2018年01月23日

草津白根山

東京の積雪は 23cmとかでした。
夜 11時ころには雪は止んでいました。
朝 外は雪景色でしたが 4年前にはベランダも少し 雪があったのに 今朝は全くなかったです。
ベランダの手すりが 濡れていたので 夜中には少し積もっていたかもしれません。
日が差すにつれて まわりの駐車場や ビルの屋上の雪が みるみるうちに溶けていくのがわかりました。
日影はやはりまだ 雪がありますが 道路はないです。
歩道にはまだ若干残っているので また今夜 凍りそうです。

工事の人が 足場やまわりの雪かきから はじめたのが ちょっとかわいそう・・・

午前中に 草津白根山が 噴火したというニュースを見て 驚きました。
草津国際スキー場は 神奈川にいたとき よく行きました。
天狗山スキー場ともいいます。
天狗山ゲレンデの 真ん中に 大きな木があるのが特徴で その木の下で 待ち合わせなどしました。
草津は 昔もうひとつ スキー場があって ゴルフ場が冬に 音楽の森スキー場となっていました。
なだらかな 初心者向けのゲレンデで 小さな子供つれのファミリーには 人気でした。
今はもうありません。
うちの子供たちもまだ 5~6歳のころに そのスキー場から 滑り始めました。
半日ほど そこで滑り 少し慣れて 草津国際スキー場に移動し 半日のレッスンをうけて 本格的にリフトに乗り すべりはじめた場所です。
思い出 深いスキー場です。
半日のレッスンで 大人と一緒に滑れたのは たいしたものです。
プロから受けた レッスン効果ですかね〜。

ゲレンデも広く ロングランのしゃくなげコースなど 変化にとんだコースがあって 初心者から上級者まで楽しめます。
もちろん 一番上から滑り降りるのが 醍醐味なので どこでも ゴンドラで山頂まで行きました。
かなり ロングなすべりで 疲れますが
なんといっても宿泊は 温泉ですので、よかったです。

今回噴火したのは 本白根山の鏡池だそうですが 草津白根山には 湯釜という 噴火口の池があって コバルトブルーの水です。夏は 草津有料道路で いけば 途中 徒歩でその湯釜のまわりを 散策することができました。
志賀高原に通じているので 途中寄ってみたりして 志賀高原に向かったことも何度かあります。

草津のスキー場は 何度か行ったことのある 思い出深いところです。
だから とても心配です。
はやく おさまりますように・・・・
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2018年01月22日

東京は雪

今日は 雪です。
午前10時ころには 降り始め 最初 大きな雪でしたが
今は さらさらの細かい雪です。
これは 積もるタイプの雪。

明日の朝が心配です。
みなさん どうぞ お気をつけて・・・

なんか 4年前にも 大雪だったそうですが そういえばそうだったかな〜
ってな感じで 過ぎてしまえば 記憶が薄れてしまいます。
そういう日は 外には出ないので 体感で記憶しないからなんですね。

エアコンの室外機に 雪がかぶっていて 朝 なかなかつかなかったのは 思い出しました。
室外機の 雪を溶かす 運転がはじまり しばらくして やっと暖房になりましたっけ・・・

道路の隅に 雪があって 日影はなかなか とけなかったことも少し思い出しました。

明日の朝も そうなるのかしらね・・・

みなさん ご無事で帰宅してくださいね。
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posted by うめのはな at 18:07| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2018年01月21日

薬の副作用

コレステロール値が高いので 薬を飲んでいました。
別に太っているわけではなく 50kg以下です。
20歳ころは 38kgしかありませんでした。
今は 並みになっています。

コレステロール値は 遺伝性のものらしく 家系的に 痩せ家族も平均値より高いです。
薬飲み始めて すぐ下がりました。
でも しばらく続けてみましょう ってことで 続けて飲んでいました。
ところが
昨年 いきなり 「ジェネリックができたので 変えてみませんか」とすすめられました。
「合わないといやだから いまのままがいい。別に副作用も感じないし 順調に効いているし いらない」
って 断ったのですが
「今回のは 名前だけかわって中身は全く同じなんです。だから 大丈夫です」と
執拗に 進めるので 
中身の成分 同じならいいかーー 名前変わっただけだったら大丈夫かーー
って 変えてみました。

最初は 別に変化なかったです。
年末に なんか太ももが いたくなって・・・背中も痛い。
お掃除頑張ったから 筋肉痛かなーー
くらいに 思っていました。
そのうち 筋肉痛も和らいで しばらくすると 
足の5指すべての 関節がこわばり 痛くなりました。
なんだろーーこれーーー
って 思って何日かすると 今度は 手の指 すべてが 朝起きると こわばって 痛い。
特に 小指が ばね指みたいになって こわばっていました。
それでも しばらくすると 痛みは消え 普通になるので 寝ているとき 下になって しまったかなーーくらいに
思っていました。
でも 毎朝 痛いので これは おかしい と思いました。
そのうち 膝もこわばり 立ち上がったり 歩きだすときに いたみました。
絶対 おかしい・・と 思い 考えると
コレステロールの 薬以外 思い当たりません。
年始になり 医者も休みだし 自分の判断で 薬飲むのやめました。
ネットでも いろいろ調べ 同じような症状あって やめたら 収まったという書き込みが多数ありました。

で・・・
先日 医者に行って その旨 話すと・・・
「ジェネリック・・・成分同じだっていうけれど 多少違うものなんだよねーー
薬局は 後発薬品の調剤料入るから すすめるんだけど・・・・
あーーーこんな こと 本当は 言っちゃいけないんだけど。。。。
薬合わないみたいだし もう下がったままだし やめてみましょう。」
と しごく 簡単に 薬中止になりました。
コレステロールの薬の副作用には たしかに 筋肉痛や関節のこわばり があります。

とにかく 薬やめたとたん 痛みもこわばりも 止んで 1週間もすると 普通になりました。
薬って 怖いね。。。。
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2018年01月20日

東京の。。

東京都の木は 「イチョウ」
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行幸通り イチョウ

東京都の花は 「ソメイヨシノ」
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染井霊園の桜

東京都の鳥は 「ユリカモメ」
yrkmom.jpg
水辺ならどこでも見かけます。

yrkmt.JPG
ついでに これは 新橋~豊洲間を走る 「ゆりかもめ」

東京のマスコットのひとつ 「ゆりーと」
ちなみに 東京都知事は 「ゆりこさん!
ほんの 駄洒落です。
ネタ切れ・・・・

思えば 東京に住んでいる期間が 一番長いです。

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posted by うめのはな at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2018年01月19日

点検の日

天気は下り坂。雲が多い日でした。
避難梯子の点検 消火設備の点検あって 在宅。
年に3回くらい点検があって 勤めに出ている人は大変だなぁ〜って 思う。
安全のためには しかたないかな。

