2019年03月31日

共依存(傲慢と善良)

傲慢と善良 という本を読みました。

タイトル   傲慢と善良 
著者    辻村深月/著
出版者 東京 朝日新聞出版
出版年  2019.3

内容(「BOOK」データベースより)
婚約者が忽然と姿を消した。その居場所を探すため、西澤架は、彼女の「過去」と向き合うことになる―。

紹介では 婚約者に逃げられた男の話のように書いてあるのですが 実は 逃げた彼女のストーリーが中心です。

婚活を繰り返す アラフォーの男と女が 婚活アプリで巡り合った。
結婚も決まり 幸せなはずだったのに 忽然と消えた彼女。
彼女の過去を追ううちに わかってきた事実。

彼女は 自分に気が付いたのです。
「進学、就職、恋愛、友情、結婚…。あらゆる選択を決断してきたのは本当に「私自身」なのだろうか?」


子供の時から 母親の言うなり。 決めたことに従っていた自分。
結婚相手さえ 母親が決める そんなことを繰り返してきた自分。
地元ではお嬢様学校の ○○校に入学 これで就職も 結婚も安泰。
しかし見合いをしても まとまらない。
自分が 相手に100%を求めている 傲慢さに気が付く。
自分のプライドが相手を選ばせる。
100%を求めてはいけないと わかっているのに。
自分も100%ではないとわかっているのに 相手を値踏みしたりする
傲慢さが 自分の中で芽生えてしまう。
あんな人が 結婚できて幸せそうなのに なぜ彼女よりすぐれている私が選ばれない。
そんな気持ちになったこともある。

しかし 善良なのです。人にも自分にも嘘はつきません。
あの子は 「真面目で いい子なのよ」母親はそういいます。

「いい子」でいるのがいやになった。

「傲慢」と「善良」
母親の干渉があるかぎり 自立できない。
なにもかもが 自分の意志ではないことに嫌気がさし 家を出る。

東京では 地方の○○校など誰も知らないし そんな小さなことは気にしない。
「井の中の蛙」状態だった 母親の傲慢さ。

そんなとき 婚活で出会った男とようやく付き合うことができて・・
自分に自信がない・・はたして 結婚できるのだろうか。
不安になる。

焦る30代の結婚と自意識。親子関係 そして周りとの複雑な関係を描いています。

「傲慢と善良」というタイトルは、J・オースティン「高慢と偏見」のオマージュだそうです。
18世紀の女性の立場とは 違いますが 結婚ということをゴールと考えると
女性の立場は 深刻なのです。

今 そう思う人は少ないですがね・・・。

小説のストーリーは なかなか変化に富んでいて生き方の選択もあって
面白いです。
レールの上をただ 歩いていく生き方から 自分で選択した 道を行く。
これもまた 幸せな生き方でしょう。

人と人の出会い。
我が子可愛さ そして幸せにするという 親の「傲慢と善良」
そんな行き過ぎた感情が 心を壊していくこともあります。

愛情と言う名の支配。
それを快く受け入れている 家族もいます。
これは 「共依存」という状態だそうです。
依存は片方だけなのですが 依存するほうもされるほうも その状態がいいと思ってしまい
おかしいということに気が付かなくなるのです。

「私がいなきゃ ダメなのよ。私がいなきゃ 何もできないのよ。私が・・私が・・・」
それを受け入れる ほうも 自分で考えるより してもらったほうが 楽だ心地よい そして相手を親を喜ばせることができてうれしい・・・

「人を世話・介護することへの依存」「愛情という名の支配」が起こっていることに気が付かないのです。
共依存者は、相手から依存されることで 自分の存在価値を見出しています。
相手をコントロールし自分の望む行動を取らせることが多いです。
そして 自分の心の安定と満足感を満たしています。

まさに 傲慢と善良 なのです。
善良でなくては 相手を受け入れられないんです。

共依存。
あなたのまわりにも いるかもね・・・・。
タグ:読書
posted by うめのはな at 07:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

2019年03月29日

東京都現代美術館

木場公園の中に 東京都現代美術館があります。
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木場公園は 東京メトロ木場駅徒歩5分くらいのところにあるのですが 木場公園大橋で南と北の区域につながっています。
美術館は北側の端にありますから 最寄り駅は 菊川駅徒歩15分 清澄白河駅徒歩15分くらいです。
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東京都現代美術館    東京都江東区三好四丁目1番1号
磯崎新に「粗大ゴミ」と評されましたが、もっと交通アクセスのよい場所に建設すべきだった、という東京都への批判も含まれているそうです。もちろん バス停は目の前にあります。
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3年間の休館。リニューアル工事が終わって 本日3月29日 OPENです。
延床面積 33,515 m2 という日本最大の美術館建築です。
とても広くて 全部まわると くたくたになります。
一日がかりで 訪問するのがいいでしょう。
この写真は 27日に写しましたが その日が記念式典だったようです。
まわりを掃き掃除しているスタッフを見かけました。
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企画展
百年の編み手たち
−流動する日本の近現代美術 −
2019年3月29日(金) − 6月16日(日)
MOTコレクション
ただいま/はじめまして
2019年3月29日(金) − 6月16日(日)

本日は オープン記念で 入場無料 です。

素敵なレストランとカフェも オープンしますし
その利用だけでも いいかなぁ〜と。。。。
今日は 混みそうだから後日 のんびり見学することにしました。
posted by うめのはな at 09:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 江東区・江戸川区

2019年03月28日

木場公園散歩

昨日木場公園にもいきました。
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人がいないように見えますが 右側の冒険広場は 親子連れ 保育園児でにぎやかでした。
いろいろな遊具で遊んでいました。
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花壇の花も 春のよそおいです。
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BBQ広場のさくらも もう少しでしょう。
平日でもBBQ楽しむ人がいました。休日は いつも満席です。
この時期の競争は激しいようです。
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木場公園大橋とスカイツリー。
ここから 大橋を渡って北側の現代美術館のほうへ行きます。
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橋の上からみると 菜の花が咲いていました。
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反対側からみています。
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橋を渡りきると 多目的広場です。
イベントなどが 行われるステージがあります。

木場公園は広くて 総面積は24.2haで、貴重な緑豊かな場所です。
3.5kmほどのジョギングコースもあります。
私も昨日は 白河あたりをうろちょろと 3.5kmほど歩いて足がパンパンです。
歩数計は8000歩くらいでした。
タグ:公園・庭園
posted by うめのはな at 07:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 江東区・江戸川区

2019年03月27日

大横川桜並木へ・・

午前中 天気もよかったし風もまだ強くなかったので 清澄白河まで行きました。
桜の様子をみようと バスに乗らず 歩いていきました。
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大横川 大栄橋から桜並木が続きます。大栄橋入口のさくらです。
日当たりがいいので 5分咲くらいでした。
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次の橋までの間は まだ3分咲くらいですが 川面に垂れる日当たりのいい枝は 結構咲いています。
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水辺のさくらは好きです。
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大栄橋から扇橋まで桜並木は続きます。
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満開になると 桜の花のトンネルになるのですが 今日はまだ三分咲くらいで すかすかです。
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桜の枝
は水辺が似合います。
対岸も桜並木です。
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桜並木にに提灯が飾られていました。
今週末土日が 満開で見ごろになりそうです。

今日はまだ ちょっと早かったですね〜
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2019年03月26日

落とし物

私の2・26事件から 1か月。
とっくにあきらめはついていますが 連絡がないようなら 一度 電話確認してみてくださいと言われていたので
某警察署遺失物係に電話しました。
「あの〜落とし物の確認ですが・・・」
「受付番号とお名前を・・」
「xxxxxの○○です。」
「あ〜!菊のご紋の財布ですね!」
おっあったのか と期待感が。。。
「今確認しますから お待ちください」
しばし 待つ。
コンピューターで照会しているみたいです。
「まだ届いて いませんねー」
ということでした。
しかし
何故 「菊のご紋!」がすぐ出てくるのか・・・
そんなに知れ渡っていたのか・・と
まぁ めずらしい財布ですしねーー。
菊のご紋 なんて 水戸黄門の印籠みたいなものでしょう。
内部で 噂になっていたのかもしれません。
金額も大きかったし なにしろ 
不動明王と豊川稲荷のお札入りでしたしーーー
私にご利益なかったけれど ね。

