2020年03月29日

非日常の出来事

家にひきこもり 外に出ないようにしていたのに
この時期一番出かけたくないところに 行くことになってしまいました。

金曜夜に夫の具合が悪くなりました。
脈が異様にはやくなりました。
それが昼過ぎから続いていたそうで
「なんで もっとはやく言わないのよ。そうすりゃ いつもの医者にいけたでしょうが〜」
「それが なんとなく息苦しいと思っていたけど 血圧計で計るまで わからなかった」
「どこまで にぶい人なんだろう・・・医者行く?」と聞いても
あいまい。ぐずぐず・・・。
「それ ほっておけないよ。私もそうなんだから よくわかるし・・・」
で 医者を探すことにして
「ひまわり」に相談したら 「救急車対応です。こちらから呼びますか?」と言われたのですが
本人は 歩けるし 喋れるしで 対応病院だけ教えてもらいました。
でも 候補病院 電話しても
「専門医がいない」
「検査ができない」
「処置しても 明日診察できない」

とかわけわからない 理由で 断られました。
そこで 東京 ER 電話で予約して行きました。
もちろん いろいろ聞かれます。

タクシーは自宅前ですぐ つかまえられます。
タクシーなんか 乗りたくなかったです。
でも 救急車はもっといやです。
運転手も 私たちも車の中では 無言。
下りるときに 運転手さんが 一言。
「お大事に・・・」

コロナの入口は別なので そこはわかっているみたいでした。

当然 入り口では
「熱はないですか?海外に行ってませんね?」
と 聞かれました。

待合室は幸い 数人いただけで 受付すませ 熱 血圧計ると 「トリアージ」
患者すくなかったし脈がはやいので すぐ 呼ばれました。

私は待つこと1時間半。
途中 医者が説明に来て
「どうやら 今日は帰宅できそうですからね。もう少しお待ちください」

待合室は結構広くて みな ぽつぽつと 離れて座っています。
待っている間に
抱っこされた赤ちゃんが 一人 二人・・とやってきました。

これも すぐ診てもらえたのですが
抱っこされている赤ちゃんの泣き声が
普通の泣き声じゃなくて
「ひぃ〜〜〜〜ひぃ〜〜〜」と弱弱しかったのが気になったところです。

ERははじめてでしたし この時期落ち着かなかったです。
でも 熱や咳のある人は 別みたいでした。
救急車で運ばれてくるような 重傷者も別入口で 奥に 救命救急センターがありました。
コロナ対策の 入り口も別でした。

待っているとき 
「着ていた防護服 全部脱ぐので 処分してほしいって 連絡あったのですが・・」
と 電話しているのが聞こえてきて・・・

うわ〜〜来たのか!
いやだなぁ。どこに運ばれるんだろうか・・って 気になりました。

一番避けていた場所に いたのですから 本当にいやでした。

幸い 点滴で薬をいれただけで 症状が落ち着いたので 私も中に呼ばれて 説明。
帰宅できることになりました。
結局 私と同じ薬を使ったようです。
「おまえもか・・」な 感じです。

週明けに 専門医の予約を入れてくれて 院内処方で薬を貰い 会計。
1万円弱でした。
いろいろ専門的 検査があったにしては 安いかな〜って 思いました。

本人はぴんぴんしていて タクシーで帰るのかと おもったら バスで帰るという。
本当は私も疲れていたので 「ケチ・・」と 思いながら
バス停まで 5分ほど歩きます。
すぐバスはきたのですが 私は自宅すぐそばに止まる次のバスに乗りたかったのに
そのバスに乗るという。そのバス停からは 5分ほど歩かなくてはいけません。
しかたなく 乗りましたが バスもいやだったですよ〜
どこにも触れないようにして 手袋をして 乗っていました。

その夜は 風が強くてね〜
バスを下りて 歩いていた時もよろけるくらい・・・
途中 飲食店前で騒いでいた 20人ほどの 若者の群れをみて
「この馬鹿どもが・・・少しは自粛しようって思わないのか」と 怒り。

私はへろへろなのに 当の本人は 元気になっていて どんどん歩いていって息切れしている
私に 気を使ってくれることもなく帰宅。

ようやく 帰宅してすぐ 風呂場でみぐるみ脱いで洗濯機に入れて シャワー。
そうじゃないと 気持ち悪いです。

夜 10時過ぎでしたが
夕食の支度をしてあったのに ご飯を食べずに出かけたので 
ご飯を食べなきゃ・・と思うのですが 私は全く食欲がなくて。。。

「食べないの?」って聞かれて 
「こいつ なんだ?あんたのせいで 深夜になったのに しかも治療受けたあとなのに
よく 食欲があるなぁ・・・」と。いささか 飽きれておりました。

