2020年10月31日

奇人変人

世の中には 天才 秀才 がいるそうで 東大に入学する人を見ればそれがよくわかるという話を聞いた。
天才とは 天から授かった生まれながらの能力で 秀才は後天的な能力 これは自らの努力の結果であるそうです。
天才は学問だけではなく 芸術 音楽 運動と各分野においての天才がいる。
しかし 天才とは、1%のひらめきと99%の努力である。と言われています。

秀才は学問的才能に限られる。
努力の人です。
必死で努力して 秀才と呼ばれ 東大に入ってもまわりが天才だらけで ついていけず自信を失った。
そんな話も聞きます。

おまけに 奇才 鬼才というような人もいます。
奇才とは 「世に稀なすぐれた才能」というものです。
鬼才は 奇才に似ていますが「鬼才」の方が、ややポジティブな意味合いで使われることが多いという違いだそうです。

世の中には それとは別に 奇人 変人と言われる人もいます。
変人=一風変わった気質を持った人
奇人=言動が、風変わりな人

迷惑をかけないなら 私は個性があっていいと思います。

普通の人ばかりじゃつまらない。
世の中 天才や奇才がいて そのひらめきで進歩するということもあるでしょうし
奇人が 何かを変えていくのかもしれません。

もちろん努力の結果ということも多いとは思います。

まわりにも 奇人 変人と噂される人がいます。
もしかしたら 知らないところで私も そんな人と言われているかもしれません。

夫の友人には その変人が何人かいます。
今は おつきあいもほとんどないのですが ずいぶん前に

「今度 金星人が来て集会をやるので 参加しませんか」と誘われました。

私は「バカじゃないの」で一蹴。
夫もさすがに それはないだろうと 断ったのですが 後で 
「どうでした?」と聞くと 
「見かけは普通の地球人でしたが 話は面白かったですね〜
地球には 地球人に扮した金星人があちこちにいるそうですよ」

と 大真面目に答えたのが 面白いやら笑えるやらで この人は変人だと
改めて思ったそうです。
他にもおかしなことを 大真面目で言うので付き合いきれないけれど
話は面白いと言っていました。
常識では考えられないことを 信じ込んで話すそうです。
これは 典型的変人か もしかしてご病気なのかもと思ったりもしました。
でも ごく普通に生活しています。

「宇宙人に会った」とか「UFOに乗った」とか
そういう人もいます。
真偽は定かではありませんが ちょっと信じがたい話です。

見えないものが見える人がいます。
「あなたには○○の霊がついている」とか
「死んだ人が見える」とか
そこにいるはずのない人が見えたり ものが見えたり 虫や動物が見えたり・・
普通の人にはその存在は認められないのに
嘘ではなくて その人にはちゃんと見えているのです。

これは レビー小体病だそうですよ。
特徴は「幻視」
レビー小体型認知症になると 見えないものが見えます。

見えないものが見えたり、見たものが違うものに見えたりする「錯視」。
それに伴い妄想や作話などが起こる場合もあります。
その人には本当に見えているのですから 嘘をついているつもりはないのです。
専門家は霊が見えるなどと言う人はレビー小体型認知症と診断するでしょう。

霊能者といわれる人の中には この病気の人もいるのでしょうが
お金儲けの 詐欺師のような人もいますから見極めは難しいです。

とにかく私は 霊が見えるなどという人に出会ったら
「あなたレビー小体認知症でしょうから 病院に行ったほうがいいですよ」と言いますね。

しかし
奇人 変人もいますから どこで線引きをするかは 難しいところです。
でも 見えないものが見えるというのは 明らかに変です。

昔から幽霊がいるなんていうのも つまりは病気だったせいかもしれませんね。
「妄想」「錯視」「思い込み」「幻聴」「幻覚」
病気だと思われる 症状はいろいろあります。
どこからが 病気なのかは専門家じゃないと 線引きが難しいものなのでしょうね。
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2020年10月26日

絵ことば又兵衛(岩佐又兵衛)

東京国立博物館で 岩佐又兵衛作 国宝 舟木本・洛中洛外図 
を見たのはずいぶん前のことですが
当時 岩佐又兵衛という絵師のことはほとんど知りませんでした。

今回 その岩佐又兵衛の生涯を書いた小説を読み 岩佐又兵衛さんってこんな人だったのだという
新たな知識を得ました。
ある意味 この本も 私にとっては心を動かす内容でした。


タイトル  絵ことば又兵衛 
著者     谷津矢車/著 
出版者  東京 文藝春秋
出版年  2020.9
内容(「BOOK」データベースより)
戦国時代末期、母とともに寺で住み込みで働く又兵衛は、生来の吃音が原因でままならぬ日常を送っていた。そんな中、ひとりの絵師と出会った又兵衛は、絵を描く喜びを知る。しかしある日、母が何者かに殺された―。

荒木村重一族の生き残りにして絵師となった岩佐又兵衛を描く歴史長編。

母と二人寺の下働きをする又兵衛は 吃音があっていじめを受け 人と話すこともままならぬ日々。
そんな時寺に来た絵師に出会い 絵を描く喜びを知る。
この時はまだ 自分の出自を知らぬ又兵衛は何者かに追われ寺から母と二人京に逃れる。そして新たに狩野派で学ぶ機会を得て、兄弟子でもあり師ともいえる狩野内膳と出会い、更なる絵の研鑽を積む。その後母を殺されてしまう。

後に絵師として生きてきた又兵衛は 母だと思っていたお葉はもともと乳母で、しかも彼女を殺した首謀者が自分の父 村重だったことを知る。
母を想い、父を恨み、人とのかかわりも苦手な彼は 絵を描くことだけが生きる道となって行く。

最近の学説では「浮世絵の祖」といわれ、また「奇想の絵師」のひとりとして江戸絵画で注目の絵師を正面から描く。
「怨念の絵師」とも言われますがのちに 「山中常磐物語絵巻」重要文化財 、「堀江物語絵巻」などを描きます。

父 荒木村重は光秀より先に信長を裏切った武士です。
松永久秀に次いで荒木村重も信長に反旗を翻し そして逃亡したことによって信長の怒りは頂点に達し 村重の家臣やその家族たち数百人を焼き殺し 京都の六条河原で、村重の妻子たち約30人の首も刎ねられてました。
2歳の又兵衛は 乳母によって逃れました。
又兵衛が母と思っていたのが この乳母 お葉です。

父村重は謀反の折、家族や家臣達を見殺しにし 逃亡。生き延び信長の死後自ら道糞と名乗り、豊臣秀吉の御伽衆になりました。

それを知った又兵衛の父への 怒りは行き場のないものとなりました。

又兵衛は京都で絵師として活躍し、洛中洛外図屏風舟木本(国宝)を製作。
越前藩、そして江戸へ活動の拠点を移します。
松平忠直の命により 「山中常磐物語絵巻」重要文化財 を製作。
常磐御前、つまり源義経の母にまつわる話です。

