2020年09月29日

予防注射

インフルエンザの予防注射がはじまるみたいです。
実は 私はインフルエンザの予防注射というのは子供の時以来 打ったことがないのです。
それで かかったかと言えばかかっていないのです。
2年ほど前も 熱が出たとき二度 検査はしましたが陰性でただの風邪でした。
なぜ 打たないのかといえば 副反応が強いからです。
負けるんですね〜
だるかったり 腫れたり かゆかったり その程度ならいいのですが
インフルエンザと同じような症状になってしまったりで
学校でも義務じゃなく 親の同意ということでしたので打たなくなりました。
昔は 集団接種だった時期もありましたが 親の同意になり そのご任意になりました。

今年は早めの接種を・・ということですが
たぶん打たないです。
医者と相談はしますが はたして 今年は流行するのだろうか・・と思っています。
なぜなら
今年はじめは 皆が密を避け マスク うがい 手洗いをしたおかげで
患者数がぐっと減ったという 統計がでています。
そうなると 今年は思ったほど流行しないのかもしれませんね。
要するに 予防が一番なんです。
人と接触する機会が少なければ それだけ 感染するリスクも少ないというわけです。
でも一番リスクがあるのは 医者ですねーー
毎年 インフルエンザらしき患者がいて 待合室で同じになると
すごく嫌な気分になりました。
今年は アルコールにマスクと 予防には注意するでしょうが
ある程度のリスクはあります。

コロナと同時じゃ 本当に嫌な感じがします。
何処の国でもインフルエンザの予防接種は推奨しています。さて・・・どうしようか 考慮中です。

コロナ疑いの人は今まで保健所に相談 そして検査でしたが
これからは 「かかりつけ医」で相談 診療 検査ができる体制になるということです。
検査体制が整うのはいいことなのですが
それが 「かかりつけ医」要するに 町医者で・・ということになると
診療が混乱しませんかね?
コロナ患者も 一般患者も同じってことは 患者を分けるにしても
どうやって 区別できるのだろうか・・・
発熱している人を 電話だけで コロナかインフルか見分けることもできないだろうし
まさか 一般患者と同じに診ることもできないだろうし
その辺の見極めというか 区別はどうなるのだろうか。

小さな診療所は医師一人だし 本当にできるのだろうか・・・・

ますます 医者に行くのがおっくうになります。

何もかもが見切り発車のような気がします。

とにかく 人ごみは避ける。
不必要な外出はしない。
マスクに手洗 励行。
自衛するしかないです。

私なんて コロナどころか インフルエンザでも コロリと逝ってしまいそうな気がします。
そういえば
どんなに重症になっても 65才以上の高齢者にはエクモは使わないようになったそうです。
長期間の装着で 後遺症のほうが大きいかららしいです。

医者もいろいろ経験したのでしょうね。

街の中は賑わいが戻っています。
風邪をひかぬよう 病気にならないよう
自分でできることは 自分で気を付けようと思います。
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2020年09月24日

誕生日

今日は私の誕生日です。
心配していた台風ですが 雨も風もほとんどなくて 時々雨という日でした。

朝のことです。
「今日 何の日か知ってる?」
「わかっていますよー○○の誕生日だろ」
「そうなんだけど 私の誕生日でもあるんだよ」
「知っているよ。今日は26日だろ?」
「わかってねーーー!!」

実は ○○は息子で 同じ誕生日なのです。
私の兄も同じ誕生日なので 珍しいことかも・・・。
○○は 昨日からTDRに行っていて ホテルに泊まり豪華な誕生日を迎えたことだと思います。
それに比べて 私はと言えば ごく普通の日です。

夕方
「今日は誕生日だから 何かテイクアウトでも頼む?」と夫。
「うん。たまには 楽したいしね〜」
と メニューを見始める私・・。
「HP見ているから 頼むものメモしてよ。値段と電話番号言うからさ」
夫は 無言。無視。
「ちょっとーー聞いてるの?メモしなきゃ 注文できないでしょ」
「そんなこと 自分でできるでしょ」
「だってー今日私の誕生日なんだよ。そのくらいしてくれてもいいじゃんか・・」
「だから そのくらいできるでしょ?」
「できないーータブレット見ているんだから」
「なんで?あなたの誕生日でしょ。」
「だからーーーメモして電話してくれるのが 思いやりと言うものでしょうがーー」
それでも 本から目を離さず メモする気はないみたい。
「もういいわ・・・別に そんなに食べたくもないし めんどくさい」
「あなたがいいなら 別にいいんですど、誕生日だからと思っただけだからね」
「そんな 恩着せがましいこというなら もういいよ・・・」
「別に恩着せがましくはないけど?」
「そう思うの!」
「あっそう・・」
うぐぐ。。。。。

他の店にしようか・・とか思ったけれど
生ものは(寿司)食べたくないし
ステーキは食べたいけれど 焼き立てじゃないと美味しくないしで
悩んでいると
「食べに行ってもいいけど?いやでしょ。」と夫。
「うん。いや・・わかってるじゃん」
実は飲食店が並ぶモールはすぐそばなんです。
とまぁ 噛みあわない会話が続き 結局お互い テイクアウトはあまり気が進まないということでやめにしました。