財布がないので 今 使っているのはビニールの入れ物。
なんか 財布買う気もしないし
他の財布は使いにくいし
あの 財布が一番使いやすかったです。
また 皇居に行って買わなきゃ。。。。。。
外国人で混み合っていて 行くのもしんどいです。

警視庁のHPには 遺失物の検索ができるページがあります。
落とし物の場所や 種類 日付ごとに 検索できます。
しかし その数の膨大なこと・・
驚きます。
落とし物ってすごく 多いのです。
しかもそれは 届けられたものだけなので 実際はどのくらいの落としものがあるのだろうか。
面白いのは 現金。
要するにお金だけのコーナー。
千円以下と千円以上に分かれています。
現金届けるって どんな人なのだろうか と思いました。
意外と 子供が多いかも。
それとも千円札拾って わざわざ届ける人いるのだろうかなぁ・・・って ね。
善良な人も多いのですね。
落とし主って きっとわからないよね。
いつどこで 落としたかなんてわからないもの。
気が付かないうちに ハラリと落としているものなのでしょうからね。

財布なんて もう検索できないくらい多いです。
もちろん 詳細は書いてないです。
心当たりがあれば 電話して確認するのでしょう。
現金や財布だけではなく
貴金属 や 書類 鍵 はもちろんのこと 化粧品 日用品 動植物までありとあらゆるジャンルに分類されていて
ホームセンター並みの 品数です。
傘なんて 一体どのくらいあるのだろうかでしょう。

平成30年度は 414万件の落し物があったそうです。
3か月 持ち主がわからなかった場合は 拾い主のものになるそうです。
名まえなど個人情報のわかるものは そうじゃないということなので
ちょっとした連絡先や個人情報の紙など バッグや財布に入れておくといいと聞きました。

私の財布には 名前がわかるものなど何も入れていませんでした。。。。。
それだけでも アウトです。

拾い主や落とし主に戻らなかったものは 東京都のものになります。
時々 遺失物放出のセールなども見かけますね。

私の場合 2・26事件がはじめてのことでしたし
そういえば 拾ったこともないなぁ・・・と。
あ・いちど 山手線で 座席の上にある携帯を見つけて駅員さんに手渡したことはあります。
そのくらいです。

あまり下を見てあるかないほうですし
落としても 落ちていても気が付かないのかもしれません。

現金・・お札がそのままで 落ちていたらあなたなら どうします?
届ける?
もらっちゃう?

私なら 正直 貰うかな。。。。。
100万円の束なら届けますけど 1枚落ちていたらですけどね。

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2019年03月23日

本人確認

クレジットカードは持っていますが 日常の買い物で使うことはほとんどないです。
ネット料金の支払いとか自動引き落としの支払いとか そういうものに限定しています。

昔は 使うとき サインや暗証番号を求められていましたが 最近はサインレスで使えるところも多くなっています。
もちろん サインレスには 1回払いで 使用料金の上限があります。
スーパーだと3万 コンビニで1万くらいだと思います。
これ便利なんですが 誰でも使えてしまいます。
はやく決済できて 便利なんですがね〜

とにかく 使えばポイントがたまるという利点もありますが 日常使うにはちょっとためらいがあります。
現金レス人間じゃないので 電子マネー化推進なんて とんでもございませんわ・・の私です。
もちろん PASMOやスイカにチャージして それで買い物することはあります。
お金出さなくて 便利です。

クレジットカードのサインは 外国ではとても大事なものなのですが
日本人はサインなんて慣れていなくて いつもの字体とは違って かしこまって書いてみたり いろいろです。

印鑑はどこでも求められます。
役所はもちろんのこと いろいろな手続き 銀行 書類など さまざまなところで 印鑑を押します。
交通違反でも 「印鑑」といわれ 「そんなの持ち歩いていない」というと 拇印を・・・と言われます。
じつは これは指紋集めではないかと ひそかに思っています。
印鑑持ち歩いている人って ほとんどいないでしょ?
わかってて やっているとしか思えません。

印鑑 といったって 100均の三文判はあるし 普通の名なら 誰でもどこでも買えるので
本人が使っているとは限りません。
ほとんど 意味のないことだと思います。
書類に押すのに 100均のハンコは よくて シャチハタがダメなのか よくわかりませんが ゴム印は改変できるからという理由です。
そんな〜シャチハタ改変してまで 使う人いますかねーーーあんなのどうやって 改変するんですかね?
私のところは 実家も 今も ありふれた名字じゃないので 出来上がりのハンコは売っていません。
注文になります。
でも 誰でも作ることはできるわけで そのハンコが 正しい使い手だとは限りません。
なぜ ハンコなんでしょうかね?

面倒なのが 役所のハンコ。
何枚も何枚も 複写も含めて 押さなきゃなりません。
このハンコ文化は なんとかならないでしょうか・・・
サインでも いいとは言っても 日本人はサインに慣れていないしね〜
困ったことです。
必要ないことは ハンコ廃止にしてくださいな。

「3月、業績手続きのオンライン化を目指す「デジタル手続き法案」が部分的に見送られることになった。印鑑の存続を求める業界団体から反対の声が上がったことが原因である。」

こんな記事もみました。

印鑑の製造業者団体が 3つの項目を反対したそうです。
1.行政続きにおける「本人確認押印の見直し」
2.法人設立における「印鑑届出義務の廃止」
3.「一般的な取引におけるデジタル化の推進」

本人確認には引き続き印鑑のみを用いるべきであり、一般的な取引のデジタル化には反対。
ということです。
全部じゃないですか〜

なぜ1の 本人確認が 印鑑なのかが よくわかりません。
マイナンバーカードができて 顔写真あるじゃないですかね・・・
今でも 本人確認は 顔写真のあるものって こと多くなりました。

日本は 世界のガラパゴスだねーー

なんか 時代錯誤だな〜って 思います。

そもそも 本人確認に顔写真のない 「健康保険証」などを使うところもあって
これは いけないな〜と 思っています。
持っていたからといって 保険証で本人確認できるわけないと思います。
そういう習慣があったから 印鑑 ということになっているのです。

健康保険証も顔写真入れるべきだと思います。
外国人が一人の保険証をみなで 使いまわししているそうですので
これは 是非 はやくやるべきだと思います。

顔写真なければ ちょっと借りて 使うってこと お友達同士でやっている人いますしね〜
はじめての医者いけば 似たような年齢なら 本人かどうか わかりません。

そのうち 指紋認証とか 顔認証とか 虹彩認証とかになっていくのかもしれませんが
とりあえず 印鑑主義は なんとかしてほしいな。。。。。

そうそう キャッシュカードの指紋認証は やめたほうがいいと聞きました。
落としたときは 安全だけど
家族に何かあったとき ATMでお金 下ろせないんですって!
入院してお金必要になったとき 本人が病気で寝たきりだったりのとき
キャッシュカード使えないんじゃ 困りますものね。

安心か 安全か どちらがいいのかなぁ〜
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posted by うめのはな at 09:18| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2019年03月22日

ゴミ袋

海洋汚染 プラスチック・・・云々で ストロー廃止とか ちょっとよくわからないことに力を入れ始めてきました。
ストロー削減よりもっとたくさん使っている プラがあるのではないかと 疑問なんです。
まぁ できることから やりましょうということなんでしょうね。

ごみの削減もそうなんです。
レジ袋廃止 という話になってきました。
はたして レジ袋だけが 悪者なのか?という疑問が。。。。

レジ袋 これは便利ですが 政府の考えでは これが ゴミ増量の原因らしい。
でも 生活していれば このレジ袋は実に便利なものなのです。

私もエコバッグ持参していますが
レジ袋なくなると 困ることはあります。

赤ちゃんや お年寄りの おむつ を処理した後 小袋にいれて ぎゅっとしばって 捨てます。
匂いや 汚物もレジ袋に 閉じ込めるとこができ ゴミ捨てにも便利です。
それとも そのまま大きなゴミ袋に入れて捨てろ というのでしょうか?
たとえ 大きなゴミ袋で捨てたとしても 数多いおむつは 個別に 小袋に入れてすてないとごみの日まで そのまま置いておくことができません。

