2022年08月17日

信じ込むこと

汗をかいて「デトックス」は誤り という記事をみました。
いわゆる 「ホットヨガ」(よく知らない)「岩盤浴」「サウナ」で汗をかいて 体の毒素を排出して健康を保つとも言われていますが これが間違いだと検証されたという記事でした。

人間が汗をかくのは体温を下げるためであって、老廃物や有毒物質を排出するためではない。
老廃物を体外に排出する役目は 肝臓 腎臓であるから大部分は尿として排出される。
これは御承知の通りでしょう。

普通の人が1日45分間の激しい運動を行ったとしても、1日の発汗量はせいぜい2リットルほどだった。
平常時の汗の量も含まれることから運動での汗ので「デトックス」というわけにはいかないようです。

調べてみると 人は一日に汗 呼吸 排泄で約2.5リットルの水分が失われているそうです。
急激に運動したり 炎天下に長いこといて 大量の汗をかけばそれだけ水分が失われ 体内のミネラル分 塩分が失われ熱中症となるわけです。水分だけでなく 電解質の補給が必要です。

どんなに大量の汗をかいたとしても汚染物質は0.1ナノグラム以下しか含まれていないことがわかったそうです。
つまり その日体内に摂取した汚染物質の1%すら排出できないということです。

私は「サウナ」って嫌いなんです。
熱くて 息苦しいので 2分も入っていられません。若いころからそうです。
何より 肌と髪が傷みます。
みなさん 何故 頑張って汗流しているのかが よくわかりませんでした。
「ダイエット?」と思いますが 汗かいて 大量に水分とるわけですし 痩せる効果があるとも思えませんでした。
最大のメリットは「温熱効果」で「血液の流れが良くなる」「疲労回復」でしょうか。
でも度がすぎれば体に負担がかかり 逆効果ってことになりますね。

若いころ 友人が 「塩もみすると痩せる」とか言って せっせとお腹や太ももを揉んでいました。
「あんたは 野菜か?」と笑いましたが 本人はいたって真面目に脂肪が揉みだされ痩せると信じていたようです。

もむことで脂肪が取り除かれるということはほとんどありません。ちょっと考えればわかることです。
ただし脂肪は血液によって体内に運ばれますので 脂肪中の毛細血管を通して運び出されるという意味では適度のマッサージは多少の効果があるかもしれません。そこに「塩」は関係ないでしょうね。
揉みすぎれば 毛細血管を傷つけることになってしまいます。
私など 細くてもろい血管なので マッサージなど怖くてできませんし 「塩」などつければ 皮膚が真っ赤になってしまいます。人間は野菜じゃないのだから そんな事しても痩せない!

もうひとつ 「キュウリパック」なるものをやっていた人もいます。
保湿効果や美白効果を信じて 毎日 顔にキュウリ貼り付けていました
きゅうりのビタミンCでシミ予防とか・・・
たしかにきゅうりは100gあたり14mgのビタミンCを含んでいますが 食べての話で 貼り付けて効果があるかどうか?

ある美容整形外科医は
「美白効果なし! むしろシミを増やす危険性があります。
それどころかキュウリは肌を黒くする効果があります。紫外線でメラニンを増やす作用があるソラレンという成分が入ってます。ソラレンはきゅうりの皮の下に多く含まれてるのでパックをするとドーナツ形にシミができるでしょう。特に、きゅうりは肌に触れるとかぶれる可能性もあります。』と言っています。

そんなところでしょうね。

こういう話はいつ誰が広めたのかは知りませんが どんなことでもあっという間に広がり それを信じる人がある一定数いることは間違いないです。
何が正しいか 間違っているか 落ち着いて考えたり調べれば わかるのですが 人間一度信じ込んだことは 思い込んでしまってなかなか 正せないものです。

昔の 常識 今の 非常識 ってこともたくさんあります。
時代が変われば いろいろ検証されて正されていくものなのかもしれません。

私なんか 日に当たると(日焼けすると)風邪をひかない 健康になると信じ込まされて
小学生の時 毎日毎日 海に行って泳いで 「く○○ぼ大会」入賞を目指して 黒くなるのを友達と競いました。
日頃から日焼けしている 海辺の子や 農家の子 には 一度も勝てませんでした。
勝てないどころか 選外でした。
それでも 日焼けで黒くなって 皮膚の皮が 剥けたりでまだらになったりしましたが それがまた みな 勲章のようでした。
今思えば あんな馬鹿なことをよくやったものだと 思います。
そのせいで 今じゃ シミだらけの顔です。

海で日焼けし 山で日焼けし これで 風邪ひかないと思いきや よく風邪をひきました。
そりゃそうだ 風邪の原因は ウィルスですから ビタミンDくらいじゃ 効果がないです。
考えてみりゃわかりますね。

近年は 日焼けはよくないってことでみな 子供にも日焼け止めなんですものね〜

もっとはやくから そういって 欲しかったわ。。。。。

posted by うめのはな at 10:55| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2022年08月14日

左利きの日

昨日 8月13日は「国際左利きの日」でした。
世の中 右利き中心でなにかと不自由を感じている 左利きの生活環境の向上に向けた記念日である。
「1992年8月13日、イギリスにある「Left-Handers Club」により、右利き用だけでない誰もが安全に使える道具を各種メーカーに対して呼びかけることを目的に提唱・制定された。同日は提唱者の誕生日である。」という説明ですが 日本では お盆の時期という理由で 「レフト」すなわち「2月10日」を左利きの日としているらしい。
わたしは 初めて聞きました。

私は 字を書くのも 箸を持つのも 右 です。
小さいころから右利きと信じていましたが 何かの場面で人とは違うことに気が付きました。

まず 自転車は右から乗る。右からしか乗れない。押して歩くのも右。
ぞうきんを絞るとき 左手が上で 右手は下。左を右にひねる。
あるとき 絞った雑巾を手渡したら 「逆で 気持ち悪い」と言われました。
わざわざ搾りなおされました。