松平忠直は家康の孫ですが 「妊婦の腹をかっさばく」という悪評などが際立ち、後に幕府によって追放されます。
「妊婦の腹をかっさばいた」と言われた石が 福井県三国町にあります。
以前のブログで 写真とともに紹介しています。
今回 このようにつながるとは当時思ってもいませんでした。
幼いころより 「妊婦の腹を裂いて 笑っていた悪い殿様がいた」と聞かされていました。

三国港のまないた石

さて 「山中常磐物語絵巻」重要文化財 ですが
笑いながら常磐に刀を突き刺す男。
鮮やかな血の赤。。。血みどろの世界です。
血の朱は 又兵衛自ら筆をとったそうですから 幼いころのトラウマ 怨念が狂気となって
描かれたのかもしれません。
人を殺すということはこういう事だ。という憎悪を吐き出しているかのようです。

又兵衛が関わった血みどろ絵巻「堀江物語絵巻」は 見たことないですが 
すごく悲惨なものらしいです。

この本は 又兵衛がいかにして 絵を学び絵師として生きたのかを描いたもので
当時の絵師 長谷川等伯などとの出会いもあって 興味深いものでした。
絵を極めるということは ただ描くというだけでなく
当時は 染料の調合から膠の作り方 紙の選び方などいろいろ学ぶことがあって
並大抵のことではなかったようです。

岩佐又兵衛は、豊かな頬と長いあごを持つ人物や 大和絵や漢画のような独特の画風で後の浮世絵に大きな影響を与えたと言われます。
「浮世絵の祖」と言われる所以です。

国宝 舟木本・洛中洛外図.  岩佐又兵衛

京の都の パノラマ。鳥瞰図で描かれています。
四季あり 祭事あり 武士も商人も 町人も 貴人も蛮人も描かれているものです。
なんと2500人も描かれているそうです。
一人一人の表情が豊かで 京の都の様子が伝わってくるものです。

東京国立博物館所蔵ですので 機会があれば もう一度見てみたいです。
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2020年10月25日

食品の包装

食品の包装にコロナウィルスが付着していたという記事をみました。
製造から 流通 販売まで 人の手を介しているのだから 当然のこととはいえ
あまり気持ちのいいものではありません。
手袋をして 取り扱っていても 店にならべば 誰が触れたかわからないし
(手に持っては 戻りたりする人もいます)
マスクしていない人が しゃべって唾がついているかもしれないし なんとなく
不安な気もします。

中国では輸入した冷凍食品の包装に付着した新型コロナウイルスによる初の感染例が出たとして検査の強化がはじまったそうです。低温でウィルスは長く生きているらしいです。

買って来てそのまま冷蔵庫に入れるとリスクはありますね〜
食べるときは しっかり手を洗う必要があります。

みなさんの意見を見てみると やはり(ニュースの前から)
購入したものは アルコールで拭くとか ハイターの薄め液で拭くという人が多かったです。
すごく面倒だけど しかたないという意見が多かったです。触れたら手を洗うとか
すぐに 包装をはずし入れ替えて 洗えるものは洗ってから冷蔵庫に入れるという人もいました。
みなさん 手間暇かけているのでしょう。

私は 3月ころから購入した食品などは 玄関で一度 ハイターの薄め液で放送の表面を拭きます。
パックやビニール包装も上から拭っています。
生協から届く食品も冷凍ものが多いですが一度 ぬぐいます。
カタログやパンフレットは一度拭いて
拭いて何日間かはそのまま玄関に置きます。

図書館から借りる本はビニールコーティングしてあるので 表面を拭きます。
中はしかたないですが ほとんど新刊なのであまり心配していません。

すごく面倒です。いつまで続くのかと思うと うんざりします。

家庭ではこんな苦労をしていても
無症状感染者が自宅で療養する場合 ゴミはどうしているのでしょうか・・・
ホテル療養ならそれなりに ゴミも管理されているのでしょうが自宅ではその人まかせなんでしょうし
特に弁当などの廃プラなど。
分別して出すのでしょうか・・・
きれいに 洗って出すのでしょうか。
この際 コロナ時代はそういうものも
燃えるゴミに出すのが一番いいと思います。

口をつけた 空き缶やペットボトルも怖いです。
外出先で飲んだものを(家庭なら洗います)
洗って捨てるひとって どのくらいいますかね。
回収して 分別する仕事の人も大変だと思います。

自販機などで買った飲料を そのまま口をつけて飲むのもなんか怖いです。
手渡しもなんだか いやです。
今までとは 違う日常になりました。

とにかく レジ袋廃止は 
コロナ流行時に何もあわててそんなことする必要もなかったのではないかと思います。
食べ終わった弁当容器も そのまま捨てることになります。
せめてレジ袋に入れて捨てるなら まだしも 袋なしじゃ直接捨てることになりましょう。
レジ袋はゴミ袋になります。
口をつけたものに直接触れません。

東京都区内は 指定のゴミ袋ではないので レジ袋がごみ袋でした。
ゴミ捨てるのに レジ袋買うなんてことになります。
それじゃ ぜんぜんレジ袋減りませんよ。

コロナ感染予防にも ゴミはレジ袋に入れてから出すというのがいいと思うのです。
みなさん 今はストックがあるのでそれを使っているとか
他の袋を利用しているとかでした。
なくなったら 100均で買いますが多かったです。

スーパーで エコバッグに詰めるのに 薄い小さなビニール袋にひとつひとつ入れていました。
みなさん そのままバッグに入れません。
大量に使う人もいますし あれじゃ〜総量的には レジ袋のほがましかも・・と思いました。


そういえば ストローが悪いって 言われていましたね。
海洋汚染のマイクロチップのどれだけが ストローのせいなんだろうかと
疑問に思ったものでした。
そしたら次は レジ袋でした。。。。。。
ほとんどゴミ袋で燃やしていたと思うのですがね〜

それより 過剰包装的な惣菜パックや弁当容器のほうがよほど 多いと思います。
特に お持ち帰りが多くなったこの時代にはね〜

世の中おかしいことばかりです。
おかしいと思っても みな素直に従う。
しかたないの諦めの境地。
私も 実はレジ袋廃止政策は間違っていると思っています。

さて 今日もまたせっせと 買ってきたものを 拭きますか・・・・
エコバッグもすぐ汚れます。アルコールは吹き付けますが
実に面倒です。
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2020年10月23日

