2018年06月28日

買い物

1週間に1回 生協の宅配があります。
それはそれで 買い物の足しになりますが まいにち使うものはやはりスーパーで買います。
ほとんど毎日ですが 私は買い物はしません。
いつも 家人です。

田舎で暮らしていたときは もう幼いころの話なのですが
徒歩5分ほどのところに スーパーがあって そこが買い物の中心でした。
隣には衣料品や日用品のスーパーもあって 日頃の生活には何も困りませんでした。
何より徒歩でいけるのがいい。
それ以外は 商店街に個人のお店がありました。
私の役目は お肉屋さん 豆腐屋さん 和菓子屋さん 昆布やさん そして卵やさん。
卵やさんは町中の一軒家の1室に鶏を飼っていてそこで 産んだ卵を買いに行きました。
コッココッコと薄暗い中にたくさん鶏がいて 埃っぽくて好きではありませんでした。
昆布は 長い昆布を シュッシュッと削ったとろろこぶやおぼろこぶ を量り売りで買いました。
おじいさんが 白足袋をはいて 裏返した大きな包丁で 昆布をうまく削るのを見るのが好きでした。
あれは 職人技でした。
お肉屋さんは 近くに2軒あって 品物で買いわけます。今日は○○だから あそこの肉やといわれ買いに行きました。
その場で揚げてくれる カツやコロッケが美味しかったです。
豆腐屋さんは 鍋を持って買いにいきました。
今食べる市販のパック豆腐より断然美味しかったです。
近くに 八百屋さんもありました。
でも おばさんが 荷車に野菜を積んで まいにち売りに来ていました。
おばさんが 好きでまわっていたみたいで 近所の人と長いことはなしするのが楽しみなようでした。
だから野菜はいつもその おばさんから買っていました。
港町ですから 新鮮な魚はいつでも食べられます。
魚屋さんも多かったです。
魚屋さんも リヤカーで 回ってきて その場で魚をさばいてくれました。
お刺身などは お店まで行って買ったり 配達してもらったりでした。
私の子供の時は 買い物には困らなかったようです。

町中から少し離れたところに ある日 ショッピングセンターができて
そこで すべてが賄えるようになり 町中の小さなお店は 衰退し今ではほとんど 廃業。
車じゃないと買いものできないような 町になっていきました。

ショッピングセンターは それなりに繁盛していて そのまわりにもいろいろ店ができて
人も集まって 住宅もできて 町の施設もそのまわりに移転して
そのあたりが 行政の中心となり 旧町内は衰退。高齢化で空家と古家が増えてしまいました。

何がいいのか悪いのか・・・
我が家も移転しましたし いまさら 歴史ある街並み保存といったところで
どれだけ観光客を呼べるのだろうか・・・と 疑問です。
街並み保存はもっとはやく 計画性をもってやらないと
改造 新築 解体で歯抜けになってしまいます。
ちょっと まとまった地区がないから無理かもね〜

全国で買い物難民とかが問題になっています。
ネット通販も便利ですが 一人暮らしや高齢者にはなかなか敷居が高いです。
足りないものをちょっと買い物できる そんな店が必要です。
郊外の大型ショッピングは 車社会 若い元気な人向けなんです。

コンビニも宅配をはじめるようですし 野菜なども扱うようですし
この先 どうなっていくのでしょうかね。
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2018年06月26日

夏と海とヨット

昨日から真夏の暑さです。
区の広報に ヨット教室のお知らせがありました。
ああ〜ここは 都会だけど 海辺でもあるのだなぁ〜と思いました。
若洲にヨットハーバーがあります。
カヌーなどは あちこちの運河でみかけます。
ヨットのマリーナも 夢の島などにあります。
東京湾のマリンスポーツの場所なのですね。