緊張したし バタバタしたし いつもより多く歩いたしで
つかれたのか 今度は私の具合が悪くなってしまって・・・
同じように 脈がはやくなってしまって
発作時に 飲む薬をのみました。

夜中も眠れなくてね〜いつもと違う日だったので神経が高ぶっていたようです。

それなのに ぐっすり眠っているらしく いびきが聞こえていて
大事にならなかったのは いいけれど 全く こちらの心配はしてくれないんだ・・・と
眠れないまま朝を迎えました。

おかげで 昨日は 一日 なにもせずに 寝ていました。

思いもかけず 外に出て すごく不安でした。
自粛というのに この時期外で 遊ぶ人の気が知れません。

はやく世の中 平穏になって 落ち着くといいのですが。。。。
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2020年03月25日

日々雑感

毎日 単調な日々で一体今日が 何日なのかも忘れそうです。
TVやネットは 毎日コロナ オリンピックと変わり映えのしないニュースです。
コロナの最中大きな自然災害がないのは 幸いなことです。

朝起きると 昨日は何人だったかなぁ・・の感染者数を確認。
そして 朝食を食べ ちらちらニュースを見て またいつもとかわらぬ時間をすごしています。
とにかく 必要最低限しか外には出ません。

よって 何も変化はなく 書くこともないです。
ただ 本を読むくらいですね〜

図書館の利用も 自動貸し出し 返却 予約サービスだけですが 開館しているだけありがたいです。
それも 東京都に合わせて 4月12日まで延長されました。

大学なども 連休明けとか4月3週目の開始が多くなっています。
地方から若者がたくさん上京していますから 注意しなければいけません。

桜が咲いても花見に行く気にもなりません。
ネモフィラが2週間ほどはやく 見ごろだそうです。
あれは きれいで好きです。

とにかく 電車には乗らない バスに乗らないのですから
どこで何があろうとも 出かけることはないです。

そんな日々 パソコンも朝晩ちょっと確認するくらいで見なくなりました。
タブレットで ツィッターをよく見ています。
ツィッターの情報はありがたいです。
リアルタイムなのがいいですね。

隠されている 感染者の情報も より詳しく知ることができます。
より詳しくどこそこで感染者が出たとわかれば
その近くに行くときは 注意しなきゃと思うので 情報というのは大切だとおもいますが
なぜか 発表は 簡素にしかしてくれません。
せめて 場所くらいは公にすべきだと思います。


トイレットペーパーは 買えるようになっていますが
マスクはダメみたいですね。
生協でも とうとう見かけなくなりました。
政府の管理下に入ったのかも。

庶民にまわってくるのはいつのことやらね〜

ブログもいいけれど 長い文読むのも 気力がなくなってくるので
ツィッター程度がいいかも。
私もブログに書くこともないしね〜
あまり書かないと
「コロナか?」と 疑われそうで ちょっとくだらないこと書きつらねて見ました。

今のところ 元気です。
面白いことも いやなこともないし 困ったことと言えば 退屈。
個人的には 今はなんとか平穏。

世界中が危機的状況です。
はやく 感染が落ち着くことが一番 平穏です。
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2020年03月20日

三行半

時代物の小説を読んでいて 江戸時代の離婚の様子を知ることができました。

「三行半」(みくだりはん)
この言葉は 知っていましたし 離縁状のことだとはわかっていました。
詳細は知らず 3行半程度の短い文だったとしか知りませんでした。

ぐだぐだと 離縁の理由を書き連ねても 一方的な愚痴でしかないし 離婚の理由など
子ができないとか 性格の不一致とか 素行が悪いとか そういうものでしたし
そこで簡潔に書いたのが 「三行半」。


また別の説では
「江戸時代には字を書けない人も多く 3本の線とその半分の長さの線を1本書くことにより離縁状と同等の取扱がされていたため、庶民の間では三行半(みくだりはん)という呼称が広まった。」とありました。


江戸時代の離縁状は 三行半(みくだりはん)で書くものとされていて 
@離縁すること、A妻の再婚の自由を認めること
この二つが きちんと記されていました。

離縁状を出さず、または もらわずに再婚すると重婚罪に問われました
重婚罪というのは 現在も同じです。

内容的には一般的に
「我等勝手二付き」 という言葉です。
勝手きままというのではなくて 当方の都合により というような使い方でした。
後日 他へ嫁ぐことになっても異存はない そのような言葉も書かれました。

