2019年08月24日

国宝

第14回中央公論文芸賞に、吉田修一さん(50)の「国宝」(朝日新聞出版)が選ばれました。

この本は 上下2冊の大作です。

国宝
吉田修一 著 
2018年9月朝日新聞出版
上 青春篇
下 花道編

主人公は この国の宝となる役者・立花喜久雄

1964年元旦、長崎は老舗料亭「花丸」で生まれる。
任侠の一門に生まれながらも、この世ならざる美貌は人々を巻き込み 喜久雄の人生は 思いもよらない域へと・・

歌舞伎界の新星として一躍注目を浴びるも運命に翻弄され続ける波乱万丈な半生が描かれています。
梨園という 血族の世界。
血族との深い絆と軋みに苦しみます。

また本来なら親の後を継ぎ、三代目半二郎を襲名すべき「俊ぼん」こと俊介の人生もすさまじいものがあります。

血のつながりがそんなに 大事な世界なのか・・・
主人公喜久雄への仕打ちは、あまりにひどい。
血族 家系との 軋轢。
スキャンダルと栄光、信頼と裏切り。
歓喜と絶望。
ただ 芸に打ち込み 頂点に登りつめ喜久雄は
国の宝となった。

舞台での鳴りやまぬ拍手 国宝としての人生の境地。
その先に 何があるのか・・・・


人間国宝 女形 といえば
五代目 板東玉三郎。
2012年 重要無形文化財保持者に各個認定(人間国宝)。
梨園の出でなく小児麻痺の後遺症をリハビリで克服したこと
歌舞伎界で 養子になったこと。
女形であるが 長身であったこと。
芸風や活動方針を巡って六代目歌右衛門との間に永年の確執があったこと(後年和解)など

喜久雄は 玉三郎さんをモチーフにしているのかな〜と思いながら 読みました。
この本は 傑作です。

梨園という知られざる世界を 垣間見るようでした。

梨園って 一般人には 縁遠い世界だと思っていました。
どうも 序列というか 格付けがはっきりしているようです。

梨園といえば
市川 中村 尾上 片岡 坂田 松本 板東 ・・・・・
他ありましたっけ?
皆親戚のような 感じがしますが
近年芸能人妻が多くなりました。
梨園の妻 たちにも 序列があるということですが・・
きっと常識では 想像できない世界なんでしょうね〜

読んだのは 昨年ですが 今回 ありありとその内容を思いだしました。
「国宝」は 間違いなく 傑作です。

タグ:読書
posted by うめのはな at 07:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

2019年08月22日

子は宝

最近PCを使うことも少なくなって タブレットばかり・・・
散歩もしないので ブログネタもなくて ご無沙汰しています。

「子育てと仕事」どちらが楽か・・・なんて記事を読みました。

その前に
朝ドラで たまたまある場面を見て 昔はこうだったんだなぁ・・と
思ったりもしました。
保育所の相談に役所に行くと
生活のためではなくて 自分が仕事を続けたいために預けたいと言うと
「子供は本来母親が育てるべきものです。子供を犠牲にしてもですか?」みたいなことを言われていました。
昭和の時代はこうでした。

これには 不同意。
保育園に預けることが
子供は 犠牲になるのか?
子供は母親が犠牲になっても 家で育てるべきなのか?

昔は専業主婦がほとんどで
働く母親は少なかったですから そういう考え方だったのでしょうが
今は 違うと思います。

さて 子育てと仕事。
専業主婦の話です。
子育てに疲れて家事が少しおろそかになると
「ずっと家にいて楽しているのだから家事くらいきちんとやれよ」
休みの日 ちょっと子供の面倒を見てほしいというと
「毎日仕事で疲れているんだから 休みの日くらい ゆっくりさせろ」
とか 言われます。
はたして 子育てはそんなに楽なことなのか?
いやいや 子育ては 重労働で 気の休まることはないですね〜
動き回る子から目は離せない
食事の世話 排泄の世話 遊び相手 健康に気をくばり 知識欲も満たし 散歩に入浴。
一日 大変なうえに 家族の食事の世話 掃除 洗濯 買い物 いろいろ家事はあります。
「行ってきます」と仕事に 出掛けられたらどんなに 楽だろうと 主婦は思います。
たとえ通勤時間であろうが 自分だけの時間が持てます。
職場の人と会話もできます。
たまには 呑み会 食事会 仕事だといいわけできます。
それに 働いていれば
「誰に食わせてもらっているんだ」などと 暴言を受けなくてすみます。

