2018年05月22日

買い物

最近 コンビニもネットで注文 最短2時間で配達する という記事を見ました。
配達料も 3000円以上無料 それ以下は 216円 にするらしいです。
これは いいかも・・
足が悪くてなかなか出かけられない高齢者に喜ばれるかな〜って 思いましたが
問題は 都会ならちょいと行けば コンビニはたくさんあるけれど
田舎で コンビニは 車でいかなきゃならないくらい遠いこともある。
それでも 配達してくれるのなら これはいいことですね〜

例えば都会でも 病気になれば すぐ隣でも行けないから 水や食料など 配達してくれるなら一人暮らしの人にもありがたいことでしょうね。

スーパーのネット注文は以前からあるけれど
ある程度の品注文しないと・・と 思いますが そんなことはないのかな?
ネットスーパーは 今どこでもやっているけれど
コンビニも・・となると ますます 便利になるかもね。

私は ネットスーパーは 利用していませんが
生協に加入していて 1週間に1度 宅配してもらっています。
高齢者や 障害者 小さな子がいれば 配達料無料だし 品物は安心だしで もう長年利用しています。

生鮮食品は まいにちスーパーで買うけれど
冷凍食品や パンや ヨーグルトなど は生協のもの。
米も 予約米で いざというときでも確保できます。
品物が安全安心なものが多いので 市販品よりは 値段が高いです。
でも 添加物や保存料 着色料など 使用していないものが多く 安心かな。
市販品は産地もわからず・・の加工品や冷凍品などは
生協のものを 利用しています。

1週間前に 注文というのが リアルタイムで 利用できなくて 残念だけど
予定をたてて 使えばそんなに 不自由でもないですね。

日用品や 衣類なども 掘り出し物があったりして
布団や家具なども 買いますがなかなかいいもので 満足しています。

生協も ネットで注文です。

これから だんだん お店に行かなくなるかもね〜
そういう時代に変わっていくのでしょうね。
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posted by うめのはな at 16:44| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2018年05月21日

三国祭りの思い出

我がふるさと 福井三国町の 江戸中期から続く歴史ある三国神社の祭礼ですが
昨日20日の山車練り歩きが 無事終わったようです。
今年は 天気にも恵まれたようで何よりです。
20日には高さ6mもの山車が6基、笛太鼓のお囃子と共に町内を練り歩きます。参道には約400軒の露店が並び 町中は 車が通行止めになるので みな ぞろぞろと 露店の並ぶ道を 三国神社へと 参拝に向かいます。
260年以上もの伝統ある三国祭は、平成17年に旧三国町の無形民俗文化財、
翌年18年には福井県の無形民俗文化財に指定されました。
北陸三大祭りの一つで 歴史ある祭りです。
各町内で 山車を出す 順番が決まっていて 3年に一度くらいは 担当の町内会で山車を準備します。
今年は奉納する山車(やま)6基。
現在の高さは、6.5メートルですが、電線のない 明治中期には10メートル以上もありました。
今は 電線もあるし 道幅が狭く そういう巨大な山車を出すのは無理です。
mikns.jpg
みくに龍翔館(郷土資料館)にある 明治の頃の実物大 山車。
巨大な山車は 近隣の村からも見えたということです。

三味線・笛・太鼓ばやしにのり、旧町内を練り歩きます。
しかし 山車の曳き手も 少子高齢化で 少なくなり 旧町内会だけでは 無理になり 曳きてなどを募集するそうです。
旧町内から 新しい住宅街へ 引っ越す人も増えて 空家も目立ってきました。残っているのは高齢者です。
経済的にも なかなか難しいとのことです。
伝統文化を受け継いでいくというのも むずかしいものなのですね。

東京の神輿などは 担ぎ手は 地元民だけじゃないそうで担ぎ手は若い人が 多いみたいです。
相互援助みたいなシステムになっているのでしょうか・・・
それとも 江戸っ子は 祭り好きが多いのでしょうか。。。

