2018年12月31日

大晦日

とうとう 大晦日。
この1年 はやかったなぁ・・・
それにしても 1年の印象といえば 大雪 大雨 地震 台風 火事と災害のニュースばかり見ていたような感じです。
それに 夏は暑かったし ・・・
平成も終わりなんですが 平成はやはり災害が多かったです。
しかし 30年あれば いろいろあるのが当たり前で昭和に比べりゃ 戦争がなかっただけでも よしとしなきゃ。
それぞれ 考え方や 生活の違いがあって あたりまえで ひどい時代だったという人もいるでしょう。
リーマンショック バブル崩壊 災害といろいろありましたっけね〜

30年も年を取りました。中身は少しも進化していない感じですが・・・
それだけで 考えて見りゃ すごいことです。

最近 1年がたつのが早いです。
子供の頃は はやく大人になりたいと 思っても なかなか 月日がたつのが遅くて じれんまに陥ることもありましたが
大人になってみると 月日のたつのが はやいこと・・・
年を重ねるにしたがって どんどん早く感じます。

だからといって 子供の頃に戻りたいとか そういうことはないなぁ・・
あの日々をまた 繰り返すのもいやです。
設定が同じなら 別の人生が歩めるわけでもないだろうしね〜
なんて

「人生の贈り物」さだまさし
という歌詞を思い出してしまいました。

泊りがけでの来客があって
昨日は 布団干しなどいろいろ準備しました。
東京は 連日晴れの日で よかったです。
日中は 暖房はいりません。
こたつがあれば 一日すごせる感じです。
外は結構 寒いみたいです。

どこもかしこも 買い物客であふれていて大変な騒ぎだそうです。
人の頭で 品物が見えなかったりとか・・
そんなにしてまで 買い物したくないです。
1日休めば 2日からスーパー開くし
年中無休のスーパーもあるし
正月のんびりしたいというのは わかりますが 
年末に少しでも安いものを・・という 群集心理でしょうかね。。。

今日は少し 買い物をして
皆で のんびり 晩御飯食べることになります。

泣いても笑っても 大晦日。
平成最後の 大晦日です。

みなさま よいお年をお迎えくださいね。
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京都 知恩院の鐘
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2018年12月27日

年末になったわねーー

あっという間にクリスマスも終わり あわただしい年末に突入。
昨日は お買い物。
もともと 買い物は好きではないので ちょっとおっくう。
買いたいものはいろいろあるけれど 必要なものだけを買い回り。
ネットで買えばいいものもあるけれど 見て買いたいものや ネットでは買えないものは
自分の足で行くしかないです。

一人なら じっくり見たいものもあったけれど 人と行くと 互いに気を使って
適当に見てまわることに・・・。
それでも 必要なものを買い 帰途に。
これが また くたくたに疲れていて どうも 買い物はエネルギーを使うので 非日常の行動をすると
リズムが狂います。
結局 移動したりするだけで 10000歩はこえてしまいました。

どこへ行っても 人 人 人。
パン屋さんで サンドイッチを買おうにも 行列。
歩道も お店も 人が多くてね〜
ホテルの近くをとおれば 大きなスーツケースをひっぱりながら 外国人が ゴロゴロと音をたてて歩いています。
あわただしい 年末です。
Christmasの飾りつけは すっかりなくなっていて
今度は お正月の飾りつけなんでしょうね〜
門松も はやいところは出ています。

クリスマスケーキが ある食品廃棄工場で500kgも棄てられたというニュースを見て 心が痛みました。
恵方巻もそうなのですが イベントがあるたびに 大量の廃棄食品がでます。
おまけに 従業員へのノルマなんかも厳しくて 働いている人も大変なんだそうです。
どうにかならないものでしょうかね〜
コンビニなどの弁当もそうですけれど 食品ロスが多すぎます。
飢えている人も 食べることに困っている人もいるというのに
一方で 贅沢な食品が廃棄されています。
こういうの 何か対策がとれないのでしょうか・・・

