2021年01月31日

なつかしい映画

本の中で なつかしい映画を観た・・・観たときのことを思い出した。
思いだしたというより なつかしさに浸った。

同じ年代なら 一度や二度 観たり聞いたりしたことのある映画のタイトルではなかろうか・・・
その時代の自分を思い出してなつかしかった。
そりゃ いい思い出ばかりではないけれど やはり映画を観たときはそれなりに幸せな気持ちで
観ていたのだとおもう。

タイトル 追憶映画館 テアトル茜橋の奇跡
     PHP文芸文庫)
     伴 一彦 (著)  発売 2020/9/9

内容(「BOOK」データベースより)
友人に騙され借金を背負った男が、町で出会った少女に「私を殺し屋にして」と頼まれ…。母が故郷の橋で再会した、生涯の“想い人”の正体とは…。病室の窓から男が見たのは、十一歳の時に一目惚れした少女と瓜二つの女の子だった…。『レオン』『マディソン郡の橋』『小さな恋のメロディ』など名作映画をモチーフに、焼失した映画館と、映画で結ばれた人々に起こる奇跡を、稀代の脚本家が描く感動の連作短篇集。

8つの映画。そして8人の人物。
映画にまつわる8人の人生が 茜橋という街の映画館で過去と未来が交差します。
そして ひとつになって よみがえります。

ニュー・シネマ・パラダイス 
 レオン
 ハチ公物語 
 マディソン郡の橋
 小さな恋のメロディ 
 愛と喝采の日々 
 ローマの休日 
 バック・トゥ・ザ・フューチャー 

映画館で観たものもあるし TVで観たものもありますが どれもなつかしい映画ばかりです。
そのころの映画といえば 「卒業 」なんかもいいかなと思いますし「ある愛の歌」なんていうのもありましたね。
 「未知との遭遇」や「ジョーズ」もそうでしたね〜

生まれ育った田舎町には 映画館が二つあって ひとつは松竹の映画 もうひとつは東映の映画を上映していました。
松竹のほうは主に 時代劇 東映のほうが少しハイカラな映画。そんな感じでしたが まだ子供だったので
お金を払ってまで映画を観るということはなかったです。
いまはもうふたつとも 映画館はありません。

映画には 甘い思い出もありますが 大半はそんなロマンチックな思い出ではなくて
スリルとサスペンス専門のような映画ばかり見ていましたから 
人生が交差するような 思い出も出会いもなかったです。

しかし この本を読んでいろいろ思いだしたことはたしかです。
あの時代を生きてきた同世代の人にはわかるだろうなぁ〜

昭和時代のノスタルジーです。

最近は映画館で映画を観ることもなく たいていTVの再放送か
それ以前はDVDを借りて観ていました。
レンタル時代は それこそ新作が出るたびに借りて観ていました。
毎日のように観ていましたが あるときからピタッと観なくなりました。
理由はわかりませんが2時間も拘束されるのは 辛いし
なんだか 年とともに映画がつまらなく思えるようになったせいかもしれません。
最後に映画館で観たのは
2009年のアバターだったと思います。
3Dとかで 頭が痛くなって それ以来映画館には行っていません。

それ以来 思い出もなにもないです。

だから映画は懐かしいものなのです。
私は映画館に特別の思い入れもないし 思い出もありませんが
映画のタイトルはなつかしかったです。
そして8つのストーリーもなかなか味わい深かったです。

ローマの休日 の王女さま オードリーに憧れたり
小さな恋のメロディ の幼い恋に拍手したり
バック・トゥ・ザ・フューチャー でタイムマシンに夢見たり
ニュー・シネマ・パラダイス は不滅の名作だなーと思ってみたり
いろいろ思いだせたことが なつかしかったです。
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posted by うめのはな at 09:35| Comment(10) | TrackBack(0) | 読書

2021年01月30日

TV通販

先日 早朝に夫が突然興奮気味に

「今 電話したから。鍋TVで見てこれはいいと思ったので電話したけれどコールセンター繋がらなくて 1時間ほどで折り返し電話しますって 言っていたから電話あったらそれだと思って・・」