3行半程度の 短い文で それぞれの名と 爪印が押されていました。
爪印というのは 親指の爪の縁に墨を塗ってつけた筋状の印。
平民は朱を使うことはなかったそうです。

現代は離婚届が夫婦連名で提出するのとは違い 江戸時代の離縁状は夫の単独行為でした。

江戸時代の離婚は 男のほうからしかできないというのは 不公平なことでした。
「我等勝手二付き」という一文には
妻の無責任性を表示するという意味もあって
男子の面子を保つという、男尊女卑の立場を示していたとも解釈できます。

今も昔も 離婚と言えば お互い納得できない場合もあって
そこは 弁護士をたてて話し合いということになるのですが
昔は 公事人と言われた 江戸時代に存在した訴訟の代行を業とした者がいました。
大岡越前ではないけれど 白州裁きのような犯罪ではない もめ事を
仲裁する役目。家裁のような感じかも。。。
そのため 公事人宿と言って
公事訴訟や仲裁のために地方から来た者を宿泊させた江戸時代の宿屋もありました。

こうみると
江戸時代はそれなりに すぐれた組織もあったのですね〜

時代物の本を読むと いろいろ勉強になります。

しかし 男のほうからしか離縁できないという不公平な仕組みは おかしいです。
そのため
女が離縁したくて 逃げ込んだ 「縁切寺」というのがありました。
「縁切寺」
「江戸時代において、夫との離縁を達成するために妻が駆け込んだ寺のことである。寺は夫に内済離縁(示談)を薦め、調停がうまく行かない場合は妻は寺入りとなり足掛け3年(実質満2年)経つと寺法にて離婚が成立する」wikiより

いずれにしても 不公平な時代でした。

今は 妻のほうから 「三行半」というのも ありますからね〜
世の中 変わって いい時代になりました。
posted by うめのはな at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2020年03月16日

医者へ行くのが怖い

やっとの思いで 医者に行きました。
このご時世 医者に行くのも命がけ。そんな気がして 2〜3日前から憂鬱だったのですが
薬が切れて 行かざるを得ませんでした。
クリニックのHPには お薬だけのかたは御相談ください と 申し込み 相談フォームがあるのですが
慢性病などと指定されていたため 私には無理だと 勇気を出して 医者に行きました。
医者に行くのに 勇気をださなきゃいけないなんてね〜

薬だけの人がいるのだからきっと 少しはすいているに違いないと思ったのが 間違い。
いつもどおり混んでいました。
それでも 診察1時間前に行って 5番目。
やはり1時間半は待ったのでした。

それが 隣の女性が 鼻ぐじゅぐじゅで 鼻などかんだりして
マスクはしているけれど すごくいやな気分になりました。
若い人なので 「アレルギーかな?」「風邪かな?」と思っていたら
「熱計ってください」と体温計を渡されていたので
「こいつ 風邪かな?もしかして 軽いコロナかな?」などと
もうそれだけで 逃げたくなりました。

心持ち椅子をずらして 顔を背けていましたが
どうにも気分のいいものではないです。
そのお姉さんは マスクをしていて 咳するときは ちゃんとマスクの上からでもハンカチで口を押えていて
マナーはいいようです。
でもねーー持病がある私たちにとっては とても怖いのです。
コロナだったら・・・なんて 皆思いますものね。
だから 医者はいやなんですよ〜

そんな風にしているうちにも 患者はどんどん来て ずらりと順番待ち。
その中にも 咳をしたりする人がいて 誰かが咳をすれば
一斉にそちらを 白い目で見る。そんな光景が見られました。
アレルギーかもしれないし ただの風邪かもしれないけれど
見えない恐怖というのがありまして 誰もが疑心暗鬼になるのです。

ウィルスに色でもついていたら 見てわかるのに
見えないから 余計怖いのです。

おまけに 医者というのは慢性病の高齢者が多いですしね〜
たまに若い人がくれば それは 風邪とか熱とかだったりするので
具合がわるいのなら 仕事に来ないで家で寝てろ といいたいですが
そうもいかないのが 日本の社会でしてね・・・・。
とにかく この時期の医者は怖いです。