横浜の 給食のハマ弁も2000食あまりが 廃棄されていたというのも
これ 税金なんですし〜困ったことです。
私も神奈川に住んでいたことありますが
中学は給食ないです。
神奈川で公立中学に通うと大変だなと 思ったのは確かです。
もう母親の 手作り弁当が 愛情だなんて こと言わずに 暖かい給食がいいですよね〜

世の中 有り余るほどの食品と 廃棄と。
うまく調整できないものかと いつも思います。
なにかにつけ うかれて 食べ物をイベントの目玉にして 商魂たくましく仕掛けるのも
よくないなぁ・・と。

次はおせち ですかね?
これは 予約制が多いので さほど廃棄はないでしょうが・・・
正月すぎると かまぼこなどが 大安売りになるので
その時買うのがいいかもね。

お酒はのまないし 魚卵や甲殻類はアレルギーで食べられないし
最近は 蕎麦まで おなかがむずむずしてきて よろしくないです。

年末年始は いつもどおり 貧しい食卓ですませます。

年があけたら
気になる 催しがいくつかあるので 見たい気がします。
ひとつは
J-CULTURE FESTと 大江戸骨董市(国際フォーラム)
そして 東京ドームシティのイルミネーション。
和風のが見たいです。
行けるかな〜頑張ろう!
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posted by うめのはな at 14:58| Comment(4) | TrackBack(0) | エトセトラ

2018年12月24日

クリスマスイブです。

今日は クリスマスイブ。
特に何も しませんが 世の中 イルミネーションであふれています。
あさってからは 新年の飾りつけになるのでしょうが 商魂たくましい日本人です。

近年、欧米では 「Merry Christmas(メリー・クリスマス)」と言わない傾向があるそうです。
いろいろな宗教の人がいる 欧米は12月にはキリスト教徒が祝うクリスマスだけではないそうで ユダヤ教のハヌカというのもあるらしい。そのほかの宗教は キリスト教のクリスマスは関係がなく 公共の場や カードに メリークリスマスと書くのはいかがなものか?ということらしい。
ただし カードに書くメッセージは、相手が熱心なキリスト教信者と分かっているならMerryChristmasと書いても大丈夫。

日本人はおおらかなですね〜
ほとんどが 仏教徒なのに みなそろって「メリークリスマス!」です。
意味も関係なく 楽しいお祝いのシーズンなのです。
プレゼントの日かもしれません。
美味しいもの食べて うきうきする クリスマスは 日本ならではのものかもしれませんね。

 欧米ではクリスマスカードを送る時に新年の挨拶も兼ねるのが一般的。「Merry Christmas and Happy New year」ですが これがなぜか 日本では Aをつけて
A Happy New Year・・・
となります。
これは 文法的に 間違っています。

ただしくは A はいりません。

ってな変な 講釈たれましたが 今日はクリスマスイブです。
キリスト教でなくても 
チキン食べて ケーキ食べて シャンパン飲んで プレゼント貰って
定番の 楽しい夜をすごしてくださいな。
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2018年12月21日

外国人多いね。

バスに乗って晴海ふ頭のほうに行くと 選手村の工事現場を通ります。
外観躯体はほとんど出来上がっているものもあって これから外壁工事や内装 外構などの工事になるのでしょうね。
これが オリンピックが終われば マンションになるのだから 中央区の人人口も増えます。
目の前は 清掃工場の高い煙突なのですが 煙突らしくない外観です。
hrm.JPG
四角い外観の煙突。

あちこちに クレーンが建っていろいろな工事が行われています。
あと1年半になって 外観のほとんどはできあがっているのでしょうか・・・
これからは 急ピッで仕上げに入るのでしょう。

遠縁の地方の工務店の人は 少し前はオリンピック関連で江の島での内装工事請負で単身赴任。
それが終わって 今は 東京でオリンピック関連の内装工事中で 年末年始にしか 帰宅できないそうです。
「亭主 元気で留守がいい」らしく
「気楽でいいわ〜」と言っていましたが 内心は寂しいかもね。

でも 稼げるときに稼いでおかないと オリンピック工事が終わったら どうなることやら・・と。
こんな風に ずいぶんと地方の業者にも仕事がまわっているみたいです。
何か月か前 埼玉の中堅業者が 倒産して 工事が中断という記事みましたが
あれからどうなったことやら。
別の業者にたのむしかないのでしょう。