「え?何それ?なんで鍋なのよ」

「○○ストーンの焦げ付かない鍋が半額で 6点セットで○○円だから
今から30分以内ならその値段でって・・・」

「は?どうしてそういうの勝手に申し込むのよ」

「だから 混んでいてまだ注文できていない。でも 今電話したから その値段で大丈夫だそうだから」

「あ・・・それ きっとまだコールセンターやっていないだけだよ。早朝だもの。
一体どういう鍋なのよーー」

とネットで調べ始める。
あるある・・・これ 時々やってんじゃん。。。

「だいだい これ何よ。鍋2つだけで あとは持ち手と蓋と料理本と敷物だけじゃないの。
なんで これがいいと思うの?」

「だから こげつかないって・・・」

「たった2つの鍋に ○○円が安いわけ?」

「そりゃ 半額って。。。」

「あのね、鍋なら去年買ったでしょ?」

「え?どこにあるの?でも こういうのとは違うでしょ?」

「違わないよ。こっちは鍋4つの10点セットだし 1万数千円だったよ」

「それ 見たことないんだけど・・」

「去年の正月に息子ちゃん家族来たとき おでんだの煮ものだの鍋だのやったの覚えていないの?」

「・・・・・・」

「この間も シチューそれでやって そのまま密閉蓋して冷蔵庫いれたでしょ?
あれ便利なんだよ 。蓋してそのまま冷蔵庫だからね。見ていないの?」

「いったいどこにあるの?」

台所に行き ある場所を教える。

「持ち手がないので 積み重ねられるの。だからここに重ねてあるの」

「じゃなんで 日頃使わないわけ?」

「そりゃ〜あなたに使わせたくないからでしょ。」

「なんでーー?」

「こげつかない鍋だけど あなたが使うと 見ていないからすぐふきこぼして汚れるからいやなの」

「だって 焦げ付かないんでしょ?」

「そりゃ内側は焦げ付かないくても ふきこぼした外側は焦げ付くんだわ。あなたすぐ ふかなくて
今ある 鍋みんな外側が焦げ付いてひどいことになっているでしょ?」

「そりゃ・・・そうだけど しかたないじゃないか・・」

「だから 普段使うのはそれで 充分なの。それなら 気を遣わず使えるでしょ。新しいのは私が使うためなんだからね」

「じゃ TVの鍋買わないの?」

「もちろん。いらない。電話来たら断ってね。」

「・・・・・・あれ いいと思ったんだけどなぁ〜その鍋とは違うでしょ?」

「同じだよ〜それにどんな鍋でも あなたが使えば焦げ付くの。だから いらない」

「まだ 注文したわけじゃないから ・・・・大丈夫。。。」

ということで 1時間半ほどしてかかって来た電話で断っていました。
早朝の時間外ですぐつながらなくてよかった。。。。
だいたい 30分以内って言ったって 四六時中宣伝しているじゃないですか。
あまりTVのCMみない 夫はたまたま見た通販番組に 飛びついたというわけです。
通販番組って 心理的に買わなきゃ損って具合な宣伝しますものね〜
落ち着いて考えればいいのに 30分以内といわれりゃ あわてて考える暇もなくなるのでしょうね。
夫ってだまされやすい性格。気を付けないと・・・なんでも すぐいいと思い 試してみる悪い癖があります。
こういう性格はなかなか治らないです。

今までも 何度かありましたよ。
くだらないものを信じ込んで買ってしまったこと。

性格の違いでしょうかね〜
でもこれで 
もう通販番組で注文することはないと思います。
posted by うめのはな at 07:18| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2021年01月26日

野菜の花

最近は 娯楽の小説でも 中に書いてあるちょっとした言葉が目につき 心に残ることがあって
そこから 得ることも多くなりました。
巣ごもりのせいか 外に目が向かない分 内に気が付くようになったからかもしれません。
あるいは 年齢のせいか・・とも。。

野菜の花について料理人が言った言葉が心に残りました。

「野菜はえらい。
どんなにきれいに花が咲いても 花を自慢したりしません。
実ができてこその花だと知っている。
人も花を咲かせることばかり考えていると その後に実をつけることを忘れる
人も野菜を見習わねば」

 お勝手のあん 3   あんの青春〜若葉の季〜 柴田よしき 著より

このような言葉でした。

この言葉に思い当たることがあって 考えてしまいました。

野菜の花って 目立たなくて 小さく咲いて大きな実をつける。
実はその小さな花が実に 可憐なのです。
その後 大きな実をつけるわけですから 誇らしげに大きく咲いてもよさそうなのに
そうではないのです。
鑑賞用の花は 花が愛でられて咲いたら枯れるのですが 野菜の花にはその後に大きな目的があります。