みなさん マスクはしています。
マスクがない という割には みなさん マスクですので どうにか都合をつけているのでしょうね。

看護師はみなマスクしていましたが 医師はしていませんでした。
安心感与えるためなのだろうか・・・まさか マスクがないわけでもあるまいしねーーー。

とまぁ いつも通りの処方をしてもらい 帰宅。
家に着くなり 風呂場でシャワー。
マスクを捨てて 手を消毒して 頭からシャワーで 身を清めました。
「あんな怖いところ行きたくない」そう言いながら 洗い流して 着ていったものも洗濯機へ。
ちょっとやりすぎかもしれませんが 持病あるからやりすぎくらいがちょうどいいかもしれません。

東京も コロナ感染者増えてきていて
都内あちこち出ているらしいです。
都では 区や市の 名は言いませんが 特別区の区は 他の県の市と同じ扱いですので
各区ごとに お知らせしているはずです。
江東区も豊洲の保育園の人が感染したとき メールで入りました。
千葉県の人でしたから 都の感染者ではありませんでしたが 勤務先ということでお知らせありました。
他の区や市でも会社名など 特定されていますね。
もうどこで 出ても 驚かないし ある程度はしかたないのかなぁという感じです。

来月にはどうなっていることやら・・・。
少しは収まっているといいけれど 医者が怖いのは いやなものですよ〜
みなさん どうなんでしょうね。
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posted by うめのはな at 11:58| Comment(4) | TrackBack(0) | エトセトラ

2020年03月13日

東京、はじまる

今日は 本の話。

タイトル  東京、はじまる  門井慶喜/著  
出版者東京 文藝春秋
出版年2020.2

内容(「BOOK」データベースより)
江戸を壊し“東京”を建てねばこの国はほろびる―留学から帰国した辰野金吾は、瓦屋根がぺたりと広がる町並みを眺め焦燥に駆られる。建物と風景が近代国家を支えると信じた日本人初“建築家”の熱い生涯!


建築家 辰野 金吾さんのお話しでした。

著者の門井慶喜さんは 
「屋根をかける人」アメリカ人建築家、メレル・ヴォーリズ氏の話を書くなど 建築家の話を書いています。
また 『家康、江戸を建てる』の著者でもあります。

江戸を建て 江戸が終わり 近代化の 東京がはじまる という建築の話。
辰野金吾さんは 江戸から東京へ、急速に近代化する街の形を決定づけた建築家です。
鹿鳴館の窓から見た 東京の景色があまりに平坦なのに驚き これからの街づくりに 「江戸」を壊して近代「東京」の街づくりを志します。

師である ジョサイア・コンドルとの対立 ライバルたち そして野心 葛藤。
下級武士であるという劣等感から 勉学に励みます。
イギリスへの留学で諸国と日本の差に焦り帰国後は これからは日本人が設計しなければ 日本の街づくりは進まないと、恩師ジョサイア・コンドルを蹴落としてでも日本人建築家による首都作りを目指した男です。
今日の東京の風景が生まれるに至った「東京のはじまり」の物語でもあります。

コンドルを蹴落として 「日銀」の建築を奪います。日本の銀行は日本人の手で!
上から見ると「円」という建物には 辰野ならではの こだわりがあったようです。
長い年月をかけての 石造りと煉瓦の建物。
地下の金庫室は いざというときは 水没するように設計されているとは 知りませんでした。
戦争中だったため 敵にお金等を奪われないためだとか・・・・。

そして大成功を収め 理想の首都「東京」を作り上げようとします。
次は 鉄道の国有化と 中央駅の建造。
今の 「東京駅」です。
豆腐のようなぐずぐずとした 地盤に松の木の杭をびっしりと打ち込んでからの建築。
長さ330mあまりもある 無駄に長い建物と 当初評判はよくなかったそうです。
しかし 関東大震災でも びくともしなかったことで 再評価され 今では東京のシンボルになっています。

三菱が原と呼ばれた 現在の丸の内の広大な平原にも 赤レンガに白い線の建物が増えていきました。
今日の風景が生まれるに至った「東京のはじまり」の物語です。

辰野金吾と言えば あまりにも有名な人で 全国の数多くの建築物を手掛けてきましたが
彼が 一番やりたかったのは 「国会議事堂」だったそうです。
「国会議事堂」はコンペ方式になったものの スペイン風邪の流行でライバル 妻木の死。そして辰野の死で
設計者があいまいな ままになっています。