服装

最近 出かけたときに他の人の服装を見ることが多い。
以前は誰がどんな服を着ようが 無関心で見ることもなかったのですが
近頃は暇なせいか 他にこれといってすることもないせいか
出先で服装を観察するようになりました。
だからと言って真似をしようとか 批判しようとかそんな気もなく
ただ ぼぉーっと見て それから全体を見て暇に任せてあれこれ 思うだけです。
他人に関心がなかったのが 少しは関心が出てきたのかもしれません。

街なかは年配の人だけに限りますが
いかにも年よりじみた服を着ている人と
そうでない人 いわば年齢に関係ない服を着ている人に分かれます。
もちろん 年相応の服の人もいますが
そういう人はたいていトシヨリじみた服の範疇になります。

以前は数人の女性のグループが みな同じような装いをしているのが
面白いというか微笑ましいというか そういうものなんだろうなぁ〜と感じたりしていました。
帽子に シニアブルゾン パンツに 肩掛けバッグ。
そしておしゃべりしながら ぞろぞろと前かがみで歩くというのが 定番で目につきました。

それとは別に 地方から出てきたような人たちは 目いっぱいおしゃれして アクセサリーを付け
スカートで 首にはスカーフ そして歩きにくそうなミュール ひらひらが目立つ服装ですし 何よりバッグが大きいのです。
なんでも入るバッグはちょいと出かけるというものではないですからね。
買い物は有名デパートの紙袋をいくつも下げます。
一目みれば まわりから浮いています。

本当にセンスのよい人は 見えないおしゃれをします。
じゃらじゃらとしたアクセサリーもつけず さちげないワンポイントおしゃれ。
ただのジーンズに Tシャツ そして小さなバッグだけでも
おしゃれだなーと感じたりします。
それもそのはず 身に着けているものは普通のシャツやジーンズではないのがミソ。
小さなポシェットだけで 買い物したら紙袋と
簡素なんです。

私はほとんど出かけないので おしゃれもしないのですが
以前出かけていたときは やはり ださい服装でした。
どうせ誰も見ていないし〜見られたからといって 何処の誰だかわからないし
よれよれの服さえ着なきゃまぁいいだろうって もう何年も前の服を着ていました。
最近体形が変わってしまったので (太った・・・)以前のものがきつくなって
着るものがなくなったので 出かけることもないしあるものですませています。
もともと アレルギーなのでアクセサリーは一切つけませんし
ヒールのある靴も履いたことありません。
バッグはブランド物でもなく その辺のもので やはりおばさんスタイルです。
おしゃれには うといです。
田舎に帰省したら 向こうの人のほうがおしゃれだったということもあります。
もっとも長旅なので 普段着で帰省していました。
私はおしゃれセンスがないです。
だからこそ 他人の服装が目につくようになったのかもしれません。

先日 ショッキングピンクを来ていた人を見かけ みとれてしまいました。
黒のスパッツで 明るい茶髪。上のシャツがショッキングピンク。
目立ちました。顔は普通のおばさん顔ですが化粧はばっちり。
でも 似合っていたのです。
すごいなぁ・・・ああいうピンクを着て似合うなんていいなぁ〜
私なら おバカに見えるかも・・とみていました。
大胆な服装も 似合う人と そうでない人がいます。
あの人は 合格でした。自分に似合うものを知っています。
あの人がもし 普通のシニアファッションしたら似合わないでしょう。

外国では年をとったら明るい服を着ましょうと言われ
赤やピンク を着ている人多いです。
日本も積極的にそんな風にみなが明るいいろを着るようになればいいのですけれど
なかなか思い切ってそうはできません。
なぜなのでしょうね〜
やはり 人目を気にするからなのでしょうかね〜
自分に一番似合う服をみつけ さりげないおしゃれができるようになれば
街の中も明るくなるかもしれませんね。
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2020年10月21日

音楽

CDを知らない若者がいるということを聞いて
少々驚き 時代が変わったのだなぁ・・と。
「WiーiFiなしで(インターネット無しで)音楽が聴けるなんてすごい!」と逆に驚きの声だそうです。

昔は 音楽と言えばレコード。
丸い円盤を買い ステレオで再生。
バカでかい ステレオが自慢の人も多かったです。
場所をとる大型のスピーカー2つ部屋に置いて しかも狭い部屋で「いい音だ・・」と
自己満足して聴いていた人も多かったでしょう。
真空管アンプだとか 凝りに凝った人もいました。

我が家にもありました。
狭い部屋じゃ 大音量で聴くわけにもいかないのに
なぜか大型の ステレオ装置を据え付けて 邪魔なことこの上ない時代もありました。

そのうちだんだん小型化されて ミニコンポなるものが出てそれは大型に負けず劣らずで
(素人にはそんなに違いはわからない)これは便利だと 買い換えたものです。

それが レコードからCDに変わるともう持ち運びができたりして
個別に持つようになってね〜
大きなレコードやステレオは廃れて みなCDコンポ。
CDウォークマンだとかでした。

ここ1〜2年でCDに対応していないカーオーディオが増えて CDオーディオは絶滅しそうらしい。
今や音楽はデータで聞く時代だそうです。

車がないのでその辺の事情にはうといのですが 時代はどんどん変わっていくものなのですね。
CDを知らない世代の人がどんどん増えていくと 「CDって何?」と話が合いません。
そのうち 我々の方が絶滅危惧種になりそうです。

そういえば ラジオや音楽を聴くということも少なくなってきました。
若いころは よくラジオや音楽を聴いたものです。
今はぜんぜんないです。
他に娯楽らしきものがなかったから ラジオや音楽は楽しみのひとつだったのですが
今じゃ いろいろ個人で楽しめるものがたくさんありますものね。
インターネットもオンラインゲーム・・・・などなど。
ネット無しの生活なんて考えられないのではないでしょうか。

まだ高校生の頃 私はラジオはあまり聞きませんでした。
毎晩夢中になって聞いていたのは 短波放送のVOAやFENのアメリカの放送。
特にVOAは好きでした。
ワシントンDC からの 放送で
ボイス・オブ・アメリカは
英語を母語としない人々に向け、平易な語彙と文法を用い わりとゆっくり喋ってくれていたので
わかりやすかったです。

FENは「Far East Network」の略。日本語では米軍極東放送網。
本場アメリカの雰囲気で洋楽と英語が楽しめるAMラジオ局として人気がありました。
米軍向けですから テンポのはやい英語で高校生にはついていけないくらいわかりにくかったですが
流しているだけでも アメリカ気分でした。今はAFNの改称されています。
そこで耳にした 音楽を知ることがとてもうれしくて
日本での流行の先取りをしたようでした。