躯体工事などが終わると 細かい作業になって
特に オリンピックですから 日本らしい内装とかになるのでしょうが そういうところは
外国人作業員ってわけにもいかないのでしょう。
地方からも 応援に入ります。

この次は 大阪万博ですかね〜
でも あそこは 地盤から工事はじめなきゃならないでしょうから
外国人作業員が大量に入るのでしょうね。
都合よく なんちゃらという 外国人の受け入れも決まったようだし
出来レースのような気がします。

すでに 留学生と称して30万人近くが入っているそうです。
この中には 名ばかり留学生もいて 労働目的も多いとか。

そのほかに 外国人技能研修生という 人たちも多いです。
この人たちは 研修という名の 過酷な扱いで 失踪したり亡くなったりもしているとか・・・
奴隷制度じゃないのだから ちゃんとした待遇で迎え入れないと 日本の恥ですよ。

とにかく 外国人はだんだん増えて260万人ほど。
東京は 54万人くらいだそうです。

外国人観光客も3000万人とかで ほんと多いです。
街をあるけば聞こえてくるのは 外国語ばかりで 頭が混乱します。

埼玉のとある 公団団地は6割以上が 中国人だそうで
トラブルが絶えないと TVの報道で知りました。
古くても 安い 敷金もいらない 公団住宅は 最適な住まいだそうです。

そうそう 高級住宅地 青山だの六本木だのに住む 中国人富裕層は
食材を手に入れるのでも 新宿や池袋の 中国人の多い地区にはいかないそうです。
あのひとたちとは 違うから・・・だそうですよ。

観光客も増えたせいかちょっと気の利いたレストランなども 予約をとるのさえ難しい状況。
以前のように ふらっと行って 美味しそうだな~と お店に入ることすらかなわない。
有名店は3か月先まで うまっているそうです。

庶民は チェーン店か サラリーマン向けの定食屋さんかそういうとこでしかお昼食べられません。
オリンピックの時は ひたすら 引きこもろうと 決めています。
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2018年12月20日

おすそわけ

何かの用や 招待されて はじめての家を訪問することもあります。
そこで 戸惑うのが お茶と一緒に出された 菓子など。
何かで読んだのですが よほど親しい人 旧知の仲じゃないかぎりは 手作りのものは出してはいけないとのことです。
よく 「これ 手作りの○○なんですよ〜召し上がれ〜」ってことがありますが
これは 非常識なふるまいだそうです。
相手をよく知らない アレルギーがあるかもしれない 苦手なものかもしれない
しかし 召し上がれ〜と言われては 断るのも カドがたつ。
市販の菓子なら ある程度はわかっている。
それも 包装ごとだすのが いいのだとか。。。。。

手作りの料理もそうなんだって!
そう親しくもない人に 手作り料理をふるまうってのは 非常識なんですって。
なんか 目からウロコな気分です。
もっとも 私は 料理が下手だし めんどくさいと思うので めったに手作り料理など出しませんがね。

「召し上がれ〜」と言われて 好みの味じゃなかったり 美味しくなかったりしても
「美味しいです〜〜」って 言わなきゃいけない 苦痛が生じます。
空気読めなくて 「もっと どうぞ〜」ときたら もうお手上げです。
これは 手作りのものを 配るときもそうなんですよ〜
「ありがとう 美味しかったわ〜」と言っても
じつは ゴミ箱直行だったりもします。
そういうものなんですよ〜
人それぞれの味覚や 好みは 違うのです。

その昔 長野県に行ったときのことですが
お茶うけに 出されたのが とある つくだに。
よーーくみると 虫のようで バッタの形をしています。
「これ 何ですか?」と聞けば
「いなご。」って
もう 「ギャッ!!」
何と思われてもいい ぜったいに 食べませんでした。

帰りには 何やら 手作りもの持たされましたが 結局食べることはなかったです。

昔は子供に 気軽にお菓子を与えたりしていましたが
今は御法度です。
その家の しつけ 方針もあるけれど 人から食べ物をもらって食べてはいけません。というしつけになっています。
貰ったものが 安全なものだとはかぎりませんし アレルギーをおこすかもしれません。
添加物や 着色料を避けているかもしれません。
近所の子供に お菓子の時代は終わりました。