「マグニチュード7・3の首都直下地震が起きると、首都圏で19万5400戸の家屋が全壊するとされるが、ほかに斜面を支えるコンクリートや石の壁(擁壁)が崩れるなど宅地での被害が約36万カ所で起きうることが、国土交通省の推計で新たにわかった。」
という ニュースがありました。
首都直下地震が起きた場合の埼玉、千葉、東京、神奈川4都県の被害を推計したものだそうですが これだけじゃどのあたりで起きたかわかりませんし なんともいいようがないのです。
でも 甚大な被害になることは まちがいないでしょう。

都心は 擁壁とか 土砂崩れより 住宅密集地の 火災の被害が大きいかも。
大きな道路の無電柱化は 進んでいますが 迅速に救助に入るためには もっと無電柱化が進むべきだと思います。

地震 ついでにミサイルの心配まで あって なかなか 心休まりません。
震度5強は経験あるけれど それ以上はどうなるかわからない。
5強でも 充分怖かった・・・・
もう最初 「関東大震災!!」って しか 思えなかったですもの。。。

自家発電があるマンションなので 緊急時の非常灯などは 大丈夫ですが
エレベーターは 安全点検終わるまで 止まりますね。
給水は 給水所がそばにあるし 避難場所もすぐだし
頭ではわかっているけれど どうなんでしょう。

やはり 火災が怖いから 避難梯子の点検は 必要だ。

そういえば 最近 高層階より 中層階に 人気が出てきたようです。
50階だののタワマンの上は 富裕層や外国人におまかせして
中産階級は 梯子車の届く 30m程度の 10階 11階に 人気があるそうです。
エレベーターが 止まっても ぎりぎり なんとかなる 階だそうです。

やはり それより上だと 防災設備が 部屋の中につくし 点検も部屋中まではいりこまれるし
なんとなく いやかも。。。。

知り合いのマンションが 先日道路前の店の ガス爆発の影響で 窓ガラスが全部割れたらしいのです。
冬のさなか えらい迷惑なのですが 幸いけが人がいなかったそうです。

しかし ガス爆発というのは 火災ではないので 火災保険は下りないらしい 。
では 誰が なにで補障してくれるのか・・・
相手方が 賠償保険に入っていれば いいのですが 入っていなかったら 。。。。。
マンション5階なのに 道路に面している部屋の 窓ガラス割れたそうです。
倍賞額もたいへんなものです。
何十軒もの部屋が割れたのですからねーー
はたして・・・
弁償してもらえるのでしょうかね〜
よけいなことでしたが
点検の日に あれやこれやと 思いました。

しかし
戸建でもマンションでも 火災ではない ガス漏れ事故 爆発となると 賠償は
火災保険ではダメだってこと はじめて知りました。
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posted by うめのはな at 20:56| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2018年01月18日

メンテナンス・・・

今日は 比較的暖かかった。
午前中 多摩のほうは濃霧で 電車などが軒並み 遅れていましたが
私のところは 朝から青空でした。
ところかわれば・・・ですね。

午前中は 歯医者へ。
クリーニング最後の日。
グラインダーのようなもので 歯の表面を磨いて 茶渋などで 茶色になった歯の裏側などをきれいにし
つるつるするような 薬を塗って おしまいでした。

歯の美白となると 自費で ホワイトニング・・・漂白するらしいのですが
そうまでして 白い歯になる必要はないので これで十分。
それでも 歯の裏側まできれいになって 満足です。

たまに いかないと また 着色しそうですけどね・・・・

食事のあと きちんと磨ければいいのですが 出先だとそうもいかないこともあるし
つい面倒で 忘れたり おやつなど食べてそのままだったり・・・
なかなか 歯まできがまわらないこともあります。

芸能人などの 異様に光る白い歯は きっと美白だなぁ〜
美白のVTR見ていたら まず 歯に合うマウスピースを造り 寝る前に 漂白剤みたいなのをそのマウスピースに入れて
そのまま 歯にはめて 一晩寝る・・・って。
それを毎日だそうです。

要するに 漂白しているわけですね。

寝ていてはずれないように ちゃんと自分に合ったものをつくるのです。
でも
はずれそうで いやだ。。。。

芸能人の方は 歯だけでなく お顔のメンテナンスも必要だそうで
これがまた 2日に1回とか 顔になんちゃらを注入して 保つとさ。
となると 首のしわとりや 手のしわ伸ばしも必要で 体形を保つための努力も必要で・・・
それなりの髪も毎日整えて 衣類も 高級品を着て
お金湯水のごとく 使って・・・・
なんて
めんどくさいのだろうか。。。

あるがままに 生きるのも ある意味 幸せなのかも と 思うこの頃です。

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posted by うめのはな at 15:59| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2018年01月17日

野菜が高い

野菜が高い。
キャベツ1個 398円とか 大根1本300円とか・・・
レタスは硬くて しなびていて買う気にならない。
食べないわけにいかないので 必要なら買いますが ほんと 困ります。
もっと 工場野菜が 普及してくれれば ありがたいのだけど サラダ用の葉物とか ミニトマトとかそういものに限定される。
ミニトマトも 安いのは硬くてすっぱいので チェリートマトとか フルーツトマトとか 値段の高いものを食べている。
冬は 野菜も高いのはしかたないのかな。

ほうれん草は ゆでるのが面倒で いつも九州産の 冷凍ホウレンソウを使っているので 値段は安定。
ほかに 北海道のインゲンとか かぼちゃとかも 生協の冷凍野菜です。

毎日使うものだから はやくいつもの値段に戻ってもらわないと 鍋もできません。
白菜が高くてね。

昔の人はどうしていたのだろう。
冬に野菜が取れないときは 何を食べていたのだろうか・・
気になります。

今は 年中なんでも手に入るので 旬など なくなっているに等しいのです。

欲しいと思うものは 年中手に入る。
ナスも トマトも キュウリも。
夏にりんごも みかんもね〜

なんか こう野菜が高いと 東日本大震災のとき 思い出します。
あのときも 放射能汚染心配で 田舎から野菜送ってもらったことあります。
でも 全国的に野菜は高いし 送料もバカにならないしで 外食するよりは 安いかーーなどと
諦めています。

はやく 安くならないかしらね。
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posted by うめのはな at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2018年01月15日

相続の話

長期にわたり登記されず所有者が不明になっている土地の問題について 新法ができるらしい。
ある日 突然法務局から 不明土地の親族を探し出され 連絡がくるかも・・・ですって。