本の中に出てきた「スペイン風邪の流行」なのですが
今の新型肺炎と 同じようなのかなぁ・・・と 思ったりもしました。

「流行の経緯としては、第1波は1918年3月にアメリカのデトロイトやサウスカロライナ州付近などで最初の流行があり、アメリカ軍のヨーロッパ進軍と共に大西洋を渡り、5〜6月にヨーロッパで流行した。」
とwikiにありますが
本では アメリカから始まった風邪に兵士たちがかかり 船でヨーロッパに進軍する間 船の中で蔓延。
上陸してヨーロッパにあっという間に 広がったと書いてありました。

今の コロナと似ていますね〜
船で蔓延するのは同じでしょう。現在はクルーズ船ですけれどね。

歴史は繰り返すのかな。
でも 乗り越えてきたのだから 今回もきっと 乗り越えられますよね。
あの当時よりは ずっと文明が進んでいるのだからね。

久しぶりに 東京の歴史を感じた本でした。
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posted by うめのはな at 16:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 読書

2020年03月11日

3月11日。

今日は東日本大震災のあった日。2011.3.11.
あの日のことは 忘れることはないでしょう。

あれから9年。長いようで短いようで 複雑な感じです。
あの時も 日本は危機感 ありました。

現在はまた コロナウィルスで危機です。

調査によれば 「マスクはどうやって手に入れた?」という問いの答えの 80%近くは
「買い置きがあった」ということでした。
わりと みな用意してあったのですね〜
花粉症の季節ですし 毎年 1月には用意していた人が多かったようです。
SARSの時に買っておいたものが 残っていたという人もいました。

2割近くの人は 並んで買った ネットで買った 使いまわししている 布マスクを洗って使っている
そして 会社が用意してくれている というような答えでした。

1月の 中国人のマスク爆買いを止められなかったのは 失策でしょうね。

とまぁ 身近でも困ったことが起きているようで
実家から 「マスクがない」のSOS.
毎日 通勤の娘のマスクがなくて困っているとのことでした。
田舎だし まだ一人も感染者が出ていない 福井ですし そう心配することもないかと思うのですが
福祉関係で 毎朝の検温もあるとのことでした。
困っているときはお互いさま の精神で
マスク送りました。
幸い 生協の抽選でGETできたばかりで 余裕がありました。
「これ以上はない」という一言を添えてね〜
いくつもあると 思われたら困ります。
こちらは ほとんど出かけないので そうマスクは必要じゃないです。

アルコールも品薄でして 厚労省は 次亜塩素酸水での消毒を推奨しています。

ドアノブなどを拭く溶液の作り方

約0.02パーセント濃度の希釈液を使用します。
2リットルのペットボトル1本の水に、原液10ミリリットル(ペットボトルのキャップ2杯)を入れる
(市販の塩素系ハイターなどを使用する場合)

汚物の清拭や消毒には 0.1%〜0.05%がいいそうです。

我が家もペットボトルで0.02%の溶液を作りました。
台所では まな板や包丁などにシュッシュッ。
トイレにも吹き付けるため 置いてあります。

手に使うのは荒れるので よくないそうです。

玄関にはアルコールを置いて 帰宅したら必ず 吹き付けます。

ところで
トイレットペーパーのほうは もうスーパーに置かれていました。
国産ですし 一通りいきわたれば 落ち着くものです。

あれこれ コロナに効くなんて 怪しげなものが噂になっていますが
そんなものが あるならこんなことにはなっていません。
ニュースでも 46品のデマ商品があげられていました。
消費者庁が注意喚起しています。
だまされないようにしないといけません。

納豆だヨーグルトだ はたまた首から下げる ウィルスブロッカーだの 花崗岩だの マイナスイオンだのあれこれ
面白可笑しい商品ばかりです。
納豆が売り切れているところもあるそうですから 常食している人には迷惑な話です。
日本人って噂に弱いのかしらね〜

どこかの国では 現金はしばらく使わないようにとの お触れが出たそうです。
電子マネーかクレジットなのでしょうが  そうなるのはいやだなぁ・・・。

春だというのに 他に話題もないし 変化もないし 単調な日々をすごしています。
のんびり過ごしている割には 少々 コロナ疲れになってきたようです。
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posted by うめのはな at 09:36| Comment(2) | TrackBack(0) | エトセトラ

2020年03月07日

コロナ疲れ

コロナ疲れに コロナ鬱。
そんな記事を読みました。
その言葉 わかるなぁ・・と。

明けても暮れても 毎日 TVでは コロナ コロナ。
ネットもしかり。

本日の感染者数とか ○○で感染者 ○人。
そんな ニュースばかりです。
観光地は 飲食店は 経営不振。
マスクがない。トイレットペーパーがない。
そして 買うための行列。