ご近所へのおすそわけすら 難しい時代です。
じつは私も おすそわけは 好きではありません。

以前住んでいたところにも おせっかいな人がいて
何かにつけ 「つくりすぎちゃって〜」と おすそわけを持ってきました。
どう見ても つくりすぎたのではなくて 多めにつくったんだろーーって そんな感じ。
いつも 昆布の煮たのでした。(その家のご主人スキンヘッドで・・・)
でも しょっぱくてね〜
しかも丼に山盛りとかの 量で 食べきれません。
しょうもなく 処理していました。

その奥さんは
「野菜は 洗っちゃだめなのよー栄養が落ちるでしょーー」で
葉物は 洗わずにそのまま 使うので 野菜ものは いやでした。

食べものは 貰いたくはないな〜って 思ったのはその時でした。

人に食べもの出したり あげたりするのは 難しいです。
昔は 気軽に 食べて〜とか おすそ分け〜で すんだのですがね・・・・。

田舎と都会は また違うでしょうが。。。
なかなか ね〜
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温かい鍋が美味しく感じる季節です。

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2018年12月18日

介護道!

おばちゃん介護道 
独身・還暦作家、91歳母を看る
著者山口恵以子/著  (東京 大和出版)
出版年2018.11
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内容(「BOOK」データベースより)
原稿を書き、母親を介護し、猫3匹(暴力的)に悪さをされる多忙な毎日。そんな中、たとえ母がワガママを言っても、記憶が抜け落ちても、ウンチやオシッコを漏らしても、「順番だもんなあ」と明るく受け容れられる秘訣とは―?元「食堂のおばちゃん」作家が母との日々を綴った、笑いと愛情たっぷりの新感覚ガス抜きエッセイ。

山口さんの本は 結構好きで 「月下上海」から 「食堂のおばちゃん」シリーズまでほとんど読んでいます。
明るく 軽快な文章で リズムがあって 本の中にすっと入っていけるからいいです。
今回は エッセイ。それも 介護。
お母さまが倒れられて 食堂のおばちゃんをやめて 日々介護。
小説のおかげで お金はあってそう困らないそうですが ご自分で介護をされているのがすごいなぁ・・と。

誰でも 順番というのが ズキンとくる言葉です。
生まれて 母親に食べる 飲む 排泄の世話になり 年取って それが 逆転しただけ。
生まれたときは 親に世話になったのだから 年取って 今度は子供が 食べる 飲む 排泄のお世話をする・・・
そうなんですけれど なかなか 割り切ってできることではありません。

住み慣れた家で 最後まですごさせたいという 著者の気持ちと愛情があふれた1冊。
深刻ではなく ほっとするような内容で これが介護か・・と 気持ちが楽になりそうです。

記憶がなくなったというより 昔に戻って これはもう タイムワープしたようなもので
その時代のことなら鮮明に覚えていて ・・
不思議な世界です。

認知症であっても 自分の考えなどを 言葉にできないだけで 実は聞くことは ちゃんとできている人が多いそうです。
だから 本人の前では 決して否定的なことや 侮辱する言葉を言ってはいけない。
これは 覚えておかなきゃいけません。

そのときが きたら どうかなぁ・・・
人格者じゃないから 日々の出来事にいらいらして 気持ちが爆発してしまうかもしれません。

年が離れている いとこ が東京にいるのですが
最近 ずっと音信不通で どうしたのかと思えば
奥様から 「介護の日々で 鬱になりそうでくたびれてしまいました」というお知らせ。
ありゃ どうしたのかと思ったら 脳こうそくだそうです。
しかし しばらくすると
「介護も慣れて 少し楽になりました」と。。。
リハビリで かなりよくなったそうですが 40過ぎての結婚で 子供がいなくて
大変そうです。
まぁ 今の時代 子供がいたからといって あてにすることもできないし
それぞれの生活もあるし みな 仕事があるして
老老介護が多いとか。
それでも どちらかが元気ならいいのだけれど
共倒れってのが 一番怖いです。