体育の授業で走高跳がみなと同じように右側から走ると 飛べない。手前で止まってしまう。
左側から走ると すんなり飛べる。
クラスに2〜3人はそういう子がいました。

走り幅跳びは 右で踏み切ります。
徒競走のスタートスタイルは 右足が前。
スタートは効き足で 一歩目を踏み出すのがいいそうです。
ハードルも右で飛びます。

ボールを右で投げれば 数メートル先にしかいかない。
「ふざけてんの?」と言われても いたって真面目。
そこで 左手で投げてみればそこそこ飛ぶ。
まぁどちらでも 非力なのでそう遠くにはいかないのだけれど。

利き足がどちらか 調べるには 前に倒れそうな姿勢になって 思わず出す足が利き足だそうです。
どちらが 多いのか知りませんが 右利きの人の利き足が右だとは言えないそうです。

世の中 右利き中心の世界で道具もなにもかも 右利き用に作られています。
左利きの人は 約10%だそうです。

調べてみると
「脳の左側は言語を制御しているので、左脳が制御する右半身の方が発達して右利きとなる。
左利きの人の脳は、右利きの人よりも脳の各所に機能を分散する度合いが高い。左利きの人が脳卒中の発作に見舞われた場合、右利きの脳卒中患者よりも復帰が早い。」
左利きの脳は右利きに比べて「左右差が少ない」と書いてありました。

右利き中心の社会では 左利きは不便を感じることが多いです。
自動改札や自販機。ハサミやグローブ。鍵 ネジ スクリューなどなど。
楽器の演奏も不自由でこれは矯正が必要になります。
字を書くのを右に矯正することも多いです。
たしかに 日本語は不便です。横線が書きにくい。
アラビア語などは 左の方がいいのか?
作法の必要な 弓道 剣道 などは作法に従います。
定規なども使いにくい。
カメラのファインダーも右利き用。

外科医は 左利きはチームでやる手術では 認められないそうです。
手と手が ぶつかったら大変だものね。

私が不自由だと思ったのはバイクのスタンドでした。
右足での動作のため 左側についていて 使いにくかったです。

私は左利きというわけではありませんが いくつかは不便なことがあります。
字や箸は 矯正されたのかどうかはわかりません。

息子も器用で 両方使えます。
小さいころなど 両手にクレヨンを持って両手で描いているのを見て驚いたものです。
今は やはり字や箸は右手になっています。
彼のかかりつけ医はもっと器用で 左手でも右手でもカルテを書いています。
「あら 左利きなんですか?」と問えば
「どちらでも 書けます」と答えていました。
世の中いろいろな人がいます。

バリアフリーとはいいますが 左利きのバリアフリーはまだまだなようです。
トイレの洗浄レバー。うちは 左側にあるので助かります。
電話機も 左受話器です。
私は右手で持つ方なので メモするときに持ち替えます。
最近は固定電話はほとんど使いませんが 昔は不自由でした。

そういえば アインシュタインも 左利きと言われていますが 両方使えたということを本で読んだことがあります。
哲学者のアリストテレス、アインシュタイン、エジソン、ダーウィンなど「天才」と呼ばれる偉人たち。モーツァルト、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ピカソなどの世界的に有名な芸術家にも左利きは多かったようです。

はたして 左利きは天才が多いのか。
天才と左利きの関係に科学的根拠はないそうです。
しかし  左利きの人の脳の調査によると、「右脳がより発達している」、また「右脳と左脳のつながりが強く、情報処理力が優れている」「左利きの方が数学的な思考に強い」ことがわかっているそうです。

全部がそうとは限りませんね。
何事も 本人の意識と努力でしょうかね。
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posted by うめのはな at 10:21| Comment(4) | TrackBack(0) | エトセトラ

2022年08月07日

あくてえ

「あくてえ」とは 甲州弁で「悪態をつく」というような意味らしい。
この妙なタイトルに魅かれて 本を読んでみた。

タイトル    あくてえ   山下紘加/著 
出版者    東京 河出書房新社
出版年    2022.7

内容紹介

あたしの本当の人生はこれからはじまる。
90歳の憎たらしいばばあと、面倒見が良く気弱な母と3人で暮らす小説家志望のゆめ。鬱屈を悪態に変えて己を奮い立たせる19歳のヘヴィな日常を描く。(第167回芥川賞候補作)


第167回芥川賞候補作などというと 難解な本というイメージで敬遠しがちなのですが この本は タイトルに魅かれて手にしました。
難解どころか 実に読みやすい文章で内容もわかりやすく 涙が出そうなくらい現実感があって途中でやめられなくて一気に読んでしまいました。

読後感といえば 「生きているだろうか」「少しは楽になっただろうか」これ以上がんばれとも言えないけれど 笑顔ですごせていたらいいなぁ・・と 思ったような次第で 実に現実味のあるひしひしと 主人公の気持ちが伝わる内容でした。

読んでいる途中で 「あくてえ」をつきたくなる気持ちが伝わってきます。
私なら 絶望感とリアルを感じて 大声で叫び 逃げ出していたかも・・・・。


19歳小説家志望のゆめ、母親のきいちゃん、90歳の甲州弁のばばあ。
そのばばあは母の義母で 母娘と3人で暮らしている。
祖母は母の事を「娘」だと言う。
3人の日常を描いた作品ではあるが 主人公である ゆめ(娘)は 常にイライラし怒っている。

それというのも 祖母は 浮気して逃げた父親の実母で本来一緒に暮さなくてもいい存在。
それなのに 実にでかい顔して何かにつけ「あくてえ」(悪口)を言う。
おまけに 耳は遠いし 介護が必要だし 半分ボケているみたいだ。
父親は 慰謝料もよこさず不倫して新しい家庭を持ち 子供もいる。

