2017年04月30日

松の露

いつも 福井のお土産は 羽二重もち。
もちろん 買いましたが 今回は 芦原温泉駅で 別のものも買いました。
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松の露(御菓子司 浅野耕月堂)
卵白と砂糖のシンプルな 焼き菓子でメレンゲ・・和製マカロン風です。
松林に生える松露(しょうろ)というキノコをかたどった茶菓子。
昭和22年(1947年)、 昭和天皇が芦原温泉に宿泊されたとき お茶請け菓子としてだされた「松乃露」のお代わりを御所望されたそうです。お気に召されたようで お土産に買い求められたということです。
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約縦8.5cm x 横8.5cm x 高さ7cmの小箱に 16粒
サクッとした舌触りと上品な甘さ 口の中で溶けます。
砂にみたてた コーヒーの粉がアクセントで ほわっと香りが広がりました。
鶏卵にわざわざ福井県産と記載し 創業以来変わらぬ手作りの味を守り続けているそうです。
昭和天皇が生涯12回だけおかわりをされた中の ひとつのお菓子ですが さすが 癖になる味です。
大量生産できないので 数に限りがあるそうな。。。。
宣伝になってしまったかしら・・・一度にたくさんは食べられないけど 美味しかった!
タグ:グルメ
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2017年04月29日

東京みやげ

帰省には 東京みゃげが 喜ばれます。
何にしようか・・と 悩んだあげく 今回は いつものように東京駅で買うものではなく 他では手に入らないものを選びました。
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皇居二重橋前広場です。
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皇居の観光シンボル二重橋
ここから 楠公の銅像のある場所に行きます。
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楠公レストハウス
ここは ツアーバス はとバス 修学旅行の大型バスの駐車場で 団体用の広い食堂もあります。
この売店にしか 売っていないという 人気ナンバーワンの 最中を買いに行きました。
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皇居 菊最中 5個入り
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4箱ほどお土産に購入。
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わたしも初めて食べましたが 宮中での製法のまま造られている最上級の最中餡で 上品な甘さですごく美味しかったです。
もちろん 皆に大好評でした。
次は自宅用にも買うつもりです。
こんどから土産はこれかなぁ〜ありきたりの 洋菓子より喜ばれそうです。
タグ:グルメ
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2017年04月28日

東尋坊

海岸沿いを車で走ると 東尋坊への入口の近くで ポツンと建つ まわりとは異質な建物を見かけました。
となりの空き地に 車を止めてこの建物をみることにしました。
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内田惣右衛門記念館    福井県坂井市三国町安島
門が閉じられて 開館していませんでした。
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自然豊かな まわりにそぐわない ド派手な洋風建築でちょっとしたショックを受けました。
バロック様式の洋館の前に 菱垣廻船と銅像  仏像みたいなものやら 置かれていて それも新しく作ったものばかりで 調和がないというか・・・・成金趣味にしか見えませんでした。
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調べてみると 内田家は江戸時代に北前船の海運業で福井藩を潤した三国の代表的な廻船問屋で、飢饉のたびに出費をして町の窮民救済に貢献したとか・・・
この記念館が いつ建ったのかは知りませんが 華美を嫌う惣右衛門の意を重んじて、現在の当主によって閉館となっているそうです。なるほど そういうことですか。。。。
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東尋坊です。
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ちょっと見物していきましょうか・・・
手前の手すりは 観光船乗り場への階段。
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雄島が見えます。
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子供の頃は もっとすごく感じたのですが 観光化されて 歩きやすくなっていたり岩場近くまで 店があったりして 怖いという感じは薄れました。
いいのか 悪いのか・・・・どうでしょ?
タグ:観光 福井
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2017年04月27日

丸岡藩 砲台跡

福井県坂井市三国町の梶にある丸岡藩砲台跡に行きました。
梶台場(かじだいば)ともいう。国の史跡に指定されています。
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駐車場に車を止めて 松林を海岸のほうに下りていきます。
せっかくの説明板の文字が 見えない・・・
人もいなかったし あまり訪れる人はいないのだろうか。。。
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駐車場から松林を下ると 海が見えます。
ほぉ〜っと いう瞬間です。
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もう少し下ると 松の間に それらしきものが見えました。
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幕末の嘉永5年(1852年)、丸岡藩の砲術家栗原源左衛門によって作られた砲台の跡。
欧米列強が鎖国下の日本に来航し、開国を迫っていた頃、江戸幕府から全国諸藩に海岸を警備するよう命があり、1852年丸岡藩が建設した砲台跡です。
ペリー率いるアメリカ艦隊が浦賀に来航する前年のことです。
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当時の形をよくとどめていることは全国的にみても大変稀であり、国の指定史跡になっています。
丸岡藩では後に藩主・有馬道純自らが西洋流砲術家の江川太郎左衛門に入門している。また藩士も大野藩の学問所「洋学館」に砲術修業のため入学している。
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弓状に築かれた土塁には5ヶ所の砲眼といわれる大砲を備える窪みが設けられています。
高さ1.8m、長さ33mの石垣でつくられた胸墻に5つの砲眼を設けている。
組まれた岩の下部に文字が彫られ、嘉永五年(1852)2月、高島秋帆の門人と伝えられる栗原源左衛門の設計で築造と書かれています。
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砲台は、丸岡藩が沿岸警備のために坂井市三国町梶の東方に突出した海岸部に建設したもので 景色がいいです。
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右手には浜地・波松そして石川へと続く海岸線がみえます。
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左は越前松島方面です。
砲台跡を見に来る人はいないのか わからないですが 人がいない・・・
ろくな説明板もなく 案内もないし 景色はいいのに忘れられた場所 という感じです。
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目の前に広がる 日本海。
今も昔も警備の要でしょう。
昨今の脅威はありますが この時は 波穏やかな豊饒の日本海が広がっていました。