山口さんのように 「朗朗介護」なら 一番いいのですがね。
介護道も やはり 先立つものは お金でしょ!
そのお金も 庶民はすぐ 消えてしまいそうです。
明るい日本の未来が見えてきません。

気持ちだけじゃ なかなかうまくいかないものです。
精神的にも 肉体的にも 行き止まりになる人もいます。
なんとかしないとね〜
この先の 高齢化社会にむけてね。
タグ:読書
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2018年12月15日

ツケ

江戸時代の「つけ払い」の話題をTVで見ました。
江戸時代は 個人でも顔見知り なじみ客であれば 盆と暮の 年2回の支払いで 日頃はツケが効くという話です。
だから 日銭がなくても 暮らしていけた・・とか。
そのかわり 大晦日の取り立ては 厳しくて 攻防戦が繰り広げられたということです。
大晦日 取り立てを逃れられれば 次の盆までは 取り立てが猶予されていたらしいです。

この「ツケ」の習慣は 昭和の時代も残っていました。
そもそも 我が家のような 小さい商売でも ツケをしていく人が 何人かはいて これは 月末払いでしたが 集金に行きました。前に書きましたが この集金は 子供の私の役目でした(大人は忙しくて手が離せないので 猫の手よりましな私にその役目がまわってきました)
これが いやでいやで・・・愛嬌はないし お世辞は言えないし 不愛想なのですから 向こうさんも しかたないな〜くらいで 支払ってくれたのかもしれませんが 集金はわりとうまくいきました。

小さな商売でも ツケ でしたから 大きな支払いのところは 盆と暮の支払いが当然だったようです。
親戚は 永平寺町という門前町で 料理屋さんをやっていて 仕出しや 宴会などでそれはもう 繁盛していました。
盆と暮は 寝る間もないくらいの忙しさで てんてこ舞いなのですが 
この時は 集金の時でもあります。
この時に お金が入ってこないと あとの半年 困るのです。
その家の 爺さんは 布団の中に 集金したお金を入れて その上に 寝ていたということです。
盗まれないように・・ということだったらしいです。
盆も正月も 田舎では銀行が休みで 休みが明けると 銀行員が 菓子折り持って預金のお伺いに来たみたいで
とにかく 「ツケ」の習慣は 長い間続いていたそうです。

そういえば 昔 月賦なんてのもありましたし 今じゃ ローンとか○○払いとか しゃれた名になっていますが
これも「ツケ」の名残かも。
ただし 「ツケ」には利息がつかないので その習慣は 重宝されていたかもしれません。

私も一度だけ 東京で ○井の月賦というのを利用したことがあります。
銀行口座引き落としで 順調に 引き落とされていて あと少しで終わりというとき
突然 電話があり 2か月分 滞納している という話。
でも 銀行引き落としなので そんなことはないはず・・と 言いました。
変わったことは と言えば 引っ越しで住所変更したことです。
これで 引き落としがSTOPされてしまった ということでした。
口座はそのまま 残しておいたのにね〜
残りの金額も少ないので 全額支払いということで お金を最寄りの○井に持参して 一件落着。
しかし 取立人は 住所も変更された電話番号も 探し出して連絡するのです。
さすが プロだな〜と 感心しました。

江戸時代の借金の攻防は 大変なものだったらしく
ひとたび 夜が明けて 正月になると
「お正月 昨日の鬼が 礼にくる」
みたいに 借金の取り立てをしていた商人は 正月には年始に来る っていう話しです。

江戸っ子は 宵越しの金は持たない
なんて 強がり言わず せめて ツケ くらいは 返したほうが いいのではないでしょうかね〜

先の見えない今の 世の中
自分の老後は 自分で守る くらいじゃないと
老後破産になってしまいそうです。
なんか
だんだん 暮らしにくくなっていくみたいです。
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「雪夜」

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posted by うめのはな at 10:05| Comment(2) | TrackBack(0) | エトセトラ

2018年12月13日

医薬品

医療費の領収書を見直していて あれ?これなんだ?と思ったことがありました。
いつもは 窓口で言われた通り 支払っていて 何も思っていなかったのですが
たまたま 見て気が付きました。