祖母はその新しい家庭から靴も履かず 逃げてきたのである。
先方の「あくてえ」をさんざん言ったかと思うと 息子を甘やかしなにかにつけ 息子にこちらの「あくてえ」を言う。

母はパート。あたしは 派遣社員。わずかな父からの祖母用の生活費でなんとかくらしているが 生活は苦しい。
ばばあは何度か倒れたり 入院したりでお金がない。
だけど 父はばばあにいいかっこばかりで お金をいれないどころか生活費さえ滞る。

頼るべきものはない。
このままでは一家共倒れになってしまう。ギリギリのところで踏ん張っている母娘。
それなのに ゆめの財布からお金を盗んで 先方の息子にゲーム機を買ってやりたいというばばあ。
情けなくて どうしようもなく「あくてえ」をつく。

やりきれない怒りの描写が怒濤のようにあふれる。
ゆめ の怒りはばばあ 父 そして社会のあらゆるものへ 向けられていく。

そもそも 母のお人よしには 怒りを覚える。
浮気されても 離婚されても何も言わず 慰謝料も 受け取らず 祖母までおしつけられて 生活を犠牲にして面倒を見ている。
あげくのはて 母も体調不良で倒れたりストレスでふきでものができたり 落ち込んだり。
このままじゃ 死ぬしかないとまで 思いつめる。

憎たらしいばばあも ふがいない父親も 優しすぎる母親も みんな不器用にしか生きられない。
ばばあが入院しているときは 優しくしなきゃと思っても 顔を見ると憎たらしくなってしまう。

家族三人で頑張ろうと決意を固めた翌日には、どうしようもなく落ち込んで三人で死んでしまえたらと本気で思う」
真面目な人間ばかりが損をする。それでいいのだろうか・・・

一番悪いのは 父親。無責任すぎるし 読んでいても こんな男と むかついてくる。
息子の教育やサッカーには出すお金があるのに・・・。
私なら 出るところへ出て できる限りの「あくてえ」をつきそう。
優しすぎる 母娘としては ばばあが傷つくのがいやなのだろうか。

心の底から相手を憎んでいるわけではない。自己コントロールをし 今の生活を守る為 そしてコミュニケーションのためかストレス解消のためか 悪態をつかずにはいられないから吐き出すしかない。
「あくてえ」は 魂の叫びである。

主人公の放つ言葉がどれだけこの生活がしんどいかを表している。まさに「怒涛のあくてえ」である。
父親の無責任さが 本当に頭にくる。本当にこんな男がいたなら人間の「クズ」である。
わたしなら 非情ではあるが 情に流されてはいけないと ばばあを父親宅に突き返す。
父親も新しい嫁も 情がないのだからね。実の親だし しかたないでしょう。

悪口合戦ではあるが 悩み苦しみ もがいて必死で生きている様子がわかる。
しかし 読後感も 終わり方も悪くない。不快感はないがもやもやは残る。
甲州弁というのもいい。

テンポのいい文章ですらすら読めるのがいい。
この本は 長くはないので一気に読むのがいいと思う。

しかし
90才の介護。
言うこともきかず 身勝手でわがままで 遠慮がない。
言い聞かせても ダメ。そして倒れたり 怪我したり。
そのたび 手がかかる。仕事もまともにはいけなくなる。
施設に預ける お金もない。
痴呆なのかわざとなのか どこでも「あくてえ」をつくお年寄り。
どこにでもいそうで これが身近になったならと思うと ぞっとする。

悪口はできるだけ言いたくはない。
でも それが少しでもストレス解消になるならしかたないと思うが 人を傷つけてしまうこともある。
どうしたらいいのでしょうねぇ。。。。。

この家族は特殊な立場ではありますが
どこにでも 誰にでもある
高齢化社会の問題でもありますね。
posted by うめのはな at 09:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 読書

2022年07月30日

医者あれこれ

検査のため5週間ぶりに医者に行ったのですが あれ?と思うくらいすいていました。
みなさん コロナで医者通いを敬遠しているのか 発熱外来に行っているのかはわかりませんが いつも2時間3時間待ちは普通なので驚きました。混んでいたら 薬だけもらって検査だけにしようと思っていましたが 20分ほどで名前を呼ばれ 診察してから検査になりました。

診察はいつもと変わらずだったのですが 混んでいないので 医者も看護師も余裕があるような感じで ゆっくり診察できました。いつもこうなら 患者も落ち着いて話せるのになぁ〜

2日ほど前から 少し腰が痛くて 座るのに難儀していたので 湿布薬と鎮痛剤カロナールを出してもらいました。
鎮痛剤は1週間分。一日3回服用ですが 私は痛み止めってそんなには使いません。よほど痛むときだけかな。
ロキソニンなどは よく効きますが 胃が痛くなるのであまり使いません。
比較的弱い「カロナール」は抜歯したときも使いましたし ワクチン接種のときも使いました。
夫は以前よく足の甲が腫れて歩けなくなるほどでしたが その時は強い「ボルタレン」を飲んでいました。
ここ3年ほどはその足の痛みもなくて 落ち着いています。

今 解熱 鎮痛剤の「カロナール」が出荷調整とかで品薄らしく 制限しているそうです。
いざという時にはコロナ感染時の発熱に使えるし 1週間分もあれば十分なので 助かりました。
ワクチン接種時にもらったものも少し 残っています。

4回目はまだ受けていません。
区から日時を指定されていましたが あまりにはやいのでいったんキャンセルしました。
あらたな 予約もまだです。
医者は 持病があるから 副反応があっても打ったほうがいいよとは 言っていましたが もう少し様子を見ます。
なんでもかかりつけ医のPfizerは 8月1日からとのことでした。

「オミクロン株に有効なワクチンは秋ごろから」なんて いうニュースを見ると
「じゃぁ今の4回目は 在庫処分なのかい?」と 追求したくなったりもします。
たしかに プラセボ効果はあるかもしれないなぁ〜などと思ったりもします。
とにかく 自分のことなので 他人の伝聞 にあれこれ惑わされないで 自分で決めるしかないです。
打つ人 うたない人 それぞれでいいじゃないでしょうかね。
誰にも迷惑をかけないならね。