いつもこんな調子・・・。

だいたい 食べ物の好みが違うし 私は結構気にする方だし 食事はなかなか大変なのです。
私は見た目とか 色合いとか 栄養バランスとか考えますが
夫は 腹に入れば同じと なにもかも混ぜて食べても平気な人です。
とにかく余り物は全部 味噌汁にしたりするので
「魔界の味噌汁」と 息子に言われるくらいです。

誕生日だからと言って ケーキを食べる習慣もないです。
夫は甘いものは食べません。別に病気だからではなく 昔から菓子は食べません。
せんべいでさえ食べないです。
私も あまり食べません。
貰い物があったりすると 食べますが積極的に自分から買うということはないです。

先ほど 夫は買い物に行って お惣菜など買ってきました。
今日はそれと 他に調理して食べます。
しかし・・・
なぜか さつまいもの茹でたの(焼き芋?)買ってきたんですよ〜
「これ 誰が食べるの?私そんなに食べられないよ」
「食べなきゃ 自分で食べますから心配なく」
「え?そうなのーーへぇ・・・珍しい・・」とそんな会話をしました。

もしかしたら
わざわざ 私に買ってくれたのかも・・・と 思い始めたわけです。

そんな 誕生日も 無事終わりそうです。。。。。
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posted by うめのはな at 17:54| Comment(6) | TrackBack(0) | エトセトラ

2020年09月23日

昭和の頃は・・・

明日は誕生日なのですが 台風が近づいている。
大雨にならなければいいけれど・・・
誕生日という感激もなにもない年頃なので いつも通りの日になるでしょう。
昭和は 遠くなりつつあります。
平成もすぎて 令和なんですものね 昭和なんてずっと昔のことのように思えますが
私は昭和生まれなのです。
古き良き時代を 思いだします。
本当によかったかどうかは わかりませんが。。。。
あまりいいことなかったかも。

昭和には 今じゃ考えられない 日常がありました。

煙草、 電車の窓の下に灰皿がついていて タバコを吸うのは当然のことでした。
時折 ガムのゴミ入れに使ったこともあります。
学校の先生も 校内で(ひどいときは教室で)タバコ吸っていました。
医者も病院でタバコ吸っていましたし 入院患者でさえ タバコ吸っていました。
煙草を人前や公共の場で吸うことは迷惑でも悪いことではありませんんでした。
お使いで 子供がたばこを 買いに行くこともあったようです。私の家は全員煙草を吸わないのでそういうことはありませんでした。

時代は変わって 禁煙。嫌煙。窮屈に思う人もいることでしょうが 今が当たり前のことなんでしょうね。

学校、 運動すれば 水飲むなといわれ うさぎ跳びをやらされ 今でいう熱中症になれば
たるんでる と叱られた。それが 当たり前でした。
もちろん 教室にエアコンなんてなかったです。
クラス名簿が作られて住所 電話番号 親の名まで書かれていて 個人情報満載が配られていました。
先生が 指導と称して 殴ったりすることもありました。それに対して 誰も抗議などできませんでした。

ゴミのポイ捨ても多かったです。
車の灰皿の中身を 駐車場などに捨てていく人。
ガムを道路にポイ捨て ゴミだって平気で捨てていた。
誰かが掃除するだろうくらいの気軽な感覚。
マナーは なってなかったですね。
今じゃ ゴミは持ち帰りが当たり前です。いつからか そんな習慣が身についています。

食べものも 一部分が青かびになった みかんや 食パン 餅など
そこだけとって食べていました。
子供乍ら あのかび臭いのは嫌でした。
カビ毒が 知れ渡り そういうものは食べなくなったのはいつごろからなんでしょう・・・。

飲酒運転もあたりまえ ちょっと飲んだだけだからとか すぐそこまでだからとか
みつからなきゃいいとか・・・
お店で飲ませても そのまま車で帰す。親族の集りでも 飲んでそのまま帰宅。
だれも罰せられませんでした。
事故さえおこさなきゃいい という感じでしたね。

電車も自動改札ではなかった時代は キセル乗車がありました。
時々 つかまっては罰金なんてこともあったようです。
そういえば 電車の網棚には新聞や雑誌が置かれていて それを回収して再販していた人もいたようです。
今はどうなのかよくわかりませんが そもそも電車で新聞など読みませんよねーー

数えあげれば きりがないくらい 時代の差はあります。
そのうち 今の時代に当たり前と思っていることも
次の時代では 当たり前じゃなくなっているのかもしれません。

どんな風に変わっていくのか 世の中絶えず 変化していきます。
方丈記ではないですが
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」なのでしょうね。

さだまさしさんの 「人生の贈り物」〜ほかに望むものはない〜じゃないけれど
もう一度若いころを繰り返したいとは思いませんね。
ただ穏やかな人生を送ることができればいい。
今日は その歌を聴きながら明日を迎えることにしましょう。
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posted by うめのはな at 07:21| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2020年09月19日

恐ろしくきれいな爆弾

ちょっと面白い本を読んだ。
面白いというより 女の私が読んで 「痛快!」そう思った本。

タイトル  恐ろしくきれいな爆弾 
著者     越智月子/著 オチ,ツキコ
出版者   東京 小学館
出版年   2020.9

内容(「BOOK」データベースより)
福永乙子は、大臣就任会見の場での男社会への歯に衣着せぬ発言で一躍時の人となる。総理経験者の養女として、3回目の当選で初入閣。しかし、彼女は驚くべき過去を抱えていた。戦慄と驚愕の悪女小説!