いつもは 医学管理費として 225点 加算されているのですが
その時だけは 医学管理費が470点になっていました。
これは 間違いではないのか・・

調べてみると どうやら 特定薬剤治療管理料ということらしい。
こりゃ何だ?
要するに 一般的ではない 一言でいえば ややこしい薬を使うときの管理費らしいです。
投与薬剤の血中濃度を測定したりする必要がある薬。

しかし この薬 とてもよく効いて すぐよくなったのですが これを2週間ほど飲んだら
おなかが痛くなり 食欲が全くなくなりました。
途中で 医者に行き 「もうこれ以上飲めません」というと すぐ 薬を止めてくれました。

先日 医者に行きました。
「おなかはどう?食欲は?」と聞かれ
「おなかは全く痛みませんし 食欲もあって快調です」というと
「やはり 薬のせいだね」といいつつ
ちゃんと カルテに(電子カルテ)副作用ありと記入していました。

もともと 私は薬に弱く
鉄剤の錠剤でも 猛烈な胃の痛みに襲われて 1度しか飲めませんでした。
1年前ほども くすりを薬局にすすめられるまま ジェネリックに変更したら
両手両足の関節すべてが 痛みました。
医者に言ったら
ジェネリックは 全く同じ成分じゃないんだよといいつつ 
すぐ ある薬を止めてくれました。

やめたらまた 血液の数値がわるくなったので
ジェネリックはやめて ホンモノの薬を弱くして出してくれました。
それ以来 1年以上たちますが 無事です。

私は ピリン禁 といって ピリン系の薬は御法度なのですが
若いころ 風邪で少し大きな病院に行ったとき 
くすりをだされ 家に帰って それを飲んだら
とたんに 息苦しくなって 全身に発疹。
「麻疹」なのかしら でもおかしい と思い 病院に電話すると 
「すぐ来てください」
行ってすぐ 注射を打たれて 事なきを得ましたが
ピリンのアレルギーで 死ぬところでした。
それ以来 医者では必ず 「ピリン禁」と伝えています。

食べものにも 結構アレルギーがあるので 大変です。

薬って 本当は怖いのよね〜
でも 薬で助かることもあるし さじ加減が 大切だと思います。
今だって ある種 人体実験中のようなものでしょうね。
その様子から また 新しい薬を開発して
そしてまた 人体実験みたいにみなが飲んで 改良して。。その繰り返し。
人体の不思議は いまだに 神の領域なのかもね。
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「朝焼け」
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posted by うめのはな at 09:42| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2018年12月11日

電話・・・

先日 携帯会社が通信障害になったとき 連絡がとれなくて混乱したそうです。
Wi-Fiが使えた 環境では メールやLINEで連絡がとれたらしいのですが
電話ができなくて 困ったとか・・・
そこで 公衆電話なのですが これまた 数が少なくなってしまって。。。。
おまけに 生まれたときから携帯電話の若い人は 公衆電話の使い方すら知らず 右往左往。
私たちからみれば 当たり前のことができない・・・
逆に 若い人が当たり前に使っていたりするものが 私たちにはできない ということもあります。
災害などの緊急時とかにも 公衆電話が重宝することあるので
この際 使い方の訓練になったかもね。
昔は テレホンカード 何枚かは財布に入れていたのですが
不要のものとなり いつのまにか どこかに紛れてわからなくなっています。
あれだって お金と同じなのに使わないものになっていて その価値が薄れてしまっています。
こういうことがあったりすると 1枚くらい財布に入れておかねば・・と 思いました。
しかし
どこにあるのかが わからない。
探さねば。。。。。。

便利な世の中になりましたが 便利さは何かあったときは 不便なのです。
デジタルより アナログがすぐれていることもあります。

緊急時に 人間が対応できるのは アナログなものです。
だから 大事なものは アナログな機械のままというところもあるそうです。

停電したりしたときなどもそうですよね〜
今は 停電したら 電話も 水道も使えないです。

先日 自家発電装置や 共有部分の電気設備の点検があって
エレベーターや 水道 電話 TV インターネットがしばし 使えませんでした。
各家庭の停電はなかったですが
ちょっと 不便だったかなぁ・・・
短い時間でも 不便なのだから これが一日とかなったら お手上げです。