ヨットといえば やはり 故郷福井の三国ですね〜
高校にはヨット部なるものがあり インターハイなどで活躍しました。
今もそうなんじゃないかなぁ・・・
私は全く縁がなかったし 友達にヨット部の子はいませんでした。
ヨット部って ちょっと近寄りにくい特殊な感じがしました。
そうそう 昔は 山岳部なんてのもあって その人たちも 近寄りがたい存在でした。
三国には 砂浜があって
小さいですが ヨットハーバーもあります。
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三国海水浴場。ヨットハーバーが見えます。
この砂浜は 今では サンセットビーチなどというしゃれた名前の海岸になっています。
そうです。夕日がきれいなのです。
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海に夕日が沈むという 見慣れた光景なのですが 
関東に来て 夕日は山に沈むのを見てカルチャーショックでした。
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穏やかなサンセットビーチの エッセル提です。
でも 冬の海は荒れます。鉛色の海になります。
静と動の差が 激しい海です。
最近は サーフィンなどもマリンスポーツも見かけるようになったとか・・・
この砂浜は 遠浅のとてもいい海水浴場です。
私は ここで育ちました。
海は 身近なものなのです。
いつもは 感じないのですが ヨットの写真を見て
東京にも海があると 改めて感じました。

そういえば 東京湾の鯨さん すごいですねーーー
飛び跳ねて。。。
無事 仲間のところに行けるといいですね。

タグ:福井
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2018年06月24日

福井梅

福井は人知れず(知っているかも・・・)梅の産地です。
紀州や水戸が有名で 知らない人も多いでしょう。
福井でも 若狭 特に三方五湖あたりが 古くからの梅の産地です。

現在「福井梅」といわれる梅は、天保年間に三方町伊良積に発祥したと伝えられています。
「その昔、伊良積の豪農、助太夫家と平太夫家の庭に埴栽されており、当時これを"助太夫梅""平太夫梅"と称していました。
現在の梅 "紅サシ"はこの助太夫梅と平太夫梅の混合種であり"剣先"は助太夫梅である」とされています」
ということです。
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紅サシ という梅干し。
紅サシ」は実が熟してくると日当たりの良い部分が紅色を帯びます。
梅酒、梅干しに適しており、特に梅干しは肉厚でぽったりとした食感が特徴です。

小さいころ 実家で 母が毎年梅干しを作っていました。
農家ではなかったので どこかから仕入れた 梅を洗い 赤しそと 天日に干して(屋根の上)いました。
大きな 陶器製の大甕に付け込んで 床下に置いてありました。
ほどよく 出来上がったころ 食卓にあがります。
しその色が真っ赤で 梅も真っ赤で すっぱくて 美味しい梅干しです。
ショウガも 一緒につけこんであったので 紅ショウガとして 食べました。
福井を離れても 毎年 送ってくれました。
おふくろの味でした。

母が亡くなってからは 手作りの梅干しはなくなりました。
買ってたべても 美味しくないんです。
梅干しであるというだけで ホンモノではないように思えます。
食感と 塩かげん ほどよい酸っぱさが 違うのです。
しその味さえ違います。
福井梅は 銀座のアンテナショップに行くたび買いますが どうもいまいち満足しません。

母の梅干しが一番なのです。

青梅で梅酒も作ってくれました。
これも美味しいものでした。
子供だから 少し味見するくらいでしたが 梅酒ができたころ 梅を食べさせてもらいました。
肉厚で 甘くて美味しい梅でした。
大人になると 堂々と梅酒を飲みましたが 売っているものとは 一味も二味も違う美味しい梅酒でした。
市販の梅酒は ほとんど買ったことがないです。
あれは 私の知っている梅酒とは 別物なのです。

これもまた・・・おふくろの味です。
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2018年06月23日