ワシントンDCに手紙まで書いて 自己紹介とともに「日本で手に入らないので○○のレコードが欲しい」と
希望を書きました。
すると 数枚のレコードとともに(希望したものではなかったです)秘書という方から
「あなたの 勇気に答えます。でも 他のひとには言わないでね。皆が真似すると困るから」というような
返事をもらいました。
「あなたの手紙は 掲示板に張り付けてありますよ」とも書いてありました。
すごくうれしくて お礼の手紙と贈りものを送りました。
今思えば ワシントンDCですからね〜
国営放送局なんですもの 大胆なことをしたものです。

それくらい VOAのファンでした。
逆に日本のラジオ放送はほとんど聞いていませんでした。

東京に出てきたときは部屋にミニコンポをそろえていましたが
ボロアパートじゃろくに聞くこともできす
音楽からはだんだん遠ざかって行きました。
それでも一人前に ギターを弾き 歌い 青春というものを 楽しみましたね〜

青春らしきものだったかどうかはわかりませんが
辛いことも 嫌なことも 今思えば なつかしい思い出となっています。


今はほとんど音楽を聴きませんがたまにTVなどで流れてくると なつかしいなと思う曲もあります。
昔と違って今の若者がきくような音楽はあまりなじめません。
年取ったせいなのでしょうね〜
ほとんど 思い出の中にあるのですが・・・
それでも たまに聞きほれてしまうような新しい曲に出会えますから
やはり 音楽とはいいものなんです。

心の癒しになります。
時代とともに 音楽も変わっていきますが
何時の時代も なくてはならないものなんでしょうね。
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2020年10月19日

ゴルフ

若い層のゴルフが増えている という記事を見ました。
新たにゴルフを始める若い人が増えているそうです。

3密の少ないゴルフ場 屋外スポーツですし 広々とした中で密にならずにプレイできるということで
まさに withコロナ時代のスポーツと 見直されてきたのかもしれません。

以前は ゴルフと言えば 社用族 お金持ちのスポーツで それなりにお金もかかっていました。
今は スループレイ(18ホール休憩なしでまわる)や 9ホールの短縮プレイとか 2人でまわるプレイも認められて
以前とは違うスタイルで できるようになったのが要因だとか・・・
豪華なセットをそろえなくても 中古品や ハーフセットだけでも楽しめるということで 費用もさほどかからなくなった
という理由もあるでしょう。

でも ゴルフ学んだ人って 必要にかられて とか 趣味でとかそういう人でしたよね〜
私も ゴルフはパターゴルフしかやったことがありません。
パターゴルフだって 9ホールまわるのに 時間がかかりましたから
18ホールまわるとなれば 一日がかりのスポーツになります。
そんなにのんびり 楽しむことができない人にとっては ちょっと敷居の高いスポーツでした。

若いころになんでも たしなむというのは いいことかもしれません。
知っていて損はないです。何事もね。

今の高校は3年の体育は 選択競技だということです。
私たちのころは いやでもなんでも 決められたことをやるしかなかったです。
男子なら 武道や野球などもあって 楽しそうでしたが
女子とくれば 来る日も来る日も 創作ダンス。
何が楽しくてあんなもの 体育の授業でやるのだろうって いつも思っていました。
たまに 器械体操やバレーボール 陸上と 別の授業もありましたが
雨の日はダンス。
冬の日もダンス。
そもそも 教師はおばちゃん先生で 他の競技などできそうもない人。
陸上になると 男子教師に変わりましたから きっとそうだったのでしょうね。
とにかく ダンスダンスの体育はとてもつまらなかったです。

ダンスといえど 今のダンスではなくて ストーリーを考えそれをグループで表現するというだけ。
もちろん ソーシャルダンスでもなければ クラブで踊るダンスでもない。
ましてや リズムに乗って踊るダンスでもなかったから それはそれは つまらないものでした。

息子の学校は もちろん選択競技でした。少し普通の学校とは違うのは
ボウリングやゴルフも選べたことです。
ボウリングを選んだときは 近くのボウリング場に行ってやってのですが マイボールも作ってもらえて
結構楽しんだみたいです。
ゴルフは大人気で 抽選です。第一希望が外れてボウリングになったとか・・・。
大学で念願のゴルフを選び 基本はマスターし コースに出たとか。
私の兄に頼んで 用具を貰ったり 中古で用具をそろえ
休みの日など友人とコースで 練習していたようです。

今は高校や大学でも 体育にゴルフを選ぶことができるらしいのですが
ほとんどが 打ちっぱなしのゴルフ練習場での授業らしいです。
コースを廻れるのはごく 少数だそうです。

学校でゴルフを学んだおかげで 就職してもゴルフのお付き合いには困らなかったそうです。
ゴルフのお供もなんどかあったそうですが 転職したので今は ゴルフ用品も粗大ごみとなりました。
接待ゴルフは 何かと気を使い下っ端はいやな時間なのでしょうね〜
兄もよく休日返上で ゴルフに出かけていたようです。
まぁ お日様の下でのびのびスポーツは 身体にいいのでしょうが
楽しめないスポーツは 苦でしかないです。

コロナの時代 若い人のゴルフが増えて
新しい形のスポーツになっていったらいいと思います。
もちろん 伝統守り それはそれなりの格式あるクラブでそれなりの富裕層様が
おやりになればいいと思います。
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不況の今は 広く普及が一番じゃないでしょうか。
増えているということは うまく行っているということでしょう。
ゴルフ場に若い人が増えれば レストランやホテルもにぎわうことでしょうね。

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2020年10月17日

テーブルマナー

最近は 洋食レストランに食べに行くこともないのですが
ふと テーブルマナーを覚えたのはいつだったのだろうかと 考えました。
育ったところは 田舎でホテルもまともなレストランもないようなところで
子供の時に 教わったわけではないと思います。
でも 高校生の頃には 見よう見まねで マナーは身についていたので
本で読んだか 誰かに教えてもらったかのどちらかだと思います。
そのころ 田舎では 洋食でもご飯を頼む人が多くて
フォークの背に ご飯を乗せて食べている人をよく見かけました。
すごく違和感があって あれっておかしいと思っていました。

さすがに 今はそういう人は見かけません。

正式にテーブルマナーというものを学んだ記憶はないのですが
ホテルに泊まったり 食事に行ったり場数を踏めば それなりにきちんと覚えられるので
困ったことはありませんでした。
私とは違って 都会で生まれた
息子は 幼いころからホテルやレストランでの経験があって 特別教えたりすることもなく身についていました。

現在は 高校でテーブルマナー教室というものがあって 学ぶ機会があるそうです。
私たちのころは まして田舎暮らしで縁がなかったです。
今の子は なんでも恵まれています。

息子も学園内にレストランがあるので そこで全員でテーブルマナー教室がありました。
通学生だけでなく 寮生活 帰国子女もいるので 初めての人もいれば 慣れている人もいたのでしょうが
一律に正式マナーを学ぶ機会があったのは とてもいいことです。
社会人になってから 困ることはないと思います。