便利は不便の裏返しです。

でも いまさら アナログな世界にも戻れないしね〜
自給自足の 田舎暮らしもしたくないです。

インターネットの テレホーダイの頃を思い出しました。
寝不足な日々でした。
千葉県だったので ADSLもなかなかこなくて テレホーダイ(深夜は使い放題)だったり
ISDNを家にひいたりして 一日中 ネットやっていました。

平成のはじめは まだそんなものでした。

今じゃどこでも 光ファイバーですものねぇ・・・。

ダイヤル回線でネットの時代がなつかしいです。
便利になったものだ。。。
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「都会の夕暮れ」
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posted by うめのはな at 09:23| Comment(4) | TrackBack(0) | エトセトラ

2018年12月08日

水の都 東京

「水の都東京の歴史散歩 
江戸の「水路」でたどる!」
中江克己/著 
出版者東京 青春出版社
出版年2018.11

出版社 内容紹介
徳川家康の開削によって川や運河、堀が築かれ、水上交通が物流の主役となって希有な発展を遂げた100万都市・江戸。庶民の飲料水をも支えた水路整備はいかにしてなされたのか。
現代に続く都市づくりの歴史を、地図と写真でたどる一冊。

こんな 歴史本を読みました。
いつもは 小説ばかり読んでいるのですが 江戸の歴史は好きで 関連する本は時々読みます。

他にもいろいろ 読んでいますが これは水のお話です。
本郷にある 東京都水道歴史館も見学しているので 内容はとても興味深く よく理解できました。
http://umeno87sanpo.sblo.jp/article/145565660.html (東京都水道歴史館1〜5)まで

暴れ川だった神田川。
台地を開削してできた渓谷。
神田川を堰き止めた 関口大洗堰(現 江戸川公園あたり)
ここには 芭蕉庵があります。
神田上水取水口大洗堰跡

やはり江戸の発展は 神田上水ですね〜

水の都というくらい 水豊かな江戸。
そして 船運のための水路が 作られてますます 発展していきます。

なんといっても 治水 埋め立て も盛んにおこなわれていました。
東京駅前は 海でしたから 八重洲河岸 日本橋河岸などもありました。
皇居前 日比谷などは海でしたしね〜

家康が入府したころの江戸城は 日比谷入り江に面していて資材や食料などを船で運んだということです。
当然 倉もできたことから 「和田倉」という地名が生じました。
「和田」とは「海 (わた)」のことだそうです。
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和田倉門の橋守衛所跡(和田倉門交差点)
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江戸時代には高麗門と櫓門とで枡形を構えた和田倉門がありました。
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和田倉噴水公園
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8.5mまであがる噴水です。

ちょっと 読んだだけでも こんな風に歴史散歩ができます。
溜池はいまでこそ 近代的ビルの立ち並ぶ 都心の交差点ですが その名の通り蓮の名所の池だったとか
の の字を書いたような 江戸城の堀の話とか
隅田川 深川の水路上水下水の話まで 散歩してみたい 見どころを知る よい本でした。

そのほとんどを 巡って歩いたので 復習のつもりで 思いだしながら楽しみました。

江戸は 風光明媚な水の都 だったのです。
今もあちこちにその名残があるのが 素晴らしいですね。
タグ:歴史
posted by うめのはな at 21:11| Comment(4) | TrackBack(0) | 千代田区

2018年12月05日

言葉はねぇ・・

「おばはん」 「おばさん」が 女性侮辱の言葉だとか・・
いつも 何気なく使っている言葉 なのに そういわれると そういうものなのかなぁ・・と。
たしかに 「おばさん」と言われると むかつく年代もありますが
あきらかに 「おばさん」なら そう 腹もたつまいに。。。
と 思えば やはり 「おばさん」は 気軽に言っちゃいけない言葉なんだと 改めて思う次第です。