地方でも いいシステムを考えていかないと継続できなくなるかも。

子供の頃 三国祭りの日は 学校も休みでした。
旧町内は 人で 身動きとれませんし(十数万人らしい。人口2万3千人ほどの町)
子供も大人も祭りは 特別な日でしたし
神社にいったり 露店で買いものしたり と楽しみな一日でした。
おこづかいも 貰える日でした。
自宅から 2kmほどの 道を神社まで 歩くのですが
翌日学校で「○回 行った!」と自慢しあいましたね〜
山車が通るたび 露店もテントの屋根を上にあげ 人は道をあけ と 手なれた風景でした。

広大な神社にも 各種露店が並び 見世物小屋などもあって 隙間もないほど 人であふれかえっていました。
迷子になるともう大変でした。
私も 一度 はぐれたことがありました。

高校生は 休みではありません。各地からきていますから。
でも はやめに授業が終わり 自宅に 友達を連れてきては
母の 作った おいなりさんや チラシ寿司などのごちそうを 食べてもらいました。
旧町内に住む 生徒の役割みたいなものでしたね。
中学 高校と 毎年恒例 友人集合の祭りの日でした。
近くの子まで  うちに来て それって 便乗だねーーといいつつ みなで
神社へと歩きました。
なつかしい思い出です。

もう 何年も 三国祭りには 帰省したことがないです。
実家も 引っ越してしまったので 
自宅の前を 山車が通るあの 喧騒も見ることはできません。
淋しいような・・・・
でも 兄たちは 山車の曳手の役目から 解放されて ほっとしているようです。

少子高齢化 祭りの継続も なかなか大変なのでしょうね。
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2018年05月19日

最近は 旅行すら めんどうで 出かけないのですが
昔は 旅好きでした。
小さいころは 親と一緒に旅行に行きました。

両親や近所の人たちと 高野山や関西に行きました。
真夏の炎天下。目の前の 馬車の馬が 暑さで ドタンと倒れてしまって可愛そうで たまりませんでした。
どうも 神社 仏閣めぐりの旅だったようで 天理市の駅に降り立ったとき
「おかえりなさい」という 垂れ幕に なぜだろうと 驚いたことを覚えています。
高野山で食べた ごま豆腐が 美味しかったという記憶しか 残っていません。

暑い夏の日 宇奈月温泉のトロッコ列車にも 乗りましたっけ・・・

高校生になると 友達と 3泊4日 夏休みに旅しました。
生徒だけで 外泊旅行というのが ばれて (だまって いけば何も言われない)
学校側と すったもんだしたあげく 歴史旅という企画書提出ということで 許可されて
長野〜新潟〜富山とまわりました。
戸隠 野尻湖 一茶のふるさと黒姫。
戸隠神社にもいき 野尻湖では 弁天島に渡りました。
外国人の別荘地で 英語を使ったり 黒姫では民宿に泊めてもらったり。
富山では ユースホステルと なかなかの旅でした。

大人になってからは 全国ほとんど回りました。
紀伊半島。松坂牛が 柔らかくてとろけるようで 美味でした。
あれを 超える肉は いままでないです。
お部屋で 食べる すき焼きは それなりのお値段でしたし・・・

伊勢神宮に 行きたかったなーー

北海道は南半分ほとんどめぐり  東北は全県。
気仙沼で止まった ホテルが 津波で 壊れてしまったのを見て 悲しかったです。
幸い 外観だけ残って 今は再建されて営業しているそうです。
福島は 毎年スキーや裏磐梯あたりに行っていました。
学生時の ゼミ生が 福島双葉町の人で 数人で 泊りがけで 遊びに行ったこともあります。
あの 海辺で 巨大な原子力発電所を見ました。
そして 友人は「地元のものは みな 東電関連に就職する」といっていました。
あの 地震と 津波 と原発事故。卒業後 消息不明。
今は どこでどうしているのやら・・と ・・・。

家族全員 両親と兄と兄夫婦と私。
6人で 中国地方を1周したのもいい思い出です。
福井から 京都 鳥取 島根 山口 広島とめぐりました。
広島では 野球も観戦しましたが まわりがみな広島応援で 肩身の狭い思いをしました。
原爆資料館は 今でも目に焼き付いて忘れられないです。
砂丘を歩き 温泉に入り SLに乗って津和野にいったり 萩 津和野で歴史散策したり 秋芳洞にいったりと 楽しい1週間でした。
全部 東京の兄夫婦が企画してくれました。
そのあとも 高山 上高地 飛騨など 6人の家族旅行をしました。
その2回で 家族旅行は終わり それぞれが 好きな旅行をするようになり
私は 九州 や 沖縄 などもめぐり 四国をのぞいて 全県行きました。
四国だけは 行ったことがないんですよー
小豆島めぐりはしましたし 船で瀬戸内海を渡り うず潮までは みましたが
上陸したことが ないのです。