その医者には接種会場も設置されているのですが やはりぼちぼち人は並んでいました。
今はモデルナらしいです。
普通の診療と 発熱外来と 接種会場と まぁ大変だ事。医者は何人体制なんだろうかと 考えてしまいます。

検査の心電図計ですが 5か所テープで止めて 24時間そのままなので 翌日外しに行ったら テープの跡が真っ赤でかゆくてね。皮膚が弱いので かゆくてもだえました。

結果が出たら電話しますかと聞かれましたが 次の診察時に聞くことにして 「よほど重篤だったら電話してね」と頼んでおきました。
はじめてじゃないので そこはあまり心配していません。

心電図計をつけている間は 時間を書いて何をしていたか記録するのですが 特に仕事や運動をするわけでもないので一日のほとんどの記入は トイレや休憩。なんだか 怠惰な人生だなぁ〜と改めて思いました。
夫も一日のほとんどが 「横になっているじゃないの?」と笑っていました。
10時就寝 6時起床の8時間睡眠で お手本のような睡眠です。
「横になる」が多くて たいていごろ寝で本を読んでいます。
検査員も ゴロ寝ばかりとあきれるかもね。
運動と言えば 10分間のラジオ体操だけ。
これでいいのだろうか・・・と自分でも思います。

暑くてなにもできないし コロナで外出できないのだからしかたないよねぇ・・・
と一応 言い訳をします。

腰の痛みもほとんどなくなり 何だったのか原因さえわからないですが たしかに座って立つときは痛みがあったのです。
2~3日でよくなりました。
朝起きたら痛かったのだから 夜中に何か姿勢が悪かったのか?とは思いましたが
寝ていてまさか 姿勢が悪いなんてね〜あまり考えられません。

まぁなんでもない時に ぎっくり腰になったりもしますから そういうこともあるのかもしれません。
とにかく その痛みのおかげで 貴重な「カロナール」も出してもらえたので 良しとしましょう。

本当は少し薬局で買おうかくらい思っていましたが 今 売り切れらしいです。
別に アセトアミノフェンであれば 別のものでもいいのですけれどね。
タイレノールでもいいわけですから。

コロナにかからないのが一番です。
自己防衛しかないです。
がんばろう・・・・。
posted by うめのはな at 10:29| Comment(4) | TrackBack(0) | エトセトラ

2022年07月25日

東京みやげ

大阪の粟おこしの老舗メーカー倒産という記事を見て 子供の頃に食べた「粟おこし」を思い出しました。
最近じゃ 全く食べませんでした。
昔は 大坂の土産と言えば「粟おこし」で 軽いし長持するしで 土産物に重宝されたようです。
食べると 硬くて歯がたたなかったりで かけらを口にいれて 柔らかくして食べたような気がします。
別名「岩おこし」というくらい 硬かったのを覚えています。
そんな「粟おこし」だんだん食べなくなりました。
代わりに 地元の中学の修学旅行生が東京に行くと 土産に買ってきたのがやはり 安くて軽くて長持するということで浅草みやげ「雷おこし」でした。
昔は 東京に行くなんてめったになかったので 中学生でもご近所用に土産物を買ってくるのが ならわしでした。
学校も心得たもので 旅行前に 前もって土産物の注文を受けておいて 一括購入して 運び 帰りの汽車の中でそれぞれに配ったものでした。だから途中でみやげものを買うのは自分と家族用のちょっとしたものだけです。
子供の修学旅行なのに そんなことしなきゃならないのかという 疑問もわき その悪しき習慣は 後になくなりました。
それまでは 修学旅行の土産といえば 「雷おこし」か「せんべい」程度でした。
というわけで 「粟おこし」は「雷おこし」に変わったのですが 微妙に味と硬さと 食感は違いました。
食べる方としては どちらでもよかったわけですが・・・

今じゃそんなお菓子食べなくなりましたし 土産物として選ぶ人も少なくなったのではないかと思います。
食べてみれば 昔なつかしいお菓子だとはおもいますが 硬くて食べる気にはなりません。

そういえば 少し日がたつと 紙一枚で包装された「雷おこし」は 湿けて やわらかくなるので そのころに食べた記憶もあります。でも 硬いのが美味しいのです。あの食感 ガリガリという音 甘みがよかったのかもね。

東京 本郷の叔父は よく我が家に帰省してきましたが そのときのお土産は いつも栄太郎の菓子か 福神漬け。
そして 「とらやの玉羊羹」。
丸いゴムに入った小さな羊羹ですから 長持します。一口で食べることができて プチッと歯で破いてたべるのが楽しみで大好きでした。
あまり私が気に入ったので 時々 送ってくれたりもしました。
昔は 宅配便もないし 長持するお菓子なんて限られていましたからね〜

今では迷うほどに東京土産はたくさんありますし 地方でも買えますし 通販でも買えるので有難味は薄れています。
地方のものだって 東京で手に入ります。
実家からは 「なにか欲しいものがあれば送る」と言われますが
「特にないけど・・・」と答えます。
ついこの間も 泊りに来た息子が 錦糸町で「越前水羊羹」を手土産にもってきて みなで「おいしい おいしい」と食べましたらその数日後 実家の兄が「水羊羹」送ったと言われて 苦笑いしたものです。
福井の水ようかんは 普通のものとはたいぶ違い美味しいです。

地方どころか世界中のものが 近くで買えるようになりました。

土産文化というのも いいのかわるいのか・・・
「つまらないものですが・・」と言う習慣もあほらしい。謙遜なのですが
「つまらないもの」なら持ってくるな と今ならいいたくなるような気がします。

心のこもった贈りものならいいですが 儀礼的 習慣的でなんでもいいから手土産って どうかなとは思います。
「何がいいか 一生懸命考えました」と素直にいえればいいのになぁ〜