美しすぎる46歳・福永乙子。
総理までのぼりつめる その衝撃的やりかたに驚きます。
が・・・しかし
「痛快」であって 不愉快ではない。
むしろ 小気味よい。
「まさかこんなことありえない」と思いつつ
「いや あり得るかもしれない」が 「あるんだろうなー」に変わってしまう。
魑魅魍魎の政治の世界。
なんでもありに 思えてしまう。

登場人物も リアリティがあって ああこの人は 実在のあのひとかもーーと
想像できます。
実在の政治家と比較しながら 読み進むのも面白い。
大臣就任会見で
「わたしは男たちの論理で作られたこの日本をひっくり返します」と男社会へ宣戦布告します。
まさに ニューヒロイン。ここまではっきり言うことで 大人気となる。
永田町に巣くう 悪と権力。
真っ向から立ち向かうべく 永田町で暗躍する政敵を追い払い、彼女は冷然と、登りつめていく。

しかし 彼女には暗い過去もある。
おとこ世界に立ち向かうため 女である武器を使い 男に取り入るという後ろめたい過去もある。
その血筋 元総理の隠し子であり 大物政治家の養女。
そして新興宗教の教祖だった過去。
反社会勢力トップとの接点。
恐ろしくきれな爆弾を抱えて
そのすべてを武器に すべての反撃をものともせず 追い払い 総理への道へと突き進む。

ありえない。そんなことできっこない。
そういう言葉で否定できない 政治の世界。

敵か味方か。表と裏の顔。
誰もがみな 聖人君子の政治家ではない。

うまく利用し 利用され
勝ち残ったものだけが そこに残れるという世界。
それは 男社会だったはずです。
それを 打ち砕くことが やはり読んでいて「痛快」なのです。
おとこはどう思うのかはわかりませんが 少なくとも私は 痛快でした。

もしかして 女の最大の敵は男ではなくて 女なのかもしれません。
邪魔はいつも 「女」。

うらみ、つらみ、ねたみ、そねみ、いやみ、ひがみ、やっかみの七味の渦巻く世界です。

おとこの嫉妬は 女よりひどいといいますが
「なんで 女なんかに・・」
「女のくせに・・」
今まではそうでした。

だから 男をぎゃふんといわせるような 福永乙子が 「痛快」なのです。


戦慄と衝撃の悪女エンターテインメント。
とありましたが 本当に悪女なのか・・・
政治家の世界では 当たり前ではないのか?
過去をさぐれば 誰もが触れられたくないものが出てくるのではないか。
そんな風に思わせた 本でした。
まさに 恐ろしくきれいな爆弾 でした。
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posted by うめのはな at 11:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

2020年09月17日

四神の旗

昨日の 続き です。
今回は ノワール小説というかそういうものを得意とする 馳星周さんの本です。

馳 星周さんの本は たくさん読んでいます。歴史ものはあまり読んでいなかったのですが
ハードボイルド的な本が多かったです。
「少年と犬」  第163回直木賞受賞。(2020年)
これは 愛あふれる話で心にのこりました。

迷宮の月 と 大仏開眼 の間のことが書かれていた本がありました。
2〜3日前に 読みました。


タイトル    四神の旗 
        馳星周/著 ハセ,セイシュウ
出版者  東京 中央公論新社
出版年   2020.4

内容(「BOOK」データベースより)
武智麻呂、房前、宇合、麻呂。父・藤原不比等の遺志を継ぎ、四人の子らはこの国を掌中に収めることを誓う。だが政の中心には、生前の不比等が唯一恐れた男、長屋王が君臨していた。兄弟は長屋王から天皇の信頼を奪うために暗躍。それに気づいた長屋王は、兄弟の絆を裂くための策を打つ―。皇族と藤原家。野心と野心がぶつかり、巻き起こる壮絶な政争。その果てに待つ、思いもよらぬ結末とは?

四神(しじん)とは、東西南北の四方を守る神(守護神)のことで、「方位の四神」とも呼ばれます。 東は青龍(せいりゅう)、西は白虎(びゃっこ)、南は朱雀(すざく・すじゃく)、北は玄武(げんぶ)の四神(霊獣)をいいます。 「四神」の信仰は、古代中国で誕生し日本に伝えられました。

余談です。

江東区に四方を護る 四神の像があります。
モニュメントとして 江東区内の方角に合わせて存在しており、青龍の像は都営新宿線東大島駅前(平成9年設置)、白虎の像は豊洲シビックセンター前(平成27年設置)、朱雀の像は区立若洲公園内(平成18年設置)、玄武の像は亀戸駅前公園内(平成4年設置)に置かれているます。
モニュメントの写真や地図は 以前ブログに書きました。

江東区四神のモニュメント

本の内容に戻ります。

藤原不比等の息子たちの話。
武智麻呂、房前、宇合、麻呂。
父・藤原不比等の遺志を継ぎ、四人の子らはこの国を掌中に収めることを誓う。
政の中心にいた長屋王は 目の上のたんこぶ。
それを追い払い天皇の信頼を得るため 兄弟は暗躍。
皇族と藤原家の謀略と野心のぶつかり合いと政争。

前回の大仏開眼 藤原仲麻呂の父の世代の話ですが
その後の 大仏開眼時代につながる話です。

そもそも聖武天皇の母は 藤原宮子であり 藤原不比等と県犬養橘三千代の女子である安宿媛(あすかべひめ)通称 光明子(こうみょうし)を妃にした。
藤原宮子は不比等の子であるというややこしい関係。