所有者不明の 土地家屋の面積は 全国で 九州ほどあるらしい。
勝手に壊したり 処分できなかったので 社会問題になり 今回新法制定の運びになったとか。

あの手この手で 親族探して 相続 登記してください はいいですが
それまでの 固定資産税などはどうなるんでしょう。
処分 するっていったって 廃屋を解体し 更地に して売るのもなかなか 困難そうだし
そういう時は 相続放棄をすれば いいのでしょうかね〜

もっとも 私には その心配はないと思います。
しかし
将来は どうか わからないなぁ〜

不動産というのも 利点もあるけれど 欠点もありますね。

そのむか〜〜〜し。
遠縁のまた 遠縁の沖縄出身の人が困っていた話。
沖縄の墓って 何百坪もあるそうで そこが 道路拡張でたちのきになり 売ることになりました。
その家の 長男は東京に出て 若くして死亡。
しかし その配偶者と子供が 7人。
それぞれに 配偶者と子供がいて・・・・

沖縄に住む いちおうあとを継いでいた次男さんは 全国に散らばっている 長男の配偶者と子供を探し出し
相続放棄 売却承認の サインとハンコもらうのに 苦労したそうです。

相続って 不便だねーーー

私の身近な出来事でも 
とある 東京の有名デパートの社長さんだった人がなくなり
奥さんには 子供がなく すべての財産を 奥さんが相続。
その奥さんが なくなったとき 親類縁者がわからなくて 裁判所が 探していたところ
たまたま それを知った 姉妹が名乗り出て 何億かを相続しました。

実は それ遠縁の人。

私たちにも同じように 相続の権利あったんだけどなぁ〜
なんとも 残念なことでした。

地方にある空家の処理も スムーズに 進むといいですが
放棄したときは 税金で処理するのでしょうね。
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2018年01月14日

認知症と預金

認知症になった 家族の預金が引き出せなくなる という記事をみました。
家族が または 親が 認知症になる。
介護施設に入れたり 病院に入れたりするのにかなりの費用がかかる。
本人の預金を引き出して その費用にあてようと 思っても 預金は引き出せないということです。

銀行って 預けるときは 調子よく ほいほい受け付けるのに
いざ 引き出そうとすると 本人が窓口にいかないといけないし いろいろ書類が必要です。
寝たきりで うごけないっちゅーの!!って いっても だめなんです。
委任状を持ってこいだの なんだのって・・・・

そもそも 認知症になったら 委任状など書けませんしね・・・
書けるうちに 書いてもらうしかないんだけど。。。
勝手に 書いてくれと頼むと いくら家族でも いい気はしないです。

入院費用 何か月もの 介護施設入所の費用。一時金もいるだろうしね。
かなりの負担です。
定期預金解約しようにも 本人じゃないとできなくて お金どうしよーーー!ってことになります。
普通預金で キャッシュカードと暗証番号わかれば なんとか引き出せるかもしれませんが
大きな費用だと やはり定期解約になります。

これは どうしたもんでしょうーーー

司法書士に頼む方法もあるそうですが 2~3か月はかかるし
申請する費用は実費で6万円〜11万円程度かかります。
それに加えて、弁護士などに申請を依頼すると20万円程度はかかります。
合計すると30万円前後の費用が必要ということです。

あらかじめ 家族に信託しておく方法もあるそうですが この手数料もかなり大きいです。

最後の手段は
銀行に直談判。
泣きつくしか 方法がないそうです。

なじみの顧客なら ともかく たまにしか利用しない客じゃ 話すら聞いてもらえないかもね。

自己防衛は
認知症の気配があったら すぐ 解約させること くらいかなぁ〜

預金なら まぁ なんとかなりそうだけど
自宅の売却は できないそうですよ。

死ぬまでね。
たとえ 住む人がいない 家でも
生きている間 固定資産税を払い 管理しなくてはいけません。
勝手に売るわけにもいかないらしいです。

なんか もっといい 方法にならないのかしらね。
posted by うめのはな at 09:29| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2018年01月13日

大雪

大雪で受験生も大変。
福井に電話したら やはり60cmほど 積もっているとのことでした。
最近はそこまで 積もることはなかったとか・・
道は一日に二度 除雪車が出たので 大丈夫らしいけれど 屋根の雪も積もっていて あちこちで雪下ろししているそうです。
高齢化で 雪下ろしどころか 雪かきも大変です。

古い家だったときは だだっ広い普通の家の2〜3軒はある家の屋根の雪をおろし 狭い道に下ろした雪を 川まで捨てに行ってかなり大変だったそうです。
100年たった 家は つぶれないか心配だったからです。
しかも 4.5mほどしかない 旧町の中の道は 雪が積もればどけないと 車も通れなくなるからです。
もともと 古い町内は 車の通行など想定して 整備したわけでもないですし 江戸時代から
の町並みは そう変わるものでもありません。
地震にも 震災にも耐えた街並みの いいところでもありますが 防災面では 欠点です。

今日は 東京もいい天気でしたが 寒かったです。
部屋の電気を LEDシーリングに変えて おお!明るい!って 感激してあたふたと
医者に行きました。
1時間待ちを覚悟したのに 順番とってから 時間見計らっていったら 5分待ちだけで済んで こんなことめったにない!ってこれまた 感激。
風邪ひきさんが 多かったですね〜
流行っているらしいです。

気を付けましょう!
最近 どこにもいかなくて ネタ切れ。。。。。
書くことがない〜〜〜
休む日があってもいいかもね。
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posted by うめのはな at 19:50| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2018年01月12日

雪の思い出

北陸が大雪だそうで・・・

福井でも 沿岸部 特に 三国町は 雪が少ないところです。
今年は どうなんでしょうか・・・

私が子供の頃は 冬は雪。
あたりまえのことでしたが 近年は 一冬に何度か 積雪がある・・そんな感じだったと思います。
場所にもよるのでしょうが 驚くほどの大雪は なかったように思います。

今は 家が新しくなって多少の積雪でも 心配ないのですが
旧町内は それこそ100年もたつような 古家が並んでいましたし
我が家も相当古くて 屋根に30cmでも積もれば 心配で 屋根の雪下ろしをしていたそうです。

子供のころは 雪はあたりまえ。
屋根の雪下ろしも あたりまえ。
軒先が 雪で埋もれていたり 中庭が雪だらけで薄暗くなっていました。
屋根の雪で狭い道路が よけい狭くなって 車も通れないこともありました。

通学が 大変でした。
学校は坂の上。
すべりながら 歩きます。
対向車が来ると とても怖かったです。
徒歩15分ほどの 道のりが とても時間がかかりました。

粉雪舞う頃は 学校の玄関先で コートについた雪を箒ではらってから 入りました。
玄関先が びしょ濡れで それが 翌日凍って すべりました。

教室は ストーブで暖かいけれど 体育館は 寒くて・・・
凍るような 更衣室で着替えをして みな震えていました。

若いから 我慢できたのでしょうね〜

とにかく 寒いのは いやです。
雪が降っていないだけ ましですが
今日は快晴ながらも 外は寒かったです。
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2018年01月11日