汚れものを捨てる小袋だけでなく レジ袋は 生ごみなどそのまま捨てられないものを いったん小袋に入れてから出します。
昔のように 新聞とらない家庭も多く 新聞紙にくるんで・・など みなができるわけではありません。
23区では ゴミ袋として使えます。
決して レジ袋はただのゴミになっているわけではありません。
使ったあとは ちゃんとゴミ袋になっています。

有料の大きなゴミ袋を使うにしても やはり一日分づつレジ袋に入れてから 何日分かをまとめて捨てると思います。
まぁ レジ袋有料にしたいわけなんでしょうね。
それなら いまだって 袋いらないと言えば ポイントつけてくれるし いらない人はそういえばいいだけではないのかと単純に思います。

昔 紙袋を使っていたときは やたら 森林保護だの 木の伐採を防ごう など 言われていました。
それで レジ袋になっていったと思うのですが
今度は 環境にやさしい 紙袋 だの 紙ストロー だの紙コップだの・・と。
それは それで 言い分はよくわかりますが
では また 森林保護 になったりはしませんか?

レジ袋だけ 目の敵にしないで もう少し他のことに目を向けたほうがいいです。

第一に 生鮮品の過剰包装。
数切れの刺身売るのに なぜあんなでかいプラ容器に盛り付けなきゃいけないのか・・・
嵩張るだけで ありがたみなど少しもなくてゴミが増えるだけ。
野菜さえ 容器に入っていることもあります。
肉だって 袋でいいじゃないですか。
最近は 袋で売る店も増えてきましたが まだまだ トレイに入れて売る店が多いです。
みばえより 中身が大事です。

弁当などもそうです。
嵩張る容器に入っています。
もう少しなんとか ならないものかと いつも思います。

過剰包装は今でもみられます。
贈り物とか 宅配ものとか。
何か送ってくると とたんにゴミが増えます。
うんざりするくらい・・・。

家電製品は 発泡スチロールのかわりに 紙素材のものが増えています。
Aは ビニールで固定してありますが どうも外側の箱が大きいという傾向があります。
小さなものでも大きな箱で 無駄だなーって思うことあります。

レジ袋だけが 悪者になっている感じがしますが 
もっと別のことにも目をむけたらいいのではないかと 思います。

たとえば菓子1つ 薬1個買っても レジ袋。
これはいけないと思います。
シールで十分。
でも 入れるバッグとか持っていない人もいるし なかなか難しいところです。

レジ袋はただのゴミではなくて私たちにとっては
ちゃんとした ゴミ袋なのです。

プラゴミと言えば 先日見たTVで どこかの自治体はゴミはプラゴミも燃えるゴミもみな一緒に集める。
焼却場はなく バイオ処理で プラ問題も解決とい言っていました。
ゴミの固形化で燃料になるそうです。
プラゴミはよく燃えるのです。

しかし・・・プラゴミリサイクルの実際の 効果はどんなものなのでしょう。
処理に要する 費用とかエネルギーとか。
まさか 本末転倒ってことはないでしょうね。
posted by うめのはな at 08:30| Comment(2) | TrackBack(0) | エトセトラ

2019年03月20日

遺品整理

もうお彼岸。
時のたつのがはやいです。
明日は 休日。
それを踏まえてなのか 医者がめちゃくちゃ混んでいました。2時間待ち。
たった1日の休みで こうなのだから 10連休はどうなるのだろうか・・・

「姑の遺品整理は、迷惑です」垣谷美雨/著 
出版者  東京 双葉社
出版年  2019.2
内容紹介
独り暮らしの姑が亡くなった。
嫁である望登子はなんとか自分で遺品整理をしようとするが、あまりの物の多さに立ちすくむばかりで…。誰もが直面する問題をユーモラスに描いた長編小説。

こんな本を読みました。
突然なくなった 姑。
舅がなくなったあと 3DKの団地で一人暮らしをしていました。
賃貸の部屋をいつまでもそのままにしておくわけにはいかないと 部屋を明け渡すため 遺品整理に出掛けます。
息子である旦那は 仕事で手伝えない。
パートの合間に 東京の東から西へと横断し 団地に来ましたが 住まいはエレベータ無しの4階。
ゴミ捨てに何度 階段を往復しなきゃいけないのかと 戸惑う。

おまけに 突然死だったので冷蔵庫には食べものがたくさん入っている。
それ以上に 食品のストックが山のようにある。
空き箱 新聞紙 包装紙なども・・。
タンスには 亡くなった父のスーツまでびっしり。
押し入れにも 買いためたものがぎっしり。
靴やバッグ 着物 日用品 も大量にある。
使いまわしもできそうにない 姑の大量の服。
雑貨品。陶器類。あれやこれやで 3DKの部屋はものであふれていた。

古いアルバム数十冊。旦那が子供の頃の使ったものもあるし 困り果てた。
遺品整理に見積もってもらえば 7~80万といわれ 驚く。
各部屋にはタンスなど大物がずらりと並んでいるし ベッドもある。
市の粗大ごみに出そうにも 指定日時もあるし 一人では運べない。
それどころか 指定袋に入れたゴミや資源ごみでさえ 出せそうもない。
独断で捨てるわけにはいかないものを 写真にとり
旦那に言えばそれ残してほしい それ思い出がある。
もったいない だれかにあげればいい。
そんな言葉ばかり。

途方にくれることばかり。。

と こういうような話でした。

私も なるべくとっておかないようには していますが
モノはいつの間にか増えていくものなのです。
もったいない。
まだ 着られるかも。
いつか 必要になるかも。
何かの役に立つかも。
そんな理由で 捨てるのをためらうこともあります。

引っ越しが多かったので それなりに捨てられるものはそのたびに処分してきましたが
まだ 多い。
増えている。

そろそろまた 元気なうちに処分せねばと思ってはいますが・・・
協力者がいないと 一人では無理です。

突然死したら なんだこれ? というようなものもあって 
そういうものは できるだけ処分したいとは思っているのですが
普段使わないものは 高いところにあったり 奥にあったりして
出すのさえ面倒です。
服もありますねえ〜
衣替えのたびに いくつかは処分するのですが その時ためらったものは
やはり次も ためらいます。
でも 結局 着ることはないのです。
小さくて着られなくなったものなども いつかまた・・の淡い期待は 捨て去らねば。。。。

私の母がなくなったとき 実家から
「着物処分していいか?」など欲しいものがあれば・・という電話がありましたが
「何もいりません。義姉さんが 好きにしてください。」といいました。
いくらいい着物でも 着物はね〜自分のものさえ 処分に困ります。
ちゃっかり 形見の指輪だけもらいました。

戸建に住んでいた時 職業柄家には 大量の本がありました。
本は 東京への引っ越しの時 トラック1台分くらい処分しました。
その後は 買わないで 図書館で借りて読むことにしています。

庭木も困るのですね〜
大量の植木鉢や プランターなども もらってくれる人がいればいいけれど
処分に困ります。
特に 鉢物の植物などは 生き物ですから捨てるわけにもいきません。

モノを処分するというのは 多少心が痛むものなのです。
愛着があったものも なかったものも 同じように心は痛みます。
根底には もったいないの気持ちがあるからなのでしょうね。

でも どこかで割り切らないと 後に残った人に迷惑をかけるし
ごみ屋敷になりかねません。
特に 高齢になって思うように動けなくなると 途端にモノが増えてしまします。
そうならないうちに 断捨離はしなきゃと 思っています。

パソコンのデーターもしかり。
みられて困るようなものは 残さないように。。。。。
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posted by うめのはな at 08:45| Comment(2) | TrackBack(0) | エトセトラ