当時 皇統でない妃は 皇后にはなれなかったがその令を破り皇后にしようとします。
皇子が生まれれば 皇后になる道もあると 祈願 皇子が生まれるが 乳飲み子のとき 熱病で死亡。
今度は 娘の安倍内親王を天皇にと画策する。
なんとしても 藤原の血を皇統にと野心を抱きます。
そこで前回の 第二皇子安積親王暗殺となったわけです。
何時の世も権力争いと政争は絶えませんが
殺し 殺されるという時代に 藤原家が暗躍したのです。
兄弟の絆も 野心との板挟みで 亀裂が入っていきます。
邪魔者は消す。
そんな悪事がまかり通りますが 天罰なのか
四人とも当時はやった 疫病(疱瘡)で死にます。
藤原4兄弟が死んだあとは 藤原衰退。
しかし すぐに 藤原武智麻呂の次男である藤原仲麻呂の時代
「大仏開眼」の話になっていきます。
野心は続き 息子の仲麻呂の時代へと 受け継がれていき叔母は光明皇后となって 聖武天皇との娘が 天皇になります。
歴史は繰り返し 繁栄と 滅亡となりますね。

長屋王の変は
長屋王を取り除き光明子を皇后にするために、不比等の息子で光明子の異母兄である藤原四兄弟が仕組んだものといわれています。
光明子は非皇族として初めて立后されました。
藤原仲麻呂は 強大な権力を手に入れました。

皇子が生まれなかったため 聖武天皇の後宮には他に4人の夫人が入ったが、光明皇后を含めた5人全員が藤原不比等・県犬養三千代のいずれか、または両人の血縁の者である。
なんとしても 藤原の血を・・だったのでしょうね。
その後 第48代の天皇がが亡くなると
藤原不比等の血は皇統からいなくなります。
藤原家から 天智天皇の血統に戻ります。

第49代光仁天皇の夫人の中に 高野新笠がいます。
夫人の父は百済 新羅の渡来人。高野新笠は
第50代 桓武天皇の母ですので 歴史を紐解けばさまざまなことがわかり 面白いものですね。

そこまでさかのぼれば 藤原も 渡来人も 貴族も平民も みな同じ 祖先という感じがします。
よく言うじゃないですか・・
「人類みな兄弟」ってね。

そんな中で 皇統だけが126代も続いているのは 驚きべきことで
皇統の父系をたどれば 神武天皇にたどりつきます。

天皇の系図まで調べると 頭が混乱してきますので
とりあえず 奈良時代のことで 終わります。

なかなか面白い 本を読み 興味を持っていろいろ調べてみましたが
学校の歴史も こんな風に興味が持てればよかったのに
年表暗記ばかりでね〜
受験の歴史は 本当につまらなくてほとんど記憶に残っていません。

小説といえど 面白い。どこまでフィクションかはわかりませんが
全部が作り事でもないので
歴史を知るきっかけにはなりましょう。
だから 本が好きです。
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posted by うめのはな at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

2020年09月16日

奈良時代 遣唐使

一月半ほど前に 遣唐使の本を読みました。

タイトル   迷宮の月
      安部龍太郎/著 
出版者 東京 新潮社
出版年    2020.4


内容紹介
日本の安定のためにはこの外交交渉が不可欠だ。遣唐使・粟田真人は、使節団にすら打ち明けられぬ重要な機密を胸に、波濤を超え長安を目指す…。唐を舞台とする歴史情報小説。

第八次遣唐船の執節使に任命され、2回目の訪唐を果たした主人公の粟田真人。当時格上だった中国王朝との交渉し皇帝から日本の天皇の承認を得るための遣唐使でした。
苦難の船路や 上陸してからの難題 苦労 。遣唐使などただの親善かと思っていましたがとんでもない。
当時は 中国の文化や律令制度など学ぶため 献上品 金銀を差し出し 何かと対等ではない扱いを受けていたのでしょう。
生きて帰れるかさえわからない長旅は 本当に大変なことだったのです。


その後の 中央集権国家を目指す飛鳥・奈良時代の日本にとって遣唐使の役割は必要だったのでしょう。
しかし 読んでいても 屈辱感を感じました。
それほど 日本はまだ 非力で 大きな唐の国にはすべてにおいて かなわなかったのでしょうね。
国家として 未熟だったのでしょう。
その本を読んだあと つい最近 「大仏開眼」というドラマの再放送を見ました。

2010年にNHKで放送された歴史ドラマの再放送。
古代史ドラマスペシャル「大仏開眼」 NHK大阪放送局制作。
日本が国家としてのかたちを成し始めた奈良時代の話。
遣唐使として唐から帰国し、理想の国づくりを目指して突き進んだ吉備真備が主人公。

大仏造立を勅命した聖武天皇。藤原家の皇后との娘である阿倍内親王(後の孝謙天皇)。
毎年のように干ばつに襲われ、飢饉、餓死、天然痘、大地震。


国家の安寧のための大仏建立なのか はたして野心からなのか・・・
藤原仲麻呂は祖父・藤原不比等がつくった「律令」こそが国を正しく導くという信念を持っている。737年藤原4氏が疫病で次々と亡くなり、藤原一族が没落する中にあって、藤原の再興を目論みはじめる。
仲麻呂は真備を自分の側に取り込もうとはたらきかけるが、国に対する考え方の違いから、大きく対立していくこととなる。
貴族間の政争や藤原一族の 野心 権力争い。