鏡開き

1月11日は 鏡開きの日。
関東など 松の内を1月7日までとする地方では11日に、関西など松の内を15日とする地方では15日に鏡開きを行う場合が多いようです。

子供のころ 実家では かなり大きなお供え用の餅を飾っていましたから 鏡開きの日は 鏡餅を切るのが大変でした。
カチカチになった 大きな餅は 包丁では切れません。
金づちでたたいて割ったり テコのような 包丁で力を入れて切ったり そりゃもう 重労働だったようです。
割った餅は 皆でいただくのですが 私は これが 大嫌いでした。

そもそも 青いカビが生えていて いやでした。
そのカビをこそげ落とすのですが 妙な味が残っています。
薄く残った カビは 餅を水につけておくのですが これもまた 変な味がします。
これって よくないと思います。
子供の頃は 何の知識もなく 大人の言う通りでしたが 今なら絶対食べません。
青かびは 青かび。
身体にいいわけないです。
昔は 食べ物を大切にしていましたから 鏡餅を食べることが 無病息災と信じられていたのでしょうが
悪いものは悪い・・・・

今なら 真空パックとかで 大丈夫なんですがねぇ〜
30cmもあるような 大きなものがあるかどうかはわかりませんが 家庭用はパックに包まれています。

でも お餅そのものを食べる習慣が少なくなってきましたから 鏡開きなどという行事も忘れられていくのでしょうか。

青かびですが 食パンやみかんにも生えます。
昔は カビをよけて 食べましたが
本当は カビが生えた時点で 全体がダメなんですね〜
もっとも 今のパンは カビすら生えないよう 添加物が入っているのですが
それが いいとは・・・・・言えません。

昔はみな そうやって 青かび生えた餅など食べたのですが
アレルギーが増えたり がんが増えたりした ひとつの要因になったかもしれません。
そうじゃ なく元気で長生きしている人もいるので 一概にそうだとは 言えませんね。

カビをとってまで 食べるということが 少なくなったのは 暮らしが豊かになった証拠でしょう。
食糧ロスも増えました。

食べきれるだけのものを 買い はやく消費する。
これが 一番です。

なんでも ものが多すぎます・・・

ああ〜鏡開きの日でしたね。
当然 何もやりません。
そもそも お供え餅も ないです。

でも なんとなく 子供の頃を 思い出しました。
福井は 11日だったような気がします。
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2018年01月10日

私服でいけないの?

地域がら 複数の相撲部屋が近隣にあります。
時々 コンビニに自転車で買い物に来たり するのを見かけます。
浴衣の人もいますが さすが自転車じゃ危ないし 私服が多いです。

なんでも 貴乃花部屋の力士が私服で出かけたからと 厳重注意を受けたとか。
なんで 貴乃花部屋だけなんでしょう。
しかも ニュースにまでなった。

そりゃ〜師匠にくけりゃ 力士もにくい ってのは 感じますが
それなら きまりを 徹底したら いかが?

今は 某親方となっている人も 両国のスーパー前で Tシャツで買い物しているの見かけましたし
つい先日 ご注意のあとに 横綱さんが 私服でインタビューに答えていたじゃないですか。

こんな人もみかけましたし〜したっぱさんじゃないですよ。
smotr.JPG
名誉のため 顔はかくしますが 関取です。

ジャージ姿もいますし なんで 貴乃花部屋さんだけなんでしょうね〜
まるで これみよがしで いじめみたいで いやな感じがするのは 私だけでしょうかね。

プライベートでも 私服はいけないのなら 全員に注意 徹底しましょうね。
さて
自転車のお兄ちゃん よく見かけるので 注意してみていよーーっと!
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2018年01月08日

成人式

今日は 成人式だそうで あちこちで式典があったようです。
女子は着物で 同じように首元にショールを巻いて・・・
個性がないというか 横並びで つまらない。。。
ニュースで見ましたが 予約したレンタル着物やさんが トンズラして 着物が届かなかったとか。

「2年も前から 予約したのに!娘がかわいそう!!」
と言っていた 親もいました。

TV画像みたら みな私服でもそれぞれ おしゃれしていて かえってさわやかで いいんじゃないかなぁ〜
なんて 思いました。
同じような 着物姿より ずっと よかったように思えました。

なぜみな レンタルして 同じように着物なんでしょう。
仲間はずれは 怖いのかな・・・
日本人らしいといえば そうなんだけど 成人ともなれば それぞれ別の道 歩んでいそうだけど。
親の見栄なのかしら なんて思ってしまいます。
まぁ 一生に一度の 晴れ姿なんでしょう!!

でもそれで レンタルって 寂しくない?決して安くない レンタル料金です。
そのお金で 自分のこれぞ!っていう 服でも買えば あとでも使えるだろうに、と 思ってしまいました。
ま・・・流行りでしょ。

私のとき。
成人式 行きませんでした。
都会に出ている人も 出席できないでしょうね〜
地方から出てきたら 住んでいるところに 幼馴染もいないし 知り合いもいないし
そんなもんでしょう。
18歳が 成人になるなら 高校卒業時に成人式やるのもいいかもね。

それじゃ つまらないか・・・・・

なんせ いったん 故郷をでれば 同窓会だってなんだって 出にくくなるし 
ああいうのは やはり地元にいる人のための 顔合わせにすぎないと 思います。
遠く離れてしまえば
みな どこで何しているのやら 生きているのかどうかさえわからないのです。

老年式なんてのもあったら 面白いなぁ〜
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posted by うめのはな at 16:28| Comment(0) | エトセトラ

2018年01月07日

粥の話

1月7日は 七草かゆ の日です。
福井にいたときから こういう行事はしたことがありません。
七草粥など 食べたことがない というほうが いいでしょう。
そういう習慣はありませんでした。
でも
かゆは 好きでしたね〜
よく さつまいもの粥や いろいろな粥をたべさせてくれました。

今までで一番 美味しいと思ったのは
本格的な 中華料理やさんで食べた 薬膳かゆかな〜
それが ホンモノの中国風なのか 日本風なのかはわかりません。
中華料理といっても 日本で食べるものと 他国でたべるものとでは
違うからです。
日本のものは 食べやすいし 美味しい・・・・
たとえ それが 横浜などの中華街で食べるものであってもです。

ロサンゼルスの中華街で食べた 中華料理は 味も好みじゃなかったし あぶらっぽいし
米もぱさぱさだったし なんかどこか 違っていて まずかったです。

国内の中華料理は 日本人好みになっているのでしょうか・・・
中国には行ったことがないのでわかりません。

記憶に残る 粥の味は
大磯で 体調を崩したとき 宿の人が 作ってくれた 「卵かゆ」これが とっても美味しくて
忘れられません。
とても ありがたかったです。
プロの料理人のつくる 粥も またいいものだと思いました。