越前そば

久しぶりに 「越前そば」を食べました。
越前そばは 蕎麦の実を蕎麦殻まで挽き込んでそば粉とするため、より風味が強く、黒っぽい蕎麦となります。
この黒っぽい蕎麦は 風味があって蕎麦本来の味がして好きです。
十割そばの 白っぽい小麦粉のような蕎麦は好きではありません。
これも 越前そばを食べてきたせいかもしれません。
まぁ・・田舎そばですね。
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福井は日本でも有数の 蕎麦の産地です。
越前そばと言われるようになったのは 戦後。
昭和天皇が1947年 福井に来られた時 食したそばを おかわりされて 大変気に入って「あの越前のそばは美味しかった」と言われたことから 「越前蕎麦」と言われるようになったそうです。
越前そばの特徴は 大根おろしで食べることです。
別名「おろしそば」と言われています。
福井で そば といえば 「おろしそば」のことです。
お店で注文しても かけそばでも ざるでも 大根おろしの蕎麦です。
温かい蕎麦は 大根おろしの汁の入った そばつゆがかけてあります。
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夏は ざるそば。
大根おろしとねぎとかつおぶしで いただきます。
たれにつけて たべるのではありません。
ぶっかけで 食べます。
これが 越前そば なのです。

んんん〜故郷の味!
タグ:グルメ
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2018年06月20日

地震慣れ

今日は雨でしたが 涼しいのやら蒸し暑いのやら わからない日でした。
地震の被害を受けたかたは 雨だと困りますね。
TVで見ただけですが 屋根の破損があってあちこちブルーシートで覆われていました。
これからが 大変でしょうね。

3・11のときは 余震なのですが当日も 震度5以上が何度も何度もあって・・・
本当に一晩中でした。
その合間に 誘発地震で 茨城や 長野や富士山の近くで大きな地震もあって
本当にもう まいにち まいにち 揺れていました。
調べてみると

震度4以上の余震
本震から3月31日まで・・・113回
本震から12月31日まで(2011年)・・・225回
だったそうですから 本当に毎日 揺れていたのですね。

あの時の体験からか 最近は震度3では あ・・地震か。。。で 驚きもしません。
震度4になると ちょっと大きかったね。くらいです。
震度5になると さすが 大きい!って 驚きます。
それでも そのまま耐えているだけです。
1や2では 気が付かないこともあります。

最近は 体感で震度が わかるくらいですね〜

関東は 地震が多いし 地震慣れしちゃいけないのに そうなっています。
いけませんね〜
3.11の時は うちのあたりは 震度5強だったのですが
なんせ10階だから 6くらいの揺れだったかもしれません。
でも建物に被害はなかったですし 液状化もなかったですし
震度5強くらいまでは たえられそうな気がします。
これが 6になると 未経験ですからわかりません。

ちょうど 日本に観光に来ていたかたは さぞかし怖い思いをしたでしょうね。
オリンピック大丈夫かしらね・・・・
こればかりは いつ どこで 起きるかわからないし 本当にいやです。

でも
日本人ってすごいなぁ〜と思います。
慌てず 焦らず 冷静に もくもくと行動する。それも 秩序を保って。
暴動も起きず 割り込まず 行列に並んで 待つこともあたりまえのことです。
こんなときでも ゴミは持ち帰ります。
これは 誇るべきことです。

外国人が驚くことなんだそうです。

そんな 日本人はすばらしい!
頑張ろう ニッポン!!



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posted by うめのはな at 18:22| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2018年06月18日

地震

朝 8時ころ PCの椅子に座っていると めまいがしたような感じがしました。
揺れというより めまい。
でも ぶらさげてあるものが 少し揺れていて あ〜地震だ。また 千葉沖かなぁ・・と思って TVをつけると
緊急地震速報が入っていて 大阪で大きな地震があったと知りました。
昨日も 群馬で震度5弱の地震があり そのときは ぐらっと横揺れでした。
今日のは気持ち悪い揺れ。

震度6弱で 場所を見ると 大阪北部。
箕面に住んでいる パセリさん 大丈夫かなぁ〜って 心配になりました。

そして 7年前の東日本大震災のときのこと 思いだしました。
映像を見る限りでは そう長い揺れでもなかったようです。
3・11のときは 東京は3分ほど 揺れて それも だんだん強くなる揺れで
動くこともできず 怖かったです。長い揺れで この世の終わりかと思いました。
しかも 震度5や4が 何度も何度も続いて 一晩中眠れなかったこと思い出しました。
震度5強でしたが 10階なので 揺れは強かったです。
近くの高層タワービルが 右に左にゆらゆら 長い間揺れていました。