大仏建立を巡る人間模様を、遣唐使・吉備真備を中心に阿倍内親王と藤原仲麻呂の3人を軸に描く。

遣唐使で 吉備真備とともに帰国した玄ム。
聖武天皇の母藤原宮子の病気を祈祷により回復させ、賜物をうけたことで政治的に栄達を得るがその人格と行いに問題ありで やがて左遷 されます。大仏建立はドラマではこの玄ムの願いだったとか。。。。

対照的に描かれていたのが 行基。
行基は 大僧正(最高位である大僧正の位は行基が日本で最初)として聖武天皇の命により奈良の大仏造立の実質上の責任者となる。社会活動をしながら布教したため 民衆の圧倒的支持を得ていた。


吉備真備は第九遣唐使の留学生で18年間 唐で学んだ学者。
藤原仲麻呂との確執により 左遷と再度の遣唐使派遣(第12次)
なんとか無事に帰国する。
藤原仲麻呂の乱が発生すると、孝謙上皇側に参画。
真備は中衛大将として追討軍を指揮し 鎮圧する。

裏話も添えましょう。
大仏開眼 のドラマの裏にある 権力争い。
藤原仲麻呂の勢力が拡大。
聖武天皇の皇后である 叔母の力を利用した 藤原家の野望。
藤原家の血を 天皇に・・・との目論見
聖武天皇の第2子である 安積親王を暗殺。
皇女である阿倍内親王(後の孝謙・称徳天皇)を天皇にすることで 藤原の血をつないで行く・・・
46代孝謙天皇は一時47代(淳仁天皇)に譲位し、太上天皇となります。
光明皇太后が崩御後 再び 48代天皇(称徳天皇)になり
ました。

道鏡の話も忘れてはなりません。
孝謙天皇に寵愛されたという 話が残っています。
道鏡は僧でありながら 皇位を狙った悪僧と伝えられています。
孝謙上皇は女性天皇であるがため 独身である必要があり子を産めなかった。
女性天皇は ありでも 女系天皇は許されていない。
後継者の悩みもあり 道鏡はそんな孝謙上皇の心のすき間に入り込み、信任を得 寵愛されたといいます。

後に 道鏡は「宇佐八幡宮神託事件」
で 左遷 失脚します。
孝謙天皇(称徳天皇)の後継者は 白壁王。
第49代 光仁天皇として即位する。
天智天皇系に皇位が戻ります。


テレビドラマを見てもう少し その時代のことを知りたいと思い 読んでみた本があります。

続く。

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2020年09月14日

授業の話

前回 国語が好きだったと書きましたが  数学も好きでした。
文系 理系と相反する科目のように思えますが 実はそうじゃないということは
進学先でわかりました。

教師にもいろいろいます。
教え方の上手な人 下手な人 向いている人 いない人 。
物理の先生は原子力物理学では著名な方で とても難しいことを教えているのにとてもわかりやすく話をしました。
言葉が一語一語丁寧でかみ砕くように話すので 聞き逃さないようにと聞くことができました。
黒板には かなり難しい式が書いてあるので たいていは書きうつすことだけに気をとられ
話は二の次みたいなのですが その先生の話はとても参考になって 楽しみでした。
授業の合間に飽きないようにいろいろな話もしてくれました。

「物理が得意な人というのは 文章も上手なんだよ。なぜかというと 物理 数学も含めて 論理的に物事を考えなきゃいけないから 必然的に 考える 理解する そして先まで読める力を持つ。レポート書くのに いろいろな資料を調べる 読む。何より 思考力が必要。
だから 文章を読んだり 書いたりするときの力が自然とついてくる。
医者に作家が多いというのも そういうことなんだろうなと 思うよ。
数字だけみているのではなく 全体を見ているのだからね。読解力 文章力もつくというものだ」

なるほど。。。と思ったものでした。
暗記だけじゃどうにもならない科目です。
数学なんて 謎解きのように 順を追って解いていくと 答えがでる。
最初に間違えなければ 必ず解ける。
まるでパズル。

教え方の下手な人。
これは 頭がよすぎて 他の人がどう対処できるかがわからない先生。
こんなもん なぜできないの?
という感じで 板書きをすいすい書いていく。ぼそぼそ 独り言のように話してはいるけれど
ほとんど書いている数字の説明だけ。
あまりに書くのがはやくて 学生は板書きをノートに写すだけで精いっぱい。
黒板がいっぱいになると 前に書いた部分を当然のように消し始める先生。
そこで「えーーーまだ 消さないで〜〜」と声があがる
「なんで こんなもん書ききれないの?」と
あきれ顔で さっさと消し始める。

そりゃね 自分はわかっていてただ 知識をつらつら書きつらねているだけなのでしょうが
教わるほうは 理解しようと努力しながら書き写すのです。
こうなればみなで協力してパートを決めて ノートして あとでコピーするしかないとなっていきます。
そういう授業は いちいち理解などしておれませんから 自然ときらいな科目 苦手な科目ってなってしまいます。
教え方が 独りよがりえ空気読めない人の典型。嫌われタイプ。
こういう人は 教師には向かない。研究者になった方がいい。

もっとひどい教師もいます。
万年同じノートで 同じ授業をやる。
やるきがないので 生徒は先輩のノートをコピーすればいい。
おまけに 試験も毎年同じ問題とくれば そりゃ楽です。
生徒も楽です。落第者が少なくなり「いい先生」の評価が。。。。