2019年03月18日

食事

お肉は好きです。
ベジタリアンではありません。
どちらかというと 野菜中心の食生活ではありません。

そもそも 大食ではありません。
朝食。
パン(食パンなら1枚)なにもつけない。
ヨーグルトと バナナ1本。
豆乳。
そして お薬用の麦茶。薬は朝だけです。

これを毎日です。
他の家人は 自分で用意したものを食べます。

しかし どういうわけか よそ様に行くと(旅館でも実家でも)
あれやこれや ご飯に卵に 味噌汁にと・・大量に食べます。
要するに 朝ごはんの支度が面倒なだけなのです。

昼食はといえば 残りご飯でチャーハンとか 麺類とか。
冷凍のピラフや 肉まん お好み焼きなど その日によって 気まぐれです。
買ってきた おにぎりや 弁当 なども食べます。
必ず トマトジュースを飲み フルーツも食べます。
もちろん なにもないときは カップめんなども。
外食では しっかりとコースでも定食でも食べます。
やはり 支度が面倒なのです。

おやつは 小魚のおやつと 昆布。10時と3時。
そしてハト麦茶。甘いものはほとんど食べません。
たまに せんべいなども食べます。
もらいものがあったり 特別なときは甘いものも ありがたくいただきます。

質素なものです。

夕食は ご飯は120g程度ですが きちんと普通に 毎日 お肉 魚 野菜と3点は必ず 食べています。

とまぁ こんな食生活です。

肉なんですが 脂身は嫌いなので ほとんど食べません。
最近やっと からあげなら 鶏肉の脂身も食べることができるようになりました。
豚肉や牛肉の脂身は ダメです。

ステーキなどは よく焼くほうです。
ローストビーフでさえ 軽く火をとおします。
生肉の匂いで おえっとなるのです。
家族には
「それ焼肉だ」と言われます。
でも 私のローストビーフは そういうものなので 焼肉ではないのです。

魚は 食べられる魚は少ないです。

まぐろやカツオは食べることができますが サバなどはアレルギーがあるのです。

なんかね〜
20歳くらいまでは ガリガリやせていて 体重も38kgから全く増えなくて・・・
一日4食くらい食べる 大ぐらいだったのですが太りませんでした。

最近は 何を食べても 身になる気がします。

それも 脂肪というやっかいなものに 変わる気がします。
若いころより 10kgも増えてしまいました。
このまま 増え続けると 危機的状況になるかもしれません。
自分のおなかを見て・・・・・・つまんでみて
2.5cm以上は メタボ予備軍だそうです。
余裕で あります。
筋肉ではなく おそらく脂肪。

ルノアールの裸婦の絵が身近に感じる 今日この頃です。

最近からだが重くてね〜
少しはうごかないと と 思っているわけです。

今日も元気に ラジオ体操!
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posted by うめのはな at 18:10| Comment(4) | TrackBack(0) | エトセトラ

2019年03月17日

ラジオ体操

昨日はいい天気でしたが 午後4時ころ 晴れているのに ザーッと雨が降りました。
通り雨。
雨が上がるころ 空には大きな虹が出ました。
あわてて 写真とったのですがおおきすぎて うまく取れなくて・・・
近くのビルが邪魔をして 全体は写せません。
ちょっと残念。
niji.JPG
じつは この外側に 薄くもうひとつ 虹が出ていて ダブルでした。
目では見えるのですが 写真にすると うすくて見えません。
こどもたちも 空をみあげてわいわい 楽しそうでした。

なかなか空を見上げることもないですが 虹を見つけると なぜかうれしいです。
昔 一度だけ 丸い虹を見たことがあります。
神奈川県にいたときです。

昨日の虹は とても大きかったです。
ニュースにもなっていました。

暖かくなって 春めいてきて 天気も変わるし なにかと落ち着かない3月です。
このところ 食欲もあるしで 体重が増えてしまいました。
これじゃ メタボになりかねないと
ラジオ体操を毎日やることにしました。

東京動画のラジオ体操動画を タブレットで流しながら ラジオ体操をするのですが
これまた 小学生の頃さんざん繰り返しやっていたせいで
この年になっても 体が覚えているのです。
音楽に合わせて 自然に体が動いてしまいます。
ほんの何分かの短い体操ですが 結構疲れます。
全身運動なんて やる機会がないので これはいいかも・・・と 
続けることにしました。
時間があれば 一日二度やったりもします。
第二体操は ほとんど覚えていなくてね〜

千葉県にいたときは 菜の花体操 なんてのがありました。
小学生は 学校で覚えたようで 知っているようですが 大人は知りませんでした。

東京にも「ゆりーとダンス」というのがありますが
これは 今どきのダンスで おばさんは ついていけません。
やはりゆったり ラジオ体操が似合っているようです。

体操といえば 中学のとき 私は体操クラブに入っていました。
あの マット運動とか跳び箱とかのです。
身体はとても柔らかかったです。
今は もうダメです。
走るのは速くはなく 小学生の時は逆上がりもできず 体育は苦手と思っていました。

中学に入り なぜか 体操に目覚め ちょっとやってみたら 跳び箱も 何段もひょいと飛べて 体も柔らかいということで
体操クラブに入部しました。
逆立ち 宙返り なんでも来い!でしたね〜
高校でも 体操部に入り選手めざしましたが
これは 病気であっけなく 夢破れました。
それでも 一時は オリンピック〜〜〜の夢だけはありました。
あくまでも夢ですけれどね。

何事も 秀でた人は 人並みはずれた努力をするものです。
夢だけで かなえられるほど 世の中甘くはないですね。

毎日 まいにち 血のにじむような練習や努力をしているのでしょうね。
体操やっていた時は 打撲 あざ すりむけ なんでもありでした。
宙返りの練習は 腰にゴムチューブつけて 両側持ってもらって 何度もタイミングはかって練習するのですよ。
しかし 平均台 や 平行棒は 自分でなんとかするしかなくて 
落ちたり ぶつけたりの毎日なのでした。

平行棒は腕力ないと 落ちます。ぶつけます。
白い炭酸マグネシウムの粉にまみれた 中学の日々がなつかしいです。

今や ラジオ体操でも 息切れする状態になってしまいました。
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2019年03月15日

女。男。

昨日 レディファーストという言葉を使いましたが 日本では昔から 男尊女卑の傾向があって 今でも女性の地位は低いというところも数多くあります。
いくら 男女平等と声高らかに叫んでも まだまだ 平等ではありません。
男女平等というなら 力仕事も夜勤もみな 平等にできるかといえばそうではありません。
それぞれの 役割というものもあって 体力の差もあって すべて同じにというわけにはいきません。
それは わかっているうえでの 女性の社会進出 活躍ということが クローズアップされているのだと思います。
しかし 昔からの男尊女卑の傾向は とくに田舎では まだ根強く残っています。

食卓の席順 風呂の順番 などもそうです。

家長が一番偉い。そして長男 男ども ばぁさん 子供 最後に よそ者の嫁。
こういう順で 物事が決まります。
嫁だけが 唯一 血筋が違うのです。
いつまでたっても 代替わりしない限りは 嫁はよそ者なのです。
江戸時代じゃあるまいし・・と 思ってもまだこういうところはあるのです。

あるコラムに 結婚を決めた女性が 夫になる人の実家に行ったときのことが書かれていました。
結婚が決まるまでは 大事なお客様で いたれりつくせりで「いい人たちだな〜これならうまくやっていけそう」と思っていましたが 結婚が決まったとたん 手のひらを返したような扱いになってどまどった・・・
「子供はすぐ産んでもらわなきゃいけない。それもあととりを産め」
「住むところは同居。自分たちの世話もしてもらわなきゃ困る。」
「農家の仕事も手伝ってもらうし 近所の集まりも役割も嫁としてちゃんとやってもらう」
次々と勝手なことを言いだし 結婚しても 東京に住んで働くと話し合ったことはすべてちゃらになっていて これまた夫になる人は「長男だからしかたない」と約束を破る。
これは もう駄目だと 婚約破棄して別れたというような話でした。