ナイフやフォークなどのカトラリーは「外側から順に」使いましょう。
これが基本です。
ずっと 違和感を持っていた ご飯のことですが
そもそも日本のご飯が欧米料理に存在しないため、具体的なマナーは存在しません。

日本は明治時代に洋食文化が入ってきた時にイギリス式がお手本として取り入れられました。
フォークの背でライスを食べるというのは 日本におけるライスのイギリス式マナーというだけで、本場イギリスでの正式なマナーではありません。

そもそも パンが主流であって ライスなどという発想もないでしょう。

しかし ライスをフォークの背に乗せて食べるというのは なかなか難しいです。
粘着力のあるコメを つぶして背に乗せて・・・フォークの間に米粒がこびりつきますし
口元でこそげるようにして食べなくてはいけません。
これは もうマナー違反ですね。

となると フランス式にフォークの腹にライスを乗せて食べるほうが 楽だということになります。
背に乗せて食べる方式は いつの間にか廃れて 自然に腹に乗せて食べるというのが 主流になったようです。

しかし これはあくまでも 日本の洋食であって 正式なフレンチなどにライスはありません。

よく ランチタイムにお皿のライスをフォークの背につぶして乗せて 食べている人みかけて(箸くださいと言えばいいのにね)
あれは 間違っているのではないかと いつも思っていましたが 今はごく普通にフォークの腹にすくってたべているひとが
ほとんどです。
私は 背に乗せて食べたことはありません。
あれは 見ていても 気分のいいものではなかったからです。
誰になんと言われようと そうしませんでした。
「ライスはこうやって食べるのよ」と知ったかぶりで教えてくれた人もいました。

世の中にはところ変われば いろいろなマナーが存在していてそれはそれでいいのですけれど・・・

日本人のお箸マナーは 外国人には難しいでしょうね〜
私だって きちんとしたお箸の持ち方はできません。
会席料理のマナーだって 難しいです。

テーブルマナー教室があるのなら
和食のマナー教室もあって
高校生に学ばせるのも いいんじゃないかと 思っています。
知らないことが 多すぎます。
まぁ 本格的な 和食マナーなんて 食べる機会もほとんどないですけれどね。。。。。
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2020年10月14日

いつか来た道

時代劇のドラマを見ていて
武家の嫁があまりにもできた嫁で それを見て夫が
「よくできた嫁だ・・」とつぶやく。
姑様はお亡くなりになっていて お舅様を大切にしている嫁です。
「そりゃぁ 舅様がよくできたお方だもの」と つぶやく。
「おや そうくるか・・」と。

そういうものでしょうね。
まして 昔の武家の女は 男にさからわず お仕えするのが務めとしつけられていたのでしょうしね。
それでも 偉そうで 女などと見下すような舅様なら 嫁だって心穏やかではなくなり
自然と 態度に出るものでしょう。
これは やはりお互い よくできたお方なのでしょう。

昔は 時代劇など見なかったのに最近は面白いと思えるようになってきました。
これも年をとってきたからでしょうか。
何より 時代背景がいろいろと 面白いです。
これは おかしいのではないかと 思うことがあっても
それは 現代のドラマでもよくあることです。

昔は 老人を大事にしていたように見えます。
今は 核家族化していて とにかく自分たちの生活で精いっぱいで
気が回らなくなっているのでしょう。

老人をみて トロいとかもたもたしているとか 邪魔だとか
老害だとか言います。

子供だって うるさいとか言います。
保育園作ろうと思っても 周りの人たちが
うるさくなる 送り迎えの自転車が邪魔になるとかで 反対運動が起きたりもします。

ゆゆしきことです。

「子供叱るな来た道だ
老人笑うな行く道だ」

よく言われる言葉ですが
1987年出版 永六輔の、「無名人 名語録」に収録されている言葉。

そのとおりですね〜
子供が多少うるさくしようが 暴れようが一時のことです。
自分たちも経験してきたことですものね。

息子が赤ちゃんの時 お店で泣き始めて
いろいろあやすのですが なきやまなくて・・・
そのうち そばにいた家族連れの高齢者の女性が
「うるさいわね〜黙らせなさいよ」と言いだしました。
私は 黙って泣かせていたわけでもなく 迷惑になると外に出たりもしていました。
普通なら「すみません」と謝るべきなのでしょうが・・・
そのいいかたが とても嫌味できつかったので
「子供が泣くのは迷惑でしょうが そういう言い方ないのでは?
あなたは一度も人前で泣かせたことないのですか?」と言い返しました。
すると 黙ってしまいましたが とても不愉快な一言でした。

自分も子育てを経験してきたのでしょうが その時の苦労は忘れてしまって批判する。
こんな高齢者にはなりたくないなぁ・・と その時思いました。

結婚して初めての正月に夫の実家に行ったときのことです。
夜中息子が泣き出しました。
赤ちゃんで長旅の疲れもあったのでしょう。全然泣き止まなくて夫と二人で 抱いてあやして必死だったのです。
それなのに 舅さんが突然ふすまをあけて
「うるさい。なにやってんだ。黙らせろ」といったのです。
夫は 
「どうしても泣き止まない。どこか具合が悪いのではないか。
そうなら救急車かも・・・」
と言ってくれました。

翌朝 舅は私が一人の時に
「救急車呼ぶなんて とんでもないことは言うな 恥だ」
とお説教。
私が救急車など 言いだした言葉ではないのに 何故自分の息子に言わない と
私は とても不愉快でした。

はじめての孫の訪問に 自分たちが眠れないから
「うるさい」と怒鳴るのは いかがなものかと・・・・
しかも 私に責任を押し付けて。
それ以来わだかまりができて 夫の実家への訪問は控えました。

あの時代劇のように舅様が良くできた方なら こんな言葉も出てこず
嫁も素直に従い 良くできた嫁と 褒められたのでしょうが
どうも私は 気の利かない 悪い嫁になったようでした。

おかげさまで 悪い嫁は 夫の実家に行くこともなく
介護も必要なくすごすことができました。

何事も 最初が肝心です。

私の友人も 初めて夫の実家に行ったとき
はいはいする赤ちゃんのあとを 汚れるからと 追いかけて雑巾がけした姑さんの姿みて
もう行きたくないと言っていましたから どこもそんなものかもしれません。

自分が嫌なことは 他人もいやなものだ。
いじめ いびり いやみ なんてとんでもない。
短い人生 心豊かに穏やかに 笑って暮らすほうがいい。
そう心得て すごすことにしています。

いつか来た道
いつか行く道

ですものね。
posted by うめのはな at 07:13| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2020年10月11日