教科書だけ読み上げている人もいましたし
自分の書いた本を教科書にして そこから試験問題だすから 買えという人。
商売第一。

やる気なくて偉そうで あなたは教師不適格というのもいれば
質問にも答えられない 新米教師もいました。

私は一時 教師になりたかったけれど たぶん向いていません。
教師不適格になりそうです。

人に教えるなんておこがましい。
自分さえまともじゃないのに 恐れ多くてそんなこと職業にはできません。
と考えると 教師というのもなかなか大変な仕事ですね。

高校生の頃 数学の先生が ぽつりとつぶやいた言葉。
早朝課外授業でみな 眠い顔していたからかもしれません。
「人間一日学んだら 一日分進歩しなきゃなぁ・・・」
もちろん 数学のことを言ったのでしょうが
なんとなく なるほどと心に残り また 心の中で反発したものです。

だってね みつお風に言えば
「人間だもの 間違ったっていいじゃないか」
3歩進んで2歩さがる と 歌にもあるじゃありませんか。。。。

いつも間違ってばかりだし
下がってばかりで 進歩のない私でした。

でも 思えば今じゃそんな余力もないですが
勉強っていいなぁ・・・できれば もっとやりたかったです。
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2020年09月11日

方丈記&withコロナ

自粛生活 すなわち巣ごもり生活が長くなると微妙に心の変化が出てきます。
コロナ=怖いから しかたないよね になり 慣れてしまい実はたいしたことないのではないか・・に
変化していきます。
実は コロナの怖さは変わっていないのに 社会的にそんな雰囲気になってくると
自分もつられて 意識の変化が出るようになってしまいます。
マスクしてソーシャルディスタンスを保ち 手洗い消毒をすれば OKみたいになります。
いわゆる慣れ。この慣れが油断なのですが
だんだん 最初ほどの緊張した雰囲気はなくなっていきます。

とまぁ 相変わらず 普通とは違うwithコロナの日常が続いています。

最近 「方丈記」の一説が浮かんで 読み返してみました。
もともと 高校生の頃は「古文」が得意で好きな科目の一つでした。
担任が 国語の教師だった影響かもしれません。

『方丈記』は鎌倉時代に書かれた随筆で、『枕草子』『徒然草』と並び、日本三大随筆のひとつに数えられています。

作者:鴨長明

有名な冒頭部分

原文:ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。


現代語訳:川の流れは絶えることはなく、それでいてそこを流れる水は、同じもとの水ではない。川のよどみに浮かぶ水の泡は、一方では消え、また一方ではできて、そのまま長くとどまっている例はない。世の中に生きている人とその人たちの住処もまた、ちょうどこの川の流れや水の泡のようなものである。

平安末期のその時代は
火災や地震 竜巻、飢饉などの大きな災厄 災害のオンパレードで都も混乱した時代です。
この状況や自身のさまざまな苦難の経験から、鴨長明は『無常』という境地に辿りついたということです。
それが 冒頭部分です。

『方丈記』の「方丈」とは、晩年の鴨長明が俗世間をのがれて静かに暮らしていた山中の庵のことであり、そこで記した記録であることから「方丈記」と名づけられたそうです。

要は 災害から逃れて 山中生活。
究極の巣ごもり生活に入ったわけです。
今でいう 密を避け ステイホームということですね。
「無常観」にたどりついたわけですが
令和だって 地震 洪水 台風 竜巻 などの災害に加えて 疫病(コロナ)ですものね〜
そして お籠もり生活とくれば 気持ちは十分わかります。
これって 「鬱」?みたいな境地なのかしら。。。

この冒頭のあとに こんな文もあります。

原文
財あればおそれ多く、貧しければ恨み切(せつ)なり。人を頼めば、身、他(た)の有(ゆう)なり。人をはぐくめば、心、恩愛(おんあい)につかはる。世にしたがへば、身、くるし。したがはねば、狂せるに似たり。いづれの所を占めて、いかなる業(わざ)をしてか、しばしもこの身を宿し、たまゆらも心を休むべき。


現代語訳
財産があれば失いはすまいかとして心配事が多いし、貧乏ならば恨み心が強い。人を頼りにすれば、自由を失って、この身は他人に所有されたも同然になる。人を慈しんで世話すれば、心は恩愛に囚われる。世のしきたりに従えば、この身が苦しい。ただ、従わないなら、狂人と見られてしまう。どんな所に住み、どんなことをしていたら、この短い人生をしばらくも安からに生き、少しの間でも心を休めることができようか。

わかりますわ〜わかりすぎるほどに共感。
これはもう「鬱」状態

でこの後の文で 鴨長明さんは つらつら書き連ねた 八方ふさがりな状態から
すべて 心の持ちよう という境地になります。

原文
それ、三界は、ただ心一つなり。心、もし安からずば、象馬(ぞうめ)・七珍(しっちん)もよしなく、宮殿(くでん)・樓閣(ろうかく)も望みなし。今、さびしきすまひ、一間(ひとま)の庵(いおり)、みづからこれを愛す。

現代語訳
さて、仏の教えに、三界はただ心一つなり、とある。この世界は心の持ちよう一つで決まるのである。心がもし安からにならないならば、象馬とか七珍といわれる財宝があっても何にもならず、宮殿や樓閣も望むところではない。今、わたしは閑寂な住居、一間の廬に住んで、心からこれを愛している。