田舎では 昔は旅行と言えば めったにできないことだったらしく 行けば親戚 近所もれなく土産で そりゃ帰りが多荷物になりたいへんだったそうです。
なんでも両親の時代は 東京に行くときさえ「餞別」など渡されたそうです。
それじゃ 土産買ってこないわけにもいかなかったでしょうね〜

めったに旅行に行けない人は いつももらうだけで申し訳ないという気持ちがあって
ここぞとばかり あちこちに配ったりしたものでした。
そこで 子供の修学旅行さえ 土産という習慣になったらしいです。

ほんと バカバカしい・・・・

でも 東京のおじさんが来るというと 嬉しかった。
「とらやの玉羊羹」が食べられる。そのうち 1本羊羹になったりもしましたが
私はあのゴムに入った小さな羊羹が大好きでした。

しかし今は 「とらや」の羊羹はいいお値段で めったに買えないわ。
こういう自分じゃ気軽に買えない土産物なら 本当にうれしいものです。

せめて 東京駅の虎屋カフェで(赤レンガ駅舎の2階)お茶したいです〜
はやくそんな日がこないかしらね。
posted by うめのはな at 09:27| Comment(2) | TrackBack(0) | エトセトラ

2022年07月19日

盆踊り

10日間ほどは 何かと落ち着かない日々でした。
思えば 8日の昼前TVで速報が入り「安倍元総理」が撃たれたと テロップが入った。
そのときは怪我したのかなくらいでしたが 昼のニュースで映像が流れこれは・・・ダメかもと
思いました。撃たれてすぐ ご自分で台から下りられたんですが、その後は衝撃的な映像でした。
葬儀の増上寺からの人の列や 焼香の人の行列を見て 賛否両論あったけれど なんだかんだ言っても皆に慕われていたんだなぁ〜と改めて思いました。無念なことでしょうが ただただ ご冥福をお祈りする次第です。

全国で梅雨の戻りのような 大雨が降ったり コロナ陽性者が急激に増えたりと不穏な日々です。
3連休には 孫ちゃんのお泊りがあったりで 嬉しい 忙しい連休でした。

ほっとしたところで こんなニュースを見ました。

日本の外では最大級と言われる盆踊り大会がマレーシアで開かれて 5万人が参加したそうです。
1977年に始まり、今年で46年目。コロナ禍もあり、3年ぶりの開催とのことでしたが 開催前にマレーシアの国教でもあるイスラム教に関連した政策を担当する大臣が「イスラム教徒は、盆踊り大会に参加しないように」という発言をしたことから 参加者が少ないのではないかと 心配しましたが スタジアム周辺は大渋滞で 浴衣姿の人も多く 「ヒジャブ」と呼ばれる布をかぶっている女性の姿もあって 杞憂に終わったようです。
やぐらを組んで踊ったそうです。

外国で日本人と一緒に 盆踊りはいいですね〜

欧米や南米でもでも盆踊りは開かれているそうで それならいっそ 東京オリンピックの開会式にでも 盆踊りをやればよかったのに〜と思いました。

やぐらを組んで まわりでみんなで踊る。世界中の国のひとたちが踊るなんて世界はひとつ という感じがしていいじゃないですかね。東京音頭だけではなくて たくさん踊るのがいいです。
変な芝居じみた意味不明な演出より ずっといいし 心がひとつになって楽しめましょう。

何なら サブちゃんの 「祭り」でも歌って 「マツケンサンバ」もやって わいわいやればよかったのにと思ったりもします。各地方の盆踊りも特徴があって各地の素敵な映像でも流せば 日本紹介に最適でしょう。

なんなら アニメの「ドラえもん音頭」「ちびまる子音頭」「アラレちゃん音頭」「オバQ音頭」なんていうのも受けるかも。
そしてフィナーレに 花火でも打ち上げれば 「日本の祭り」で うけたと思います。

誰が企画したのか知りませんが あの開会式は全然面白くなかったです。

実は 私は 盆踊り好きなんです。
東京では 踊ったことがないので「東京音頭」も踊れません。
田舎にいたころは祭りや盆に やぐらを組んでみなで踊るので よく参加していました。
盆踊りではなく 民謡なのですが 「三国節」という 踊りがあって 学校でも 体育会にはみなで輪になって 踊りました。
小学校でも中学高校でも 当時はこの 「三国節」の踊りを習いました。
三国っ子は誰でも踊れますから 何かの行事には 踊りました。

この三国節は歴史が古く 一七六一(宝暦十一)年の神社の作業歌が起源で 「七・七・七・五」の二十六文字の中に東尋坊の景観や三国湊の繁栄ぶり、色街の情緒などを表現した歌詞が百以上伝わっています。

私が覚えているのは
「岩が屏風か 屏風が岩か
海女の口笛 東尋坊」の歌詞です。

「三國湊 帯のまち流し」と言って 帯の幅ほど 細長い旧市街地を 踊りながら練り歩く行事もあります。
浴衣を着たご婦人などを先頭に 老若男女 誰でも参加して練り歩きます。楽しいです。
踊り好きはどこからでも飛び入りで参加します。

もちろん見学者も大勢並んでみています。

踊るのは好きなんですが 田舎を離れてからは踊る機会はなかったです。
夫はそういう文化のない人で 祭りなど参加しないし ましてや盆踊りなんて興味もない人なので 家族で盆踊りなんて 参加したこともないです。
なんせ 有名な「深川八幡祭り」の54基の神輿渡御でさえ 地元に住んでいながらみたことがない人です。
私なんか 祭りといえば 血が騒ぎなんだかわくわくしてしまうのに・・・・
江戸の祭りは 粋で威勢がよくて にぎやかで大好きです。
残念ながら 今は見る人になってしまいました。

若いころは フォークダンスも好きでしたが やはり 盆踊りのほうが好きでした。
踊りは下手で 身振り手振りで みようみまねに踊りますが なんだかそれだけで楽しかったです。
みんなで輪になって踊るというのが 楽しかったかな〜