あとは・・・伊豆諸島。これも 行ったことはないです。

これから 行く機会はあるだろうか。。。。

旅をするなら 体力のある 好奇心のある 若いうちがいいですね。
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2018年05月17日

髪切り

今日も暑かったです。
家の中は ちょうどいいくらいの温度なのに 外に出ると 日差しがあって暑かったです。
半袖を着ていますが 外に出るときは 薄いものを1枚はおります。
冷房が効いていて 寒いこともあります。

髪を切ってきました。
前の人が とっても変わった髪型にしていたので ちょっと見とれてしまいました。
横の髪は長く伸ばしたままなのに 後ろだけ短く切っていました。
元は背中までの ストレートロング。
ストレートパーマをかけた髪で 後ろは襟足ギリギリに切って ふわっとふくらみを持たせていました。
そういう髪型 流行っているのかしらね。
こういうのサイドが長い ショートボブっていうらしいです。
結構画像でも出てきますね。

でも このややこしい 注文カット1000円床屋さんで なんです。
すごいな〜どんな髪型でも やってくれるんだ・・・・
私も 実は1000円床屋さんで切ります。
普通のショートカット。
前は 美容院行っていたのだけれど 予約だなんだでめんどくさいうえ
思うような髪型じゃないので
思いきって 1000円床屋に言ったらこれが とっても上手でそれいらい そこです。
職人さんは 女性たちなので 女性も男性も子供も多いです。
ひっつきりなしに客がきて 休む暇もないくらい繁盛しています。
1時間に一人 4人はやるよね〜
一日 何人くらい客が来るのだろうか。。。。。。

ついでに 医者に行き 処方箋書いてもらい 鉄剤のシロップをもらいました。
1か月飲んだけど 少しは増えたかしら・・・

mizumo.JPG
途中の運河で 川面が面白かったので 写しました。
キラキラ光る水面と黒い影。

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2018年05月16日

東京都受動喫煙防止法

東京都受動喫煙防止条例について 賛否両者からのヒアリングがあったとのこと。
子供を守りたいという趣旨の 賛成者からの意見は 最もなことだけど
反対派の 飲食店業界の人たちの意見は納得できない。
そもそも 寿司屋が なぜ 喫煙賛成なのか・・・
煙草を吸うような 寿司屋は ホンモノの寿司屋とは認められません。
味覚がおかしくなるでしょ。

禁煙にすると 客がヘリ 廃業に追い込まれるかもしれない・・
という意見だそうですが
そもそも この意見もおかしいです。
一律に禁煙すれば 店ごとの不公平は無い。同じ条件になるから 客がその店だけ減るリスクはないでしょう?
もしそれで 減るなら 今まで タバコで味覚が麻痺していたのに
味覚が戻って この店は まずい!って 感じることくらいでしょうね。
すでに喫煙率は2割だし、嫌煙家は喫煙可の店を避けるので、禁煙した方が客は増えると思う。
子供も大人も 安心して入れる店を 選ぶでしょう?

もし 喫煙可の店を残すなら
店の前に 大きく 禁煙 喫煙可の ステッカーを貼って欲しいです。
タバコ臭い店に 入る入らないは 客が選べばいい。
店主自ら タバコを吸っているような店。
味覚がおかしい人の作った料理は 食べたくもないです。
まぁ それを 選ぶのも 自由なんですが
今回ばかりは そうはいきません。
IOCとの 国際的 お約束ですものね。
オリンピック開催国ですもの 喫煙認めると 世界中の笑いものです。
リオも 平昌も 屋内禁煙だったのですもの 約束は 守らないとね。
そもそも 国がだらしないから こういうことになったんです。
業者におもんばかって 決められない 今の政府が悪い。