さて・・
今日は 粥 はたべません。
そういう行事をする習慣がないのです。

「粥」は 缶入りの「あきたこまち粥」を ケースで常備しています。
非常用のためと 病気の時のため。
これが 市販のレトルトより はるかに 濃厚で美味しいのです。
何事も 備えあれば。。。。ですね。
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2018年01月06日

夜中の地震

嘘から出た真 みたいに 夜中地震がありました。
ゆらっと揺れて 目が覚めましたが 起き上がることはせず TVをつけて・・・
ああ〜震度3か。。。。まぁ 2と3の間くらいだったかな?
で 眠くて また朝まで寝てしまいました。

昨日は 曇りで寒かったけれど 今日は快晴。
出かける気にもならず 初詣はまだです。

富岡八幡宮は さすが 参拝客が8割減ったそうです。
神様と事件は 別って ことでしょうが 気持ち的には どうかな〜
地元の 神社ですし なんてたって江戸3代祭りの 深川八幡祭りの 神社ですけどね。

隣は 深川不動尊の成田山ですし 両方 お参りする人も多いそうです。
今年は どうだったかな。
そのうち また 行ってみましょう・・・・
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2018年01月05日

緊急地震速報

今日は 緊急地震速報が入って驚きました。
ギューインギュイーンの音が 2台同時になったのですが はじめ 何の音だかわからなくて こんな音に設定したかな?くらい・・・携帯の画面見て 「緊急地震速報」ってあって びっくりして TV。
すでに TVは速報画面で 危険を知らせていましたが 揺れない・・・
遠くかな と思えば 関東。
揺れないし〜なんだろうね〜って思って いたら
そのうち茨城で震度3って。。。
はずれだねーーーって。
東京は全く 揺れませんでした。

久々の 緊急地震速報で 驚いたけど あの音 思い出せたので 訓練にはなりました。
家族に知らせたし ドアを開けたし 危険なものないか 考えたし
さっと 立って身構えたし、訓練だと思うことにしました。
しかし
驚いた。あれは 心臓に悪いね。3.11のトラウマ。
多かれ少なかれ みな あの音は いやだと思っていることでしょう。
たいしたことなくて
よかった よかった。

午後は 歯医者。
なんか もういや〜完璧めざさなくても
適当でいいと思うのにね〜
プロは 妥協しないですね。
ということで 残り1回。
次は 美白かな・・・

今日は寒いです。
外は 頭痛がするくらい寒かった。。。。
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posted by うめのはな at 15:13| Comment(2) | エトセトラ

2018年01月04日

置いてけ堀 人形焼き

直木賞作家の宮部みゆきさんの「本所深川ふしぎ草紙」は吉川英治文学新人賞を受賞されたのですが この話のヒントになったのが 、山田家という人形焼き屋さんの の包装紙だそうです。
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下町風情あふれる、「本所七不思議」の包装紙。の一部です。包装紙には7つの絵が描かれています。
漫画家で江戸文化研究家の宮尾しげを氏の筆による、江戸の伝承話「本所七不思議」。
ngoitk.JPG
「七不思議」のひとつに、たぬきが主役の錦糸町を舞台にした「おいてけぼり」というお話があります。
oitek.JPG
それが山田家さんの タヌキ型の人形焼の由来になっているそうです。
お店は 錦糸町にあります。
oitkr.jpg
両国 第一ホテル前に 置いてけ堀・御竹蔵跡 の説明板があります。

お正月の食べものに飽きて 甘い人形焼きを食べました。
山田家さんは人形焼専門店です。
創業当初は卵問屋だったとかで 卵にこだわった人形焼きだそうです。
中身の餡もびっしりつまっていました。
美味しかったです。
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posted by うめのはな at 17:29| Comment(2) | エトセトラ

2018年01月03日

赤ちゃん

今日は 小さなお客様。
しかし・・
赤ちゃんの 小さな体のパワーはすごいです。
手足 体 口 休まず動く。
寝ている時だけ 手足は休みますが 起きているときは パタパタ ピョンピョンと 動いています。
そのエネルギーは 大変なものです。
asi.JPG
泣いたり 笑ったり 声をあげたり・・・
意思表示が すごいことすごいこと。
喋れなくても 要求はちゃんとする。
そのパワーは 大人もたじたじ。

大人は 絶対服従のシモベとなるのです。
誰でも そうだったでしょうが
自分では わからない。

赤ちゃんのパワーとエネルギーには どんな大人も 負けますな〜
負けないのは やはり母親ですかね・・・

他は 完全にシモベです・・・・
少し エネルギーを貰いたいくらいです。
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posted by うめのはな at 21:07| Comment(0) | エトセトラ

2018年01月02日

正月2日目

今日は快晴で 朝 富士山の白い山頂部分が見えました。
年々 見難くなっていて・・今や 半分くらいしか見えません。
高いビルが どんどん建ったからです。

いい天気で 暖かいです。

朝から どこからか
「とぉしの はじめの ためしとて〜♪」なる音楽が聞こえてきたり
「君が代」が 聞こえてきたり・・・

どこかで 年頭の集会やっていたのだろうか。。。
ホテルもあるし 公園もあるし 企業もあるし 学校もあるし
どこからなのかは わかりません。

たまに 救急車のサイレンも聞こえますし
ヘリの飛ぶ音も聞こえました。

車の音は意外と しないのです。
人の声も 工事の音も 聞こえず 静かなお正月です。

宝くじも 年賀状も お年玉も 何もなく
のんびり いつも通りでした。
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posted by うめのはな at 21:10| Comment(0) | エトセトラ

2018年01月01日

元旦

新年 おめでとう ございます。
今年も みな健康で すごせますように。
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平成三十年 元旦   戊戌 (つちのえいぬ)
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posted by うめのはな at 18:24| Comment(0) | エトセトラ

2017年12月31日

大晦日

大晦日。
今日は 曇り。
昨日までは日差しがあって ぽかぽか暖かかったのですが 今日は寒いです。
(追記:午前9時すぎに 雪が舞っていました。東京の初雪だそうです)
来客もなく することも 予定もなく 今日はのんびり。
こんな日は 一日 「こたつむり」

大晦日と言えば 実家の福井は 寺が多いところですので 除夜の鐘が聞こえました。
紅白が終わり 「行く年 来る年」になると
近くの寺の 除夜の鐘が 響いてきました。
それが ひとつじゃなく あちこちの寺から・・・
でも 数軒先の寺の鐘の音が 一番大きく しかも 重量感がある鐘の音でした。
「ごぉ〜〜〜〜〜ん ごぉ〜〜〜〜ん」って なんというか 心にしみる音色で
物悲しくも思えたり 荘厳にも聞こえたりで
心ひとつで 感じ方が違うような気がしました。
除夜の鐘ってのは どこでもどこにいても 聞こえるものかと 思っていましたが
そうじゃなかったようです。