人もそうではなかろうか・・・
蕾が子供で花が青春だとすると
蕾のころから温室育ち 花開くときに パッと咲いてちやほやされ その華麗さからもてはやされ華やかな青春 
なんでも思う通りになるような青春時代をすごす人もいる。
大人になったその後のことは 考えない。鑑賞用の花みたい。

雨風に打たれ 小さく咲いて 目立たないけれど人生の基礎を築いてしっかり生きる下準備をする人もいる。
こちらは野菜の花かな。

花が咲くのが10代のころだとすれば その時代は思慮も足りなくて
いろいろ自己中心になっていても気が付かない。
私もそうだったし 今になって ああ〜と思うこともたくさんありすぎて 本当に若いということは
未熟だったんだなぁ〜と思います。
未熟 ・・・ そうなんです。人間的に 熟していない時代だったんです。

未熟のまま 大人になる人もいますが
ちゃんと熟していく人もいます。
それに気が付くのが うんとあとになってから。

未熟のときに気が付くはずがないし 実を結ぶころには いろいろ人生真っ最中で振り向くことさえできません。
ただ前へ 前へと生活に追われるだけです。
そして 熟年。そうですね〜
熟したあとになって やっとこれまでのことを思い浮かべることができるようになります。
青年 壮年 熟年 老年とはよく言ったものです。
老年すぎれば 晩年とね。

鑑賞用の花の生き方より
野菜の花の生き方がいいと思うのは もう熟年をすぎたころなのかもしれません。
華やかさより 穏やかさがいいと 思うのです。

若いころは多少無茶したり 自分勝手だったり 相手のこと考えなかったり
目先のことにとらわれていたりしたこともありました。
そういうことを 今更ああ〜あのときああしていれば と思ったってしかたないのです。
今はただ ここまで無事生きてこれたことに感謝して この先も平穏にすごせたらいい
それだけです。

自然災害が起きるかもしれない。
明日 事故で死ぬかもしれない。
コロナに感染するかもしれない。
病気になるかもしれない。
今は 入院すらできず 無念の死を迎えるかもしれない。
戦争ではないけれど ここは戦場なのかもしれません。

生きていれば奇跡もあるかもしれない。
今生きていることそのものが奇跡なのかもしれないのです。

自分はしっかり実をつけることができただろうか・・・
パッと咲くこともできず 
実をつけることもできず
ただ 生きてきただけではなかろうか・・・

最近そんな風に思います。
これも コロナによる環境の変化のせいかもしれませんね。

野菜の花の生き方に気が付いたのが少し遅かったです。

本の紹介
タイトル お勝手のあん 3  あんの青春〜若葉の季〜 
著者   柴田よしき
出版者 東京 角川春樹事務所
出版年 2020.12

内容(「BOOK」データベースより)
昨年の大地震が残した爪痕も、ようやく幾らか薄れてきたように思えた頃。品川宿の宿屋「紅屋」では、おやすが見習いから、台所付きの女中として正式に雇われることとなり、わずかばかりだが給金ももらえることになった。「百足屋」のお嬢さま・お小夜が嫁ぎ、おあつから別れの手紙を受け取るなど、寂しくもなるおやすだが、心配していた勘平の消息を聞き、「むら咲」の女料理人・おみねから出された謎も考えながら、充実した日々を送っていく―。時代小説版「赤毛のアン」、大好評シリーズ第三弾。


柴田よしき、初の時代小説シリーズで これがあんの青春3作目です。全部読んでいます。
あんの名は 「安」と書きます。本当は「ヤス」です。
料理の極意はもとより(江戸の料理も楽しめます) 女が料理人になるというその時代にはできなかったことを
天才的な 味覚 嗅覚をもった あんがやりはじめる。
その恵まれない生まれ育ちをなげくではなく しっかりと生きるすべを身につけるという生き方を
描いてもいます。
あんを 見守り とりまく人々も 魅力的です。
まっすぐに生きる あんの姿は読んでいて心地よいです。
本の中の言葉に うなずいてしまう場面も多く 続編を楽しみにするようになりました。

今回もまた 野菜の花に教えられました。
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posted by うめのはな at 09:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 読書

2021年01月24日

とんちき耕書堂青春譜

毎日 本を読んでいますが 心に残るような本に出合えるのは数少ないです。
ミステリーだとか そういうありきたりの小説は読んでいるときはドラマを見ているようで
面白いのですが そこから何かを考えたり 感心したりすることはあまりないです。
そりゃ〜面白くて 一気によんだり 読後の満足感はいいドラマのように一時的にはありますが
何も考えずに単純に 面白かった!それで 終わります。