臆病な都市

何と言っていいのだろうか 面白かったというわけでもないし つまらないわけでもない。
読後感がよかったのでもないのに 妙に胸に何かつかえているようで すっきりしな そんな本を読んだ。
これは 何か書いて 吐き出さないと もやっとしたものが 消えないと思い ここに書くことにしました。

臆病な都市 
著者    砂川文次
出版者 東京 講談社
出版年 2020.7
154ページ

内容(「BOOK」データベースより)
鳥の不審死から始まった新型感染症の噂。その渦中に首都庁に勤めるKは巻き込まれていく…。組織の論理と不条理を描く傑作。 --

砂川氏は 第160回芥川賞候補作家 ですので 純文学風で とりかかりが読みずらかったです。
しかも 現職の都区内公務員とのこと。
これは 『群像』2020年4月号
に発表されたもので 新型コロナ流行以前に書かれたものです。
まるで ノンフィクションを読んでいるような 感じがしました。

内容的には 首都庁が舞台。
何事もなく 淡々と 上に逆らわず 事を起こさず・・
そのような お役人の日々。
会議を開くための 事前会議に長時間費やすなどバカげたことが日常である。

「首都庁」の「総務局行政部市町村課地域連携係」に勤める役人であるKが 
「鳧/けり」が媒介する新型感染症の騒動に巻き込まれて行きます。

パニック小説ではないし 154ページと短い内容なのですが
少しお役人的というような文章で 読みずらかったです。
面白いかと言えば 面白くはないです。
ただし 途中でやめられない 魅力があります。
面白いというような ジャンルの本ではないのは確かです。

鳥を媒介とする病「鳧/けり」
市民がこれは感染症で 病人が出ていると 騒ぎ出し 役所に対処を求めます。
しかし 専門家は検査し 否定しているにせの感染症である。
存在しないはずの新型感染症が世間に蔓延し 民意が、「ある」とそう思い込んでいる。
民意がそうなら 国も従うしかなくなり
「ある」という前提は崩せなくなる。

「ない」ものを「ある」と言い、流されていくこの茶番が始まる。
噂が真実として蔓延し、市民は自己防衛と自警に走る。
感染症ありきで法令が改正され 全員検査となる。
安全を証明する『ワッペン』政策に税金を投入して実施
「ワッペン」を付けていない人を
正義という大義名分で 排除していきます。

正しいとか間違っているは、もはや関係がなく 
民意 最大多数の考えに逆らうことはできなくなります。

役人は 逆らいはしない。
行政の無気力、保身に走る。

行政の仕事って こういうこと?と 思わせます。
ないものを あるという バカげたことに同調し 対策までとり 落としどころを考える会議を開き
知らぬふりをして 間違った方向に進んでいても 誰も何も言わないまま。
組織の理不尽さなのでしょうね。

人は自分が 信じたい事実しか信じなくなって 異分子を排除していく。
まるで それが 真実のごとく広がっていく。
こういうことが 一番恐ろしい。

コロナ以前に書かれたものですが なんとタイムリーなのでしょうか。
コロナ対策が後手に回った政府の対応や 
感染した人への 中傷など 現実味があります。

世の中には ミスリードされた事柄が存在するし
行政のあいまいな対応策も目につきます。
事なかれ主義と言われてもしかたがないようなことも多々あります。

行政の無気力、上には逆らわず 保身、非効率な仕事 前例主義 たらいまわし
いろいろ目につきますね。
「善処します」
「持ち帰って検討します」のお決まりの返答がむなしい・・・。
しかし
この感染症も ある日突然
なかったことになって・・・
誰も何も言わず
日常に戻る。

ああ〜物事って そういうものなのかしらねと
ますます 恐怖にかられました。

この新型コロナ感染症の蔓延する今
やはりこの本は 胸に残るし 考えさせられた内容だったのです。

行政は 臆病ではいけません。
理不尽ではいけません。

実は 私の読解力がたりないだけで ある意味 名作なんだろうなーーという
結論になりました。
いい本を読みました。
タグ:読書
posted by うめのはな at 07:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

2020年10月09日

雨をみたかい?

今日は冷たい雨です。
寒いくらいです。

今日はなぜか古い歌が浮かんできました。
「雨をみたかい?」
「Have You Ever Seen The Rain?」
という歌です。

いろいろな人がカバーで歌っています。
サザンの桑田さんも歌っていました。
元歌はアメリカのロックバンドである CCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)が1970年に発表した楽曲。
簡単な英語で 誰でもわかる 内容です。
この歌のリズムがとても好きです。クラシックロックだそうです。

桑田さんの歌もとてもいいです。

実はこの歌 放送禁止の名曲です。

I wanna know, have you ever seen the rain
Coming down on a sunny day

君は雨をみたかい?
晴れの日に降るんだよ

というような歌詞で Americaでは放送禁止になった歌です。
その理由は、この歌がベトナム戦争で使われた、無差別大量殺戮兵器であるナパーム弾を連想させたためです。
しかし 1997年 作者が サンフランシスコの天気雨をうたったものだと否定しました。

解釈は勝手だけれど この歌は実に優れた名曲なのです。
歌詞の英語が簡単なものなので 英語の勉強にもいいです。
歌は
やはり オリジナルのCCRの歌が迫力もあって 一番好きです。

何年か前には日産セレナのCMに使われていました。
セレナは以前乗っていた車なのですが 車より曲がなつかしかったです。

お天気雨。
日本では狐の嫁入り。

よくドラマで どしゃぶりの雨のシーンがあるのだけれど お天気雨でもないのに
空が青空で 日が差しているシーンがあって とても興ざめしたりします。
前面だけ雨を降らせているのが見え見えでね〜
酷いときは 人はほとんど濡れていないこともあります。
作りが雑というかなんというかねぇ〜

しかし今日は冷たい雨です。

Have You Ever Seen The Rain?