震度5強でも 倒れた家具もなく 落ちたの棚のカップ麺くらいで あとはカラーボックスの本が倒れたくらいでした。
エレベーターは止まり ガスも自動で止まり(マイコンメーターで復旧)ましたが
水も 電気も大丈夫でした。

今日の大阪北部のは 停電もあったとのことですし 断水といっていましたから
大変そうです。
交通機関が止まり みなさん足止めで大変なことでした。
3・11のときの 帰宅難民を思い出しました。
外出時には 歩きやすい靴をはくのがいいですね。
何があるかわからないもの・・・・
女の人のピンヒールは いざというとき 歩けません。

昔から丸の内のオフィスレディは 仕事場に着いたら オフィスサンダルをはくのが有名です。
そういうのって いいかもね。
仲通りの石畳など ヒールじゃ歩きにくいんですって。。。

東京は 3・11以来 耐震化 無電柱化 水道管の耐震化など力を入れています。
どの自治体も インフラの老朽化で再整備の費用が大変なようです。
備えが必要なのに 何か起きるまでは 身近なこととして考えられないものです。

我が家も もう一度 倒れやすいものがないかとか 落ちてけがしそうなものがないかとか
非常用品などを 点検しなきゃ・・・

やはり いつでも使えるお金は ある程度必要ですね。
停電でATMも使えないなんてね〜

備えあれば憂いなし。

被害にあわれた方に 心からお見舞い申し上げます。
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posted by うめのはな at 20:37| Comment(2) | TrackBack(0) | エトセトラ

2018年06月16日

姉妹喧嘩

私の親戚の家の話なのですが その家に5歳違いの姉妹がいます。
顔も全然似ていなくて 小さいころから性格も全然違いました。
でも 仲がよかったとおもいます。
私からみれば 姉より妹のほうが 性格もよく人当たりもよく 優しいかんじで 一時 東京で保育士さんをやっていたこともあります。姉は ちょっといい加減でずるがしこいところがあります。
たぶん 母親に似たと思います。
父親は 婿様で お人よしな感じでした。
もちろん 妻に頭が上がらなくて 別宅に一人で住んでいました。

今は 二人とも田舎で暮らしていて それぞれ嫁に行き 家庭を持っています。
その姉妹が 最近 仲が悪くなって いがみ合っているという話を 聞きました。
口もきかないほど 険悪なのだと・・・

どうやら 財産争いになりそうな感じだそうです。
もちろん 母親はまだ健在です。父親はなくなって 別宅が空いていました。
どちらも その家が欲しいみたいです。

母親は 姉の子供を生まれたときから 面倒みてきました。
姉は 子供を産みっぱなしで 母親に育てさせたようなものです。
妹としては それも気に入らないかったのでしょうか・・・
実際 私からみても 姉のほうは 別の町に住んでいて 子供は実家に預けたままでたまに会いにくるだけで 育児放棄していたようなものです。学校も母親の町のに入学し ずっと実家からでした。
それが ずっと続いていたもので こういう親もいるもんだ・・と 飽きれていました。

その姉が 長年一緒に 孫とくらしていたのだからと 母親の生きているうちに 家の名義を 自分の娘の名義に変えようとしたから 妹の怒りが 爆発したらしいのです。
何から何まで 生活費 学費 出させたうえ 家まで持って行こうとする・・ってな 感じでしょうか。
気持ちは わかりますね。

姉の亭主は職人気質の 変人で 父親の葬儀にも親戚の葬儀にもでない人で 子育てする気持ちもなかったようです。
妹の亭主は 公務員で 本来 姉の夫がやるべき様々なことを 今までやってきました。
まじめで 人当たりのいい公務員って感じです。

妹が 姉に対して 怒る気持ちもなんだかわかる気がします。
気はしますが やはり 姉妹いがみ合うのはいけないことです。
話会う気もないようで 困ったことですが
姉がそれに対して 家や預金を自分のものにしてしまおう・・ってのも バカげた話です。