4月から奈良県生駒市は市役所の職員に「喫煙後45分間エレベータ禁止」にしたそうです。
喫煙後の 呼気からも受動喫煙は起こるという理由。
たしかに タバコ臭い人が 近くにいると いやです。
市民を守る という 市の方針ですね。

ところが 東京都の受動喫煙防止法に難癖をつけたのが 杉並区長。
話し合いが足りないとか 市区町村に任せるべきだとか・・
まぁ 石原様の御曹司の地元ですし あの 増田さんを杉並区の顧問にして高額な報酬を払っているのですから なんとなくなんでも気に入らなくて 反対なんだなーーって わかりますね〜

話し合いが足りないって・・
もうオリンピック2年前です。
周知期間考えると 限界です。

いっそ区の判断にまかせるというなら 杉並区だけ 喫煙天国になさったら どうかしら?
それで 住民が納得するかどうか 審判うけたらいかが?

個人的には ベランダ喫煙被害が 一番いやです。
一日も はやく 禁煙にしてほしいです。
吸うなら 自分の家の中で吸え!
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2018年05月13日

遠足

新橋駅前で 高校生が集団過呼吸で倒れたというニュースを見て
驚いたのは 過呼吸そのものより 横浜からの遠足だったということでした。
しかも 300人以上。
集合時間に遅れそうになって 走って 過呼吸 ということでしたから
自由行動だったのでしょうけど・・・
横浜からの遠足・・・ どこに行き 何を見たのかが 気になるところです。
横浜からなら 普段でも 行き来できる場所ですし
何か 特別な行事やイベントでもあったのかしらね。

そして 一番驚いたのが 夕方の5時半頃の 一番混み合う通勤時間帯に
300名ほどの生徒が 電車で 帰宅したということです。
ただでさえ 混み合い サラリーマンの多い新橋から 電車で・・って 何もそんな時間帯に乗ることはないだろうがという新たな驚きでした。
私なら 混み合う電車の中で 気分が悪くなりそうです。

この頃の 遠足って 電車なのですかね?
事情がよくわかりません。
時々 遠足の子供たちはみかけますが 人数が少なければ 電車もありだと思いますが
300人以上で 電車って・・・貸し切りならわかりますが
どうだったのでしょうか・・・・

以前 千葉県S町の中学校の修学旅行で 早朝 東京駅まで バスで出かけたけれど
途中の道路の事故渋滞で 新幹線の時間に間に合わなかった ということがありました。
これはもう 想定外とはいわせません。
ゆとりをもたせずに 計画を立てた側が 悪いのですが
可愛そうなのは 300名あまりの子供たちでした。
貸し切りの 空の新幹線は 予定時刻に京都に向けて出発してしまいました。
大きな荷物を持った 300人あまりの 生徒は そこにいた 新幹線の自由席に ぎゅうぎゅう詰めで乗車。
京都まで たちっぱなし。
途中 具合の悪くなった生徒もいて 名古屋で 下ろしたりと 大変。
疲れ切って 京都についても 予定通りことがすすまず 混乱したそうです。
翌年度からは バスで東京駅ではなく 始発電車で 東京へ・・ということになったそうです。
時間には ゆとりを持って行動しなきゃねぇ〜

私が 高校生の時の遠足で 一番思い出深いのは バスで 京都の美術館に行ったことです。
本物の 名匠の絵を直に見ることができたのは 印象深かったできごとです。
田舎に住んでいるとなかなかそういう機会もなかったです。

遠足というと わりと近くというイメージですが
京都や 高岡に行ったりもしていましたから
いろいろ 視野も広がりました。

遠足・・・なつかしいなぁ。
中学までは いつも永平寺とかでしたから つまらなかったです。
大人になってから 行けば また 感慨深いものなのですけどね。
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2018年05月10日

マスク

インフルエンザが 下火になったかと思ったら 麻疹の流行とか・・
これは 空気感染するから 避けようがない。
風邪も なんとなく流行っているようで うがい手洗は 習慣として続けています。