では 「おじさん おっさん」は いいのだろうか・・・・
男の人は どう思うのか わかりませんが 女の人ほど 過剰反応はしないのではないでしょうかね。

「じじい」や「ばばあ」は そりゃ いけない言葉です。
でも 孫に 「じいじ」とか「ばあば」と 呼ばれると 
これまた でれ〜っと 喜ぶものなのかもしれません。
要するに 言われる人に よって その時の感情で 受け止め方もかわるものなのでしょう。

「おばさん」と言われて 
「あたし そんな年じゃないのに!」
と 憤慨する人もいれば
「おばさん」と言われて
「はい なぁに?」って 返事するひともいますしね。

対立している人には 何言われても
「あんたにだけは 言われたくない!」ってこともあります。

さて 「おばさん」は はたして 女性侮辱の言葉なのか・・・
どうなんでしょうね。
「ご婦人」っていうのが いいのかな?
めんどくさいね。
名まえ呼ぶのが いいのだろうけれど 名前知らない人もいますしね。
「あなた」と言えばいいのでしょうか。

日本語は むずかしすぎるのです。
「おばさん」「おばはん」「おかみさん」「奥さん」いろいろ言い方ありますし
「奥さん」だって 言われたひとは
「私 奥さんじゃない!」と 憤慨するかもしれません。
商売人は
「おねえさん」が 無難でしょうかね。

英語なら
 年代にかかわらず Ms (ミズ)で わかりやすいのですがね〜

日本語は どうにも複雑で 
「奥さん」であったり 「おかみさん」であったり
はたまた 自分の 妻のことを
「家内」「女房」「うちのやつ」「連れ合い」「細君」「嫁」・・あといろいろ。
たくさん 呼び方があります。

日本語って むずかしいと外国人がなげくのもわかります。

しかし
言葉というのも 気を付けないと 相手を傷つけることもあるのですね。
昭和時代の 男のセクハラ パワハラも 気を付けないとね。
こんなことくらいで・・・が 命取りになることもあります。

ご用心。
2popi.jpg
パステル画
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2018年12月02日

そろばん

今日は 東京オリンピック600日前だそうです。
今年10月に 限定で ミライトワとソメイティの絵柄の入った 年賀状が発売されました。
10月に 郵便局に行ったとき 見本を見かけたので 少しだけ買いました。
親戚と 親しい友人だけに出すので 少しだけ。
意外と 可愛くて つい買ってしまいました。

手書きで ちょこちょこ 文章書かねばならない時期になりました。
でも まだそんな気分になれなくて 残り1か月という気がしません。

オリンピック。会場近くに住んでいますが 見に行くことはないでしょう。
そもそも 混んでいるところは嫌いだし 待つのもいやだし 暑いし 遠くから 豆粒見るような感じで みたくはないしでTVで 見るくらいかなぁ・・・。

今日は 寒かったです。
こたつで ぬくぬくと 本を読んでいました。
このところ ちょっと忙しい日々で 歩数も8000歩くらい。
ちょうどいい感じです。

そろばんが 右脳を鍛えるのに いいという本を読みまして
ボケ防止にも いいらしく 
そろばんを探し出し 触ってみました。
小学生の時 以来なんですけれど 忘れていないんですねー
二、三度パチパチ触ってみて 1〜9まで横に足していって ずらりと1が ならんだら正解。
うわ〜まだ できる!!って 嬉しかったですね。

小学生の時 そろばん習っていました。
試験を受けて ちゃんと級をとって 段まではいきませんが
そこそこ暗算や 伝票算もできて かなり上級まで行きました。
刷り込まれたことって 忘れないものなのです。

そろばんは 少学卒業で行くのをやめましたが
小さいときから習っていてよかったと思います。
右脳が鍛えられたせいか 算数は得意でしたから。。。
今でも そろばん学校で 習うのだろうか・・・
電卓あれば いいと 思うかもしれませんが
暗算が できるというのは 何かにつけ便利です。
たしなみのひとつだと 思って間違いないです。

なんでも 最初が肝心。小さいころからの 学びは 一生忘れません。
ああ〜
あれも これも いやがらずに やっておけばよかった・・というものばかり。
でも よくばってもダメだしね〜

ということで
昨日は 凪 の絵でしたが
今日は 写真。
mikunis .jpg
「夕凪」 福井 三国サンセットビーチ。

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