都会に出てから 除夜の鐘なんて 聞いたことがありませんでした。
赤坂や 大岡山じゃねぇ・・・
東京の喧騒の中では 聞こえにくいのかも。
寺が近くになかったのかもしれません。

千葉県の新興住宅地いたときは 地元の寺なのか 貧相な きーんこーーんというような 軽い鐘の音で 残念でした。

大田区にいたときは 池上本門寺の荘厳な鐘の音が 静かに 響き渡っていました。
ここは・・・
どうなのかなぁ〜
もう10年以上住んでいますが 意識して聴いたことがないです。
高気密防音サッシで 外の音が遮断されるからです。
でも 家族によれば 聞こえてくるそうです。
どこの寺なのかもよくわかりません。

今夜は 耳をすませて聞いてみようかな・・・

田舎の あの 荘厳な 除夜の鐘の音が なつかしいです。
みなさん 
よいお年をお迎えください。

来年が いい年でありますように。
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posted by うめのはな at 08:32| Comment(0) | エトセトラ

2017年12月30日

父の思い出

父はいわゆる 頑固者でした。
しかし 自分に甘いところも 多々あったようです。

私が 5才くらいまでは 体が弱かったこともあって とても可愛がってくれたようです。
風呂にもいれてくれたり あぐらの中に入って くつろいだりしていた記憶もあります。
雪が降って 子供たちが雪遊びをしているのを見て 
私も 雪にさわりたいといったのだと 思いますが
外に出られない私のために 弟子に屋根のきれいな雪を持ってこさせたのを 覚えています。
過保護だねぇ〜

でも 学校に行くようになると もう関心はなくなったようです。
年の離れた兄を一人前にすることだけが 生きがいのようで
女なんぞ いずれ出ていくから 必用ない・・って ことでしょうか。
その態度があからさまで いやでした。

犬を飼って 欲しいといっても
「客商売に動物は御法度」って 却下。
新しい ハーモニカが欲しいといっても
「兄のお古がまだ使える」
あれも これも ダメダメダメでした。

あと継ぎの兄だけが 大事という感じで 二番目の兄もそう感じていたようです。
後に二番目の兄が
「俺は 父親に何かしてもらった記憶がない・・」といったのを聞きました。

そんな 父でしたが 内孫が生まれたら やはり メロメロでして・・
私はそのときまだ 家に住んでいたのですが
うまれたばかりの赤ん坊に 私の目の前で
「じいちゃんのものはぜーーんぶ xxちゃんにあげるからな。誰にもやらない」っていいました。
別に 私は 何か欲しいわけでもないのですが
これみよがしに言われて いい感じはしませんでした。

もう猫かわいがりというか じじバカというか 絵本を毎晩読み聞かせ ごはんを食べさせ 散歩に連れていき
イクジジになってしまいました。
仕事が忙しくて 私が抱っこしてxxちゃんの面倒みていて 泣くと 大声で
「泣かせるな!!」って どなりつけました。
わざと 泣かしているわけでもないのに そんな風に言われました。
あんなにダメといっていた ペットも飼いました。

私を見る目は もう
はやく家を出ていけ・・・でしたね。
「あまり勉強ができると 嫁の貰い手がなくなる」といって
勉強するのをいやがり 9時には就寝でした。

二番目の兄は 高校卒業後 関西ではなく 遠くの 東京に行きました。
めったに帰省しなくなりました。
その気持ちがよくわかりました。

内孫が大事で 外孫は所詮 別の家のもの・・・って気持ちだったのでしょう。
外孫が生まれてもその 赤ちゃんにむかって
「xxちゃんに悪いから 俺は 絶対抱っこはしない」と宣言しました。
あほかいな・・って 思いましたね〜

そんなに大事にした 内孫に見向きもされなくなり
ようやく 他の孫にすり寄るって 感じでしたかね〜
思えば 身勝手な人だなぁーーって 思います。

しかし 晩年は おもうようにはいかなかったようで
母が先になくなり その介護は全部父がやりましたが
自分はといえば
病院に入れられ 施設に入れられで 家で介護をうけることはできませんでした。
見舞いは行きましたが 私も 介護には行きませんでした。

家を大事にし 家を守り 死ぬときは 家で死にたいといっていましたが
亡くなったのは 病院。
心臓発作で倒れて ペースメーカー入れて はやく家に帰りたいと嘆いていましたが
結局 一度も帰宅することなく
病院で一人亡くなりました。
ペースメーカーだけが 動いていて
朝まで 誰にも気づかれずに。。。。

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posted by うめのはな at 09:44| Comment(2) | エトセトラ

2017年12月29日

祖母

活花の話の続きになります。
祖父の名が 代々 平助 で受け継がれてきたという話をしましたが これは 何代前からなのかわかりませんし 本名なのかどうかも知りません。
なぜなら 私が生まれた時には 祖父はなくなっていたからです。
父方の祖父母は いませんでした。
戦争で亡くなったのか どうかも知りません。

古文書に記されていた
○○平助 殿 という名は たしかに我が家の 代々受け継がれてきた 姓名です。
父方の祖父母のことは 今まで 聞くこともなく 父から話をすることもなかったので どんな人物だったかはわかりません。
折り合いがよくなかったらしく 話すのをいやがっていたのは 確かです。
墓参りは ちゃんとしていたようです。

叔父もなくなっているので 詳細は不明です。

私には 一人だけ 祖母がいました。
母方の祖母。
祖父は 戦争でなくなったそうです。
若い未亡人で 相当苦労をしたようです。

思えば・・・
何かにつけ 母の手助けに来ていたので 母がひと月ほど 東京に行っていたときは 祖母が来て面倒をみてくれたのだと思います。
祖母は 苦労したせいか みかけより年寄で しわしわでした。
いつも 縫物などしていたようです。

某お寺の 縁日には 電車に乗ってやってきて お参りのあと 必ず 水あめを買ってきてくれました。
棒につけた2本の水あめを くるくるまわして 茶色が白くなったころ 食べます。
これが 香ばしい香りのする 米飴でした。

酒粕に水あめを挟んだものも 買ってきてくれました。
これは 大人の好物でした。

可愛い子ではなかった 私は よく この祖母と 衝突しました。
祖母も負けてはいなくて 言い返すので 最後には
「くそばばーー はやく帰れ!」って 捨て台詞でした。
いうべき言葉じゃなかったです。
猛烈に 反省です・・・・・
祖母は だまって 知らぬふりしていたようです。