とてもいい曲ですよ。
タグ:エトセトラ
posted by うめのはな at 14:04| Comment(2) | TrackBack(0) | エトセトラ

2020年10月08日

コロナシフトの日常

半年ぶりくらいに 歯医者。
マウスピースが1年たったので 作りなおしてもらおうと 行きました。
入り口で コロナの問診。そして 体温測定と クリニックより徹底していました。
体温 36.2度で 安心。ちょっと低い?
椅子は真ん中X印で これも密にならないようにしてありました。
もっとも 予約だから混むことはないです。

「半年以上空いてしまいました。夏暑くて引きこもっていましたから」と私。
「みなさん そうでしたよ。特に 4月5月なんて ほとんどきませんんでした。緊急事態宣言が解除されたら
6月にはみなさん 来てくれるようになりましたから〜」

とまぁ 検診を兼ねて クリーニング。
2~3度通って マウスピースの型をとり 作りなおします。

先日医者にもいって インフルエンザの予防注射を打ったほうがいいかどうか 聞きました。
持病あるし 副作用も怖いので 聞きました。
結果は 打たなくていい。
ただし 少しでも風邪っぽくなったら すぐ来るようにとのことでした。
コロナとの区別がつかないからすぐ インフルの検査し 薬を出しますからということでした。

実は 昔 インフルエンザの予防注射で 具合が悪くなったことがあるからです。
医者は 予防注射をしたから 感染しないというわけではない。
しかも高齢者の効果は はっきりしていない。
ただし 重症化は防げるという効果だと 言っていました。

まれに 予防注射で具合が悪くなる人もいるので そういう人は 様子見。
うがい 手洗い マスクのコロナ対策で 充分防げると思うと 言っていました。

高齢者の方が何人か打ちに来ていました。
10月からはじまっているのですね。3週間ほどで効果が出て
効果は4か月ほどあるそうだから 流行期にまにあっていいかもね。

しかし 歯医者のコロナ予防は徹底していました。
もちろん衛生士さんは マスク ゴーグルで 空気清浄機付きの個室はドア開けっ放しだし
器具の消毒も ひとつひとつ 袋から出して・・という安心なものでした。
そりゃぁ〜お口の中なんですものね。
うがい水もただの水ではないし 消毒楽入りです。

クリニックの予防はといえば 消毒楽は置いてあって マスクも徹底していましたが
椅子にX印がないので 密に座っているし 熱がない人だけが来るという前提か 入り口の検温はなかったです。

医者の不用心という感じがしました。

普通の日常がコロナシフトの日常になって 慣れが生じてだんだん普通の日常に戻っている気がします。
コロナの感染者も 東京は横ばい。
実行再生産数が1以下だと収束に向かうはずなんですが・・・
仮にもし 1 だとすると 
200人が200人に移して。。。。で エンドレスになるんじゃないのって
素人考えなのです。
理論上はそうじゃないの?
1 以下になればいいけれどね〜

一日も早い収束を願っていますが 感染者がゼロになるわけではないでしょうね。
正しく恐れましょうということでしょうかね。
タグ:エトセトラ
posted by うめのはな at 08:46| Comment(2) | TrackBack(0) | エトセトラ

2020年10月04日

語学の話

子供の頃から 妹のようにかわいがっていたお向かいの女の子が 6年生になり 算数が苦手というので
親に頼まれて 家庭教師をやることになりました。
私は高校1年。日曜日しか時間がないので 週1で。
何を教えていいかわからないので とにかく教科書の予習 復習で 間違った問題は正解がでるまでなんどでもやり直すという教え方しかできませんでした。それでも 成績がうんと上がったというので それなら自分で予習 復習やればいいのに・・などと思ったものでした。
そのうち 中学にいくから 英語も教えて欲しいと言ってきて 「これは困った・・」と。
そもそも私は英語が好きではないし 教えるなんてとんでもないと思いましたが
基本だけでもいいからと 強引に・・・。
もちろん ABCからはじめ 読み書きできるようにして さて 何からはじめようと思ったのですが
ジスイズアペンじゃ 学校の教師と同じ 日本語英語になるからつまらないと思い
簡単な会話から入りました。
英会話です。
あいさつ程度できるようになると やはり入学すると 教科書を教えて欲しいと言ってきました。
それなら 隣のおじさんのところに行けばいいと言うのですが 聞いてくれなくて
しばらくは 私も 「ジスイズアペン」のつまらない言葉を読みあげていました。
その後 私は病気になって 入院したので自然と 家庭教師はやめになりました。

語学は ネイティブな人に習わないと上達はしません。
赤ちゃんが言葉を覚えるのも 耳から 目からなんです。

英語はぜったいに 主語が必要。わかりきっていても 必ず主語は入れます。
文の最初は 主語。次に 動詞しか置けません。

日本語は主語をよく省きます。それでも 意味は通じます。

英語は単語の順番や位置が崩れたら意味がわからなくなります。

日本語はどんな順序で言おうとも意味が通じます。日本語は助詞(は、が、を、に、へ など)があるので、順番は好きなようにできます。

助詞がない英語は、日本語と違い、順番を好きに変えることはできません。

外国人は 日本語が難しいといいます。
何しろ 漢字 ひらがな カタカナと3種類もの文字を使います。
英語はアル ファベットという一種類の文字だけです。
Aはaなのですが 読み方はひとつ。組み合わせによって発音が違いますが・・
日本語の漢字は一文字でも 2種類以上の読み方があります。

何より 日本語が難しいと感じるのは
あいさつが 「どうも〜」ですませたりする 曖昧さなのです。
主語をはぶき 話しても意味は通じるし
「あれ」「それ」「これ」でも ちゃんと相手に通じるのですから驚きなのです。
おまけに めくばせ あ、うんの呼吸 忖度と来たら
日本人はテレパシーで 会話しているのではないかと誤解されそうです。

微妙な間のとり方ものありますし 空気読むという風潮もあります。
外国人にとっては 未知の言語かもしれません。
上流階級だってすべての挨拶が
「ごきげんよう」で すまされていましたしね〜
昔は「よきにはからえ」なんて言葉もあったようです。
日本人というのは そういう文化があったのでしょう。

日本画の 余白 。いわゆる 間。何も描かない空間のことですが
外国人には理解できなかったようです。
余白の美。何もないから美しい・・・
これは びっしりと描かれている西洋画と比べると 違いがわかります。

空白の美。ないものが見える日本人。
絵の中の空白に 風や空気や音などを感じることができる日本人。
外国人には不思議の国の 不思議な言葉をあやつる人間に思えたことでしょうね。

おまけに 日本語には 「擬音語」「擬態語」などという言葉もあって
これまた 不思議語なのです。
昔から 文化的な情緒的な言葉があるのです。
「わび」「さび」「もののあわれ」なんて ぜったいわからないだろうなぁ・・・

それほど 日本語は難しいのに
ペラペラ日本語を話す外国人は きっとすごい努力したのだろうな〜と思います。

日本語を覚えるより 英語のほうが 簡単なのになぜ 日本人は英語が苦手というか
話せないのでしょうね〜

教え方の問題もありましたが 最近はよくなったようです。
私たちの時代はひどかったです。
受験英語だけでしたから会話などできません。
おまけに 受験用に難しい単語(めったに使いそうもない単語)まで覚えさせられて
何の役にもたたなかったという現実があります。
そもそも 英語なんて中学で習う程度の簡単な単語で 通じるのです。
そういう単語を駆使して いろいろ会話を学べば きっと楽しかっただろうな〜と思います。