いくら生前贈与であろうが 遺産相続の権利は 子供に対して平等なわけですから
勝手に 名義変更してしまえなんて 決めることなんてできないはずです。
遺言の公正証書でも作成していれば いいのでしょうが それでも 遺留分というのがありますから
妹の同意がなければ 勝手に全部自分のものにすることはできないほずです。
それに まだ 母親は元気です。
贈与すれば 贈与税がかかることすら 頭にないらしい。

勝手に名義変更したら あとで裁判沙汰になって 負けるよ。と 忠告だけしておきました。
もともと 帰省した時にちょこっと挨拶するくらいしか 今はお付き合いもないので
知ったことか・・と 知らんふりすることもできますが
話を聞いてしまったからには忠告だけはしないと と思いました。

まぁ・・どっちもどっちかも。
ドケチで がめついのは 似たもの姉妹なのかもね〜

うちみたいに「 遺産の権利放棄の 印 ちょうだい」 で
はいよ!って 即 印おすくらいが いいんだけれどね。
田舎の家もらってもしかたないし 家を壊して 兄弟仲壊してなんて 無理です。

世の中には 遺産相続争いって たくさんあるんでしょうね。
争うほど 財産持たないのは 庶民なんですが
最近は なけなしの預金や 生命保険 住み慣れた古家まで 争いの種になっています。

さて・・どうなることやら 生暖かく見守りましょう。
いつでも 助言はしますが まず 聞いてこないだろうなぁ〜

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2018年06月14日

嫉妬

ドラマの中での言葉が 心に残りました。
ライバル同士 一人がうまくいって 残った人に
「嫉妬心感じないの?」と言えば
「うらやましいけれど 友の成功は 自分が成功した時に二度嬉しいから 嫉妬はしない」というような言葉でした。
嫉妬心は 男女かかわらずありますね〜
特に ひどいのが 男の嫉妬らしいです。
女が相手だと 特に男の嫉妬は えげつないらしいです。
そりゃ〜女の嫉妬も ひどいものですが
男に比べりゃまだ すきがあるようなものだそうです。
嫉妬は イコール コンプレックスの裏返しらしいです。
妬み 嫉み ですものねーーー
うらやましいなら その人を尊敬するか 見習うか もっと努力すればいいものを
相手を困らせ 貶めることで 自分の気持ちを満足させようとします。
やはり 心がまずしいのでしょう。

嫉妬でいやがらせは 一度や二度 いや・・・何度も受けたことあるかと思います。
私も 何度もあります。
いやがらせやいじめも そうなんですよねぇ〜
満たされない心を 相手をやっつける 困らせることで 昇華しようとします。
それって 子供っぽくて むなしいことなのにね・・・

世の中 いろいろありますよ。
嫉妬心で うずまいているかもしれません。
会社員も 上司のいやがらせなどは こいつできるな。。の嫉妬心なのかも。

「隣の芝生は青くみえる」
ってのも 実は嫉妬心のうらがえしかもね。
たいていの人が 隣やご近所とうまくいかないのも
何かで 張り合っているからなんでしょうね。
人と比べない 生き方も大切ですね。

田舎暮らしは これが大変なんですよね〜
みなと 同じことしないと はぶられるし
出る杭は打たれるみたいになってしまいます。

嫉妬心の裏返しでしょう。
性悪な気持ちが 心の片隅にあると そういうことになります。
「他人の不幸は蜜の味」
これも よくある話です。
嫉妬心の満足感の裏返しの言葉です。

せめて 友の悲しみを一緒にうけとめ 力になってあげたり。
友の幸せを心から祝ってあげられるようになりたいですね。
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posted by うめのはな at 15:49| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2018年06月13日

小さな親切

6月13日は【小さな親切運動スタートの日】だそうです。

「1963年の3月、東京大学の卒業式において茅誠司総長(当時)の「“小さな親切”を、勇気をもってやっていただきたい。」というスピーチに由来して始まった。」とのこと。