その祖母が なくなったのはたしか 私が 中学生のときでした。
なんとなく 寂しくて それでも 口にだせなくて
母に
「ばぁちゃんいなくなって 淋しいか?」って 聞きました。
本当は 自分がさみしいくせにね・・・

年に何度かは お墓参りに行っていましたが
福井を離れてからは とんと 行っていません。
いとこの代になり 付き合いもさほどなくなりました。

たった一人だけでしたが
祖母との思い出があって よかったです。
posted by うめのはな at 08:56| Comment(0) | エトセトラ

2017年12月28日

懐かしい味

子供の頃の お正月の思い出は 寝正月 しかありません。
なぜなら 大晦日は仕事が忙しくて 明け方までみな 働いていたので 正月1日の午前中は みな 寝ているのです。
私や兄たちのために 母は起きて 朝食のしたくをするのですが とても疲れていて眠そうな姿でした。
みな 寝ているので 静かに 静かに すごすのです。
部屋も電気を消しています。
外は寒いし 居場所がなくて 困りました。
じっとしているのが 辛い朝でした。

昼過ぎになると すこしずつ起きだしてきて 昼ご飯ですが たいてい お雑煮でした。
福井のお雑煮は 鰹だしのきいた 薄味のお醤油のすまし汁にお餅をいれて 鰹ぶしをかけるくらいの簡単なものです。
そういうものしか食べてこなかったので ごちゃごちゃいろいろな野菜が入っているような お雑煮は好きではありませんし
最初は カルチャーショックを受けました。
それまで お雑煮とはシンプルなものだと思っていたからです。

お雑煮と 何日かかけて コトコト煮た 煮豆。
そして 寒鱈の煮たもの。これは もう佃煮のように固く カチカチの保存食です。
これ大好きでした。
そして タコやなまこの酢の物。
かまぼことか 普通のものもありました。

一番 好きなのが ナトミソ。(なっとう味噌というかもしれません)
どうやってつくるのかは 教えてもらわなかったので知りませんが
なすのからし漬け というのが正式な名らしいです。
ナスを麹とからしであえてあるもの。
ごはんが進みます。

もうひとつは たくわんの煮もの。
これが まぁ〜意外と美味しいのです。
たくわんを 薄く5mmくらいに切って ことことかつおだしのきいた 醤油で煮るのです。
たくわんは 柔らかくなって 口の中でほわほわして 美味しいです。
これは 田舎料理の知恵ですね。
どれも なつかしい
もう一度食べてみたい 母の味です。

きっと 忙しい中 今頃から準備したのでしょうね。
もう 28日です。
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posted by うめのはな at 09:05| Comment(0) | エトセトラ

2017年12月27日

活花の話

年末が 忙しい理由の一つが 活花なのです。
年末 祭事 などの行事には 集会所 社務所などの 地区の会館に 活花をするのが 父の役目でした。
お花の 資格をもっているので ボランティアで 活けてあげるのです。
年に何回かはそういう 役目がありました。

ほんの3~4歳の頃から 父の活花のお勉強の会場に連れていかれました。
もちろん 子供ですから 見て 遊んでいるだけでしたが
お花より お菓子をもらえるのが うれしくて いつもついていきました。
お茶の修行もするので お菓子がもらえたのです。

少し大きくなって いざ 正座して学ぶというときになって
すごく つまらなく思えて 気はそぞろ 学ぶという気持ちにはなりませんでした。
とにかく 正座というのが とても辛かったです。
一応 基本だけは 今でも覚えていますが
それ以上にも それ以下にもならなかったようです。

中学生くらいのときには 師匠(父)がお話をしている最中 「あくび」をした という理由で
「クビ」になりました。
父も こいつはダメだ・・・と見限っていたようです。
修行から 解放されて とてもうれしかったのを 覚えています。

別に お花の師匠で身をたてるわけでもなく 力をいれて学ぼうという気持ちはなかったです。
まぁ たしなみ程度に 学んだかなぁ・・って くらいです。

なぜか 花嫁修業の たしなみのひとつのようで
お花を習う子は 多かったようです。
中には 上級のお免状をとったりして 「ホホホホ・・」って子もいました。
着物着て しなしな・・と歩く姿に 
「おまえの 普段を知っているんだぞーー」と心の中で笑っていたりしてね。

「はじさらし」の 典型ですな〜私は・・・

それでも
父はなくなる 何年か前に
「花伝書」という とても古い 書物を数冊 くれました。
黄ばんで 汚いものです。
「花伝書」を読みましたが 花のことだけではなく
生き方そのものが 書かれていました。
もしかしたら お花の修行は 生き方の修行だったのかも・・と
その時は 思ったものです。
今でも 大切にしています。

ちなみに
いろいろ資料を調べていたら

「活花定式」
池坊專定著

というのが あることがわかりました。

奥書: 文化八未年正月 洛陽六角堂 池坊專定(花押・印) ○○平助殿
という のがあるらしい。
文化8年は 1811年です。
池坊專定さんが 平助さんに贈ったもの・・ってことですかね。
(○○は 我が家の 実家の名字ですが ここでは 伏字にします。)

この ○○平助 というのは 祖父の名で その名は代々 同じ平助で受け継がれてきたということです。
父は次男で 平助の名を継ぎませんでした。長男の 叔父は書家になってしまい 平助の名は継ませんでした。
この 平助が何ものかは 存じませんが 少なくとも 活花と昔から 縁はあったようです。
祖父で 平助は 終わってしまいましたが
きっと 違うすじの 人が 何かを受け継いでいるに違いない。。。。と 思いましょ!
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posted by うめのはな at 09:28| Comment(2) | エトセトラ

2017年12月26日

年末の集金

実家では 子供の頃ですが 商売のほかにも 諸事情で忙しくて 猫の手も借りたいくらいでした。

私は 猫の手よりは少し ましなようで 集金にまわらされました。
これが とても いやで 逃げたいくらいでしたが そうは行きませんでした。
とにかく 田舎では「ツケ」なる習慣があって 月末に 請求書を届け 集金に行くのです。
何も大金じゃ あるまいし たかが数千円のこと 「ツケ」にしなくてもいいかと思うのですが
それは習慣でかなりの家が 「ツケ」でした。
サラリーマンの家は そうじゃなかったようです。
これはきっと
「おまえのところを儲けさせている証拠なのだから うちにも買いにこいよ」という 脅しのようなものなのではないかと思ったくらいです。

私は 愛想がいいわけではなく 可愛げのない 娘でしたので 集金にいったからとて
何か おべんちゃらを言うわけでもなく ただ集金にきたことを伝え お金を受け取り 領収書を書く。
ただそれだけでした。
母なら 一言 二言 愛想をいい 長話もしたのでしょうが・・・
相手も心得たもので すんなりお金を渡し
「ごくろうさん。えらいね〜」くらいで 解放してくれました。