そういうことって あると思いますよ。
農家の嫁になるってことはそれなりに覚悟がいることで 都会で育った人にはわからないいろいろな慣習もあるし いつまでもよそ者だという目で見られるしね〜
だから 若い人が出ていくのかもしれません。

わたしにも驚いた出来事があります。
でなくてもいいかなと思っていたのに 出るように言われ
北信地方の葬儀に出たときの 驚きはもう大変ショックでした。
まず 葬儀の参列者は親類縁者と隣組の人ばかりで よそ者は一人もいなかった。
一応親類縁者なのにいないがごとくの扱いでした。
前日から近くのホテルに泊まっていました。翌日 葬儀にでようと思って出かけたら すでに火葬が終わっていました。
びっくり仰天!こんなことって あるんだ・・と 。
しかも 火葬が先だとも 時間も知らせてもらえなかったし 呼ばれもしなかった・・・・
親戚は全員出たというのにです。私はよそ者なんです。

葬儀の時 焼香順に名前が呼ばれたのですが女性の名が呼ばれることはなかったのです。
女は除外。ほかの女性と一緒に こそっと 焼香しました。
見ていてわかったのですが あととりの孫は呼ばれましたが 外孫たちは みな呼ばれていませんでした。

こんなに差があるものなのだと・・・・。あきれていました。
極め付けは 葬儀後の会食。
女の席は設けられていませんでした。
男性のみ。
女はおさんどん。おしゃく・・・。
隣組のご接待なのです。

私が一番きらいな おっさんと酔っぱらいの相手。

葬儀のあと すぐぞろぞろと墓場に向かい 納骨してしまったことにも驚きました。
ところ変われば・・・なんだなーーって。
葬列というのでしょうか 白い旗をたてて 「野辺送り」。
田んぼのあぜ道を一列に歩いていくのですが どこかの映画で見た光景だな〜って 思っていました。
昔の日本の儀式をまじかに見ている気がしました。

それ以来 あのあたりの親戚が亡くなっても 行かないぞ!と決めていましたが
呼ばれることもなくなりました。
あの時 めちゃくちゃ腹がたっていましたし・・・以心伝心かもね。

田舎では 女性の地位はとても低かった時代がありました。
今でも それが根強く残っているところもあります。

田舎のひとも 過疎 過疎と言う前に
自分たちの意に沿わない人をいじめたり 
古くからのやりかたを変えずに 
よそ者と 排除したりしないで
新しい時代に沿ったやりかたで受け入れていかないと
若い人は 移住してこないと思いますよ。
田舎には田舎のよさが たくさんあるのだからせめて 
包容力で受け入れて
住みやすさを実感してもらわなきゃね〜

それには 自分たちから変わらなきゃ。。。。。

都会は気楽だと思うのは 変な「しばり」が ないからかもしれません。
都会だとて 決して魅力的なわけじゃないし すみやすいわけでもないです。
ただ 他人に干渉されることは 少ないかな〜

女だからといって あからさまに 差別(区別かも)されることも少ないしね〜
ないと言えば 実はまだまだあるのですが そこは なんとか 乗り越えられるという程度です。

一番悔しかったのは 高校卒業の時。
「女だから」という理由で卒業生 総代になれなかったこと。
その時の担任は女の先生でしたが やはり悔しそうにあやまり
「成績学年一番なのに 女はダメという意見が強くて 2番の男の子になりました」
そういいました。
田舎では そういうつまらないところでも差別がありました。
東京では そういう差別はなく すんなり決まり 壇上で答辞など読みました。

女だ男だ どうでもいいじゃないですか。
能力ある人は どんどん その能力を生かして 人のやくにたつ生き方をすればいいのです。
レディファーストも 都合のいいときだけ 使わないようにしましょうか・・・。
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posted by うめのはな at 10:08| Comment(2) | TrackBack(0) | エトセトラ

2019年03月14日

電車の中で

公共交通の中で 「日本の男性は なぜ女性に席をゆずらないのか・・」という欧米人の疑問が 記事になっていました。
欧米人は 女性を見るとすぐ席をたって 譲るらしいです。

そりゃ〜男女平等って政府もすすめていますしね〜
それに欧米のように レディファーストの国ではないから・・
と答えた人もいたそうです。

日本の男性は とにかく 疲れているのです。
過重労働 通勤時間が長い 睡眠不足 人間関係 と 多々理由はありましょう。
会社でストレスを感じ 家でもストレスを感じ せめて電車の中くらいは のんびり座っていたいのです。
そういう理由もありました。

あの混雑する通勤電車では 席をゆずるなんて とんでもない!
自分の身を護ることだけで精一杯という状況もありましょう。
立っていたら 両手をあげていなきゃ いつ「痴漢!」と言われるかもしれません。
座っていれば 安心です。

そのために 早朝から並び ひとつふたつ電車をのりすごし確実に座る人もいます。
とにかく 通勤時間帯はそういう状況なのです。

では 日中はどうか というと
あまり席を譲るという人はみかけません。
乗車時間が短くて 入れ替わりがあるということもありましょう。
赤ちゃん連れや 妊婦さん 杖をついた高齢者にたまに「どうぞ」という人は見かけます。
しかし そういう人でも すぐおりますから という理由で断っている人もいます。
妊婦さんも 立って座ってがしんどいときもありますし
膝の悪い人は 立っているほうが楽ですという人もいて なかなか難しいです。

しかし 優先席に座って寝たふりをしている 健常者は ちょっと〜と 思うこともあります。

以前 日本橋駅で 混雑する地下鉄に乗ったときのことです。
ひとつのりすごし 一番前に並び優先席に やっとのことで座ったと思ったら
駆け込んできた おばさんが 
よりによって私の前に立ち 大きな声で
「私 手が痛いんです」というではないですか・・
手にはデパートの紙袋がいくつも・・
じろりとにらみ かわれというそぶり。
しかたなく 立って席をゆずりましたが どうにも合点がいかない。
あの荷物と ふてぶてしい態度。
あれだけ荷物もっていれば 手がいたいのは 自業自得というものだと
じっと睨んでいたら 後ろの席のお兄さんが 「ここ どうぞ!」と声をかけてくれました。
そう長い時間乗るわけではないのですが 私は心臓が悪いし(外見ではわからないです)疲れていたので
ありがたく座らせていただきました。

それ以来 バッグには見た目ではわからない障害者や病気の人がつける「ヘルプマーク」をつけることにしました。
herp.JPG
ヘルプマーク 東京都HPより
「対象者
義足や人工関節を使用している方、内部障害や難病の方、妊娠初期の方など、援助や配慮を必要としている方
外見では健康に見えても、疲れやすかったり、つり革につかまり続けるなどの同じ姿勢を保つことが困難な方がいます。 また、外見からは分からないため、優先席に座っていると不審な目で見られ、ストレスを受けることがあります。周囲の方に配慮を必要としていることを知らせることで、援助を得やすくなるよう、作成したマークです」東京都HPより

「ヘルプマーク」の人を見かけたら 席をゆずりましょうという 印ですが
今まで 一度も声をかけられたことはないです。
しかしストレスなく 優先席に座ることができます。
外見はなんでもなくても いつ 発作が起きるかわからないし これまで二度 車内で起きたことがあるので
誤解をまねかないように 「ヘルプマーク」をつけて座ることにしました。

東京発「ヘルプマーク」は全国共通マークになったそうです。(H29年)
普及すればいいと思います。

バスでも 優先席に座るしかないときは 座らせてもらいます。
しかし 体調がいいとき あきらかに大変そうな高齢者が乗ってきたときは ゆずることにしていますが
最近の高齢者はみな 元気な人が多くて まだそういう機会はないです。
無料パスで毎日お出かけで 元気な人多いです。

車内で見かける光景では
おばさんたちのグループが我先にと乗り込んで みなの席をとってしまうこと。
あれもね〜見苦しい・・・。
通勤時間帯に 高齢者の十数人ほどのハイキング姿の団体が それぞれ別の駅で乗るのに 始発駅で乗った人が 全員の席を確保してしまったという話もありました。
座れない乗客が車掌をよんで これはないのではないかともめたそうです。
高齢者だから 許されるというものではないでしょうね。