1963年の今日、社団法人「小さな親切」運動本部が設立されました。
そういういわれは 知りませんでしたが よくよく思いだしてみれば
小中学校の時 「小さな親切」というキャンペーンがあって みな 何か親切をしなきゃという気持ちになったことはうっすらと覚えています。
どんな 小さな親切やったのか 競い合ったこともあるような・・・
記憶はあいまいですが そんなこともあったっけ。。。な感じです。
今でも 作文コンクールなどがあったり 表彰式があったりしているようです。

「困っている人には誰もができる範囲で親切にしようという運動。お互いが思いやり、支えあうことでよりよい社会を築くことを目指している」

昨今 この小さな親切が できない環境になりつつあります。
困っていそうな人に声をかけても 「よけいなお世話」と言われたり
泣いている子に 声をかければ 「変な人!」「怪しい人に声をかけられた」となり 下手すれば 「この人がやった」ってことになりかねません。
すれ違って目が合っただけで 通報されたりもします。
犯罪現場に通りかかり通報しただけで 第一発見者を疑え・・で 長いこと拘束されて事情聴取されたりもします。
それが 義務といえばそうなんですが ただ通りかかっただけなのに 誤解を受け 仕事や事情があるにかかわらず 連れていかれるってこともあるかもしれません。
ちょっとためらい 見て見ぬふりして 立ち去る人もいるかもしれません。
そうなると 「さわらぬ神にたたりなし」 ってことになりますね。

痛ましい 先日の新幹線の事件も そうなんじゃないかなぁ・・・
黙ってみて見ぬふりして 自分も逃げていれば って 思いますよね。
でも そうできなかったのが女性を守ろうとして 身を挺して勇気ある行動をとって 亡くなられた方です。
人としてやるべきこと それこそ 無償の愛の行動でしたね。
他に同じ行動をとる人 援護して犯人を阻止しようとした人はいなかったのでしょうか。。。。
ご冥福をお祈りいたします。

小さな親切 って 考えてやるべきものじゃないと思います。
自然に 当然のことのように困っている人の力になる
これこそが 小さな親切
まさに 無償の愛 ですね。

子供の頃は 小さな親切 ひとつでもやりましょう!と言われ
その日だけ 何をしようか 考えて 無理やりやっていたように思います。
こういうの ダメですね〜
人に言われてやったり 考えてやったり その時だけのキャンペーンじゃねぇ〜

でも 
親切って なんだ?って考えてしまうようじゃ
まだまだ 人間が未熟なんだろうな。

無償の愛を 貫いて行動している人は 世界中にたくさんいるのだもの。
6月13日に そんなことを 思いました。

posted by うめのはな at 11:07| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2018年06月10日

ふるさと納税

ふるさと納税って 言葉はすごくいいのですが 中身はどうもおかしなことばかりで こんなことやめたほうがいいんじゃないかと 思うようになりました。
生まれ故郷に 少しでも寄付を・・というなら まだわかるのですが 返礼品目当てに あちこちの自治体に申し込むってのは ちょっと目的からはずれているのではないでしょうか。

返礼品も 競うようにだんだん 豪華になり まったくポイント還元セールのようになってしまいました。
商品券や家電製品 そして旅行券に商品券 宿泊券まるで ネットショッピングのごとくになりました。
ひどいところは 地元名産品ではなく 全国お取り寄せのものを出しているらしい。
我がふるさと福井もいろいろありましたよーーー
蟹 ウニ 海産物 米などの農産物 観光券 宿泊券 花火大会特等席 など盛りだくさんです。
でも 私は ふるさと納税などしていません。
自分の住んでいるところが 大事ですから。。。
住民サービスが落ちると 困ります。
総務省もやっと 規制にのりだしたようですが 豪華返礼品は相変わらずなのです。

そもそも住民税は行政サービスに使うのがその役割でそれを 他の自治体に収めるのはおかしいのです。
住民税本来の役割は その土地に住んでいる人のために使われる 行政サービスのはずです。
そのまま そこに住んでいて他の人と同じ サービスを受けているのも おかしな話です。