マスクですが 私は通年 出かけるときはマスクをします。
すっぴん隠しにもなるのだけれど
やはり 自衛のためなのです。

外国人が電車の中で 「くしゃみ」や「咳」をする様子を見て 驚いたそうです。
私たちは 手で押さえたり ハンカチを当てたり 腕で覆ったりするのに それが 最低限のマナーだと思っていたのに
清潔好きの 日本で くしゃみや 咳をするとき そういう行動をとっている人がいなかった。というわけです。

そういえば 「ハックショーイ」とやっても 口を押えている人は あまりいません。
下向いたり まぁ若い人は 手で押さえたりもいますが
年配のおじさんは そのまま くしゃみします。
私も そういうのがいやで 出かけるときは マスクするのです。

咳していようが 平気で 人の前で ゴホゴホします。
電車やバスに座っていても 頭の上で 咳されると とっても不愉快です。
混雑するバスの中で 隣り合わせ 向かい合わせになったら もう悲劇です。
顔を背けるのは 咳する人ではなく 被害を受けるほうなのです。
「人に移せば 治る」なんて こと信じている人は いないでしょうねぇ〜

とにかく エチケットが まだまだ なっていないのです。
ポケットに ハンカチ でさえ 守らない人もいます。

私にとっては マスクは 必需品なのです。
夏は 暑くて蒸れますけど 人ごみでは はずせません。
外国人も多いし 麻疹などの感染症も怖いし やはり 自衛するしかないです。

でも このマスク。
外国人には 奇妙に見えるらしいです。
いつだったかも
アメリカ人に「なぜ みな マスクをしているのか?」と聞かれたことがあります。
ちょうど その時は 風邪がはやっていたので 
「人に移さないため」と 模範的な答えをいいましたが
自衛のためにマスクする人のほうが 多いのかもしれません。
そんな こと言ったら 理解できないだろうし〜

とにかく くしゃみ 咳は だしっぱなしにしないで
手やハンカチなどで 押さえてほしいな。
それが 最低限のマナー。

この頃は 風邪ひいている人じゃなく
ひいていない人が マスクするって 奇妙なことになっています。

風邪ひきさんは マスクしましょうね〜〜〜
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2018年05月09日

寒いです〜〜

昨日 今日と寒いです。
最高気温が14~5度しかなくて 3月下旬の気温だとか・・
ニュースの画像でも コートやマフラー姿の冬の装いでした。
冬物を片づけてしまったので 少し厚めの服の重ね着です。
布団は 毛布を1枚足しました。

家の中はそれほどでもないのですが 北風で 外は寒いです。
出かけるときは 冬のコートが必要かも。
でも 明日からはまた 暖かくなるそうです。
暑かったり 寒かったりで 体調管理が大変です。

昨日は おでんが よく売れたそうです。
温かいものが食べたくなるのは よくわかります。

連休明けで お疲れの人も多いみたいで
電車のトラブル 遅延も増えています。
なかなか大変です。

この雨の 通勤時間帯に 旗を持った 外国人ツアー客がいて よけい混乱。
「なんで こんな時間帯にわざわざ 乗るんだ!」という 声。
まぁ 日本の 通勤事情を 身をもって学んだことでしょう・・

旅行客も この寒さ 思いがけないことだったでしょうね。

近頃 手ぶらで 来日する人も増えているそうな。
身の回りの物 買って そのまま使って 持ち帰るらしいです。
お土産にも 記念にも なるしね〜
いいかも・・・。

持ち込んだ スーツケースを 空港に捨てていく 不届きものより
現地調達で 持ち帰るほうが いいです。

昔は 旅行と言えば あれこれ 着替え詰め込んで 大荷物で行きましたが
今は 必要なものは どこでも 手に入りますから
必要最低限のもので 旅します。
私も 荷物はほとんど 持ちません。
移動が大変なのでねぇ〜

でも 急に 寒くなったら・・・
ちょっと 困るかも。
夏でも 羽織りものは 1枚 持ち歩くことにしています。
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2018年05月08日