ハイキングに出かけるほどの体力があるのですからね〜
始発駅集合にすればいいだけのことです。

電車の中で いやなこと
隣の人が 寝てしまうこと。
ひたすら こっちによりかかるな!と
思いながら こっちにもたれてきたらどうしよう・・と。
若いころは耐えていましたが
今なら つきとばす!
しかし 今やもたれかかってくる人は いません。。。。
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2019年03月12日

旧中川の河津桜

東京でも春一番が吹いて 暖かくなってきています。
春の嵐もあって 一日一日と春めいてくるようです。
こんなとき 口ずさむのは 「春一番が〜♪」の歌です。
お引越しも多い時期です。
1か月ほど 咲いていた 河津桜もそろそろ見納めです。
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今年も 旧中川沿いの河津桜がきれいに咲いています。
カワヅザクラ(河津桜)は、オオシマザクラ とカンヒザクラ の自然交雑種であると推定されています。伊豆の河津町で偶然発見されたことから この名まえがついたとのことです。
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桜色は なぜか心が浮き立ちます。
春爛漫の様子です。人出も多いです。
憩いのひと時です。
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1945年3月10日の東京大空襲において、江戸川区と江東区の境に流れる旧中川では、猛火に追われた人々が次々に飛び込み、約3000名にも及ぶ犠牲者をだしました。
毎年 8月15日には 旧中川東京大空襲犠牲者慰霊灯籠流し が行われています。
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東京スカイツリーもよく見えて 平和な春の一日です。
この穏やかな日々が 続きますように・・・

思えば 平成は やはり「災」の時代でしたかね・・・・・。
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posted by うめのはな at 09:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 江東区・江戸川区

2019年03月10日

東京大空襲の日

今日 3月10日は東京大空襲の日。
死者数が10万人以上の1945年(昭和20年)3月10日の夜間空襲(下町空襲)が行われた日です。

3月10日は陸軍記念日でしたし
3日ほど前から 卒業式のため多くの子供が疎開先から一時帰宅していたといいます。
20歳未満の子供の犠牲者は犠牲者10万人の4割ほどだそうです。
そもそも 民間人10万人もの犠牲者 100万人もの人が家を失いました。
東京都は、1944年(昭和19年)11月24日以降、106回の空襲を受けていますが 3月10日は さらに大規模な攻撃でした。

民間人への機銃掃射も行われました。
いかなる理由があろうとも この行為は決して 許されるものではありません。
本所 深川 城東 下町の町工場があったところです。
住宅密集地でもありました。
焼夷弾有効度が高い地域ということで 重点的に空襲が行われたそうです。
3月10日 午前0時に B29300機以上で「ナーパム弾」と言われる ゼリー状のガソリンを約50センチメートルの筒状の容器に詰めたいわゆる「クラスター爆弾」のようなものを 雨あられのごとく 落としました。
春の強い風もあって 火災旋風がおこり 下町は焼け野原 焦土と化しました。
310.JPG


昨日 本を読み 東京大空襲の恐ろしさを改めて 感じました。

タイトル   不死鳥少年 
        アンディ・タケシの東京大空襲
著者     石田衣良/著
出版者   毎日新聞出版
出版年   2019.2

内容紹介
<アンダイング=不死身>とあだ名をつけられた日系二世の少年・時田武14歳。父の国の大空襲から母と家族を守り、炎そのものとなった街を駆ける…。3.10東京大空襲の物語。

さすが 石田衣良さんです。
ぐんぐんひきこまれ 一晩で読み終えました。
途中で やめることができませんでした。
あまりにも リアルでまるで自分がそのころの東京にタイムスリップしたような気がしてしまいました。

敵国アメリカとのハーフの少年が スパイだとか言われないいじめを受けながらも 「日本人」として 生きて国や家族を守るのだと 強い決心をし何事にも負けない心を持っています。
前半はそういう 少年の生き方や 戦時中の隣組 食糧事情 学業にかわる軍需工場での様子などを描いています。
空襲を受けた 丸の内や銀座の様子なども描かれていました。
描写はリアルで 当時の様子が手にとるようにわかりました。

戦時中の思想統一 など異常な精神論や隣組の相互監視の風潮もあって 混血児には生きにくかったでしょうがそんな中にも14歳の青春があって 精一杯生きている姿が いじらしかったです。

物語は3月7日からはじまり 3月10日へと・・・
最後の10日の描写はとても 辛いです。
突然はじまった 空を真っ赤に染める空襲。
家族7人を率いて 守らねばならないという使命感に燃える 少年。
炎の中駆け抜ける少年の姿。
ゼリー状のガソリンを使った爆弾は中から矢のようなものが降り注ぎ 容赦なく人を殺し 家を焼き尽くす。
道路は煙突状になり 黒い煙が津波のように押し寄せる。
炎が旋風になって 竜巻のように襲ってくる。
逃げまどい 折り重なって死んでいく人々。
それでも 少年は家族を守るため突き進む。
川という川は 人の死骸であふれている。
どこへ逃げればいいのか・・・
緊迫した様子が リアルに描かれています。
2時間半ほどの空襲で10万人以上の人が亡くなりました。
戦争をしらない時代の自分が 母から聞いた東京大空襲の話を 伝えて残していかねばならないと 石田さんは思って書かれたものだそうです。
充分に伝わりました。
東京大空襲の悲惨さ・・・
言葉も出ないほど 心が痛む内容でした。
でも みなが知っておくべき事実だと思いました。
たくさんの人に読んでもらいたい本です。
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江東区の主婦たちが建立した母子像「戦火の下で」

焦土と化した下町に 今私は住んでいます。
何事もなかったかのような 平和な時代に同じ場所で生きています。
ところどころに 戦争や空襲の碑などはありますが 死体が埋まっていた公園も今は 子供たちの遊び場になっています。

東京には慰霊堂はありますが これはあくまでも関東大震災のものだそうです。
都立の戦災資料館はありません。
東京大空襲・戦災資料センター が江東区にあります。
これは民間の寄付でできたものです。
多くの犠牲者を出して首都が破壊されたのに
なぜ 東京都は 東京大空襲の資料や証言 人々の記録をきちんと残さないのか 疑問です。
あの極悪 民間人への非道な無差別攻撃(大虐殺)を記録として残せないのはアメリカへの忖度なんでしょうかね。

3年ほど前 東京大空襲・戦災資料センターに行きました。
そのときのブログです。

東京大空襲・戦災資料センター

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posted by うめのはな at 09:39| Comment(4) | TrackBack(0) | 読書

2019年03月09日

方言

朝ドラ「まんぷく」を見ています。

舞台は 大阪。
言葉は関西弁。
このドラマの中での 関西弁が話題になっています。
上手 下手と 意見がわかれているそうです。

部外者には ぜんぜんわからないのですが ネイティブの関西弁を使う人から見れば
問題ありが いろいろあるそうです。

日本一難しい方言は関西弁 だそうです。
お笑いなどで よく関西弁を聞きますが 実は真似がむずかしく 、独特の言い回しを、関西弁の抑揚で喋るのは、至難の業だと言語学者が指摘しています。

そうかなぁ〜簡単にまねできそうだけどな〜と ネイティブじゃない人たちは思うのですが
言葉の使い方 抑揚と そう簡単にはいかないようです。
なんちゃって 関西弁はよく聞きますがね・・・

「いけません」は「あきまへん」
「よろしくお願いします」は「よろしゅうお頼みもうします」
「いけない」は「あかん」
考えてみれば なかなか 独自の言葉があってむずかしいです。
TVのセリフも 違和感なく普通に聞こえているのですが 関西人は「そりゃちがう」って なるのでしょうね。
方言というのは にわか仕込みじゃ うまくしゃべれないものです。