心に残る本というのは 読んでいるときは 面白いとかそういうのではなくて 読んでいるとき 読んだあとに
じわっと 何かが残るようなそういう本です。
そう何か・・何だかわからないのだけれど ちょっと考えさせられたり 妙にひっかかったり
気になってしまい 気になることを 調べたりしなきゃいけないような 感じになります。

これは 傑作だ。面白い。そういうのとは 少し違います。

今回読んだ本も 妙に気になる本でした。
タイトルや作者で選ぶとすれば まず選ばなかったと思いますが 内容紹介で興味を持ち 読んで見ました。
フィクションですが 読んでいるときは 深く考えずさらりと読んだ・・
でも 読んだあと ああ〜そうだったのか・・と心に残りました。

タイトル  とんちき耕書堂青春譜 
著者     矢野隆
出版者  東京 新潮社
出版年  2020.12


出版社からの紹介
「日本が世界に誇る天才たちの、青き時代は面白い! ここは蔦屋重三郎の店、耕書堂。いわば江戸時代の「トキワ荘」。十返舎一九に滝沢馬琴、東洲斎写楽に葛飾北斎。才能の開花を待つ、まだ何者でもない天才たちが集い、悩み、妬み、笑って、泣いた聖地。金はないけど、夢はある。元気もある。怖いものも、なし。だが、ひとつの「死」によって暗雲が――。痛快歴史エンタメ長編」

「幾五郎が出逢う 瑣吉が悩む 京伝が奮う 蔦重が迷う 十郎兵衛が壊れる 歌麿が惑う 鉄蔵が失せる 耕書堂が揺れる」
最初 この紹介文だけでは 何のことやらわかりませんでした。

江戸一番の出版社ともいうべき耕書堂。
幾五郎・瑣吉・斎藤十郎兵衛・鉄蔵。
そこに偶然集まった夢を持つ若者たち。この若者たちこそ のちの「十返舎一九、滝沢馬琴、東洲斎写楽、葛飾北斎」
であった。現代でも多くの人が、当たり前に知っている有名人。

侍を辞めて浄瑠璃の作者を目指ざして大阪から 江戸へ。
金がなくなり 飢えと闘いながらたどり着いた 蔦屋耕書堂。
主の蔦屋重三郎から、絵師の鉄蔵と一緒に、瑣吉という男を捜すよう頼まれる。阿波蜂須賀家のお抱え能役者で、絵が好きな斎藤十郎兵衛を加え、幾五郎たちは瑣吉を見つけるために奔走する。
4人の出会いから はじまります。

幾五郎がいう、
「こんな定まりきった世の中なんざ、ちっとも面白くねぇ。だからよぉ、面白ぇ物でも書いてなけりゃ、やってらんねぇよな」
商売を始めとして多様な才能を見せる幾五郎は 戯作家になることにこだわり 現実は戯作に昇華させるためのものと
創作の糧にしていく。

瑣吉は彼の根暗な性格であるがゆえに 自分の作風が時代に受け入れられないという苦悩であった。

住んでいた長屋の隣の長唄の師匠の首吊りを発端とする事件で 鉄蔵は その死の真相にこだわり続ける。
強引な性格で、幾五郎たちの兄貴分におさまっている鉄蔵は 阿波蜂須賀家のお抱え能役者で、絵が好きな斎藤十郎兵衛を加え、幾五郎たちと瑣吉を見つけます。

娯楽を締めつける幕府の政策に反発する重三郎が あの東洲斎写楽を生み出した理由も明らかになります。

写楽役を引き受けた十郎兵衛が、苦悩の果てに、創作者として覚醒 。新たな役者絵を誕生させます。

大胆な表現。今までの浮世絵にはなかった 見たままありのままの 役者絵。
美がないと 反発する当代一の人気浮世絵師・喜多川歌麿は写楽の絵を激しく嫌いながら 正体不明の写楽に嫉妬する。

絵を描かなければ生きていけない鉄蔵。
己のやりたいことを気ままにやって、毎日楽しく過ごすという 幾五郎。
大胆な役者絵を描いて 消えた 斎藤十郎兵衛。
蔦屋重三郎に見込まれ手代になったが商売に興味を示さず のちに旅に出た瑣吉。

だれがどの有名人だかは読んでいてすぐにわかります。

江戸の若者は夢がある。
共助 自助 相互扶助の 精神もある。
それぞれ おのれが決めた夢にまい進する覚悟も執念も強い意志もある。
そのためなら 努力も苦難も乗り越えていく。
しかし それは 楽な道ではない。
そんな 彼らの青春時代の話です。