東京では お台場や原宿の「よさこいパレード」や「高円寺 阿波踊り」など 見学に行きました。
でもああいう激しい踊りは 好きではないです。ゆったりのんびり 盆踊りがいいです。
田舎に行けば今も お盆には盆踊り大会があるのでしょうかね〜

コロナでしばらく 休止でしたが今年はあちこちで再開しているようです。
でも 怖くて行けません。

祭りがにぎやかに行われるのは 平和な証拠。
はやく いつもの日常に戻るといいなぁ・・・。
なんだか 陽性者が増えてきて また悩ましい日々となりました。

みな 前ほど緊張感もなくなったようですけれど 感染には注意しなきゃね。
posted by うめのはな at 09:50| Comment(4) | TrackBack(0) | エトセトラ

2022年07月08日

山の音

新版 「雪国」新潮文庫6月発売、「古都」5月と読んで 3作目「山の音」4月を読んだ。
今更 川端文学かと思うのだけれど この年になって再びよんでみれば 若いころには感じなかったものがあって
感慨深いものがある。

山の音 
川端康成 著

作品内容紹介:
「深夜ふと響いてくる山の音を死の予告と恐れながら、信吾の胸には昔あこがれた人の美しいイメージが消えない。息子の嫁の可憐な姿に若々しい恋心をゆさぶられるという老人のくすんだ心境を地模様として、老妻、息子、嫁、出戻りの娘たちの心理的葛藤を影に、日本の家の名状しがたい悲しさが、感情の微細なひだに至るまで巧みに描き出されている。戦後文学の最高峰に位する名作である。」

戦後日本文学の最高峰と評されているが 昔読んだときはそんな風には感じず 家族小説的 意味合いしか感じなかったように思う。人生経験も少なく 気持ちにゆとりもない若造だから奥深く読み取るなんてできなかったのだろうか。

家族という悲しい幻想。夫と妻、親と子、姉と弟、舅と嫁。
日本独特の家族というややこしい関係性を暴いたものである。
どこにでもあるような 家庭の問題を中心に描かれている。

物語の舞台となるのは鎌倉。谷あいの家。
庭で深夜 山の音 を聞いた主人公は 死の予告のように怖れを感じる。
60を過ぎて 老いを感じ始めている。
老妻のいびきを聞いて 鼻をつまむが もう肌を触れ合うことすらなくなったと嘆く。
息子とその嫁と同居。
嫁は若く可愛い。
息子の嫁姿に淡い恋心をゆさぶられる。
嫁もまた 舅である男を頼りにし 実の娘より可愛く思っている。
息子は 復員兵。
戦争未亡人の女と浮気をしていて あまり家に帰らない。
嫁が不憫でならない。
何事にも冷めた 老妻.
実は主人公は結婚前その老妻の姉に恋心を抱いていたのだった。

そこへ 実の娘が子供二人を連れて戻ってくる。
婚家から出戻ってきた長女への軽い苛立ちを感じている。
7人の大家族となるが 自分の娘や孫よりも菊子といる方がほっとする自分に気が付く。

嫁のささやかな抵抗は 自分も妊娠したが 中絶してしまったこと。
「このままなら あなたの子供は産まない」と言う。
そして 浮気相手の妊娠。手切れ金で別れさせたのだが・・・

それぞれが 中流の家の中で それぞれの悩み 葛藤を抱かえて生きている。
日本の家がもつ重苦しさや、その家に住む人たちの悲哀がにじみ出ている。

逃れようのない哀しみや怖れ。
作中に「壺中の鈴虫」という文が書かれているが 家族もまさに 「壺中」なのではないかと思う。
家にしばられ 家に守られ 家族というしがらみの中で生きている。
心の底に闇を抱えて生きているのだが その大半は家族という存在から生まれているものなのかもしれない。

家族物語に過ぎないこの物語がなぜこれほどまでに 称賛されるのか 今になってようやくわかった気がする。

日本の「家」。家族の感情。心理的葛藤。
悩みはつきないのだが この作中に ありがちな 恨みやねたみ 復讐とかいやがらせは出てこないのが救われる。
嫁・姑・出戻り小姑とその夫・息子の不倫相手・複雑なのだけれど 不倫相手ともドロドロな場面はない。

悩みのつきない 「家族」に翻弄される主人公もまた 老いと死の予感に恐れている。
死んだ人の夢をみたとか ネクタイの締め方を度忘れしたとか 言葉を忘れるとか老いを感じている。

「山の音」は昭和20年代に発表された連作でるが 今現在も家族の問題は 普遍である。
当時の日本の情けない事情もあろうが 古くから持ち伝えた日本の家族という狭い世界にある悲哀や悩みを
少し批判的な目で描いたのだろうか。

淡々とした文章で 読みやすい。
今の家族物語といっても 違和感がない。
でも 文章は心に残るし やはり美しい。

解説には
「家族の感情の微細なひだに到るまで隈なく捕えながら、揮然と描き出されているのだ。」とある。
この作品は
「川端の作家的評価を決定づけた作品として位置づけられている。」

これで最傑作 3作読んだので 川端文学はしばらく休止。
本っていいですね〜好きな時に 読めるのがいいい。最高の贅沢かも。
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posted by うめのはな at 10:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 読書

2022年07月07日

古都

川端康成 の『雪国』『千羽鶴』.と並んでノーベル賞受賞を決定づけた作品のひとつ、 
「古都」を読んだ。

内容(「BOOK」データベースより)
捨子ではあったが京の商家の一人娘として美しく成長した千重子は、祇園祭の夜、自分に瓜二つの村娘苗子に出逢い、胸が騒いだ。二人はふたごだった。互いにひかれあい、懐かしみあいながらも永すぎた環境の違いから一緒には暮すことができない…。古都の深い面影、移ろう四季の景物の中に由緒ある史蹟のかずかずを織り込み、流麗な筆致で描く美しい長編小説。