逆に 標準語話しているつもりでも どことなく方言のアクセントが残っていて
すぐ 地方の出身だとわかってしまうものです。

私も 日本橋の越前の蕎麦屋さんで友人と 普通にしゃべっていたつもりなのに
店のご主人が わざわざ側に来て
「福井出身やろ?」と言われました。
なぜわかったのかと聞くと 言葉でわかる とのことでした。
おかげで いろいろ話をして 近くの人だと知ることができたのですがね〜
長年東京にいても 生まれ育ったところの言葉は 抜けないものなのでしょうね。
そういえば なんとなく ○県の出身だな〜って わかりますものね。

もっとも どこででも バリバリの関西弁で話したり
九州弁で話したりする人もいますね。
だいたい 江戸っ子より 地方出身者が多いのが 東京なんです。

でも 地方の言葉って ぜんぜんわからないこともあります。
東北や沖縄は 言葉が通じないくらいわかりません。
通訳が必要なくらいです。

しかし 今の地方の子は 標準語で話す子多いですね。
人前では 標準語で話す。
みなとは 方言で話す。
ちゃんと切り替えができるみたいです。

まぁ なんちゃって標準語なんですけれどね〜
標準語というのも 地方の人には失礼な言い方だな〜とは 思いますよ。
それぞれ の言葉に誇りを持ってもいいのですからね。

面白かったのは アメリカで小型の飛行機に乗ったとき 添乗の人が 関西弁でしゃべっていたことです。
片言の日本語なんですが 関西弁で「まいど〜」とか「おおきに」とか言って みなを笑わせました。
なんでも 大阪で日本語を覚えたので 関西弁しか話せない とのことでした。
そういうことも ありますね。

言葉って面白いです。

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posted by うめのはな at 14:25| Comment(2) | TrackBack(0) | エトセトラ

2019年03月08日

出前の話

千駄ヶ谷のとある蕎麦屋さんが 今月で閉店という記事を見ました。
ビルが古くて解体が理由とのことですが この蕎麦屋さんは 将棋会館への出前でちょっと名が知れた蕎麦屋さんだったということです。

出前といえば 最近は出前というよりは宅配ですね〜
ついこの間 マンションに貼り紙がしてあって 「出前の容器を 管理人室前に出さないでください」とありました。
今まで そういう非常識なことをする人はいなかったのですが どうやら 引っ越してきた人が今までの常識で 出前を頼んで
その後の 容器の処置に困って (オートロックのエントランス)管理人室前に置いたのだと思います。

容器の回収のない宅配なら 頼みますが 出前というのは ちょっと難しいです。
そもそも この辺りで出前をやっているのかどうかも知りません。
寿司やピザ ファミレスなどいろいろな宅配のチラシはありますが 蕎麦屋の出前は見たことがないです。

子供の頃は実家でも よく出前をとりました。
熱を出したときに 食べたいのが「卵とじうどん」これがまた家庭の味では作れないような 絶品の味で(そもそも子供の頃だから 美化しているかも)ふうふう言いながら食べたこと覚えています。
うどんやさんは もうありませんが 100年続くという老舗の蕎麦屋があって そこでよく蕎麦を出前してもらっていました。
近年 TVや本で紹介されて 越前そばブームになって 混雑しているので 出前はやる暇もないとのことです。
福井は ソースかつ丼も美味しくて 蕎麦とセットで注文していました。

越前そばは 大好きで よく 日本橋の福井出身の蕎麦屋さんに食べに行ったのですが 最近そばを食べると どうも調子がよくないので ずっとご無沙汰です。
あーーー食べたい!

出前ですが
アルバイトでNTVの稽古場に通っていた時のお昼は いつも 中華屋さんの出前でした。
かかりの人が11時ころ みなの注文を聞いて 電話で伝えていました。
食べるものと言えば ラーメン チャーハン 中華丼 焼きそば などしかなかったです。
アルバイトでお昼代に出前はちょっと厳しかったですが 一人弁当というわけにもいかず
注文していました。おまけに 帰りは喫茶店でお茶なんですから 何していることやら・・

赤坂に引っ越した日 友人が数人手伝ってくれたのですが マンションの目の前が蕎麦屋で その日たった一度だけ 出前で引っ越し蕎麦を頼んだのを覚えています。
そのころはとにかくお金もあまりなかったし 冷蔵庫もなかったので 自炊もほとんどやらなかったしで
近くに住んでいた タレントさんのSさんが 自宅マンションで時々 ご飯を食べさせてくれました。
じつは 納豆を初めて食べたのも Sさんのところでした。
茶色いねばねばしたものが なんだかわからず 残すのも悪いと思って勢いでごはんと一緒に食べたら「あれ?美味しい?」こりゃなんだ?というわけです。福井では納豆なんか食べたことなかったです。
客商売なので にんにくなど 臭い匂い 香りの強いものは食卓に出ませんでした。
Sさんは 時々六本木のレストランの出前をとってくれました。

そのこともあって 
大岡山(北千束)に住んでいた時は 私も 自由が丘のレストランの出前を頼んでいました。
しゃれた料理で ひとつじゃ持ってきてくれないので 友人が来たときだけ注文しました。
レストランの人も 配達してきて あまりのボロアパートで驚いたことだと思います。
出前と言ってもアルミの使い捨て容器でした。

千葉では出前と言えば 寿司でしたが 千葉の寿司にはちょっと驚いたことがあります。
寿司の大きさが 東京より大きいのです。
シャリもネタも大きいのです。
何より米が多いのですぐおなか一杯になります。
寿司と言えば 一口でパクリでしたが 千葉では二口三口で食べていました。
そういえば千葉の名物太巻き寿司も大きいね〜

福井では寿司より刺身かな。
何より新鮮。刺身が一番おいしいのです。
田舎にいたころは握り寿司なんて ほとんど食べたことなかったです。

今じゃ 実家でも 納豆も餃子も食べますが
私が子供のころは 厳しくて ペットさえ飼ってもらえませんでした。
客商売って それほど厳しかったのです。

子供の頃はサラリーマンの子供が羨ましかったですね。
学級参観 運動会 いつも母がちょこっとのぞきに来たくらいで 寂しい思いをしていました。
日曜日が休みじゃないので どこにも連れていってもらえなかったし
近所の人に 頼んで 行事に連れていってもらっていたのです。

今思えばサラリーマンの子供は 家にいつも親がいるって 羨ましかったかも。
そういうものですねーー
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毎年 この時期に贈ってくれる お花。
今年は カーネーションでした。

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2019年03月06日

今日この頃3月

何かと忙しい年度末です。
ようやく税金の申告が終わりました。
もうひとつ 役所に提出する書類があって これは診断書待ち。
最近は診断書貰うのにひと月ほどかかるので それを見越して申請日を逆算しなきゃなりません。
昔はすぐ書いてくれたのに だんだん日数が長くなっています。
それだけ 医者も忙しくなったということでしょうか・・・

14年ほど使っていた洗濯機がとうとうへたってしまって・・・
まだ使えないことはないのですが 急に止まってしまうと買い換えるまで困るので 買い換えることにしました。
よく14年も耐えて動いてくれたと思います。
洗濯機さんに 「長い間 ありがとう」と言いました。
しかし 白物家電も日本メーカー少なくなって。。。
選ぶのに限られたものしかなくなりました。
外国製品は買わないことにしています。

このところ 雨の日晴れの日 交代でやってきているようです。
三寒四温とはまさにこのことだなぁ・・・
河津さくらが おわるとすぐに ソメイヨシノが咲くのでしょう。
今年は早いようなこと言っていました。
kawazuii.jpg
河津桜と温泉(浦安 大江戸温泉にて)

最近 いろいろぶっそうな事件がありますが 実家にも変な電話があるそうです。
050番号から頻繁に電話がかかってくるが この番号は何だろうか?と問われました。
050はIP電話です。ほぼ詐欺電話といっていいでしょうから 出ないか着信拒否にするようにと伝えました。
非通知も多いそうです。これも 出ないほうが無難です。
いろいろな手を使って だまそうとしています。気を付けないとね。
0120番号からかかってくることもあって 出ると セールスの電話だそうです。
健康食品などはしつこいです。
「もう二度とかけてこないでください」と断るように言いました。
それでもしつこくかかってくるようなら 警察に言うことができます。
私も一度そういってことわりました。