下りた分だけ 戻りは上って・・・一苦労しました。
タグ:歴史 観光 福井
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2017年04月26日

霞ヶ城公園 

1979年に築城400年を記念して、整備され造られた日本庭園式の霞ケ城公園(丸岡城公園)は 歴史的・文化的資源を有効に活用している公園として、「日本の歴史公園百選」に選ばれています。
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眺望もよく 春は桜とともに楽しめます。
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丸岡城を取り囲む内堀は明治時代には埋め立てられ、道路になっていますが外堀は用水路となり、今も町のあちこちにその面影が残っています。
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春は桜やみどり、秋は紅葉が美しいです。
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公園内には 明治・大正期に活躍した郷土の偉人や名士の碑などがあります。
これは お地蔵さまらしき祠。
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天守台を取り囲む桜とともに 道を下って行きます。
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桜がきれいです。
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振り向けば 花の霞に浮立つ古城かな・・・

城はいろいろ見てきましたが やはり本物の木造の古城は 長い歴史の重さとともに何か胸に迫るものがありました。
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2017年04月25日

丸岡城 雲の井龍神

丸岡城天守台のまわりは 見晴らしのいい高台です。
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天守台の下にある 一筆啓上 の石碑です。
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一筆啓上石碑
「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥せ」徳川家康の家臣本多作左衛門重次が陣中から妻に宛てて送った手紙として有名です。「お仙」とは後の丸岡城主本多成重(初代丸岡藩主 幼名:仙千代)のことです。この石碑が縁で、日本一短い手紙文の一筆啓上賞の起こりとなりました。
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丸岡城八幡神社
祭神:誉田別命・息長帯姫命・比盗_
本社は丸岡城内鎮守社として築城以来此の地に奉斉せられたもので古図にも明示される処である。
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築城以来この地にあった城の鎮守社です。
明治の廃藩後城郭の荒廃に伴い自然社も衰退し 僅かに地元の有志の信徒達が祭礼を続けていたそうです。
丸岡城天守再建の際に、この神社も再建されました。
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天守台の南西の井戸「雲の井」
この井戸「雲の井」のあたりは福井大震災のときでもくずれなかったといわれている。
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「一揆の残党が攻撃をしかけても、井戸のなかから大蛇があらわれて、城に霞をかけて危機を救った」。
別名 「霞ヶ城」と言われる 所以である。
この大蛇を「雲井龍神」という。ちかくに祠があり、かたわらに碑文がある。
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雲井龍神の祠
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雲井龍神 碑文
古老傳ヘテ曰ク 丸岡城ノ巽ノ隅ニ雲ノ井アリ 傍ニ小祠アリ 城主有馬侯勝利ノ守神トシテ祀ラレシ所ナリト 今ヤソノ荒レタルヲナゲキ 人々力ヲ合セテ之ヲ再興セリ
昭和四十年秋 東大名誉教授 文学博士 平泉澄

福井県勝山市に平泉寺白山神社があります。苔寺といわれる神秘的な 美しい寺です。
平泉澄は、この白山神社の神職の家に生まれた人です。
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2017年04月24日

丸岡城 人柱お静の伝説

当時は 五角形の広い内濠に囲まれた中に本丸や二の丸がありましたが 堀も大部分埋め立てられ、小高い丘の上に天守台と石垣だけが残っているだけです。
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現在天守の鯱は 木造の銅板張りの鯱です。
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福井震災前の石製の鯱
福井震災で落下した笏谷石の鯱が 現在天守閣登り口の階段脇にあります。
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もともとは 木彫り銅板張りの鯱でしたが 戦時中銅板の入手が困難だったため 石製鯱に改めました。
福井地震で落下後 昭和の修復時にもとの 木彫り銅板張りに復元しました。
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子供の頃に 聞かされた お城にまつわる伝説があります。
丸岡城 伝説「人柱お静」です。
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お静慰霊碑があります。その脇には 説明板。
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伝説 「人柱 お静」
柴田勝家の甥、柴田勝豊が天正4年(1576)に丸岡城を築城の際、天守閣の石垣が何度積んでも崩れるので人柱を入れるように進言する者がいました。そしてその人柱に選ばれたのが、二人の子をかかえて苦しい生活をしていた片目のお静でした。 お静は、ひとりの子を侍に取り立ててもらうことを約束に、人柱になることを決意し、天守閣の中柱の下に埋められてしまいました。
それからほどなくして、天守閣は立派に完成しましたが、柴田勝豊は他に移封され、お静の子は侍にしてもらえませんでした。
お静の霊はこれを恨んで、毎年、年に一度の藻刈りをやる卯月のころになると、春雨で堀には水があふれ、人々は"お静の涙雨"と呼び小さな墓をたてて霊をなぐさめました。
「堀の藻刈りに降る雨は、いとしお静の血の涙」という俗謡が伝えられています。
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今でもこの時期に行われる丸岡祭(国神神社春季祭礼)4月15〜17日は、天候に恵まれることが少なく、お静の涙雨 という話を聞きます。
今年も 雨降った・・・・そうな。
タグ:歴史 観光 福井
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2017年04月23日

丸岡城天守

桜の花の中に 浮かんでいるような 丸岡城です。
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安土桃山時代に建造されたと推定される天守は重要文化財に指定されています。
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丸岡城天守  丸岡城の天守は、全国で現存する12基の天守で最も古い。
別名霞ヶ城
城郭構造連郭式平山城
天守構造独立式望楼型 2重3階(建造年不明 木造 現存)
遺 構:曲輪、天守、移築門、石垣
築城主柴田勝豊
築城年天正4年(1576年)
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天守は、二層三階の初期望楼型独立式で、軒下や壁面が白木造りとなっている。
屋根は 珍しい石瓦で葺かれている。
約6000枚の瓦はすべて笏谷石(足羽山山麓から産出)1枚20〜60kg 屋根全体で120トンにもなります。
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内部に入ることができますが・・
この 急な石段だけで 諦めました。
とは言っても・・・子供の頃から何度か 内部に入ったことがあります。
天守内部の階段は、大変急な階段で 段差が高く 観光客のためなのか つかまるためのロープが備えられています。
2階ー3階の階段は、傾斜角約65度、段差がなんと27cm、踏面も最小で12.5cmしかない。
天守への石階段:約29度ですから 65度がどんなものか想像つきますね。
日本一 登りにくい階段かも。。。
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外観は二階建てに見えますが、内部は三階建て(二層三階)となっています。
最上階三階の望楼は、ふもとから約35mの高さで 坂井平野が一望できます。
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不規則な石組みで高度な技術が必要な野面積みの石垣。戦国期特有の建築構造の1つです。
野づら積み の石垣は、すき間が多く粗雑な印象ながら排水がよく大雨に崩れる心配がないといわれています。
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狭間(鉄砲穴)
天守の壁面に開けられた小さな小窓で、この穴から外敵に向かって石を投げ落としたり、鉄砲を撃ったりするところです。
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簡素な石落とし
天守閣の一階には石落としという狭間があり、石垣を登ってくる外敵に向かって、石を投げ落としたり、弓をや鉄砲を撃ったりする時に用いました。
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天守の最高階の天井の間には四方に窓があり、窓からの展望がよく 西方は日本海、三国の海岸まで見渡せます。
丸岡城内は戦国時代の特徴で 豪華さや優美さより、いたる所にある敵に対する備えを重視しています。
現在の天守は、昭和23年(1948年)の福井地震によって倒壊した後、昭和30年(1955年)に部材を組みなおして修復再建されたものです。
タグ:歴史 観光 福井
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2017年04月22日

丸岡城 桜に浮かぶ霞ヶ城

越前 福井藩 丸岡城に行きました。
ちょうど桜が満開で 一番いい時でした。
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小学校の遠足で訪れたこともあるし 何度か遊びに来たことがある 城です。
別名霞ヶ城。江戸時代には丸岡藩の藩庁であった。現在は天守のみ残る。 
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国宝 霞ヶ城   福井県坂井市丸岡町霞町1-59
1934年(昭和9年)1月30日 天守が国宝保存法(旧法)に基づく国宝に指定される。
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丸岡城天守閣を取り囲むようにソメイヨシノが植えられている公園は、日本庭園式公園の「霞ヶ城公園」として整備されています。
1990年(平成2年) 「霞ヶ城公園」として日本さくら名所100選に選定されました。
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桜が満開の頃は、桜が作り出す霞の中に丸岡城が浮かんでいる幻想的な風景となります。
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天守閣をとりかこんでいる 坂道をぐるりとまわるように上っていきます。
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頭上を覆うように咲く 桜がきれいです。
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丸岡城は越前ほぼ一帯を領していた柴田勝家の甥である勝豊により築城されました。
丸岡城築城後も一向宗の残党が城を襲うことがありました。しかし、その度に、天守閣横にある井戸から大蛇が現れ、城に霞をかけて城の危機を救ったと言われています。このことが丸岡城の別称「霞ヶ城」の云われだそうです。
現在は 取り囲むように咲く さくらがまるで 霞のように見えます。
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2017年04月21日

散る桜 咲く桜・・・

今年は ソメイヨシノと八重桜が同時に咲いていました。
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亀戸9丁目緑道公園桜
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散り行く桜
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満開だった桜も・・今年はおしまいです。
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花びらが帯のように白く 川面に浮いています。
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そして八重桜が咲きました。
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週末には満開でしょうか・・
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かんざしのように 可愛い花です。
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今年もまた 桜は春を楽しませてくれました。

割り込み記事でした。
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2017年04月20日

三国運動公園

成田山福井別院は 小高い丘の上にあるのですがすぐ近くには 広大な三国運動公園があります。
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三国運動公園の桜を見に行きました。
遊戯施設、休養施設、管理施設、スポーツ施設、芝生広場などがある広大な公園です。
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施設のまわりには 桜の木が植えられていて 心和む場所です。
人がほとんどいないです。
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芝の手入れも大変だろう・・・と思えるサッカー場
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陸上競技場 立派な施設です。1周400m全天候型ウレタン舗装8コース
草むしりの 人が 一人仕事していました。
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このほかに テニス場 ゲートボール場 (屋内外) プール 野球場などもあります。
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運動公園は21.0ha
維持費がかかる上 稼働率が低いことが問題になっているそうです。
箱もの作るのはいいけれど 後の事考えないと 維持費がかかってしようがない 見本のようなものです。
まさに ワイズ‐スペンディング(wise spending) 賢い支出 を考えるべきですね。
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2017年04月19日

成田山福井別院の桜

境内には四国八十八か所の寺の砂が埋められている「四国霊場お砂踏み」などもあります。
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「四国霊場お砂踏み」では、周囲の台石に四国八十八箇所のお寺の砂が埋められており、順番に八十八カ所の砂を踏みながら歩くと、四国お遍路と同じご利益があると言われています。
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五鈷杵は 弘法大師が右手にお持ちの法具で 魔を払い、身を守る密教を代表する法具です。
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見晴台の桜が見事です。桜回廊。
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展望もいいです。
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坂井平野が一望できます。
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子安地蔵
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桜と池と可愛い地蔵さま
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境内にはもちろん 不動明王さまも・・・
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山のまわりに植えられている桜の木。桜の名所です。
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成田山 福井別院 九頭竜寺
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2017年04月18日

成田山福井別院

私が現在住んでいるのは 深川不動尊 成田山東京別院 の近くです。
生まれた場所 三国町にあるのも 成田山福井別院。
東京に来る前は 成田市の 成田山本山 近くの町に住んでいたので 何かと縁がある 成田山。
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北陸地方唯一の別院である「成田山福井別院九頭龍寺」です。
福井県坂井市三国町緑ヶ丘4-9-10
1958年に千葉県の成田山本山から本尊不動明王の分霊を迎え創建されました。
飛鳥時代の建築様式をいかした造りの本殿は朱色です。
福井県で1番、初詣参拝者が多く、特に三ヶ日には県内外から二十万人を超える人が参拝します。
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鐘楼。
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桜がきれいです。
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見晴らし台になっています。
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開運出世稲荷堂
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説明板
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境内の恵比須大黒堂  
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恵比寿天 大黒天
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2017年04月17日

旧三国北小学校の桜の木

私が通っていた 小学校は移転して取り壊されましたが 当時の桜の木はまだ残っています。
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現在 みくに文化未来館になっていますが その前は、130年の歴史を持つ三国北小学校がありました。
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歴代の卒業生たちが卒業の記念に植樹をしていったものですが 私が小学生の頃には すでに大きな桜の木でしたので 相当古いものだと思われます。緑の苔が 幹についていたり 花の密度も格段に薄くなったりで 老木という感じがします。
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桜の木の木陰で 遊びましたね〜
この場所にあった130年の伝統を誇る三国北小学校は、昭和29年から30年にかけて、当時県内では珍しい鉄筋コンクリート3階建ての立派な校舎や体育館などがありました。
先端をいった施設え県内外から多くの人が視察に訪れたそうです。
当時では珍しい 水洗トイレでした。
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藤棚のそばには 砂場があったかなぁ・・・・
鉄棒もありましたっけ・・など 思い出しました。
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1862年   道雅上人主称し,学舎斯文館を上西町に設立
1870年   松ヶ下清光院に塾を開く,程なく正賛院に移る。 福井藩より御学問所の名称を賜る。   
1875年   就将小学校と改称
1906年   三国北尋常小学校と改称
1947年   三国町立三国北小学校と改称  
学校の歴史は 古いです。
1975年に学校創設100周年でした。
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未来館には 他にタブノキ、ケヤキ、イチョウの木があるそうですが・・
私たちが 卒業記念に植えた木は どうなったんでしょ?
取り壊す前は 前庭だったのですが 現在駐車場で 影も形もないのですが。。。。。
北小学校は 昭和63年に300mほど離れた標高20mの高台に移転しました。
グランドは広くなって直線100mのトラックが取れるようになりました。
町中の学校で グラウンドはそう大きくなく かけっこは 50mの直線だったかな〜
未来館建設時 桜の木を切る話もあったそうですが 反対が多く残したそうです。
桜の木 残しておいてくれて 嬉しいです。
タグ: 福井
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2017年04月16日

福井 三国町 桜。

芦原温泉駅に迎えに来て貰った車で 実家のほうへ・・・と言っても 新しい家に引っ越しているので 私は初めての家に行くことになります。
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その前に 食べたかった 8番らーめんを食べました。
北陸では ラーメンと言えば8番らーめんですが 東京ではお目にかかれないので ずっと食べたかったのです。
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餃子は安くて美味しかったのですが ラーメンのほうはひとまわり小さくなった感じで・・・味も好みではなくなっていました。
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実家近くの公園の桜がきれいでした。
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公園で花見。地名は 桜ケ丘と言います。高台です。
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ベランダから見た公園の桜。まわりは大きな家ばかりで庭一つ見ても 豪邸街。
遠くの山には 成田山福井別院の屋根が見えます。
そこもまた 桜の名所です。
タグ: 福井
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2017年04月15日

東京駅から芦原温泉

3日間ほど福井に行きました。
行きは東海道新幹線経由です。
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東京駅発 ひかり新大阪行
乗客の6割が 外国人(西洋系)で 驚きました。大きなキャスター付きの荷物ばかりです。
駅も ホームも車内も そういう客ばかりでわたしのほうが 外国に来ているみたいでした。
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富士山は 雲がかかっていましたがなんとか見えました。
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名古屋駅です。米原で 北陸線の特急に乗り換えました。
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敦賀駅のベンチの向きが面白いです。
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日野川だそうで 桜がきれいでした。
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サバエドームが見えました
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芦原温泉駅に到着しました。
百人一首がさかんなところです。
私が 中高生の時も 校内で百人一首大会があり みなでそらんじて言えるよう 覚えたものです。
わたしはあまり 熱心ではありませんでしたが なんとなく 覚えたものは忘れないものですね〜
タグ:観光 福井
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2017年04月14日

東京駅丸の内南口

東京駅丸の内南口改札前の 丸ポストです。
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2014年12月で開業100周年を迎えました。
丸ノ内駅舎ドームの復元作業の完成を記念して、 庇付き丸ポストが丸ノ内南口に設置されました。
ここから 郵便物を出すことができます。 
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改札を入ってすぐに 1914年創建当時の床(市松模様)タイルが置かれています。
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日本海軍「伊号潜水艦の潜望鏡」と考えられていた丸柱
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この丸柱は1945年の戦災により一時休館して1951年に営業を再開してから、2006年の丸の内駅舎復原工事のために休館するまでの間、「東京ステーションホテル」南ウィング1階にあって中2階の床を支えていた、日本海軍の「伊号潜水艦の潜望鏡」を利用したと言われていました。
近年の調査の結果 「伊号潜水艦の潜望鏡」である可能性は低いとわかりっましたが ホテル100周年を機に 長らくお客様から親しまれた記憶を後世に伝えるため 保存することにしました。(説明文より)
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ずらりと並ぶ 東京駅の円柱
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保存化粧煉瓦積み
保存されているレンガ躯体
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表面の化粧レンガが剥がれた下に構造レンガが見えます。
穴の開いた部分には、かつて内装材を留めるための木製のレンガがはめ込まれていた。
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ガラス張りの天井から 上部が見えます。
タグ:観光
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2017年04月13日

東京駅虎屋の桜餅

東京駅南口には ドームの2階に上がることができる出入り口があります。
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ステーションホテルの入口ですが ここからエレベーターで上がります。
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ほら・・こんな感じでドームをぐるり巡ることができます。
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虎屋さんのお店です。トラヤカフェも併設しています。
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カフェでお茶してもいいし お店で手土産を買うこともできます。
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今回は 4月10日まで限定の 桜餅を買いました。
ひとずつ 個別のプラケースに入っているので 表面が乾燥せず 形も崩れず 持ち歩きにはとてもいいです。
1個 411円。賞味期限は 当日限り。
それがまた 値段に見合う美味しさで 文句なしです。
餡はなめらかで 甘みを抑えた上品な味で、 今まで食べた桜餅の中では絶品 一番おいしかったです。
また 食べたいけれど 来年まで お預けです。

この次は カフェでお茶したい・・・・
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2017年04月12日

KITTEで食事

東京丸の内 東京中央郵便局(銀座郵便局JPタワー内分室)の大きな ほすくま です。
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ぽすくま は日本郵便のキャラクターです。
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KITTEです。
エスカレーターで上にあがります。
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エスカレーターを上がると 壁に 友禅染の絵があります。
伝統友禅染「松本 光屋乃図」  
友禅模様絵師  登録無形文化財保持者 寺澤森秋 作
長野県松本市にある旧光屋は国登録の有形文化財です。
 旧光屋を友禅染で見事に描いたものだそうです。
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午前11時前でしたが エスカレーターで上に行く人がとても多く みな どこへ行くのだろう・・と思っていたら。
5階 レストラン。
私たちも 実は 食事するためでしたが 目的の 菜な 前にはやくも行列で 驚きました。
食べたのは 牛ヒレ肉の石焼き御膳。
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友人は アボカドの海鮮ちらし丼。
どれも 美味しい和食の店です。
席数も多いし 落ち着くし 肉 魚 選べるし 東京駅界隈ではいつも ここ です。

久しぶり で満足 満足!

今日から 3日ほど帰省です。
美味しいものたべた〜〜い。
タグ:グルメ
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2017年04月11日

皇居の門など

皇居外苑に面している 巽櫓です。
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画面奥に 内桜田門と富士見櫓が小さく見えます。
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隅角に造られた現存する唯一の「隅櫓」。
「桜田二重櫓」ともいわれます。
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狭間や石落としのある実戦的な櫓です。
関東大震災で損壊したのちに解体して復元されました。
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桔梗門
桔梗門は皇居参観者や勤労奉仕者などが出入りする門で、「内桜田門」と呼ばれています。
通常は公開されていません。
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坂下門
宮内庁職員の出入りや 乾通り公開の時に使われます。
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これは 竹橋駅側の 平川門。
東御苑の出入りに使用されています。

皇居には 他にもまだ櫓や門がありますが 今回はこれだけです。
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銅像 楠公像
皇居 外苑にあります。二重橋を正面に見据えています。
近くにはレストハウスがあり たくさんの観光バスが止まっています。

一日かけて ゆっくり広大な皇居を歩くのもいいかもしれません。
タグ:公園・庭園
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2017年04月10日

「名所絵から風景画へ−情景との対話」三の丸尚蔵館

三の丸尚蔵館に 開催中の展示を見に行きました。
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第76回展 「名所絵から風景画へ−情景との対話」
開催期間:平成29年3月25日(土)〜6月25日(日)
前期:3月25日(土)〜4月23日(日)
中期:4月29日(土・祝)〜5月21日(日)
後期:5月27日(土)〜6月25日(日)
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雨後 川合玉堂
大正13年(1924) 前期展示
入り口 右上部にあるのが この絵です。
この絵が見たくて行きました。
雨あがりの 空気が伝わってくるような絵です。
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今回のパンフレット
「四季山水に恵まれたわが国では,古来より風光明媚な名所が和歌の歌枕として詠み込まれ,風雅なイメージが形成されていきました。そして名所を題材にした名所絵や歌絵は人々に親しまれ,様々な変遷を遂げて,現在の私たちが親しむ風景画へと発展してきました。
 本展では日本人の自然観の形成と深く関わる名所絵から,身近な光景に情緒や景趣を見出そうと試みた風景画まで,近世から近代にかけて描かれた作品を中心に紹介します。」HPの説明文より 
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入り口の 案内板の写真です。
富士山は いつの世も  題材としては最適なんでしょうね。
水彩だけでなく 油彩もありました。

こじんまりした 展示室ですが 宮内庁所蔵品が無料で見ることができます。
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2017年04月09日

二の丸庭園 皇居東御苑

富士見多門は 蓮池濠の石垣上に建てられたもので小高くなっています。
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土塁とか塁壁と言われるようです。
現在は 茶畑や竹林になっています。
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この近くには 大奥の石室などもあります。
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二の丸庭園に向かいます。
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江戸時代 小堀遠州が造ったと言われる二の丸庭園はたびたび火災で焼失し、明治以降は荒廃していました。
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現在の庭園は 昭和43年の皇居東御苑の公開の開始に当り、九代将軍徳川家重の時代に作成された庭園の絵図面を参考に造られたものです。
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回遊式庭園は、四季折々の草花が 美しい姿を見せてくれます。
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二の丸庭園 近くの 皇居正門石橋飾電燈
 明治20年代の街灯を移築しています。

二の丸庭園は 都心とは思えない素晴らしい場所です。
タグ:公園・庭園
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2017年04月08日

富士見多門 皇居東御苑

富士見櫓から 西に行くと小高い丘の上に 富士見多聞 があります。
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富士見多聞の内部が2016年11月15日より公開されています。
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富士見多聞の概要
「多聞」とは、防御をかねて石垣の上に設けられた長屋造りの倉庫のことで、多聞長屋とも呼ばれました。
鉄砲や弓矢が納められ、戦時のときには格子窓を開けて狙い撃つことが出来ました。本丸の周囲は、櫓と多聞で囲まれて万が一に備えられていました。
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蓮池濠から富士見多門までの石垣は、高さが約20メートルにもなる長大な石垣で、東・南・西の三面いずれも激しく屈折しています。死角をなくすための工夫だといわれています。
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防御と装飾とを兼ねた長屋作りの武器庫で、本丸には十五棟の多聞が有りました。中には鉄砲や弓矢が納められていました。
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入り口で靴をに脱いで入ります。
撮影可です。
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武器庫といわれるだけあって 内部は空間です。
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富士見多聞の内部に展示されている敷居の裏側の部材。(江戸時代のもの)
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かつてはこの富士見多聞から実際に富士山を望むことができたのでしょうか・・・
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乾通りのさくらがみえました。
紅葉山の緑も見えています。
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一番奥から出ます。
江戸時代の江戸城本丸には このような多聞が各所に築かれていましたが現存するのはこの富士見多聞だけです。
タグ:公園・庭園
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2017年04月07日

富士見櫓  皇居東御苑

皇居東御苑の(江戸城旧本丸の東南隅)「富士見櫓」です。
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富士見櫓前に広場を整備し,近くから見ることができるようになりました。
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櫓は,城の隅などに設けられた,見張りや防御のための施設です。
江戸城の富士見櫓は,明暦3年(1657)の大火で天守が焼失した後は,天守の代用の役割を果たし,この櫓から,将軍が,富士山,両国の花火,品川の海などを眺めるたと言われています。
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富士見櫓は明暦の大火(1659年)で天守が焼失した後に、天守の代わりとして使用された三重櫓です。
この場所は天守台についで高い場所(標高23m)であったことから、この富士見櫓が選ばれたそうです。
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富士見櫓
建築年 万治2年(1659)
木造3階建 建物の高さ 約16m
石垣の高さ 約15m 延面積 323.08u
(明暦3年(1657)の大火で焼失した慶長11年(1606)頃創建の櫓の再建)
大正12年(1923)関東大震災で損壊
大正14年(1925)復旧
昭和42年(1967)外壁等修理
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どの角度から見ても同じような形に見えることから、「八方正面の櫓」の別名がありました。天守焼失には天守の役目を果たした「代用天守」の櫓ともいわれています。
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富士見櫓は 防御設備も備えています。
石垣上にせり出している石落し仕掛けなどもあります。
どこから見ても同じ形にみえるために、俗に八方正面の櫓とも呼ばれました。

数多くあった江戸城の櫓も度重なる火災や地震で、現存するものは伏見櫓、 富士見櫓、桜田巽櫓の三基の櫓になってしまいました。
タグ:公園・庭園
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2017年04月06日

皇居東御苑 花見

4日に 皇居東御苑に花見に行きました。
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お花見日和で 人がたくさんいました。
ここは 所定の位置でしか 飲食できませんので のんびり花を見るだけです。
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八重桜はまだなので 見ごろの花はそう多くはありませんが 見どころがいくつかあって 花見が楽しめる場所です。
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ソメイヨシノだけではなく いろいろな種類の桜の木があります。
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松の廊下跡 近くの大きな桜の木は 大人気です。
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ソメイヨシノとは 違いますが とても大きな木で見事な花が咲いていました。
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アマギヨシノ(天城吉野)という種類です。
「オオシマザクラ」を母に「エドヒガン」を父とした交雑種。5〜10mの高木。 三島市の国立遺伝学研究所で竹中要博士によって1957年に作出されました。
伊豆半島の天城山にちなんで命名されています。
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posted by うめのはな at 08:25| Comment(0) | 千代田区

2017年04月05日

『東京インフィオラータ・ウィーク2017』in KITTE

東京丸の内 KITTEのアトリウムに 花のウエルカムカーペットがありました。
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期間:2017年4月1日(土)〜4月5日(水)
時間:11:00〜21:00 (日曜日は〜20:00)
場所:KITTE1階 アトリウム
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ローラーペインターさとうたけしさんが描く「サクラサク丸の内」を、15,000本のカーネーションで再現。
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上階に あがって観ることにしました。
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5Fからアトリウムがよく見えます。
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5Fから。もう少し下に行きます。
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2F.こんな感じです。
東京丸の内と皇居の桜です。
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「東京インフィオラータ・ウィーク2017」2017年3月18日(土)〜4月12日(水)開催
KITTEは今日4月5日までですが 都内、全18会場で『東京インフィオラータ・ウィーク2017』開催中です。
タグ:イベント
posted by うめのはな at 10:26| Comment(0) | 千代田区

2017年04月04日

大手門前枝垂れ桜

古都の桜・・では ありません。
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東京 皇居のお堀 大手門前の 枝垂れ桜です。
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天気もいいし 花見日和で 外国人もたくさんでした。
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大手門前の 枝垂れ桜はこの時期 人気です。
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posted by うめのはな at 20:58| Comment(0) | 千代田区

2017年04月03日

ミツマタ

みつまたの花が 見ごろです。
もう少しで終わるかな・・・
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枝が3本ずつ分岐するので 三椏 ミツマタ  という名前だそうです。
花は、蜂の巣のような形。
樹皮は和紙の原料になります。
1876年(明治9年)に、政府印刷局で三叉を原料として紙幣を作ってから、
1万円札などの紙幣や証紙など重要な書類に使われるようになりました。
虫害に強いので紙幣のほか 証書・地図用紙・重要書類にも使われています。
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赤花三叉(あかばなみつまた)」は、戦後、愛媛県の栽培地で発見されました。
ミツマタは春になると他の花よりも一歩さきに咲く花として有名だそうで、サキクサとも呼ばれます。 

春されば  まず三枝(さきくさ)の 幸(さき)くあらば
  後(のち)にも逢はむ  な恋(こ)ひそ 吾妹(わぎも)
   柿本人麻呂 万葉集

春になるとまず咲くさきくさ。その言葉のように幸く無事であったら 必ずまた会えるでしょう。そんなに恋焦がれて苦しまないで下さい 。愛しい人よ・・

花言葉は「強靭」「意外な思い」「肉親の絆」「淡白」などです。

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posted by うめのはな at 14:58| Comment(0) | エトセトラ

2017年04月02日

自転車用青いライン

最近増えてきたのが 車道のすみの青いラインです。
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これは 自転車用のラインです。
青いペイントは視覚効果を狙ったものです。
自転車専用車両通行帯には 自転車専用 と白いペイントも施されています。
自転車は道交法上は軽車両といって車両(自動車等)で 車道を走るのが原則ですが 危険なので今までは 歩行者と同じように歩道を走っていたことが多かったです。
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この道路は 車が少なくて自転車が 車道を走っても気にならないのですが・・
交通量の多いところは ちょっとこわいです。
この道路は 無電柱化がされているので歩道の幅も 広いのですが 自転車は青いラインです。
自転車は道路の左側端に寄って通行していれば十分であり、必ずしも青いペイント内を通行しなければならないということではありません。車と 同じ左側通行で逆走はできません。

でも こういうライン上に 車が止まっていたら 困りますねーーー。
タグ:エトセトラ
posted by うめのはな at 14:53| Comment(2) | エトセトラ

2017年04月01日

麩まんじゅう

以前から 気になっていたお店に 行ってきました。
江東区東陽の イースト21近くの 東京では珍しい 京生ふの工場直売店  ふ清 さんです。
地元の人や業者さんなどしかわからないような 本当に目立たない場所にあります。
江戸年間京都に創業した老舗だそうで 東京で製造している京生ふ・細工ふ・京生ゆばは 毎朝つくりたてで 築地や高級料亭に卸されているそうです。
だから 小売りは売りきれたら終わりです。
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ふ清 江東区東陽7丁目
工場直売ですので 駐車場の車が止まっている 奥まったところに小さな窓口があって インターホンを押して待ちます。
窓口に本日の 商品の写真があり 売り切れ とか 本日は冷凍のみとか 書いてあります。
幸い まだふまんじゅうは ありました。
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こしあん麩まんじゅう(160円)x3個、利休巾着麩(140円)x2個 これだけが残っていたので全部買いました。
午前中11時前に行ったのですが それで売り切れみたいでした。
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ヒモで縛ってあるのが利休巾着麩(白ごまあん)です。
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利休巾着麩(白ごまあん)のおおきさは 500円玉くらいの小さなものです。
本当に一口です。
包みは本物の笹の葉で濡れています。
初めて食べましたが 弾力があって もちもちしていて 表面はつるりとした滑らかさです。
餡が これまた上品な甘さで美味しかったです。
料亭の 甘味 お茶請けにぴったり!
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手土産に・・と思いますが 当日しかもたないし 手に入れることすら難しそう。

ふまんじゅうは 初体験の感触 味 でした。
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この次は生麩や 生ゆばにしてみようかな。
タグ:グルメ
posted by うめのはな at 09:46| Comment(0) | 江東区・江戸川区