「古都」は、小説でありながら 、四季折々の京都各地の名所や年中行事などが描かれている。

平安神宮、嵯峨、錦の市場、西陣、御室仁和寺、植物園、加茂川堤(かもがわづつみ)、三尾(さんび)、北山杉、鞍馬、湯波半、チンチン電車、北野神社、上七軒(かみしちけん)、青蓮院(しょうれんいん)、南禅寺、下河原町の竜村、北山しぐれ、円山公園の左阿弥(さあみ)
花見、葵祭(あおいまつり)、鞍馬の竹伐り会(たけきりえ)、祇園会、大文字、時代祭、北野踊、事始め

恥ずかしながら「古都」は 初めて読んだ。
京都をよく知る人にとっては 良く知る名所や 風物詩が描かれていることに なつかしさやある種の誇らしさを覚える。
また 伝統工芸の織物や着物などもさりげなく紹介していて まさに京都観光並みの内容である。
その 伝統ある京の街に住む主人公である美しい 娘が知った事実を 淡々と描く。
一卵性双生児の美しい姉妹の運命と 背景である京の街が自然に溶け込んでいて どちらを主体に描きたかったのかわからなくなった。

捨て子で実の娘として育てられた 大店の娘と 北山杉の山で働く娘と 二人の人生が交差するが
身分違いとなり 立場が違うと 去っていく娘。

冒頭に もみじの古木の幹に、すみれの花がひらいたのを見つけるという文がある。
すみれは上と下の幹に二株あって、一尺ほど離れている。
「上のすみれと下のすみれとは、会うことがあるのかしら。おたがいに知っているのかしら。」
この文が 双子の姉妹の出会いを比喩しているのだと思う。

美しい桜の季節に始まり 祇園祭などの行事を華やかに描き
北山杉の場面になれば奥深い緑を感じさせる 対比が美しく感じられる。

「北山杉のまっすぐに、きれいに立ってるのをながめると、うちは心が、すうっとする。」

そこで自分そっくりの娘を見かける。
まったく異なる人生を歩んできた美しい姉妹の交わりが描かれるのだが
娘もまた 北山杉のようにまっすぐに生きているようだった。

この「古都」は川端が六十二歳で文化勲章を受けた、その年に書かれたもので京都に暮らし、執筆された。

あとがきある著者の言葉。

(新聞連載の間)私は毎日『古都』を書き出す前にも、書いているあいだにも、眠り薬を用いた。眠り薬に酔って、うつつないありさまで書いた。眠り薬が書かせたようなものであったろうか。『古都』を「私の異常な所産」と言うわけである。

古都 京都の四季折々を描き 伝統工芸や由緒ある史蹟 行事を流麗な筆致で描く美しい長編小説である。

美しい姉妹を描くのに 美しい背景がとても良く似合う。

「雪国」でも 美しい雪国の風景を感じさせたが そこには切なさや寂寥感が漂っていた。
「古都」でも きらびやかな帯や祭りの中にもなんとなく 運命の哀しさが漂っていて切なさを感じた。

川端康成がノーベル賞を受賞したのは1968年。アカデミーが発表した授賞理由は、「日本人の心の精髄を優れた感受性で表現する、その物語の巧みさ」というものでした。

川端康成は「美しい日本の私:その序説」と題したノーベル賞受賞記念講演を行った。
日本文化の美意識は 外国人にどう伝わったのだろうか。
「日本的な心をとても繊細に表現している」というが どうやって翻訳して海外に紹介したのだろうか・・・
きっと 難しかったに違いない。

今を生きる多くの日本人にもその「美意識」は受け継がれているだろうか。
これもまた わからない。

こういう本を後世に残し 読み受け継がれていくのもまた 大切なことだと思った。
名前は知っているが 読んだことはないという 名作はたくさんあるに違いない。

今回は その名作に少しふれられた気がする。
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posted by うめのはな at 06:55| Comment(4) | TrackBack(0) | 読書

2022年07月05日

雪国 

今更という感じですが「雪国」川端康成 を読んでみた。
あまりにも有名な冒頭 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」はよく知っていますが
はたして全編 読んだのだろうかと いささか たよりない記憶をたどってみたが 思いださない。
内容はといえば うろ覚え。高校生の頃 読んだ記憶など 頭の中から抜けている。
それはそうだ 当時の文体で この内容を理解できたなんて 思わない。
ドラマにもなったし 今なら理解できそうというわけで 新装版の文庫を読んでみた。

雪国 
著者   川端康成
新版
出版者  東京 新潮社
出版年  2022.6

内容(「BOOK」データベースより)
無為徒食の男、島村は、駒子に会うために雪国の温泉場を再訪した。駒子はいいなずけと噂される好きでもない男の療養費のために芸者をしている。初夏の一夜以来、久々に会えた島村に駒子は一途な情熱を注ぐが、島村にとって駒子はあくまで芸者。島村は雪国への汽車で会った女、葉子にも興味を抱いていて…。「無為の孤独」を非情に守る男と、男に思いを寄せる女の純情。人生の悲哀を描いた著者中期の代表作。

ざっくり言うと『雪国』は、文筆家で妻子持ちで きままな生活を送る島村と芸者の駒子が、互いに惹かれあうお話。

12月の初め。親の遺産で気ままに暮らしていた島村は、汽車で雪国へと向かっていた。

雪深い温泉町で出会った芸者駒子に会うためであったがその汽車の中で、病人の男を見かけた。
かいがいしく男の世話をする若い娘に心惹かれるのだった。
男と娘は、島村と同じ駅で降りた。

許婚者の療養費を作るため芸者になったという、駒子。その許嫁者が 汽車の中の病気の男だった。
付き添いの娘 葉子に心惹かれるのだった。葉子と駒子とのつながりは・・・・