今のめぐまれた時代の若者にはどんな夢があるのだろうか。
そして それを支える大人はいるのだろうか。

そんなことを思ってしまいました。
フィクションなのですが 妙に心にのこった本。

ああ〜あの大御所といわれた 4人の人たちは
こうやって育っていったのだなぁ〜
さもありなんと 思った内容でした。

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posted by うめのはな at 07:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 読書

2021年01月20日

じい散歩そして梵 寿綱

面白いというより 楽しめた本があります。

「ちい散歩」ならぬ「じい散歩」。

タイトル  じい散歩 
著者      藤野千夜
出版者  東京 双葉社
出版年  2020.12


出版社内容情報
明石家は夫婦あわせて、もうすぐ180歳。一家の主、新平は散歩が趣味の健啖家。妻はそんな夫の浮気をしつこく疑っている。長男は高校中退後、ずっと引きこもり。次男は自称・長女のしっかり者。末っ子は事業に失敗して借金まみれ。……いろいろあるけど、「家族」である日々は続いてゆく。飄々としたユーモアと温かさがじんわりと胸に響く、現代家族小説の傑作!
問題山積家族の“軽やかな”物語|


単なる散歩ものかと思えば 家庭内の重苦しい状況とは裏腹に 全然暗くない家族の物語。
読みやすい文章で 楽しめます。

元建設会社を営んでいた90近い じいさんが 日課である散歩で あちこち巡ります。
散歩に出るたび 認知症になった妻が、昔、夫に愛人がいたときのことを思い出し、「どこ行くの」「冨子と会ってたんでしょう」と責めます。若いころのショックなのでしょうね。

妻は認知症。
長男は ひきこもりの子供部屋おじさん。
次男は LGBTだけど 兄弟の中では頼りになる存在。
三男は 借金まみれで金をせびりに来る。

暗くなりがちな家庭でも じいさんは元気はつらつなのです。
建物めぐりや、カフェめぐりで、結構知っている建物がありました。
カフェは レトロでなつかしいような雰囲気ですが 入ったことのないお店でした。
建物めぐりは 池袋を中心に 立教大学 江戸川乱歩の旧家。
そして 自由学園明日館 行ったことがあるので 思いだしながら読みました。
他にもなつかしい場所があって 楽しめました。

そのなかで 一番興味を持ったのが 「梵寿綱  」の建物です。
梵 寿綱(ぼん じゅこう 本名:田中 俊郎(たなか としろう)
日本の建築家。86才。
日本のガウディと呼ばれる男

画一的な 面白みのない近代建築様式ではなくて独自の斬新な建物を建てた男です。
私は知らなかったのですが 本を読んで 調べてみて 「これは驚いた!こんな建物があったんだ」と
ぜひとも 見てみたくなりました。
近くを歩いたことはありますが 気が付かなかったです。

建物というより 芸術品か美術品かと思えるものですが なんとそれが 集合住宅だったりするので
また驚きです。
見たことないので 写真はありませんが その独特な建物は検索すれば あちこちで写真を見ることができます。

代表的な建物(東京都)
池袋: 斐禮祈(ひらき):賢者の石 、 「ヴェッセル:輝く器」
早稲田: ドラード和世陀(わせだ)
佃:   カーサ相生
杉並区: 和泉の門(ラポルタ和泉) 舞都和亜(まいんどわあ)
港区: 「エスペランザビル」
東大和市: 向台老人ホーム(無量寿舞)
目黒: カーサ中目黒

池袋や早稲田の集合住宅など まるで外国の建物のようでここに人が住んでいるのかとおもうほど素晴らしいものです。
ああ〜一度見てみたいなぁ〜外観だけでも驚きなのに天井やエントランスもまたすごいです。
でも 黙って中には入れないですね〜
老人ホームなんか いるだけで楽しくなるんじゃないでしょうかね〜

などなど思いながらあれこれ梵 寿綱の写真見たり調べたりして結構楽しめました。

しかし 話を元にもどすと これは 単なる散歩紹介の本ではありません。
あくまでも 家族の物語です。
じい散歩を通して 街の風景やカフェのメニューを楽しむことができますが
人生こんなものだと 何事も深く考えず 楽しめる本なのです。
過去のことをあれこれ悔いてもしょうがない 
今を嘆いてもしかたがない
なるようになるさ。
それより 今を楽しもう。
そういう生き方というより 終活もありなんだなぁと思いました。
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2021年01月17日