悟りの境地ですね。「心の持ちようひとつで決まる」のですからね。
お籠もり生活が 苦ではなくなり むしろ好きなことをして 心のままに生きるのを愛している。
これこそ お籠もりの鴨長明スタイルでしょう。

とまぁ 現代に通じるものがあるものだと 読み返したわけです。

最初の無常観から 心のままにとなるわけです。

「無常観」と言えば 平家物語の冒頭もそうですね〜

原文
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵におなじ。

現代語訳
「栄耀栄華を極めたものも長くは続かず、春の夜に見る夢のようなはかないものであり、勢いがある者もやがては滅びてしまうのは、風にたやすく吹き飛ばされる塵のようなものだ。」


うんうん。思い当たることある!
まさに 今!あのひと・・・・・・・・。
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posted by うめのはな at 07:18| Comment(4) | TrackBack(0) | エトセトラ

2020年09月10日

絵画鑑賞

コロナ以前は よく美術館や博物館に行きました。
都内の美術館はほとんど行きました。
当時は 「ミュージアム ぐるっとパス」などを使い 一日で何か所も廻ったりしました。
2か月以内ということで 2000円ぶんは2~3か所で取り戻せますがパスにある美術館はついでにと あちこち廻ったものです。
そのころは 気力体力とも十分あって 一日に何キロも歩いたものでした。

今は コロナで出かける気ににもなりませんが たぶんコロナじゃなくても
もうあの頃の パワーはないと思います。

絵画を鑑賞する 特に本物を自分の目で見るというのはとてもいいことなのです。
その効果は

ホンモノを見ることで 判断力が養われる
自由な発想 表現力が得られる
普段は経験しない刺激により ストレス解消になる
何より 満足感と心の快楽を得られる

などと言われています。

私がはじめて 大きな美術館に行ったのは 高校1年になってから。
田舎なもので デビューは遅かったです。
遠足と称して バスで 京都美術館に行きました。
本格的な美術館ははじめてで しかも京都で それだけで もうわくわくしていたのに
「特別展」を見せてもらい教科書でしかみることができなかった 巨匠のホンモノの絵画を自分の目で見ることができ
それは もう感激したものです。
なけなしのおこずかいで カタログを買い 家に帰って何度もながめたものです。
それくらい 印象的でした。

芸術との出会いは 印象的だったのですが
家庭に入ってからは 芸術とは縁遠い忙しい日々をすごしていました。
美術館巡りをするようになったのは 東京に暮らすようになってからですから
これまた 遅い趣味となりました。

やはり 都内にいないと思ったときに出掛けるということはなかなかできないものです。

絵画を見て インスピレーションで これはいいなぁ〜とかこれは好きだなぁ〜とか
思う程度の鑑賞力しかない私なのですが よくルーペを持って 筆のタッチとかすみずみをじっと鑑賞している人がいるのが
いまいち よくわからないのです。
そりゃ 巨匠といわれる人の タッチは独特なもので 見る価値はありますが
普通の人がそこまで見て なにを得るのだろうか・・・なんてね。
そんな細かいところまで見てる人は 何を知ろうとしているのだろうか。

私は専門家でもないので その辺がよくわかりません。

そもそも 「いいなぁ〜」程度の鑑賞力しかないですから
これが ホンモノと言われれば 「ああそうか」ってなくらいです。

西洋画もいいのですが
私は日本画も好きです。

その時代の絵師の思いを感じようとします。
2014年に鑑賞した
等伯の 国宝「松林図屏風」国立博物館 「国宝室」
tohaku2020(2).jpg
「これは よかったです。とても心に残りました。

とまぁ 好きな絵画はいくつかあって 見てみたいなぁ〜と思うのですが
いまは なかなか出かけられません。

実は鑑賞していても 自分でもよくわからないというのが 本音。
好きな絵だとか いいなぁ~程度で 細かいことはわかりません。
そんな感じでも 心の栄養になったのでしょうかね。

でも
芸術品といわれる作品は見れば 確実に目のこやしになっていきます。
ホンモノと偽物の差がわかるようになっていきます。
そうじゃなきゃ 面白くないってのが 芸術品なのかしらね。
posted by うめのはな at 07:19| Comment(2) | TrackBack(0) | エトセトラ

2020年09月04日

気になったこと

4週間ぶりの通院日。
相変わらずの激混みで 受付後1時間してもう一度行きました。
一時間半くらいと言われていたので そんなに待つことはないと思いました。

「○○ですが まだでしょうか?」
「う〜ん。まだまだですね」
「あ?まだまだね・・・・・」
まだまだは ちょっと手ごわい返答です。

「すぐですよ」は 10分待ちくらい。
「もうすぐですよ」は 20〜30分待ち。
「まだですよ」は 40分〜1時間待ち。
今までの経験上こんなものでしたのに 今回ははじめて
「まだまだですよ」と来たからには 1時間以上なんだろうな〜と
覚悟を決めて待つことにしました。
密を避けて 人とは離れた椅子に座って本を読み始めました。
待合室そのものは 数人。ほかにあちこち廊下などに座っています。

椅子に座っていた ばぁさん、顔見知りが来たもので隣に呼び寄せ (密です!)とたんに喋りだしました。
うるさくて 本も読めないくらい。
二人で あれこれ喋ること喋ること、場をわきまえよ、おしゃべりは控えよ!と 心の中で思いました。