芸者の駒子の純粋さに惹かれていくが 島村はゆきずりの愛以上のつながりを持とうとしない。
冷たい島村の心情に対して駒子は激しいほどの情熱を持つ。
駒子の恋情と激しい想いとは対照的な島村の冷めた心。
そんな駒子の思いを 哀しくも美しく描いている。

『雪国』の舞台は、新潟県の南魚沼郡にある湯沢温泉がモデル。
何もない温泉場。
白い景色。
冒頭の
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
「夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。」

ひとつひとつが美しい。真っ白な雪国が目の前にあるような描写と会話。
真っ白だけれど 雪国は実は 暗い。寂しい。

貧乏で 女は身売りするか温泉場で芸者をするかである。
家族もそういうことを心得ている。
女の心は冷めていて そして時に激しく燃え上がる。

徹底した情景描写で日本的な「美」を結晶化させた名作である。
物語の中での出来事と言えば 汽車の中の男が死んだこと。
そして 村の中で火事があったこと。
火事場で赤々と燃える炎が白い雪国と対照的である。
その頭上の天の河や冬の星空の描写がリアルで とても美しい。
まるで 読み手の頭上にも星々がきらめいているかのように感じられる。

燃えてしまった火事場と天の河きらめく美しい夜空。 広大な宇宙の対比が生々しい。
人生も男女間の愛も儚いもの。人生の悲哀も感じられる。

今でいえば 恋愛小説なのですが そんな言葉では言い表せない。
とにかく 哀しくて 美しかった。
描写も 心情も 言葉も美しい。
これが名作なのかと 感じさせられた。

高校生の頃読んでも理解できなかったことでしょう。エロチシズムな表現もあるし
まして 男女間の複雑な心情などわからなかったでしょう。

人生経験を積んだ今だから この本が美しくて 不朽の名作だと心から感じ取れました。

もう少し 作品を読んでみようと思う・・・
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posted by うめのはな at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

2022年06月28日

孤蝶の城

毎日猛暑です。
エアコンがなかった時代はどうやってすごしていたのだろう。
今のような猛烈な暑さは少なかったように思う。
家庭でも各部屋にエアコンの時代になって その排熱もかなりのものです。
エアコンの排熱だって ヒートアイランドの原因の一つ。
この排熱を利用した 発電なんかももっと利用できればいいのにね。
一般家庭じゃ せいぜい節電に勤めることくらいしかできない。
「節電にご協力を」とTVで叫ぶなら まず「TVを消しましょう」というのが一番効果的なような気がします。
「熱中症に気を付けて エアコンはつけて」なんてこというよりいいかもしれません。

本の話。

タイトル   孤蝶の城
著者    桜木紫乃
出版者   東京 新潮社
出版年   2022.5

内容紹介
芸能界のパイオニアにして伝説(レジェンド)。その孤高の闘いを描く怒濤の長篇小説。モロッコで秀男はカニーバル真子の「最後の仕上げ」となる手術を受け、日本で初めて「女の体」を手に入れた。帰国後、好奇と蔑みの目、喝采と屈辱を浴び、歌手、地方興行、映画出演などで話題を振りまきつつ、やがて追い詰められていく。小説でしか描けなかった実在の「生きる伝説」の孤独と苦悶に迫る大傑作。

自分の人生を生きるという覚悟と孤独と爽やかさを描く。
カルーセル麻紀さんを基にした小説です。

カルーセル麻紀さんの生い立ちを描いた「緋の河」 の続編にあたるもの。

緋の河    桜木紫乃 著 
新潮社   2019/6/27発売  新潮文庫 2022/3/28 

多感な幼少期から少年期の話で 自分の中にある「何か違うもの」を感じ 葛藤や試練があるのですが
蔑みの視線―。親も先生も、誰に何を言われても
生まれたからには、自分の生きたいように、生きてやる。
美しさの追求に全てを捧げ、秀男を「この世にないもの」にしていきます。


あたしはあたし、男でも女でもない。
そこには自分らしく生きるという覚悟がある。

今でこそ ニューハーフとかよく聞く言葉になっていますが 昔はそこれこそ偏見の目でみられ
侮蔑 嘲笑の矢面にたたされたことでしょう。
常に話題を作り、注目され続けなければ芸能界から消える。
そんなことから モロッコで性転換手術を受けたのですが 死線をさまようことになり
帰国した後も長く 後遺症に苦しむことになる。

一時的に話題にはなったがすぐ忘れられる芸能界。
妬みから謀られ大麻取締法により逮捕。男として拘留された20日間の留置所の屈辱。
カーニバル真子が生きた壮絶な日々を支えてくれたのは 理解ある母と姉。
自分らしく生きるという 壮絶な生きざまに圧倒されました。

カルーセル麻紀さんはよく知らなかったのですが なんとなくそういえばTVでみたことがあるかなぁ・・
と思いだしました。
声は低かったように思う。
改めて 検索して若いころの写真も見てみましたが 本当にきれいでした。
戸籍も 女性として認められているそうですので 完璧な女性です。
「性」と「生」 人として生きる意味を感じました。
今年傘寿を迎えるみたいですが 悔いのない人生を選び 穏やかにおすごしのことと思います。
この本を読んで そう願わずにはいられません。


桜木紫乃さんは好きな作家さんでかかさず読んでいます。
小説「ホテル ローヤル」で第149回「直木賞」を受賞されました。

ずしりと胸に響く小説を書いてくれます。
「きれいに踊る体がほしかった」そう語ったと言います。
己の信じる道を進んだカルーセル麻紀さんの波瀾万丈の人生を、事実を元に想像力を加えて 書ききっています。

共に釧路市出身で、同じ中学の先輩後輩という関係だそうです。
単に差別や偏見と闘う物語ではなく LGBTとかニューハーフとか言う言葉ではなく
一人の人間が あるがままに生きることの意味を教えてくれるような気がします。

今回もまた いい本に出会えました。
タグ:読書
posted by うめのはな at 15:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 読書