純粋な寄付なら わかります。
ほんらい収めるべき税金を自治体に収め そのうえで他の自治体に寄付するのなら なにも問題はないのです。

ところが このおかしな ふるさと納税というのは 本来の税金に上乗せされるのは2,000円のみです
2,000円多く税金を払う代わりに何万円もの返礼品がもらえます。
実質 2000円で 豪華な返礼品がもらえるというわけです。
支払うべき 税金でお買い物しているみたいなものです。
どう考えても おかしな制度です。

東京都は 昨年度 ふるさと納税のため466億円の減収になったそうです。
危機感覚えますね。

純粋な ふるさとへの寄付なら 応援したいという その志もわからないではないですが
返礼品目当てじゃ 一生懸命納税している 人に申し訳ないでしょう。
おまけに 住民サービスは かわりなく受けていて 知らん顔ってのが 不公平です。
そろそろ 何か対策考えないと だめですね。

東京都の逆襲が はじまると面白いかもww
いろいろありますね〜
江戸切子 江戸工芸品 コンサート入場券 催し物の招待券 バスツアー 東京湾クルージング などなど。
今回 オリンピックのために使うふるさと納税を 考え中だとか・・
会場に記名プレートをつくり 名まえを入れるとか。。。。。

466億円あれば 何ができるか・・・
古くなったインフラ整備 福祉サービス いろいろできます。
保育所 老人ホーム 障害者施設 なども建てられます。
そのうち 自分たちの行政サービスに跳ね返ってきます。
あまり目先のことばかり 自己利益ばかりにとらわれないで もっとよく考えてほしいものです。

ふるさと納税って 誰が考えたの?
思慮が足りない 悪法だこと!
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2018年06月07日

歯の治療

2か月に一度くらい 歯のクリーニングに行っています。
昨年までは めったに行ったことはなかったのですが せんべいたべて 歯が欠けて治療に行った際 1か月ほどかけて歯石とりなどをしました。
それ以来 定期的に行っているというわけです。
実は私の歯は 上下の奥歯全部に シーラントという処置をしてあります。

「シーラント」とは、子供の虫歯予防に使われる治療方法です。
 別名「小窩裂溝充填(しょうかれっこうじゅうてん)」といいます。
噛み合せの部分にある歯の溝のところを、プラスチックやセメントで埋めてしまうことで、虫歯になりにくくする方法です。
普通は子供の頃にやります。

私はもう30年くらい前にその処置をしました。
埋めてあるのはレジンじゃないかと・・・歯と同じ色で見た目はわかりません。
おかげさまで それ以来虫歯にはなっていませんでした。
これは ほとんど劣化しないということなのですが 
30年もたてば 歯をみがいたりしているうちに すり減ってきたという感じです。
でも まだ無事なので そのままで大丈夫という 歯医者さんの診断でしたが
歯石取りで はがれたのか なんだか知りませんが 歯と歯の間に隙間ができてしまい そこに
食べもののカスが挟まる様になりました。
それで 定期的にクリーニングに行っているというわけです。
もちろん 食べたら磨くのですが それだけではなかなか 完璧にはいかないものなのですね〜

メリット デメリット ありそうですが なんせ30年も前にやっていて そんなこと忘れるくらい何も感じませんでした。
メリットは 虫歯にならなかったことでしょうか・・・
何年も歯医者にかかったことがなかったです。
抜けた歯もないです。

子供にやるといいのかもわかりませんけれど
虫歯にならない一つの方法ということらしいです。

昔は 虫歯で空いた穴 埋めるの 金属でしたが
最近はレジンでできて 見栄えもいいようで何よりです。

最新の治療をしている 歯医者にかかりたいものです。
むろん 保険治療でねぇ〜

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2018年06月06日

ごみ出し

ごみ出しのマナーが悪いので ゴミ袋に名前を書くという自治体が増えてきて 賛否両論という記事を見ました。
福井にある実家では 道幅の狭い旧町内は ゴミ集積所のスペースがないので戸別収集でした。
路地奥の家は 道路に面した場所まで持っていって 置いていましたが 誰のものかわかるように 町内名と名前を書いていました。リサイクル品は 集積所があったようです。
現在 実家も新しい住宅地に越したので ゴミ集積所(鍵付き)に出していますが やはり記名式のようです。
ゴミ袋も有料で45L10枚300円とのことです。