いい加減 うんざりしてきます。
少しも 前向きの話題がないのです。

おまけに 外出自粛 イベント自粛 公共施設は閉鎖。
これじゃ 
疲れて来て 鬱にもなりますよ。

どうしたものでしょうね〜

私は もう前から 巣ごもり(ひきこもり)状態でしたので
そう 苦にはなりませんが
活動的だった人は 苦痛でしょうね。

幸い 図書館も貸し出しや 予約 返却はできているので
毎日 本を借りては せっせと読んでいます。
図書館が閉鎖になったら もうすることなくて 困ります。

コロナの話題はもう うんざりなのですが
やはり情報はしっかり耳に入れないといけないのも確かです。
だから コロナ疲れといいながらも TVを見て ネットを見て たまにはちょこっとワイドショーなど
聞きかじってはいますが 感染者のことばかりで これから先の話題はないですね。

これから先 明るい見通しはあるのだろうか。。。。
世界中が こうなのだから これはもう 世界的な規模での 危機なのでしょう。
こりゃ オリンピックも危うそうです。
どうなっていくのでしょうね。

これから先この状態が 長く続けば 国民皆が 本当に コロナ疲れ コロナ鬱に 陥りそうです。

桜が咲くころ 少しは明るい話題になっているでしょうか・・・・
そもそも 出かけていないので ブログの話題もなくてねぇ〜


参考までに 東京都HP
新型コロナウイルス感染症対策サイト
都内の最新感染動向


このサイトはなかなかすぐれものです。
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posted by うめのはな at 15:03| Comment(2) | TrackBack(0) | エトセトラ

2020年03月02日

品切れ

このところ トイレットペーパーだけでなく 麺類 米 冷凍食品 レトルト 缶詰などの食品が売り切れていると
ニュースにもありました。
私は 生協で頼むのでスーパーにはほとんど行きませんから 知らなかったのですが
家族が行きつけのスーパーでも そういうことが起こっているとのことでした。
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トイレットペーパーの棚
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チンするだけの 冷凍食品は売り切れ
学校が休みになったので 子供でも簡単に調理できる電子レンジ用の冷凍食品が売れるのはわかります。
レトルト食品もそうですね。お留守番の子供がお昼に食べるものを・・と1週間分買いだめするようです。

でも それだけじゃないみたいです。
家族が買い物に行ったら すごく混んでいてレジに並んでいる人を見ると 老夫婦でカートに山盛り。
レジで3万5千円ほど 支払っていたそうです。
周りを見れば 高齢者がとてもたくさんの買い物をしていたそうです。
これから 外出したくないということで まとめ買いする人もいたようです。
米40kgとか ペットボトルとか まるで災害時のような買い方だったようです。
そりゃ〜わかりますよ。
でも 災害と違って 水も電気もガスも止まることはないと思うので 水なんかはそう慌てて買うこともないと思います。
備えるのはとてもいいことですが ちょっと考え物だなぁ・・・
それとも 高齢者は 戦後の食糧難を覚えていて
焦っているのかもしれませんね。

しかし パンデミックになって武漢のように都市閉鎖になれば
配送も 配達もままならないだろうし 外出できなくなれば
家にある食糧が頼りになるので 気持ちはわかります。
いずれにしても 日頃の備えがあればいいのです。
防災でも 1週間分は備えましょうって ことになっていますしね。
買い占めで品切れになるのは パニックになって困りますが 備えるにはいい機会かもしれません。

なんでも 納豆やヨーグルトも コロナに効くなんて言われて売り切れ続出だとか・・・
緑茶でうがいも効くなんて 記事もあったから 次は緑茶か・・なんて思ったりもします。
緑茶でうがいなら ヨードでうがいのほうが効くと思いますがねーー

ちなみに私は緑茶は飲めませんから いつも麦茶かはと麦茶です。
何よりのどを湿らせるというのはいいことです。
これも どこかの記事でみたのですが
医者はインフルエンザ流行期には 患者一人の診察が終わるたび 緑茶を一口飲むそうです。
口に入ったウィルスを留めないで 胃に流し込んでしまうということだそうです。

夜眠るときは 口が乾燥しやすいので 布マスクして眠っています。
わりといいです。のどひりひりが少なくなりました。
が・・・難を言えば 朝には 顎マスクになっていたり ゴムの跡が頬についていたりすることです。
それでも 何時間かは口を覆っているので しないよりずっと有効です。

これから どうなるのかわかりませんが 一人一人が気をつけなきゃね。。。。。。
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