2019年02月17日

老い方

何気なく TVをつけたら 阿川佐和子さん 森山良子さん 清水ミチコさんが でていて その番組はもう終わりかけていて内容は全くわからないのですが 最後に さわこさんが 言っていた言葉が 印象に残りました。
「年取ると 髪は薄くなるし しわは増えるし 体力はなくなるし 体のあちこち痛くなるし・・・だからといって 二十代三十代に戻りたいとは思わないですね。あんな時代 繰り返すのはもういやです・・」言葉は正確ではないですが そのようなことを言ったのです。
お二人とも うなずいておられました。

それから 清水ミチコさんのピアノで 森山良子さんの「この広い野原いっぱい」の歌を歌ったのですが
1番 聞いていただけのときは 森山さんが歌ってる・・と思ったのですが 物まねで清水さんが歌っていました。
2番は 森山さん そして驚き!3番は さわこさんでした。佐和子さんの歌初めて聞きましたが とってもお上手でした。
3人のコーラスもまた とても素敵で 聞きほれてしまいました。終わったあとまわりから 拍手でしたが 思わず私も拍手です。
いやぁ〜もっと 聞きたい3人のコーラスでした。
いい歳のとり方をした人って 何をしても とても素敵なのです。
むろん それまでに多々ご苦労は あったのでしょうがね。
佐和子さんは 以前メトロの中で御見かけしたことがあって その時もごく自然で普通の人で 付き人さんを気遣ったりして
優しい方だなぁ・・と思ったものです。

清水ミチコさんのピアノがとてもお上手で 専門的に学んだのかと思えば 独学だそうです。
多才な方だなぁ・・・と 思いますが それなりの努力のたまものだとは思います。
また 聞きたいです。

年取って 気力 体力ともなくなり 体調も悪くなって 気も滅入ることも多いでしょうが
若いころに戻たいとは 思いません。
子供に戻りたいとも思いませんし 青春時代はもう御免です。
思いだすのがいやになるくらいの 波乱万丈の年月を繰り返すのもやだし 長い年月歩んできた結果が
今なら それを受け入れるしかないでしょう。
「これも 人生。それも 人生。」
たら れば は 何の意味もないです。

一生懸命生きてきた人は 老いてもどこか輝いているものです。

昔は 「人生50年」
今じゃ 倍近くになっています。

若いころ 年配の方を見て
「ああ・・あんな風に素敵に 老いてみたいな・・」
「素敵な おばぁちゃんになりたいな」
と 思ったものですが
いきなりそうなれるわけではないことが よくわかりました。
その人の 生き方が 老い方なんですね。
素敵な人は 若いころから素敵なんです。
それは 身なりとかお金もちだとかではないくて 人間性そのものです。
その人からにじみ出る 人生観というかお人柄というか そういうものでしょうね。

わたしなんか・・・ダメだな。
理想は 遠いです。
幼き頃からの育ちも環境も 影響するでしょうしね。

可愛いおばあちゃんもいますし
言葉は悪いけれど 
鬼ばばあもいます。
欲張りもいれば 
仏さまのような方もいます。
人間いろいろ。
人生もいろいろ。

せめて 人に憎まれたり 疎まれたり 迷惑をかけたりはしたくないです。

若いころ人をだましたり いじわるしたり 欲張りだったり 嫉妬深かったり 我がままだったり・・・
そういう人の今が どうなんだろうかと 見てみたい気がします。

ってか そういう人こそ 長生きするんですよねーーー

「憎まれっ子 世にはばかる」なんてね。
世渡りがうまいって ことでしょう。
タグ:エトセトラ
posted by うめのはな at 08:56| Comment(2) | TrackBack(0) | エトセトラ
この記事へのコメント
自分が若い時(小さい時) 早く歳を取り老人(爺:じじい)になりたかったです
そう思い始めたのは 中学あるいは小学校の頃だったと思います
漠然とです、漠然とではありますが
その当時 世にいう爺さんたちは皆 勝手気ままの立ち振る舞いで
一種の自由人的なものだと思い 憧れの人のように漠然と思っていました
 
今 あの時憧れていた爺(じじい)になってみて
そんな自由ではなく勝手気ままに過ごしていたらとんでもない事と知り
ある程度の良識ある爺になってはいますが 満足はしています
自分の人生における責任は ほぼ果たしてきては居ると自負できます
 
但し(もしもしもですよ)老人品評会なるモノが有り
老人(ジジイ)ばかり20人ほど集められ ショーケースに陳列され
15人ぐらい評価され 残りモノに入ることは間違いなく
それでもイジケたりスネたりもせず平然としている爺でいられます
まぁ要するに他人の評価は気にせずにいられる・・・これがジジイの特権ですかね(笑)
そういう意味では 小さい時に思っていた“爺さん”に近づいては来ていると思います
 
 
追:
>わたしなんか・・・ダメだな。
>理想は 遠いです。
>幼き頃からの育ちも環境も 影響するでしょうしね。
 
どんな理想のおばぁちゃんになりたいのでしょうか?
もしかしてもうなっているのではないのでしょうか? 
≪この言葉 使い方に語弊があるかも知れませんが(笑≫


Posted by さんほ at 2019年02月17日 15:03
さんほ さん

じじぃのショーケースは ダメですよ。
じじぃは したたかですので 人前での態度はどうすれば評価がよくなるかなんて お手の物です。
よく介護認定の場では 頑張ってできないことまでできるというのと同じです。

そうですね〜爺の評価は見た目ではわかりませんが にじみ出る人柄を知るしかないですかね。それは ばばぁが 一番わかるのかもよ。さんほさんの奥様でしょうかね。

さんほさんは あこがれのじじぃになっていくでしょうね。女のしたたかなこのような場で(パセリさんのところでも) どうどうと渡り合えるのですから 大したもんだ!

私は 理想のばばぁは にじみ出る品性と仏のような優しさと 誰にでも好かれるお人よしのばばぁです。
だから 私は無理ってことなんですよ。
素敵なばばぁは無理でしょう。人生の重みが足りないのです。自分勝手だしね。

甥っ子は38才で孫がいるのですが それでもじじぃ?
何をもって 爺 婆 っていうのかなぁと 最近おもうのですが。。。。
今 どうなんでしょうね〜
御想像におまかせします。
Posted by うめのはな at 2019年02月17日 20:47
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/185564782
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック