2021年04月12日

散る桜

今年の桜も見納めかな。
ソメヨシノが咲いたのもはやかったけれど 八重桜もはやかったです。
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もう八重桜が散っています。
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桜も散り際がいい。
散っていく桜も風情があっていいものです。
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桜散る和歌三首

*ひさかたの 光のどけき 春の日に
静心なく 花の散るらむ    古今和歌集:紀友則

現代語訳:
こんなのどかな春の一日なのに、花びらはどうしてこんなにあわただしく散っていくのか、静める心はないのか

*桜花 散りぬる風の なごりには 
水なき空に 波ぞ立ちける    古今集:紀貫之

現代語訳:
桜の花を吹き散らしてしまった風の名残として、まだ舞っている花びらは、まるで水のない空に花びらの波が立っているようだ。

紀友則のいとこの紀貫之さんです。

*花さそふ 嵐の庭の 雪ならで
ふりゆくものは わが身なりけり    百人一首:入道前太政大臣

現代語訳:
桜を誘って白く散らす激しい風が吹く庭。そこに降り敷くのは雪かと思える。
しかし降るのは雪ではなく、老いていく私なのだ。


さしずめ 私にはこの歌などがふさわしいかも。
老いを感じるこの頃です。

こんな句もありますね。

「散る桜 残る桜も 散る桜」
これは良寛の辞世の句と言われています。

今どんなに美しく綺麗に咲いている桜でもいつかは必ず散る。
限られた命を 悔いの残らないよう生きようということらしいです。

「如何に生きるか」ということで
この辞世の句は 特攻隊員の遺書で有名だそうです。
悲しいね〜

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八重桜が終われば 藤の花。
もう咲いていますね。
奥の藤棚も咲いています。
亀戸天神の藤も7分咲から満開だそうです。
今年は はやいですね。
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2021年04月11日

嘘みたいなおかしな話

嘘みたいな本当の話が 本当ですか?というコメントもありましたが
本当に本当の話ですから それ以上のことは言えません。
しかし これだけが 嘘みたいな本当の話ではありません。

よくニュースなどで 患者の右と左の部位を間違えて手術して
しまったとかいう話を見ますが そういう嘘みたいな本当の話は多々あるものなのです。
隠ぺいされたものを含めれば どのくらいになるのやら・・・
患者の間違いさえあったようですし(現在は しつこく確認します)
薬の間違いなど含めると 笑えない話になります。

私が中学生のとき おなかが痛くて母に連れられて 開業医に行きました。
そのとき 注射をしたのですが 受付で気分がわるくなり
「気分悪い・・」と母に言い すぐにブラックアウト。
意識喪失したようです。
気が付いたときは 診察室に寝かされていて 医師 看護師総出で処置をしていました。
母もそばにいました。
不思議なことに その様子を自分で見ていた感じがするのです。
これは たまにある脳のなせる仕業だということですが
感じとしては 自分を上から見ているのです。
「マッサージ!カンフル!」と医師が怒鳴り心臓マッサージしていたのが見えました。
思うに 臨死体験というものではなく 耳からの情報で脳がそう思っただけなのかもしれません。
とにかく 間もなく意識が戻り 難をのがれました。
母から聞いた話によれば 看護師が次の人の風邪の注射を間違えて打ってしまったということで
その看護師はすごく叱られていたようです。
今思えば 叱られるだけですむんかい!といいたかった事件です。

何の注射かしりませんが 風邪の注射ではもうひとつ危なかった事件があります。
これも 神奈川にいたときです。
風邪で熱があるので 近くの民間総合病院に行きました。
注射と薬処方。
30分ほどたったころ 全身に赤い発疹がでました。
「え?麻疹?」と思いました。
病院に言うと すぐ戻るようにと言われ駆けつけると
「ピリン禁(ピリンアレルギー)なの?それならそういってくれないと・・」と。
当時は そんなこと私にはわかりませんでした。
どうやら確かめもせず ピリン系の注射を打ったようです。
ピリンによるアナフィラキシーショックだったようで 呼吸も苦しくなっていましたから
すぐ解毒剤を打ち 難を逃れこれまた助かりました。
「出した薬は 破棄して飲まないように」と言われ 別の薬をもらいましたが
説明もなく それだけで すませるの?という気がしました。
その医者へは二度と行きませんでした。

もうひとつ 学生のとき 東京柿の木坂の病院での出来事です。
真夜中の腎結石の痛みで救急車で運ばれ入院となったときのこと。
6人部屋でした。
前にいる ばぁちゃんと仲良くなってよく話をしていましたが
或る日 二人の点滴がいつもと違うのです。
「今日はいつものと違うね」とばぁちゃん。
「そうですねーーいつもの赤い袋がないね。でも私にはついているけど 変わったのかね」
そんな話をして小一時間だまって点滴を受けていました。
みまわりに来た看護師さんに
「いつもと違う点滴なんですか?ばぁちゃんも違うと言っていますけど・・」
看護師さん ハッとして点滴を確認。
「逆だわ・・・・」とつぶやき。
「ま・・・いいか・・影響ないでしょう」と二人の点滴を中止して持ち去ってしまいました。
「間違えたんだ・・・私のは尿を出すための薬だけど ばぁちゃんのは何だったんだろう」と
心配になりました。
年よりの薬というだけで なんだか老化しそうな気がして心配でした。
本当に影響なかったのかどうかはわかりません。
これも 隠ぺいでしたね〜

今はそういうことがないように いちいち患者の確認しますが 昔はいい加減なものでした。

記憶しているだけでもこのような出来事があって 嘘みたいな話ばかりですが
他の人たちはどうなんだろうか。

息子があかちゃんのときの 手術の時のためらい傷もそうですが 他にもおかしなこといろいろあります。
他の人に話を聞けば聞いた数だけ おかしな話が出てくるような気がします。
昔は 確認とか杜撰だったのはたしかです。
間違いも失敗も経験のうち と考えているような医者がいたら
これは 許せないことです。
だって 患者にとって医者は たったひとつの救いの手なんですからね。

そりゃ経験も大切かもしれませんが 命にかかわることですので 念には念をいれてベストを尽くしてほしいと思います。
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2021年04月10日

嘘みたいな本当の話。

嘘みたいな本当の話 と言えば
うがい薬の 記者会見を思い出しますが これから書くのも嘘みたいな本当の話です。


神奈川に住んでいた時(まだ若いころ)自転車で転んだことがあります。
人前で 恥ずかしいのが先で 痛いとかより 自転車を起こして早々に立ち去りました。
肘を打って すりむいたのですが痛みに気が付いたのは家に戻ってからです。
とりあえず 傷薬を塗って一晩すごしたのですが 翌日になってもっと痛くなって 腕があがらなくなりました。

整形外科へ行って レントゲンを撮ったら「肘にひびが入っている」と言われました。
ギブスしますから と言われて 困ったなぁ〜右腕だし 固められると
何もできない。子供の世話すらできなくなると思い
「ほかの方法ないでしょうか」と聞いても 「ない」の一言で
即座に石膏で 固められてしまいました。
まげたまま 肩から指先まで。
なんでこんなに大げさにやる必要があるのか せめて手首だけでも自由にしてほしいというと
「肘だから指が少しでも動くと影響がある」ということでした。

何もできなくて 実家の母に言うと 福井からすぐ来てくれて 1か月ほど 滞在して子供の世話から何から何まで
やってくれたのが ありがたかったです。
肘そのものは 3日もすれば痛みもなくなりました。

結局 2週間ほどで 風呂に入るときははずしていいと言われ上半分切ることになりました。

ギブスを半分切るとき 電動丸のこのようなものを持ってきて 切り始めるので
「あのー 腕きらないでくださいね」というと 笑って
「大丈夫 大丈夫」と・・
でも あのギュィーンという音だけでも恐怖で 切れたらどうしようと 思ってびくびくしていました。
すると・・・焼けるような痛みが。。。。
「あの・・痛いんですけど・・」
「気のせいでしょ。大丈夫めったなことないから」
「あの・・ほんとに痛いんです!」
「大丈夫だって すぐ終わるから」
「切れていると思うんですけど・・・」
そうしているうち 終わって上半分をはずしたら。。。
すぅーっと赤い筋が ある。
切れてる!
血がにじんでる!
「痛いって言ったのに・・・切れてるじゃないですか」
「ん?このくらい 大丈夫」
と 軽くあしらわれました。
「人の痛みもわからずに・・・」と思いました。
あの石膏切りは 看護師が勘でやるので怖いです。

今は 石膏ギブスじゃなくて グラスファイバーの軽いものが使われているようです。
最初からギブスシーネという 半分固定するやつもあるので 電動のこできるというような恐怖を
味わうことも少なくなったようです。

1か月ほどで ギブスから解放されましたが 肘はまがったまま。
痛くて動かせません。
リハビリがまた とても痛かったです。
母が帰宅してしまったので 医者でリハビリというわけにもいかず
自分で動かそうと 努力しました。
風呂でマッサージもしました。

あまりにも痛いので 治っていないんじゃないかと 市立病院へ行きました。
「肘にひびが入ったというので ギブスしていたのですが 全然痛みがひかなくて
はずして1月ほどたつのに どうしたのかなぁ〜と思うので 調べてくれませんか」
それで レントゲンとりました。

「あ・・・?これ 折れていないと思うよ。」
「ヒビが・・・」
「うん。ヒビもないよ。骨にヒビが入った状態はズレない骨折という意味だから レントゲンで跡がわかるからね〜
痛いのは ずっと健康な腕を固めていたからだと思う。しばらく 動かす努力すれば 元通りになるから。頑張って」

「ガーーーン!」
痛くて動かせなかったのは 単に打撲と擦り傷だったわけで 骨折ではなかったということ。
1か月も不自由な思いをして その後腕伸ばすのに また痛い思いをして 
このざまは 何だ。。。
あのヤブ医者め。。。。

嘘みたいな本当の話です。

この整形外科では 別の治療も受けました。
ギブスをして1週間後の診察に行ったとき
「あのーもしかして 転んだ時どこかで顎打ったかもしれなくて
顎がカクカクするのですけど・・・」
「痛い?」
「痛くはないですけど 大きな口あけるとちょっとカクンという感じです」
「顎関節症だなーー」
と言って 1週間に一度でいいから 注射に何度か通うように言われました。
普通の注射かと思っていたら すごく大きな注射を持ってきて
腕かと思っていたら なんと顎に直接打たれました。

耳の横の顎の関節に ブスッ!
痛いこと 痛いこと。
針も大きいし 痛いしで ぞっとしました。
結局 ギブスがはずれてからは 医者へ行かなくなったので3度ほど打っただけでした。
治ったわけではありません。
そのまま 逃げただけです。

何年か カクカクと付き合いながら 千葉に引っ越しました。
或る日 濡れ縁で洗濯物を干していたら 足を踏み外して 落ちました。
洗濯物を持っていたので とっさに手が出なくて顔をぶつけました。
おおきな沓脱石があって そこに顎を思い切りぶつけました。
「ガクン」と音がしたのを感じました。
もちろん 顎はすりむいて血が出て痛かったのですが それよりもまずいなぁ〜という気持ちがあって
鏡見て顔の点検。口開けたりして 口の中は大丈夫かとみているうちに
顎がカクカク言わないことに気が付きました。
大口あけても痛みはないし カクカク言わないのです。
どうやら 衝撃で外れかかっていた関節が カクンとはまったようです。
それ以来 顎は大丈夫です。快調です。
噛み合わせもよくなったようです。
すりむいた傷はしばらく痛かったですが 顎関節症が治ってしまいました。

これぞまさに 怪我の功名 かも。

嘘みたいな本当の話です。

ちなみに 顎関節症の治療は
整形外科ではなくて 歯科・口腔外科の領域だそうです。
当時は 知らなかったです。
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posted by うめのはな at 15:46| Comment(2) | TrackBack(0) | エトセトラ

2021年04月06日

三木城合戦記

発売時は 読もうとは思っていなかったのですが 借りる機会があったので
「もろびとの空   三木城合戦記」 という本を読みました。

タイトル  もろびとの空 
       三木城合戦記
著者       天野純希
出版者東京 集英社   2021.1

「戦国末期、別所長治は信長に叛旗を翻す。織田勢を率いる秀吉の猛攻に耐え、籠城戦が続くなか、飢えに苦しむ領民は、究極の選択へと追い込まれる。
織田勢を率いる秀吉の猛攻と「干殺し」に耐え、暮らしを守ろうと刀を握った人々の、歴史に記されなかった生を描く。」

別所氏の三木城落城譚といえばその凄惨さから、有名な話として伝えられているそうですが 歴史には詳しくないし まして 三木城なんていうのも全く知らなかったです。
名前も知らなかった武将たちですが 「死に損ない」と罵られ、次こそ死のうと、敵軍を斬りつづける武士。貧しくて米十俵のために握った薙刀で、家族を守るため、「女武者組」として戦う覚悟を決める娘たちの姿が描かれていて ひきこまれました。

織田に反旗を翻した古豪・別所家。司令官・秀吉の報復と播州征伐。
三木城当主別所長治の籠城戦
「秀吉が行った兵糧攻めは、三木の干殺し(みきのひごろし、-ほしごろし)と呼ばれる。」

領民のためにと言いながら自らの意地、プライド、私欲に取り憑かれている城主。
「播州武士の矜持、名門別所家の誇り」とは程遠い 自己顕示欲の塊のような吉親。
城主長治を幽閉し 吉親がプライドだけで反旗をひるがえし 籠城という選択をした。
その選択が、自らだけでなく周囲も苦しめる。
こんな愚かな男のために 多くの民百姓や武士が死んでいく。
焼かれる家や田畑。子は拐われ、女は凌辱され、男は斬られ 秀吉の2年もの兵糧攻めにより飢え死にが相次ぎ
最後には飢えて 人肉まで食べなくてはならなくなった。

物語は百姓の娘で米を得られることから女武者団に参加した加代と、女武者団を支える別所家家臣の蔭山伊織の視点で描かれている。
女武者組の指揮を執るのは別所家の妻 波。
最後の交渉は 幼い子らを含め別所一族の死をもって立て籠もった領民、家臣の命が救うこと。
別所一族が女こどもまで自決する場面は 悲しい場面です。

別所一族の死をもって立て籠もった領民、家臣の命が救われ 月日がたち
その後の平穏な 農民の日々に安堵し 緑豊かな土地へと変わっていく姿にはほっとします。
合戦の裏にある ひたむきな生の物語です。

人とは 何なのだろうか・・
生きるとは?

戦国時代 人は戦いのために生きていたのだろうか。
戦がはじまれば歩兵として いやおうなしに かり出され 前線に出て 切られ 射られ 討たれる。
虫けらのように 殺されても 文句はいえない。
それが 役目と割り切っていたのだろうか・・・

太平洋戦争のときも 兵隊さんは同じでしたね。

家族もいれば 親兄弟もいるのは 領主とて同じはずなのに。
短い人生でも 戦いのためならしかたがなかったのだろうか。
戦争は いやですね。

強いものが勝つ。
そうなんでしょうが ひたむきに生きていた人たちの 人生は何だったのでしょうかね。

フィクションといえども 実際にあったという戦いの歴史を読むのは 辛かったです。

現代の為政者も 国のため国民のためといいながら 利権 忖度
自己顕示 私利私欲 プライドのために 取るべき道をあやまってはいませんか?
そう 問いかけたいです。
タグ:読書
posted by うめのはな at 16:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 読書

2021年04月05日

お寿司

久しぶりに 握り寿司を食べました。
コロナ過で生ものを控えめにしていたし 米もあまり食べなかったので
寿司は食べることもなかったのですが 体調がいいとなんでも食べたくなってきます。

寿司やてんぷらが食べたくなって 「食べたいね〜」というと
テイクアウトで買ってきてくれました。

貝や光物 魚卵は食べることができないので
「まぐろづくし」本マグロ の盛り合わせ。
まぐろだけでも いろいろバージョンがあって工夫されていて 美味しかったです。

ついでに 「天ぷら」盛り合わせも買ってくれたのですが
こちらはあげたてじゃないので 少々べチャッとして あまり美味しくなかったです。
てんぷらは揚げたてに限ります。

握り寿司といえば 私の故郷は 港町なのですが
小さいころは 寿司など食べたことがなかったです。
そもそも 小学生くらいまでは 生ものは食べさせないということでしたので
刺身など食べたことがなかったです。

生ものは菌の心配もありますし 子どもの消化器官が大人のように働き始めるのは8歳〜10歳頃だと言われています。
消化の悪い 貝類 魚卵 そしてイカ タコ。アレルギーの心配がある 青魚などはある程度年齢がいくまでは
食べさせないほうがいいです。

港町ですので 毎日 市場には魚があがってきますから
魚は新鮮なものが手に入ります。 
刺身は 週に何回も食卓にあがります。
もちろん 魚の種類も豊富です。

なまこなどもありましたっけ・・・・。

生ものはよく食べたのですが 握り寿司というのはあまり記憶にありません。
そもそも 寿司屋というのがほとんどなくて・・・
2軒ほどあったのですが それは夜の 飲み屋さんみたいで
家族が食べに行ける雰囲気ではありませんでした。
握り寿司など 食べなくても 自宅で新鮮な刺身が 美味しいお米と一緒に食べられるのですから
寿司などわざわざ食べなくても よかったわけです。

ところが 或る日 チェーン店のお持ち帰りができる寿司やさんができました。
それが 安いし 手軽に食べられるということで 大人気になりました。
何かと行事の多い 田舎のことですので 集りのときは
そういう寿司が喜ばれました。

私も そのとき初めて 握り寿司というのを食べたのだと思います。
上等なネタではないけれど 気軽に食べられると我が家でも 時々買いました。
忙しい時 お祭りのときなど 利用したのだとおもいます。

田舎での寿司の記憶はそんなものしかありません。
東京に来て 学生の頃は寿司など食べるゆとりもなかったです。
そもそも 東京で生ものを食べるという発想すらなかったです。
魚はまずいし 種類もない。

一体私はそのころ何を食べていたのだろうと 思いだそうとしますが 何もわかりません。

一度だけ 寿司屋に連れていってもらったことがありますが
時価というだけで 一体いくらかかったのかは知りません。
とても 自分じゃ寿司屋に入れませんでした。

神奈川では寿司を宅配してもらってたべていました。普通の江戸前寿司。
千葉に行って 驚いたのは すごく大きい寿司だったことです。
ネタも大きいけれど 酢飯の量も半端なかったです。
これじゃ ご飯食べているようなものだと 思ったりもしました。

もともと 江戸時代の寿司は 今の3倍くらいの大きさがあって
3個くらいで 満腹になったそうですから あれが本当の江戸前寿司なのかもしれません。
千葉は内陸部に住んでいたので 魚が新鮮ということはなく
新興住宅地で いい寿司屋さんはなかったです。

再び東京。
中央市場が近いのですが 寿司は高級すぎて 店には行けません。
せいぜい チェーン店で食べるか 回転すし。
または お持ち帰りか スーパーで買うのみです。

寿司にもいろいろあって それにまつわる時代や 思い出があって
なかなか面白いです。

これは うまい と思った寿司って どこだろう・・・・
味の記憶は曖昧です。

やはり江戸の寿司が美味しいと思います。
posted by うめのはな at 07:16| Comment(2) | TrackBack(0) | グルメ

2021年03月31日

食事

2年ほど 急に増えた体重を落とそうと努力してきました。
4kg減らせば 元の体重。
ということでまず 処方されたのは利尿剤の服用。
体重増加の原因は 水分が体にたまってしまったこと。
特に心臓や肺の水を抜くことが第一。
ということで 利尿剤をのんだら 比較的すぐに体の余分な水分は抜けました。
これで水分が 1kg減り、 1年ほどで2kgは減りました。
そこからは おそらく脂肪分・・・
これはなかなか減りません。
薬のせいもあって 血糖値もぎりぎりという数字でしたので
まず 糖質を減らしたほうがいい。
それまでは パンが大好きで 3食パンでもいいというような日も
ありました。だから中性脂肪は高かったです。

朝食のパンをやめました。
たいてい朝は パンとコーヒー。
おなかが膨れれば 栄養なんて考えなくてもよかった。

パンをやめてからの朝食は グラノーラ50g(定量1食分)豆乳をかけて ヨーグルトとバナナ1本。
今は オートミールにすることもあります。チンして温めます。
栄養価は十分で おなかも満足します。

昼は ご飯か麺 またはパン。そしておかず。
ごはんは茶碗半分。約100gにしました。
白いご飯というより 半チャーハンか半分のおにぎり。
ラーメンなら 半分。
それに 軽くおかず。

おやつは 小魚とかせんべいとかチーズとか・・・。
果物が食べたいけれど 食べると調子が悪くなるので我慢。

夜は ご飯無しのおかずだけ。
肉 野菜 魚ぜんぶ毎日 夕食には食べます。
ご飯なしで おなかが膨れないかと言えばそうでもなくて おかずの量が多いのでおなかはいっぱいになります。

医者からは おかずはなんでもいくら食べてもいいと言われています。

まず ご飯の量を制限してからは 体調がいいです。
栄養的にも十分で 血液検査の結果もいいです。
中性脂肪は 白米を減らしてからすぐ 85くらいになり正常値です。

体重も ようやくもとに戻りました。
2年間で4kg減。
毎朝体重を計るのですが 薄皮をはぐようにしか変化しません。
でもあるとき 目に見えて減ったと思える日があります。
その程度の変化でした。
一日の朝夕の変化もありますし そう急激に減るというわけにはいきません。

増えるときはすぐなのに もとに戻るのは長いです。

2年ほど ラジオ体操してきましたし 軽い運動も2〜30分するようになってやっと効果が
でたのかな〜という感じです。
何事も 「継続は力なり」なんですね。

たまには 天丼たべたいとか 山盛りのごはんが食べたいと思ったことありますが
不思議なもので慣れると あまり食べたいとおもわなくなります。
でも たまには食べてもいいという楽な気持ちです。
今は わりと好きなように食べています。
パンも時々食べます。

たまには 外食したいと思いますが 出かけるのはいやです。
テイクアウトもいいのだけれど なんとなく気が進みません。

まだしばらくは 自宅で同じようなものを食べることになりそうです。
今度はあまり体重が減りすぎないように しなければいけないかもしれません。
好きなもの好きなだけ食べられるかしらね〜
そうなれば きっと リバウンドだ・・・・。
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2021年03月26日

ススラーとクチャラー

ススラー,クチャラーという見出しを見て 何のことやらと思えば
食べるときの話でした。

蕎麦だけではなく パスタを食べるときにすする人がいて 気持ち悪くなったとか・・
不快な気持ちがするとか 意見がありました。
たしかに います。
パスタだけではなく ご飯 おかず なんでも ズズッとすすって食べる人います。
味噌汁をすする人はよくいます。
あれは 熱いから・・と思っていました。
日本人は汁物を音をたててすするのがふつうで マナー違反ではありません。 むしろ、音を立てないように汁を飲むと、「おいしくなさそう」と感じてしまうらしいです。(私は別にそんなこと思ったこともありません)

和食は箸でそれなりのマナーや習慣があるのですが 洋食はそうはいきません。
すする音
食器音(金属製のものを使うから)
咀嚼音
この3つは マナー違反です。

一流のホテルでも 食器をカチャカチャ音をたてて くちゃくちゃ噛んで しかもべらべら唾をとばしておしゃべりしながら
食べているひとを見かけます。
洋食のスープをずずっとすする人を見ると なんだか食欲がなくなります。
そのうえ 皿に口をつけて 最後の1滴まで飲み込もうとする人も見ました。
以前は 洋食のマナーが わからない人もいました。
今は どうなんでしょうかねぇ・・・・
昔 ハワイが農協さんご用達だった時代には 見ものだったのではないかと想像します。

ススラーとクチャラー。
身近にもいます。
実は 夫がそうです。
家では パスタを蕎麦のごとく すすって食べるのです。
麺類はすすって食べるとう概念からか それとも単に習性なのかわかりませんが すするのです。
見ているほうはすごく不快です。(外では自重します)
「フォークで巻いて食べたらどう?」と言っても 聞きません。
「何が悪い」そんな感じです。
どう食べようと 家の中ではそれでもいいのですが 何がいやだって
服の胸元に ソースが跳ねるのがいやなのです。
子供みたいに 前が汚れます。
だから やめてほしいと言っても聞き入れませんから 彼の服の胸元はすぐ汚れます。
それでも 家の中だから平気だと言います。
いつから こんな怠惰な自堕落な人になってしまったのかと思います。

歯医者によれば 入歯の人は 噛むよりすすったほうが楽なので すすって食べて 誤嚥していまうことが多いそうです。
高齢者の誤嚥性肺炎もこのせいが多いそうです。
汁物 麺類だけではなく なんでもすすって食べるひとがいて 結婚後気が付いて離婚したくなったという人もいました。
結婚前に 食事デートしなかったの?と思いますがそういう時は 緊張していて ボロがでないように
しているのでしょうね〜

私は蕎麦もすすれません。
ぼそぼそと食べるのを見て 「美味しくなさそう」と言われますが すすれないのだからしかたないです。

ススラーより 気持ち悪いのが なんでもくちゃくちゃ音をたてて食べる クチャラーです。
これは 私も気持ち悪いです。
昔 そういう人と食事したことがあります。
口に入れるたびに 「クチャクチャ」音を立てて食べていました。
もう げんなりで食欲がなくなりました。
これは ススラーよりいやです。
なぜ 音をたてて食べるのか聞いてみたいです。
くちゃくちゃに音がつくのですよ。
まわりに音が聞こえるのだから 不快な事間違いないです。
自分じゃ気が付いていないのかもしれませんが・・・・。

たまに何かの拍子で音がすることはありますが 噛むたびにクチャクチャ音はないでしょう〜
自分が食べ終わったあと ヨウジでこれまた「シュッシュ シー」とかやる人もいて これも
不快です。ごくまれに 水でうがいして飲むひともいます。これも気持ち悪いです。

まぁいろいろな人がいますが 食事のときは周りの人を不快にさせない食べ方をしたいものです。
今はコロナで会食もできませんけれどね。
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2021年03月22日

3/22のつぶやき

昨日は 春の嵐で雨風ともにすごかったです。
前日20日は 地震と穏やかではない日が続きました。

窓の外から鶯の声が聞こえます。
「ホーホケキョー」と上手になりました。
桜が満開になるのももうすぐです。
都会といえど 公園や緑道と緑が多いし 桜の木も多いので 野鳥も多いです。
自然を愛する人たちは カメラ構えてバードウォッチングなどしている姿も見かけます。
いい趣味だと思います。

コロナで出かけることもなくなって 退屈なつまらない毎日をすごしています。
行きたいところ 行かなきゃいけないとことは いくつかあるのですが
交通機関を使って出かけるのもいやだしで そのままになっています。

散歩がてらに銀座まで 4〜5kmほど歩くのもいいかなぁ〜とは思うのですが
帰りも考えると 自信がないです。

以前はよく歩いたものです。
一日2万歩なんてこともありました。
東京巡りをしていると 移動距離もありますが 地下鉄の駅の移動が結構歩くことがあって
どうしても歩数が増えます。
それと 庭園や博物館・美術館の中の移動なども歩きます。
一駅二駅なら 歩いたほうがはやいということもありましたし 本当によく歩いたものです。

若いころは 山登りやハイキング キャンプも好きでしたし スキーもやっていて
わりと足腰は丈夫でした。
おかげさまで 足は痛くならないし 歩くのに不自由はしていません。

アウトドア派かといえば 決してそうではなく 虫はきらいだし 山などにいる生き物も苦手です。
那須高原や鹿沢(つま恋村)の高原でキャンプしました。
キャンプで何がいやかと言えば 虫!
夜 灯りのもとにむらがってくる 虫の数に驚きます。
特にいやなのが 蛾!
すごく大きな蛾がたくさんいるので 卒倒しそうになります。
夜のトイレは 誘蛾灯のごとく蛾や虫がいっぱいいて 怯え乍ら利用します。
テントの中で眠るのですが 山の涼しいところなので 蚊はいないだけましです。
でも 今思えば なんでわざわざ不自由なキャンプなんだろうか・・・と。
子供に体験させたかったというだけでしたかね。

私が子供の頃は木に登ったり 川に入ったり 野山を駆け巡ったり結構ワイルドでした。

那須でのキャンプは 友人家族と3組で行きました。
休暇村キャンプ場の大きなテントでしたが(家族別) 参加者用のイベントもあったし
キャンプファイヤーや登山もありました。
自由時間に行った山の中の 北温泉が秘境の湯で(徒歩でしかいけない)忘れられません。
天狗や妖怪が出てきそうな雰囲気で 面白かったです。

河原でもよく BBQしました。
ご近所さんや 友達 職場の仲間と誘い合って 河原でBBQ。
用具も全部そろえたので子供が小さかったときは よく行きました。
神奈川にいたときですから 相模川や中津川でした。

もう若いころの エネルギーはないです。
静かな暮らしが一番いい。

今は 何より 蚊にさされないのがいい。
ここは10階。蚊はほとんどいません。
たまに人にくっついてくるのか 見かけますし エレベーターで1階に下りれば 外にいます。

ハエは外にいます。
油断すると 窓から入ってきます。
ゴキはみかけません。どこかにいると思います。
蝉も飛んできます。
緑が多いので 夏の蝉の声はうるさいくらいです。
鳥はたくさんいます。

高いところに住んでいても
季節のうつろいに気が付き 鳥の声 蝉の声 太陽の傾き 日の長さ 
緑の色 花の美しさにきがつく そういう風流な生活に心地よさを感じます。

昔の人は老いが早かった・・・
そして晩年 風流の道に入っていった。
その気持ちわかるなぁ〜
と・・・いっても私は 和歌や俳句などには縁遠いのでそれも無理です。
侘び さびの世界には 入れそうもないです。

何より 虫がきらいじゃねぇ〜

非日常がそのまま日常にかわりつつある 今日この頃です。
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2021年03月18日

年度末

年度末でみなさん何かと忙しいのではないかと思います。

やっと税金の申告がおわりほっとしたころには いろいろな手続きが待っていてあれこれ書類をかかなくてはいけません。
役所の書類なんですが いまだに 印鑑が必要で どこがハンコレスなのかと思います。
三文判でもいい 押印なんて何か意味があるのだろうかと思います。
悪習なんでしょうかね〜

書類にマイナンバーの番号を記入するのが面倒です。
そんなもの覚えているわけないから いちいち見なきゃいけないし カードは作っていないので
通知カードをみます。
番号書くのだから カードは持っていかなくてもいいかというと 確認のために持参だといいます。
それなら そちらで調べろ・・と言いたくなります。
マイナンバーカードはそろそろ つくろうかな〜と思いますが 写真を撮るのも面倒です。
なにやら 最近カードを作る人が増えて 役所は混んでいるらしいです。
特に今は 年度末で移動などあって 役所は激混みだそうです。

以前は 医療費の領収書を1年分とっておいて それを計算していましたが
今は 医療費の明細が送られてくるのでとても楽になりました。
それを  計算し 不足分を書いて提出すればよくなりました。
医療費は結構かかります。
10万円ひいても家族分だと かなりオーバーしているので 毎年申告します。

年度末は更新しなきゃいけない手続きがいろいろあってどこも混んでいます。
コロナなんだから オンラインでできないものかと思ったりします。
こういうところのデジタル化はまだまだのようです。

年度末ぎりぎりに役所に行くと 混雑しているし 移動などあって引継ぎがうまくいってなかったり
仕事に不慣れな人が窓口にいたりして 多少不備があったりもして いやなので
できるだけ早めに行かなきゃと思っています。

桜も開花して 春めいてきて暖かい日が続きます。
桜も入学式の花から 卒業式の花になりました。
今年は特に開花がはやかったですが 花見も行きたくないです。
近間の桜でもみることにしましょう。
しかし 花粉がいやで 外に出たくないです。
年度末 いろいろあわただしい。
師走より忙しいのではないでしょうかね〜
なぜこの時期が 年度末なんでしょうか。

会計年度は 日本は4月開始。アメリカなどは10月、ヨーロッパ中国韓国は1月 開始。
学校年度は 日本は4月開始。各国いろいろですが欧米など10月開始が多いです。
明治時代からだそうです。
昨年コロナで ちょっと学校年度が9月開始議論があったのにすぐにボツになってしまいました。
いい機会だったのになぁ〜

今年度も残り少なくなりました。
気を引き締めなきゃ。

あまり効果のなかった 緊急事態宣言も解除になりそうです。
タイミングとしては最悪の 解除じゃないかしらね〜
先読みができないから こういうタイミングになるのです。
解放感で これから浮かれて花見 会食 しなきゃいいけどね。
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posted by うめのはな at 07:07| Comment(2) | TrackBack(0) | エトセトラ

2021年03月16日

腎エコー

最近は体調もいいのですが 少し無理をするとやはり息切れがします。

一番息切れしていた時に パルスオキシメーターで計測してみたら なんと 84という値が出て びっくり!
これって 急性呼吸不全だ やばいなぁ〜と思ったら すぐに回復してきて 92 94 96 97になって一安心。
いつもは 97〜98くらいで 正常です。

パルスオキシメーターは指先など体に光を透過させることで、動脈血の酸素飽和度(SpO2)を計測できる測定器です。
コロナの自宅療養者やホテル療養者に貸し出されて 毎日計測しているものです。
パルスオキシメーターでの計測により、新型コロナウイルスの感染判断するものではなく 肺のダメージを調べるものです。「93%以下」は中等症U(呼吸不全あり)などです。

今 パルスオキシメーターが一般の人にも人気で品薄だとかで 呼吸不全を起こす人がいない人は パルスオキシメータを感染予防目的のために購入するのは避けるように言われています。(私のところにあるものは 慢性心不全なので 実家から送ってきたもの)
そもそも何の症状もない健康な人が計測しても だいたい同じ値で変化はないです。
もっていても 脈拍がわかるくらいで あまり使用する必要のないものです。

昨日は通院日だったので1か月ぶりに行きましたが相変わらず めちゃくちゃ混んでいました。
どこが コロナ自粛だ・・去年なんか びっくりするほどすいていて みな 医者すら控えていたのに
慣れてしまって いつもどおりです。コロナリスクは変わったわけではないのにね。

諦めて 待っているとき 看護師さんが来て
「今日腎エコーやるかもしれませんから トイレに行かないでくださいね。まだ1時間以上待つと思いますので
その間に 尿を貯めておいてください。まだ先生が来ていないので はっきりとやるやらないは
わかりませんが やらなくても尿検査はしますからね」
「出かけるとき トイレ行ったので今全然したくないから 水たくさん飲めばいいわけですね?」
「はい。ジュースやお茶は避けて お水がいいです。膀胱を満タンにしてからしか 検査できませんから。」
「待っている間に 我慢できなくなったらどうします?」
「その時は検査だけ先にしますから言ってください」

というわけで ペットボトルの水を買い ぐびぐび飲みました。
自分でもっていた分含めて 700mlほど飲んで 待ちましたが 尿がたまる気配がない。
頭の中は 貯まれ〜貯まれ〜になって待ちました。
そろそろ いい感じになってきた1時間半後に呼ばれ 診察後検査です。

腎臓と膀胱にエコーを当てました。
膀胱を抑さえるので トイレに行きたい感じになりますが 痛くもかゆくもない検査です。

学生時代 腎結石になって 救急車で入院したことがあるので石が心配でしたが
無事でした。当時はレントゲンと尿検査でした。

「正常です。なにもわるいものは見当たりません。」と写真をみせられて ほっとしました。
ここ何回か 尿に血液が出ていたので 念のため調べたそうです。
「血液さらさらの薬飲んでいる人は たまにあるんですよ。」
とのことでした。

運動していますか と聞かれ
やりすぎると 息切れするし 呼吸が苦しくなるということで
「息切れした時 パルスオキシメーター84でした。すごく苦しかったんですよ」というと
「え?そんなに?」と驚いて首をかしげていました。
あきらかな 異常値なのです。
「ここに来るとき 休みながらでしたか?」
「いいえ 最近は一気に歩けます。ただ息切れは多少ありますが すぐ回復します」
「もうすこし 運動量増やして 心臓に負荷を与えたほうがいい」と言われました。
鍛えないと弱いままだそうです。

今回は血液検査の結果を聞きましたが 前回悪かった数値も全部正常に回復していて
悪かったのは BNPという心臓の数値だけでした。
これは 体調によって変化があってしかたないものだと言っていました。

果物のアレルギー検査もしてもらったのですが なんとなかったです。
アレルギーではなくて 成分の中に何か体に合わないものがあるのではないかということでした。
すくなくともアナフィラキシーになることはないそうで安心しました。

いつもの薬をもらって 無事帰宅しました。
どっと疲れました。
医者にいくのにも体力がいります。

検査でゼリーを塗ったので シャワーをあび 服を全部着替え フルコースでコロナ予防。
いやだね〜
いつになったら 普通の生活になるんだろうね〜
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posted by うめのはな at 07:04| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