きょういく と きょうよう

この1年 ふにゃっとした日々をすごしてきて なんか物足りなさを感じている今日この頃です。
というのも コロナ過で外出自粛 外食自粛どころか徹底して 取りやめていたので
自宅軟禁のような状況が続いたせいかもしれません。

もっとも 1年ほど前は心臓のBNPという数値も悪くて すぐ息切れしたので
出掛けるのも 身体を動かすのも おっくだったから 自分から出かけたいとか散歩したいとか
思わなかったので 1年それほど苦ではありませんでした。

思いもよらぬ 自制と安静がよかったのか 薬が効いたのかはわかりませんが
昨年秋ごろから 体調もよくなり BNPも半減してとても楽になっているので
身動きできないこの状況が 気になり始めたというところです。
人間 勝手なもので 自分から出かけたくないと思うときは 制限されていてもさほど苦ではなくて
身体の調子がよくて 動きたいと思うときに 制限をかけられると 苦になる。そんな感じなのでしょうか。

とにかく 今は調子がいいので あそこに行きたい ここに行きたいという欲求があるのに
出掛けられないのが 少し不満で 退屈に思っています。
この状況じゃ しかたないですがね〜
身の危険を感じるよりは 家でじっとしていたほうがましです。

先日 本を読んでいて おもしろい言葉に出会いました。

「高齢者が いきいきと毎日を送るには きょういく と きょうよう が必要。」
そう書いてあって
そんな 今更ね〜余計なお世話だ・・と 思うでしょうが
先をよみますと 実は

きょういく は 今日行く
きょうよう は 今日の用

と書いてあって なるほどね〜と感心しました。

よく 医者の待合室で おしゃべりしたりする人を見かけましたが
あれは実に 高齢者のQOLに役立っていることなのだと 思います。
医者に行く目的 医者に行く用がある。
そこで おしゃべりする。
これはも生きがいに他ならないです。
だから 以前は医者が社交場で混んでいたんだ・・・
さすが 今はそれが許されない行為です。

散歩するのも きょういく
買い物も きょうよう
井戸端会議も
立ち話も
みんな それなりに 役立っているわけです。

第一 しゃべらないと 口がまわらなくなりそうだしね〜

どこかへ 出かける
なにかの 用がある
それだけで 高齢者の 生きがいにつながるのですね。

一人孤独でいるよりは よほどいいですね。
でも このご時世じゃ それさえも制限されていて 残念です。

私は本さえ読めれば 一日すごせますが
めりはりのない 生活はやはり どこか空気の抜けた風船のようで
つまらないものです。

行きたいときに ふらっと出かけられる そんな日がまた来るのでしょうか・・
今のところ
きょういく も きょうよう も
通院しかないという 異常な生活です。

都立の庭園も 施設も閉園。
国立公園も閉園。
美術館も予約制。
だいいち移動しようにも バスや電車に乗るのが怖いです。

これじゃ ふにゃっとした毎日が まだ続きそうです。
posted by うめのはな at 09:56| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2021年01月14日

男尊女卑

年賀状を出す習慣がほんの数人を除いてなくなったので 正月が過ぎると知り合いからの電話が入ります。
このご時世では 生存確認の意味もあるのかと思います。

夫が親しくしている 高齢の男性から電話が入ったようで 話が聞こえてきました。
なにらや 話していたかと思うと
「そういう言い方は よくないですよ。女だてらに・・って そう考えは古いですよ」と
たしなめる夫の声が聞こえました。

あとで聞けば 女がでしゃばるのは気に入らない。
TOPが女じゃ うまくいかない。
そんな意見だったそうです。

昔気質の 携帯もパソコンも使わない方で 新聞 TV以外の情報のない人です。
女は だまって従え的な 男尊女卑のお考えのようです。

それを聞いて あの人が。。。とがっかりしました。

昭和堅気の古い考えから脱却できない人はまだまだ多いようです。

「ガラスの天井とは 資質・実績があっても女性やマイノリティを一定の職位以上には昇進させようとしない組織内の障壁を指す 。」

まだまだ世の中そうなんですよね〜

女のくせに
女だてらに
そんな言葉で 卑下しようとします。
自分より 優秀だったら嫉妬心が沸き いわれなき いやがらせ いじめもはじまります。
ねちねちとした いやがらせは女より男のほうが怖いです。