とにかく いやだったのです。
集金をすることそのものがいやで 請求書をポストにいれるのはいやじゃなかったです。
田舎のおばはんどもの相手するのも 品定めされるのも 話するのもいやでした。
きっと
「親に似ず 不愛想な子」という 評判だったに違いないです。

わざわざ家に電話して 「○ちゃんが 集金に来ているけど 払って大丈夫かね?」と確認した人もいたらしいです。
そりゃ〜子供に集金させる親が悪いです。
私は何も悪くなかったです。だから いやだったのです。
私は あくまでも 猫の手でいることにしました・・・・

おこずかいをためて お金をつくり 町の電気やで 念願の品を買いに行ったとき
家に 通報されました。
「○ちゃんが高価なもの 買いにきたけど 売って大丈夫?」ってね。
それ以来 買い物は 福井に出て 大型店で買うことにしました。

そちらが 信用しないなら こちらも信用するか!って 感じ。
おせっかいな 人が たくさんいました。

私のような はぐれ娘には 息苦しい町でした。
義理と人情と 妬みと おせっかいが 蔓延していたように感じます。

しかし
年末の 寒い日の集金は 本当にいやだったです。
天気がわるくて ぐしょぐしょ・・・

今日も快晴。
暖かな日差し。

これだけでも 東京に住んでいる価値がある。。。。。
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posted by うめのはな at 07:25| Comment(0) | エトセトラ

2017年12月25日

餅つき

クリスマスが終わると あとはもう お正月の準備です。
子供の頃は 自宅で餅つきをしました。

家族総出 そして近くの親戚も参加して 2軒分のお餅をつきました。
場所は 中庭。
狭いですが そこに臼を置いて 餅つきをしました。
蒸しあがった もち米を 臼に入れて 父や若い衆が 餅をつきました。
女子供は 出来上がった餅を 丸めて並べます。
全員参加の 楽しい餅つきでした。
待ち切れず 少しお餅をもらって 大根おろしや 砂糖醤油 黄な粉 で食べました。
出来立てで 柔らかくて とっても美味しかったのを 覚えています。
私は 最後に作る 黒豆入りの 餅。
干して 「かきもち」 となるのが 大好きでした。

そのうち 若い衆がいなくなり 父一人では 餅がつけなくなり
こんどは 親戚の家に場所を移して 餅つきをやりました。

しばらくして 年末は仕事が 忙しくて そんな暇がなくなり 餅つきは 終了。
そして 餅つき器が かわりに餅をつくってくれました。
なんとなく
わびしかったです。
餅が欲しいのではなく 
あの にぎやかな そして家族が一体になって わいわい 笑顔で餅つきをするのが よかったのだと思います。

その 餅つき器も お蔵入りとなり
餅やに 注文して 買うようになり・・・
今じゃ 餅を食べる人も いなくて
食べる分だけ スーパーで買う・
こんな 風に変わっていきました。

私のところは やはり食べる分だけ
切餅買ってたべます。
正月だから・・ではなく 今じゃ年中 買えるので 欲しいときに買います。

実家のほうでも 自宅で餅つきする家は ないみたいです。
日本の伝統文化もだんだんなくなっていきそう。
地方の人が ちゃんと 伝えていってくれるのを 期待しましょうか・・・
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posted by うめのはな at 08:57| Comment(0) | エトセトラ

2017年12月24日

クリスマスイブ

今日は12月24日。
クリスマスイブ。
別に キリスト教徒ではないし そう重視している日ではないのですが みな が浮かれて楽しみな日ってことは 子供の頃から刷り込まれているので なんとなく いつもと違う気がする そんな 日です。
daruma.JPG
子供のころは クリスマスといえば プレゼント。
小さいころは 寝るまいぞ!と 布団の中で 頑張っていたのに
いつの間にか 寝てしまって 朝起きたら プレゼントがあった・・
それは それで 嬉しかったのだけれど サンタクロースの正体を見るぞーーという 願望はかなえられなくて ガッカリしたものです。
そのうち プレゼントすら もらえなくなり クリスマスもケーキを食べるだけの日になりました。
少し 大きくなるともう クリスマスは 普通の日になってしまって ・・・
年末 忙しくてそれどころじゃないって感じでした。
商売をしていたから 一番忙しい時期だったのです。

東京に出て どんなクリスマスだったかって・・・
ほとんど 記憶がないです。
一度くらいは 誰かと どこかで食事したりしたかもしれないけれど
きれいに消えたように 記憶がない。
きっと ぼっちクリスマスだったか 普通の日だったか そういう感じかなぁ〜

家族を持ったあとは 年末はだいたい スキー場ですごしましかたね〜
年末年始の 混む時期(このころが値段も一番高い)を避けて 30日までの数日間に予約をいれて スキー場のホテルですごしました。
暖炉の前の クリスマスツリー。ナイトスキー場のライトアップ。
今ほど 派手ではなかったですが 記憶しています。

その後は まぁ 普通の日にまた 戻っています。
特に ごちそうを食べたり お酒を飲んだりもせず プレゼント交換もなく
ほんとに いつも通りです。

何度か 汐留やお台場 丸の内とイルミネーション見たりしましたが
それは 24日ではなかったし
24日は やはり 普通の日になっています。
xmas.jpg
でも 世間はクリスマスイブ。
みなさん それぞれに お楽しみください。

メリークリスマス!
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posted by うめのはな at 08:53| Comment(0) | エトセトラ

2017年12月23日

天気がいいです。

学校も冬休みになりました。
本日は 天皇誕生日です。
今朝の TVで そういうニュースが流れていて ああーーそうなのか・・・だけ。
クリスマスイブの前日で なんだか そうインパクトなくて 言われてそうだったのか くらい。
土曜日と重なり 残念な日です。本当は3連休くらいなっていたよね〜

整理整頓も ほぼメドがつきました。
でも まだまだ捨てなきゃいけないもの 多すぎて手がつけられないので
見て見ぬふりしているものが 多いです。
ま・・そのうちに!

東京は 毎日カラカラ。
天気がよくて 日差しがあって 日当たりのいい部屋は 暖房がいりません。
早朝 16度くらいまでさがることはありますが 日中は20度前後。
あたたかいです。
朝晩の食事時にエアコンつけるくらいかな・・・

重宝しているのが こたつ 。
本を読んだり TVをみたりで 一日のほとんどを こたつですごします。
ありがたいです。

夜は あんか。
部屋の暖房はなしです。

電気代もそうかからないので 新電力のお誘いは 多々ありますが
そのままにしています。

今日も 天気がいいし ぽかぽかでありがたいです。
タグ:エトセトラ
posted by うめのはな at 09:10| Comment(2) | エトセトラ