「あんた 介護が必要になったらどうする?」
「うちは 娘がいるんだけど 娘に世話させる気はないわね〜」
「うちは 娘がいないからね〜いざというとき困るのよ」
「嫁に面倒見てもらえばいいじゃないのよ」
「いやよ。嫁には面倒みてもらいたくない。あなただって娘さんでもいやなのだから 嫁なんていやよ〜」
「そうよね〜下の世話なんて絶対いやよね〜」
「その時は 介護保険で面倒みてもらうわ。」
なんて 大きな声でしゃべくっています。

「人に嫁の悪口いうようじゃ 嫁に嫌われるタイプだなーー」なんて これまた心の中で思いました。
そのうち あれこれ言いながら
「コロナにかかったら いやよねー持病あるから 死ぬかもしれないしね。」
「私も糖尿だから かかったら終わりかもねー」
なんて 話し始めます。

それなら 喋るのヤメロ。いくらマスクしているからって 密になってしゃべるのはよくないんだぞーー
と 思いながら 睨みつけました。
私は空気清浄器の前 ばぁさんたちの1.5mほど前にいて 背中向けていましたが 気分のいいものでは
ありませんでした。
近くにいた人も 黙っていましたが いやな顔してみていました。
今は 特別。コロナ注意なんだから いつものようにべらべらしゃべるのは控えたほうがいいのに
空気読めない ばぁさんたちだなと 思いました。
ああいう ばぁさんには なりたくない・・・・

悪事は顔に現れるといいますが そんな顔でした。
年とったら 穏やかな顔がいいなぁ・・・・・
無理かなぁ・・・。

とまぁ ストレスのたまる1時間ほどを過ごし ようやく呼ばれました。
とにかくはやく帰りたくて 今日はなにも問題ないし パッパと帰ろうと思いました。

「どうですか?」と聞かれて
「実は ここに来るたび ストレスで具合が悪くなりそうです」と
言いたかったけれど それは 押さえて
「大丈夫です」と言いました。

血液検査は 心臓以外は特に異常無し。とか説明を聞いているうちに
先生のマスクの表面が けば立っていて もろもろと垂れ下がっていて
喋るたびに ふわふわしているのが 気になってしまいました。
「マスク変えればいいのに・・・」とか
「誰も言わないんだろうか・・」とか ふわふわ揺れる繊維の
マスクに気をとられているうちに 気になってしまって
「はぁ・・」とか生返事していたら なんだか終わりみたいで 立つと・・
「今度4週間後ね。薬もいつも通り。わかった?」と二度言われて ようやくマスクから目が離れた次第です。

医者なんだから マスクくらいちゃんとしたのしろよーー
それほど 多数の患者に話をしたんだろうけどね
看護師さんが気が付いて 変えてあげればいいのにね。と
思いました。

いやぁ・・・どうやったらあんなに繊維がけば立って ふわふわになるんだろうかと
今でも気になっています。
私なら ああなれば 廃棄対象なんですけれどね〜

細かいことが気になった日でした。
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posted by うめのはな at 21:27| Comment(2) | TrackBack(0) | エトセトラ

2020年09月03日

大長ナス

何年か前 大分に住んでいる友人から 長ナスを送ってもらったことがある。
40cmほどの 長いナス。
そんなに長いナスを見たのはそのときが初めてで どうやって食べるのかすらわからなかった。
たくさんあったので 食べきれなくて息子の家にもあげた。
息子たちもどうやって食べるのかわからなくて いつものナスのように浅漬けにして搾ってみたら・・・
「とろとろ溶けて小さくなってしまいました」と言って笑っていました。
ところが 「煮物」にしてみたら これが絶品。柔らかくてすごく美味しいと喜んでいました。
実は私も 油揚げと一緒に薄味で煮物にしたら 本当にとろけるようにやわらかくて美味しいので驚いたものです。
これは いいと思い ナスの季節にスーパーなどで探すのですが
なかなか売っていません。
ちょっと長めの 20cmくらいのものはあるのですが
4個分はあるという40cmほどの長ナスは売っていません。
それでも特別なスーパーで ごくまれに売っているのを見つけては買うようにしていました。
今年の夏は この長いナスを見かけます。特定のスーパーだけにしか置いてないです。
naganasu.jpg
見つけたときはうれしくて すぐ買いました。
1本250円。
普通のナス4個ぶんはあるので1本買えば ちょっとした煮物には十分です。
実は大長ナスというそうです。
特徴は果肉が柔らかいので 揚げ物などには適さないということです。
この大長ナスは 主に九州で栽培されているそうで
この大長ナスも 熊本産でした。

昨夜のおかずは ナスとあぶらあげの煮ものを1品つけて 美味しくいただきました。
手に入る店がみつかって よかったです。

大分の友人とも コロナで全く会えません。
年に何度か こちらに来ていたのに コロナじゃ来れません。
そりゃ 東京にいる友人や 息子たちにも会えないのですから
しかたないですね。

旅行どころか 実家にも行けないし バスや電車に乗ることも怖くてできません。
いつになったら 安心して出かけられるようになるのだろうか・・・
これじゃ
美味しいものも食べに行けないし 期間限定の古い洋館も見に行けない。
たのしみがなくなって残念です。

だから 大長ナスが食べられたことに喜びを感じる今日この頃です。
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posted by うめのはな at 10:34| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