嫁いびりもまだまだあります。
先日 TVドラマを見ていて 思ったことがあります。

親の決めた人と結婚しなかったらしく 実家にいくたび
「嫁いびり」をされて いやがらせの言葉をあびせられます。
私なんかそれ見て ばかばかしくなって 黙っていないで
「くそばばーーこんな家二度と来るか!」って 言えばいいのに〜と言ったりします。(笑)

でも ネットなどでも実際そういう相談や体験談があるので まんざら作り事でもないだろうな〜
今でも 「家に嫁ぐ」・・嫁 という観念があるのだろうなと思います。

家に嫁いだわけじゃないです。二人の合意で結婚しただけです。
と言っても古い考えの人はわからないだろうな・・・
女は黙って夫に従えみたいな考えが 抜けていません。

よく せっかくの連休 正月にゆっくりしたいのに 夫は帰省したがり
帰省すれば 何から何までお手伝いして動かなくちゃいけない。
夫はすっかり 実家の子供になって のんびりしているが
こちらは よけい疲れるので帰省したくない。
せっかくの休み 自分ものんびり体を休めたいから 一人で帰ってと言っても
それじゃ 自分の立場がないと 否定される。
とうとう「帰省しない」宣言をした人もいます。

本など読んでいても 明治大正などの男尊女卑はひどくて
まるで奴隷か家政婦かという感じでした。
女に学問はいらない。
子を産まない女は離縁。
病気になんかなったら 実家に帰れと言われる。
女中の代わりに働け。
食事も別。
風呂は最後。
そんなことが当たり前だったようです。

以前は夫が先に死んだら 義父母にこの家から出ていけと言われた人がいたということです。
今じゃ 死後離婚(姻族関係終了届け)して 義父母の介護などしなくてすむようにする女性もいるそうです。
意識はかわっていきますね。

少しづつ変わってきて ようやくガラスの天井が見えるようになってきました。
破るのはまだまだです。
もう少し 時間がかかりそうです。

そういえば
「ガラスの天井かと思っていたら 鉄の天井でした」と
東京都知事は言っていました。
圧力がすごくて 実感なんでしょうね〜


女性に触って平気でいる人に 抗議すれば
「減るもんじゃあるまいし」で 笑ってすませる男もいます。
そういうもんじゃないでしょうに!

男にはなんだそんなことくらいで すませられることでも
セクハラ 差別に当たることがたくさんあります。
気が付かないうちに 差別しています。
気が付かないていうのが また 長年の男尊女卑のなごりなんでしょうね〜

しかし
「男のくせに だらしがない」というのも
セクハラですね。
男はしっかりもの 力がある 我慢ができる
そういうことも 崩れてきそうです。

(何度も使っていそう・・男のくせに!ってね)
子供にも 男の子なんだから・・・って使っていそう。
今思えば 男も女もないですよね〜
気をつけなきゃ。

posted by うめのはな at 06:59| Comment(2) | TrackBack(0) | エトセトラ

2021年01月10日

大雪

北陸の大雪が心配で 福井の実家に電話をしたら 福井市内は1mほどの積雪だけれど
実家のある町は20cmほどだということで 安心しました。

海辺の街でも 時として大雪になることもあって 私が子供の頃はそこそこ雪が降りました。
冬の思い出は 雪のことばかりです。

古い町並みなので みな雪が積もればすぐに 屋根の雪下ろしをします。
その雪が 広くない道路の脇に積み上がり 車がとおれなくなることがしょっちゅうありました。

みな 中庭がある造りの家が多いので できるだけ庭に雪を落とします。
我が家も 中庭があったので 庭は屋根の雪が積まれて 家の中が薄暗くなります。

夜はぼぉ〜っとした 雪あかりで何とも言えない雰囲気になります。
深夜トイレに起きたときなど 雪あかりが幻想的で(寒いのでそれどころではないのですが)
白というより薄紫色に見えます。

雪が降っていて物音ひとつしません。
立ち止まり 耳をすませば 雪の降る音が聞こえてきます。
「しんしんしん・・・・」
雪って降る音がするものだと 子供心に思ったものです。

中庭が雪で埋もれているので 目の前の壁のような雪を見て
兄とこれなら冷蔵庫みたいだから アイスクリームができるかもしれない と
大きな空き缶に塩を混ぜた雪を入れてから
材料を混ぜて カップに入れて 雪の中に入れておいたことがあります。
半日たっても アイスクリームはできませんでした。
シャーベット状にはなるのですが ドロドロ。。。
アイスクリーム造りは失敗でした。