しかし 日本語も 日本人に通じないこともあります。
地域による言葉の違いがあります。
方言という言葉では言い表せない言葉。
その土地に根付いている言葉。ある年齢以上のひとたちが使う言葉もあって
意味がわからないこともあります。
まして 外国人にはとうていわからないでしょうね〜
関西で日本語学んだ人は 関西弁になるってこともありますね。

日本語は難しい。
「世界一難しい言語」と認定されています。
そんな言葉をあやつる日本人なら英語なんて すぐマスターできそうなのにね〜
どこで どう間違ったのかね〜
中学高校大学と10年習っても会話すらできません。
これは異常なことです。

そもそも 英語はシンプル。
基本
SVO Sは 主語  Vは動詞 主語の動作や状態を表す語。 Oは 目的語 動作の対象となる語。
または
SVOC Cは補語。名詞と形容詞。

なんですね〜
日本語で 私 好き あなた。と言っても意味通じますけどね
そこが日本語の 面白いところです。

これからは英語話せるようにならなきゃ時代に乗り遅れそうです。
若い人 頑張ってね。
おばさんは もういいや・・・・。
日本語さえ そのうちわけわからなくなりそうです。
「どうも〜」であいさつし 言葉がでてこなくて
「言わなくてもわかるでしょ」となり
それ あれ これ ああだ こうだ あっち こっち だけでも
通じるテレパシー人間になって行きそうです。

posted by うめのはな at 07:03| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2020年10月03日

英語の話

私たちのころは 英語は中学からでした。
中学に入る前から 英語の授業が楽しみでした。
隣のおじさんが 公務員で英語が得意で 家で英語塾を開いていましたから
私も そこに通うことになりました。
新学期少し前から 習い始めましたが おじさんは そんなに流ちょうな英語でもなくて
でも はじめての私たちにとっては そんなことはわからず 英語ってこんなものかーーくらいでした。
その塾は教科書を予習するだけの 塾でしたので 半年ほど通って そのうちつまらなくてやめてしまいました。

実は英語は好きではありませんでした。
わくわくしながら 英語を習おうと思っていたのに
授業も教科書も 実につまらないものでした。
私たちのころは It  is a pen.から はじまったので 「それがどうした!」くらいに思えて
全然 おもしろくなかったです。教える 教師がこれまたひどい 発音で
イト イズ ア ペン こんな感じで 変な日本語にしか聞こえませんでした。
となりの おじさんのほうが よほどましでした。

1年たってもつまらない英語なのに やれ単語のテストだの 文法テストだの
助詞 助動詞 形容詞 関係代名詞にああたらこうたらとなるので
もう すごく面倒で これって英語の勉強?って 気分になっていました。
3年も英語勉強したのに 少しも会話はできないし 聞き取れない。これって
本当に 役に立つ 英語の授業なの?
としか 思えませんでした。
それでも テストはクリアーしなければならず つまらないながらも ただただ暗記の勉強で
終わりましたっけ・・・。単語カードも作って覚えました。
和訳は 赤本の丸写しだったり 友達のノートを写したりで なまけていました。

今の 英語の授業や教科書はそうではないと思います。
最近の若い子は みなある程度英会話ができると思いますが・・・どうでしょ?

とにかく私たちのころは 英語は入試のためだけでして 会話などできるはずがなかったです。
授業と言えば 教科書読んで 単語調べて 文章を訳して ・・・それだけでしたっけ。
時折 文法の説明が入って 覚えなければならなかったです。

とまぁ 高校に入ってからも 基本は変わらず 文法の授業が増えただけで
余計苦痛が増しました。
とは いいますが そのころ私は 英語で文通(古いねーー)していたり
VOA(voice of America)のラジオを聴いては ワシントンDCに手紙書いたりしていました。
ちゃんと返事もらったこともありますよ。
だから 読めます。聞けます。 
英語って 単語の並び順番に集中するだけで、英語の大半が簡単に理解できるようになります。
会話は得意ではありませんし 単語の語彙力は少ないです。
なまけていたせいです。

高校生の頃知り合ったアメリカ人家族が日本に来たときは5日ほど一緒にすごして観光案内もしました。
でも あまり会話はできませんでした。もう身振り手振りで パントマイムtimeみたいでしたねーー
それでも なんとか通じるものです。
「日本に来るなら 日本語くらい覚えて来いよーー」と叫びたくなるほどに 苦労しました。

神奈川で暮らしていたとき 隣の家族がアメリカ転勤になり 2年ほどで戻ってきたとき
小学3年くらいの娘がうそぶいて
「あたしー日本語わすれちゃったーー」と 言っているのを聞いて
私の友人は
「そりゃ あんたが バカなだけなんだよーー」と。。。。
そりゃそうだ、そんなに簡単に忘れるものじゃないし
そもそも そういった言葉が 日本語でした というオチで
みなで 笑ったものでした。
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posted by うめのはな at 21:02| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2020年10月01日

中秋の名月

今日は都民の日でした。

都立の施設等が無料の日なのですが 今年は無料でも行く気にはなれません。
実は 毎年混むので 行かないんです・・・・。
タダでも混むのはいや。。。。


朝は雨でしたが
午後から晴れてきて いい天気になりました。
「中秋の名月」とのことで 窓から空をみあげてみると
月が 大きく輝いて見えました。
黄金色に光っていて きれいでした。

急に涼しくなって あわてて 夏布団から冬布団に変えました。
天気のいい日に 布団を干して 夏布団は洗って 冬支度です。
基本 長袖になったのですが
まだ少々暑くなる日があるというので 衣替えはまだです。
なんだかんだいいながらも 季節は進んでいきます。
ついこの間まで 暑い 暑いと言っていたのにねえ〜

季節の移ろいというのは なかなかいいものです。
風情があります。
蝉の声がいつの間にか消えて 虫の声に・・・
風も太陽も みな 今までとは違ってきました。
花や植物も 変化していき 木々の様子も変化してきました。
人も みな 少し様子が変わってきています。
着るものが変わってきたせいでしょうか・・・。

「春はあけぼの」で始まる「枕草子」「夏は夜」「秋は夕暮れ」「冬は早朝」…。
四季をあらわす 有名なものですが

この和歌もまた 四季を詠んだものです。

「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて 冷しかりけり」
(道元禅師)

31文字の日本の四季を詠んだ歌です。
永平寺の夜空を眺めて詠んだらしいです。

今日10月1日は 中秋の名月なのですが
満月は明日だそうです。
2日午前6時05分が満月だとか・・・
もう 月は見えないかもね〜

昔は 月に うさぎ が・・なんて言われていましたが
月の影がうさぎに見えるとね。
最近はどうみても うさぎに見えないのは 何故なんでしょうね〜
夢がなくなったせいでしょうか。。。。。
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posted by うめのはな at 21:52| Comment(4) | TrackBack(0) | エトセトラ