たしかに 外国人のごみ出しマナーは ひどいという報道を時々見ます。
分別していない 決められた日以外にも出す 事業系ごみも出す など トラブルが絶えないようです。

東京23区は今のところ ゴミ出しは無料で レジ袋などに入れて出しています。
私のマンションでは 決められた日ではなく ダストシュートでいつでもゴミ出しできます。
区の収集日は 決められていますが マンション内のタンクに入れられるので 住民はいつでもゴミ出しできます。
リサイクル品は 地下の所定の場所に出す決まりです。
時々 分別していないゴミがあると 貼り紙がされています。
粗大ごみのルールを知らない人もいるようです。

海老名市に住んでいたころ ガスストーブの形式が 都市ガスからプロパンに変わったので 使えなくなりました。
ガスストーブを ゴミに出しましたら すぐ どなたかに持っていかれました。
まだ新しいし 使えると思ったのでしょう。
でも 使えないとわかったのか ゴミ収集日じゃない日に 再びゴミ置き場に出されていました。
お当番の人は うちに 引き取るよう言ってきました。
決められた日に出したのに勝手に拾っていって それはないでしょ!って マナーの悪さに驚きましたがしかたなく また引き取りました。
出したごみを持っていっていいのか?って 疑問に思いましたね。

千葉では 近所のおせっかいおばさんが 気になる若い女の出したゴミ袋を 開けて調べていました。
手紙や領収書 しげしげと眺めていたようです。
私の家の前が ゴミ置き場だったので よく見えたのです。
それって いいのかなぁ・・って 思っていました。
それを知ってからは もう紙などは 粉々に破くことにしました。

ゴミ袋に 記名式は ちょっといやだなぁ・・・
かといって 袋の中 調べられるのもいやだしねーー
プライバシーもあるし 法的には どうなんでしょうか。。。。
賛否両論になるわけです。
みなが ルール守ればいいのだけれどねーーー
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2018年06月03日

体操着の下は・・

小学校の体育で 体操服の下に下着を着てはいけないという学校があるらしい。
汗をかくからという理由だそうです。
でも 低学年ならともかく 中高学年はそれは ないんじゃない〜と 思います。
デリカシーがないというか なんというか・・それぞれの事情も 成長もあるのだから 下着禁止はいけないと思います。
大人並みに成長する子もいますから体操着1枚じゃねぇ・・
それなら 替えの下着を持っていくことにしたら いかがでしょうか。
それぞれ 自由でいいじゃないですかね?

私たちの頃はそんなこと考えもしなかったです。
どうだったかもわすれましたが それぞれ自分で考えていたと思います。
寒いときは 体側服の下に Tシャツ着ていたこともありますし
体育がある日は 制服の下に 体操着着ていたこともあります。
着替えるのが面倒でね〜

体育の授業といえば 中学生になると 体育の時のきがえは 女子は教室 男子は廊下・・って
決まり事がありました。
女子は着替えが遅いので 休み時間内に終わらなくて 次の授業が待ちぼうけ・・って こともありました。
一時 町営プールとして共用していた 立派なプールがありましたから 水泳時はシャワーもあびてすっきりでした。

高校生になると 体育館に更衣室があったので そこで着替えました。
今は たぶん中学校にも更衣室はあるのではないかとおもいます。

この高校生の時の体育の授業は 本当につまらないものでした。
女子は 創作ダンスばかりでなぜ これが体育のメインなのか?って思いました。
くる日も来る日も体育館でダンス!
外は いつも男子が使っていました。
他の授業ができないような おばさん先生だったせいかもしれません。
ソフトボールや バドミントン テニス 卓球 ほとんどそういう授業はありませんえした。
かろうじて 器械体操とバレーボール かけっこ があったくらいです。
こういうのって 不公平だなーーって 思いました。

体操着の下は 下着もありで いいんじゃないですかね〜
なんなら 先生たちも下着なしで やってみてくださいな。。。
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posted by うめのはな at 08:37| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