下水道江東幹線の工事

昨日は かなりの雨でした。
局地的集中豪雨や台風による 洪水被害をなくすための 下水道幹線が各地で建設されています。
大雨が降ったとき、速やかに雨水を川へ流すための大規模な下水道管です。
kotoknsn (2).jpg
江東幹線工事の現場建物 江東区東陽6丁目
江東幹線工事:延長2173.25m
江東幹線その2工事:延長2090.65m
kotokn.jpg
江東幹線流域の1時間50mm降雨に対して、浸水被害を軽減する目的。
直径6.0m、全体では4,488.80メートル
kotoknsn (1).jpg
設置された防音ハウスの地下33メートルの地点から シールドマシンと呼ばれる円筒形の機械で掘り進みます。
シールドマシンは時速約1.5mで進み、1m進むとダンプトラック約10台分の土が出るそうです。
kotoknsn.jpg
工事始点深さ約33mの発進たて坑から シールドマシンで堀り進み、江東ポンプ所付近にある、辰巳の森緑道公園内の深さ約45mの到達たて坑まで、約4.3km掘り進んでトンネルを構築する。江東幹線は、下流側へ1m進むと約0.5mm下がる勾配になっている。
昨年夏に 見学会があり 参加した人の話では エレベーターで 下に降りると 線路がひかれていて トロッコに乗って トンネル内を進むそうです。
地下鉄より 深いところです。
数年前に 工事がはじまり もうすぐ終わるのかな・・・・
個人的に 思うのですが これ 地下鉄にしてもかなり便利かも。。。

いずれにしても都内の 洪水対策は 進んでいるようです。
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posted by うめのはな at 14:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 江東区・江戸川区

2018年05月07日

老舗旅館

あわら温泉「べにや]が 火事で全焼というニュースを見ました。
TVで町の人が 「べにやは 芦原の誇りです。残念です」と言っていました。
たしかに 芦原温泉の旅館の中でも 「べにや」は 格が違う 老舗の旅館です。

本館は 登録有形文化財(建造物)でした。
創業は明治17年。明治時代に伊藤博文や後藤新平ら政治家が利用。
昭和天皇もご宿泊されたそうです。

広大な庭園を囲むように玄関がある本館、客室棟の中央館と東館が並びます。
庭園は みごとなものでした。
3棟は昭和31年のあわら温泉大火後の32年に再建。
多くの署名人や 今上天皇も皇太子時代に宿泊されたそうです。

昨年 もうひとつの 老舗旅館 「開花亭」が 閉館したばかりで
これで 芦原温泉のふたつの老舗旅館が なくなりました。
「べにや」さんは 再建するのだろか・・・・

実家の近所に 「べにや」で働いていたという おばあさんがいました。
まいにち 実家に来ては とりとめのない話や 噂話をしていったのですが
その人の 口癖が
「私はべにやで 働いていた」という自慢話なのです。
「べにやで 働いていたとき 天皇様が宿泊して お出迎えをした」という話にはじまり
「お付きの人から皆に と 虎屋の羊羹をもらった。それが また 今まで食べたことがないほど 美味しいものだった」という 話です。
それを 繰り返し 繰り返し まいにち話すのです。
わたしなどは 子供ながら 
「またか・・・」と。
母が そんなに美味しいという 虎屋の羊羹食べてみたい・・・というので
東京のおじさんに 頼んで
「この次 は 追分の羊羹じゃなくて 虎屋の羊羹にしてね」と言いました。
それ以来 虎屋の羊羹が手土産になりました。
おじさんは 東大前に住んでいたので 追分団子がいつもお土産だったのです。

私が 上京して 虎屋赤坂本店の 近くの赤坂に住んだとき はじめて 自分で買いに行って 驚きました。
すごく 高い!!
でも 美味しい!
めったに 送れはしなかったけれど たまに 買って 母に送りました。
田舎で 1本 ○百円の羊羹が ○千円。一けた違いました。

母は どんな気持ちで 食べたのでしょう・・・
やはり 美味しいと思っただろうけれど
値段のことまでは 知らなかったと思います。
知ったら おいそれとは 食べられないかもね。

近所の「べにやばあさん」の口癖で 田舎の子供が 虎屋の羊羹を知ったわけです。
当時は 通販もなくて めったに食べることはできませんでした。
今じゃ 時代も変わって いつでも 食べることができます。

「べにやばあさん」も100歳くらいまで 生きて 最近なくなったそうです。
「べにや」も焼けて・・・
芦原温泉の シンボルだったから その姿を知っている身としては 残念かな・・・・

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posted by うめのはな at 08:32| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