雪って 意外と暖かいのです。
かまくらなどもそうですが 雪で遭難したら雪洞を掘れといいますからね。

氷点下1〜2度くらいではできませんでしたが もっと外気が低くなれば
できるようです。

あるときは 雪下ろしの雪が道路を埋め 前の家に行くのが大変になったことがありました。
兄が トンネルを掘ろうと言って 二人でトンネルを掘っていたら
ちょうど上を歩いていた学校の鬼先生が 落ちました・・・・。
叱られたこと叱られたこと・・
翌日の朝会でも皆の前で叱られました。
私が小1 兄が小6の大雪の日の思い出です。

兄はすぐ卒業してしまいましたが 私は6年までその鬼先生におびえながらすごすことになりました。
雪の日の思い出は数々あります。
中学生になった兄との思い出は その後少なくなって行きました。
遊ぶこともなくなりました。

とにかく すぐ上のその兄は私の面倒をよく見てくれたのだと思います。
たくさん遊びましたね〜
金魚のフンのようについてまわり なんでも真似しました。
遊びこそ 学びというのかもしれません。
ひとつだけ 真似できなくてくやしくて 泣いたこと・・・

たちしょんができなかったことです。(笑)

兄が東京に出たあとは 寂しくなりました。
その後 私が上京したのも兄の影響かもしれません。
しばらくは 兄の家に居候していました。

そんな雪と兄のことを思い出しました。

大雪のことも近年 忘れていましたがその苦労はわかります。
雪がはやく止みますように・・・・

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2021年01月05日

新年雑感

今年の新年は 連日いい天気で穏やかでした。
出掛けることもなく すごしました。

日本海側は大雪で大変な思いをしているのに・・と思うと申し訳なく思いますが
こちらは カラカラ天気で空気も乾燥している毎日です。
日中は サンルーム状態になるのでエアコンの暖房は必要でなく 朝晩だけですんでいるのが
ありがたいです。

天気や光熱費だけでも 太平洋側は太陽の恩恵大です。

幸い 実家のほうは雪もないところですが 連日 雨や雷の悪天候らしいです。
冬のいなずま雷。これは 雪雷といって すごいです。
日本海側 北陸で多い 冬のいなずま雷は音もなく近づいてきていきなりドーンと落ちます。
冬場に発生する雷は、夏場に起きる雷よりも大きな電流が流れます。

エネルギーの大きな雷が多い。(夏の雷の100倍以上)
落雷数は少ないが、一日中発雷する(雪やあられの前触れが多い)
日本海沿岸に多く、海岸線から35km以上の内陸部では少ない

子供の頃は 雪雷が毎日のように鳴り当たり前のように思っていましたが 実は夏のいなずま雷より怖いのですね。
冬のいなずま雷は 低いところで発生しているようですから 迫力というか音がすごいです。

雪雷がなると 雪やあられが降ります。

私が子供の頃は 実家の地域も大雪が降りましたが
最近はほとんど降らないそうです。
それでも 雪雷は相変わらず鳴ると言っていました。

TVで大雪の映像を見ると ああ〜大変だなーと。
高齢者が多い地区は 雪下ろしも命がけ。
体力のない人はどうするのだろうと 気がかりです。

田舎暮らしも楽じゃない・・・
都会暮らしも楽じゃないですけれどねぇ〜

コロナ治まりそうもなく
勝負の3週間に敗北。
真剣の3週間も敗北。
次の3週間
骨抜きの甘い緊急事態宣言が出て
人々の意識は変わるでしょうか。
変わらなきゃね。
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2021年01月01日

新年のご挨拶

nenga.JPG

2021年 新しい年です。
もうすぐ初日の出。
空がだんだんオレンジ色に染まってきています。
ビルの陰から 朝日が顔をのぞかせる時間になりました。

年末のあわただしさが少なかった分 いつもどおりの夜明けになりました。

今年は コロナも収まって平時にもどるといいですね。

年賀状の 牛は 土鈴です。
今年は丑年ということで 写真にとりました。

狛牛です。

usitenjin.JPG

阿の牛
usitenjinn2.JPG

吽の牛
usikitn.JPG

北野神社。牛天神といいます。
詳細はこちらです。



今 あたり一面 明るくなりオレンジ色に輝きました。
初日の出は まぶしいほどの輝きです。
希望の光になりますように・・・

あけまして おめでとうございます。

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