの少年が スパイだとか言われないいじめを受けながらも 「日本人」として 生きて国や家族を守るのだと 強い決心をし何事にも負けない心を持っています。
前半はそういう 少年の生き方や 戦時中の隣組 食糧事情 学業にかわる軍需工場での様子などを描いています。
空襲を受けた 丸の内や銀座の様子なども描かれていました。
描写はリアルで 当時の様子が手にとるようにわかりました。

戦時中の思想統一 など異常な精神論や隣組の相互監視の風潮もあって 混血児には生きにくかったでしょうがそんな中にも14歳の青春があって 精一杯生きている姿が いじらしかったです。

物語は3月7日からはじまり 3月10日へと・・・
最後の10日の描写はとても 辛いです。
突然はじまった 空を真っ赤に染める空襲。
家族7人を率いて 守らねばならないという使命感に燃える 少年。
炎の中駆け抜ける少年の姿。
ゼリー状のガソリンを使った爆弾は中から矢のようなものが降り注ぎ 容赦なく人を殺し 家を焼き尽くす。
道路は煙突状になり 黒い煙が津波のように押し寄せる。
炎が旋風になって 竜巻のように襲ってくる。
逃げまどい 折り重なって死んでいく人々。
それでも 少年は家族を守るため突き進む。
川という川は 人の死骸であふれている。
どこへ逃げればいいのか・・・
緊迫した様子が リアルに描かれています。
2時間半ほどの空襲で10万人以上の人が亡くなりました。
戦争をしらない時代の自分が 母から聞いた東京大空襲の話を 伝えて残していかねばならないと 石田さんは思って書かれたものだそうです。
充分に伝わりました。
東京大空襲の悲惨さ・・・
言葉も出ないほど 心が痛む内容でした。
でも みなが知っておくべき事実だと思いました。
たくさんの人に読んでもらいたい本です。
snsi22028529.jpg
江東区の主婦たちが建立した母子像「戦火の下で」

焦土と化した下町に 今私は住んでいます。
何事もなかったかのような 平和な時代に同じ場所で生きています。
ところどころに 戦争や空襲の碑などはありますが 死体が埋まっていた公園も今は 子供たちの遊び場になっています。

東京には慰霊堂はありますが これはあくまでも関東大震災のものだそうです。
都立の戦災資料館はありません。
東京大空襲・戦災資料センター が江東区にあります。
これは民間の寄付でできたものです。
多くの犠牲者を出して首都が破壊されたのに
なぜ 東京都は 東京大空襲の資料や証言 人々の記録をきちんと残さないのか 疑問です。
あの極悪 民間人への非道な無差別攻撃(大虐殺)を記録として残せないのはアメリカへの忖度なんでしょうかね。

3年ほど前 東京大空襲・戦災資料センターに行きました。
そのときのブログです。

東京大空襲・戦災資料センター

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