近頃は 手紙やはがきなんですってね〜
それも もっともらしい文章でだますのですって。
詐欺師はあの手この手で攻めてきます。
ひっかからないようにしないとね。

あ〜無くしたお金で 洗濯機買えたなぁーーなんて
今更 ちょっと惜しいきがしてきました。
たら れば はいやなんですがね。
1週間たって 気持ちは切り替わっていますが いかんせん へそくりがなくなって 金欠病に陥っています。
天から お札が降ってこないかなーーーーw
ww は 草 って書くんですってね。若い人はね。
なんで 草かというと
笑うという 表現が wwwwwwで 草に似ているからですって。
若い人の 発想って 面白い!!と 思ったわけです。
それもまた かわりつつあるというから おばさんは ついていけません。
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2019年03月02日

買い物難民

ニュース記事で見たのですが 2月いっぱいで 青山のスーパーピーコックが閉店したとのこと。
それで 青山の住民が買い物難民になって困るということなのです。
が・・・
ちょっと待ってよ。
目の前に 成城○井もあるし ○ノ国屋もあるし オリン○ックもあるじゃないですか・・
道路向こうは都営アパートの団地で そこそこ暮らしていける場所なのに なぜ青山住民が買い物に困るんでしょ?って 素朴な疑問なんです。道路は渡れないの?
そりゃ ピーコックは古くからあるし 生鮮品揃うし 便利でしたけれど それで買い物難民とはいかに?
私も 青山1丁目あたりに(赤坂8丁目)住んでいたときは 買い物難民でした。
レストランはあるけれど 食料品買うところなかったのです。
青山3丁目より スーパーがなかったので 徒歩15分の一番近い ピーコックまで買い物に行きました。
思い出あるスーパーですが 下町のスーパーより高級でわたしには買えるものがないという場違いな場所でした。

そのすぐ近くは 児相を建てるという話で 反対運動があったところです。
そのとき 「わたくしどもは ○ノ国屋でお買い物するんです。生活レベルが違う」って えらぶっていませんでした?
そういう高級なお方たちなら 高級車やタクシーで 渋谷に出てデパートでお買い物なさればいいのでは ないかと思います。
ありとあらゆる お店がそろっていて 何が買い物難民かと ちょっと腹立たしく思ったわけです。

スーパーはなくなると困るが 児相はダメとね〜〜〜
自分勝手だな〜って思います。

まぁ記事読んだだけですので 本当のところはわかりません。

こんな都会のスーパーがなくなるより 地方のスーパーがなくなるほうが大変でしょう。
高齢になって 車も運転できない。
近くにスーパーもない。
そういうところが 増えているそうです。
郊外にあちこち開発した ニュータウンもオールドタウンになってしまい 住民も高齢化。
お店も閉店。学校さえ 統合されたりして 空家も増える。
インフラの整備や交換の時期に来ているけれど 予算がない。
先を読みまちがえたとしか思えません。

目先のことばかりではなく 長いスパンで物事考えないと 失敗します。

私の実家は 標高5mの空家が目立つ旧町内から 住宅街の高台に引っ越しましたが 津波の心配もない高台ではありますが
車運転できなくなったときは 不便かなぁ〜と心配しています。
もちろん住宅街ですから いろいろお店や 医者はありますし 警察や公共機関も揃ってはいますが 肝心のショッピングセンターは低いところにあって 15分ほどで歩いて行けるとはいえ 帰りに荷物で高台じゃ ちょっと無理かな〜と思います。

買い物の便がいいということが 高齢者にとっては 生活しやすい場所かもしれません。
今は ネットで〜という人もいますが
高齢者はそうもいかない。一人暮らしだと やはり少量でも欲しいとき買えるのが一番いいのかもしれません。

わたしも すぐ近くのスーパーが業者の変更 改装のため1年ほど 休みだったとき
徒歩10分ほどのスーパーに行きましたが 帰りの荷物が重くて大変でした。

子供の頃 田舎では
毎日 八百屋さんや魚屋さんが リヤカーや車で 行商に来て
家の前で にわかお店になって 便利だったのを覚えています。
八百屋のおばちゃんが運んでくる 「みたらし団子」が好きで おねだりしては買ってもらいました。
幼いころの楽しみでした。

また 昔みたいに行商もありかもね。
儲からないかな?

行商と言えば 千葉に住んでいたとき 電車の中で 大きな荷物をしょった行商のおばちゃんたちをよくみかけました。
通勤時間帯の混み合う電車に乗ってきたりもして ちょっと迷惑そうに皆見ていましたが
おばちゃんたちからすれば 昔からこうしているのに 勝手に住宅が増え人が増えて 電車が満員になっただけで
自分たちは昔からこの時間この場所だと 言いたいでしょう。
東京まで行って おなじみさんの家の前で荷物広げ売っていたそうですが
今でも いるのだろうか・・・・。
行商のおばちゃんたちも高齢化していて なかなか厳しいのではないでしょうか。。。。

今は行商の代わりに ネットで注文して 宅配で送ってくるのですが
なんでも手に入る時代から もう少し元に戻って 人にやさしい時代になっていかないかな〜

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posted by うめのはな at 10:34| Comment(4) | TrackBack(0) | エトセトラ

2019年03月01日

3月です。

三月になりました。
昨日は天気が悪くて 一日グズグスとすごしました。
私の2.26事件があって その日予定していたあちこちの見学などが おしゃかになってしまって
残念です。

お金だけの被害で まだよかったです。
カード類はぜったい財布にいれないようにしましょうね。
まさかの時のため 少額紙幣を 別のところに1枚入れておきましょう。
わたしはこれで 助かりました。
帰宅は PASMOとかでなんとかなるものです。

しかし 日本橋に寄れなかったのは 残念。イベントがあってそれが見たかったんだけどねーー
また 来年・・・・。2日までなのですが
土日に行く根性はないです。東京マラソンで混雑しているしね。

とまぁ 心の傷もあきらめとともに 少し癒えてきました。

思えば 人生いろいろありまして・・・
スリも巧妙でして 信じられない技をご披露してくれるものです。

私の連れ合いも 混み合う電車の中で スリの被害にあいました。
財布は 鎖でベルトにつないであったので 安心してポケットに入れていたようです。
ところが
ホームに下りたら 財布がだらりと垂れ下がっていて 驚き中を改めると
お金 お札だけが全部なくなっていたというわけ。
できれば 財布ごと持って行きたかったのだろうけど 鎖につながっていたので
お金だけ抜いたというわけです。
おかげで いろいろなカードや個人情報が記入してあるものもそのまま残っていました。
それだけでも 助かったというわけです。
あの混み合う車内で お金だけ抜くなんて スリもたいしたもんだ・・・
と 飽きれるやら 驚くやら・・・

被害金額は3万程度だったそうです。
自己申告ですがね。
私もそのとき あら〜やられたわねーー。くらいでした。

それ以来 ポケットにはいれないことにしたようです。

泥棒の被害にあったり 詐欺にあったり いろいろあります。


「実は私もよ〜」といろいろ聞きます。
世の中には悪い人たくさんいますし 詐欺なんて人の心につけいって コロリとだまされるしね〜

江東区のマンションで昨日 お年寄りが強盗に殺されたとかで ニュースになっていました。
これも 詐欺っぽい事件だそうです。
電話で 家にお金がいくらあるかって聞いたとか なんとか・・
普通はそんな電話おかしいって思うのでしょうが・・・
一人暮らしのお年寄りじゃ だまされるのかなぁ・・。

うまい話はまず ないと思っていいです。
孫だといってきたら 「○○ちゃんかい?」と ニセの名まえをいってみて
「そうだよー」と言ったら 電話を ぶち切る!
こういうように決めておけばいいかもね。

3月 いろいろバタバタと。
今日やっと 税金の申告書書き終えたところ。
時間をみたら 4時過ぎ。
これはもう月曜日だ。
こんなことなら 明日やればよかったかも。

「思いついたらすぐやる」
「明日でもいいことは 無理して今日やらない」

どちら派が 多いのかなぁ〜
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posted by うめのはな at 21:02| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