そりゃ仕事も大変でストレスもあるでしょうが
子育ての苦労からみれば 楽だと思います。

男に偉そうなことは言われたくない。
一度変わってあげようか?
そう言いたいと 世の女性は思っています。
母親は 休日など一日たりともないのです。

その点 共働きの男性は 理解があります。
家事も分担してくれたり 子供の面倒もよく見てくれます。

どうにもならないのが
「俺が稼いで 食わせてやっている」という傲慢な男ども。

主婦がやる仕事 家政婦 ベビーシッターやとって みなさい。
あんたの給料じゃまかなえないよ。
って ことなんです。

えらそうにしないで欲しいな。

とまぁ 現代はこうなんですが
たまに昭和から抜け出せない勘違い男もいるので どうしようもないのです。

とはいえ 子供は可愛いものです。
その成長ぶりには驚きと感激があります。
人間の進歩を見るようです。
這えば 立て 。立てば 歩け。
言葉の進歩も一語から 二語。
なんでも どんどん覚えていくのが 面白い。

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瓜食(うりは)めば 子供思ほゆ 栗食(くりは)めば まして思(しの)はゆ 何処(いづく)より 来(きた)りしものぞ 眼交(まなかひ)に もとな懸(かか)りて 安眠(やすい)し寝(な)さぬ

万葉集
巻五(八〇二)山上憶良(やまのうへのおくら)の長歌。

瓜を食べると子供のことが思い出される。栗を食べるとまして思い出される。いったい子供へのこの愛情はどこから来たものだろう。愛しい子が目に浮かんでは気にかかり安眠できない。
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銀(しろかね)も金(くがね)も玉も何せむに勝(まさ)れる宝子に及(し)かめやも

巻五(八〇三)山上憶良
巻五(八〇二)の歌の反歌です。

銀も金も玉もどれほどのことがあろうか。どんな宝も子供には遠く及びはしない。

そうですね。
昔も今も 子は宝。
何ものにも代えがたい大事な宝です。
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2019年08月16日

灯籠流し

昨夜は 毎年恒例旧中川灯篭流しの日でした。
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旧中川灯籠流しは平成11年より 東京大空襲の犠牲者の慰霊のため旧中川ふれあい橋近くで
行われています。
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昨夜は台風の影響で 変な天気でしたが 灯籠流しの時は雨も降らず みな静かに平和への祈りをささげました。
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昨夜の月は きれいですね。
今日16日が 満月だそうです。

灯籠流しは、死者の魂を弔って灯籠やお盆の供え物を海や川に流す行事です。

子供の頃 それもかなり小さかった頃 我がふるさとでも 毎年灯籠流しが行われていました。
九頭竜川という大きな川の河口でした。

兄や母と 灯籠流しをしたことを うっすらと覚えています。
その程度の記憶しかありませんが 灯籠流しというのは なつかしい記憶なのです。

大川と呼ばれ 町のシンボルのような川でしたが 子供が上れるような低い護岸しかなかったです。
兄は小学生の時 遊んでいて川に落ちて 大変な目にあったらしく片方の耳が
ずっと難聴で補聴器をつけていました。
近年簡単な手術で 鼓膜をふさぐという処置をしたら 聞こえるようになって 今まで何だったのか・・と
驚いたり 喜んだりしています。

川で船にとびうつったり 魚釣りをしたりで 親しまれていた大川でしたが おぼれる人もそれなりにいて
危険だったことは間違いないです。
おまけに 
大雨がふるとたびたび道路に水が
あふれてしまいました。そのため いつしか 対岸が見えないような高い
堤防が作られてしまいました。
見晴らしは悪いは 護岸で遊べないわで 興ざめですが 洪水を防ぐためにはしかたなく
いつしか 灯籠流しもなくなってしまいました。

灯籠流しの 思い出は 幼いころのファンタジー。
あのころ 何を願って 灯篭流しをしたのだろう・・・

旧中川の灯籠流しは 個人個人が 灯篭に願い事を書いて 流します。

平和の祈りが 多いようです。
タグ:イベント
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2019年08月15日

8月15日

昨日は おかしな天気でした。
台風が近いせいか 天気がコロコロ変わる。
昼すぎにすごい雨。それこそバケツひっくり返したような雨。
晴れ時々曇り そして たまに土砂降り・・・・。
近頃の 不穏な世界情勢のように思えてきます。
昼頃 ものすごい雨。
ベランダの排水溝が川のように流れているのをはじめてみました。

ちょうど13時 来客の予定時間。
これじゃ どこかで足止めだなぁ・・と 思っている
電話で 雨がひどくて 止むまで待ってくださいと。。。

20分もしたら からリと晴れて 青空。
日本も スコールが来るような熱帯になったみたい。

「雨がひどくて大変でしたね。濡れませんでした?」
「傘もさせないような雨で 雨宿りしていました」
無事で何より。

それに 雨が降ったからとて 相変わらず暑いし〜
出かける気にもならなくて 部屋にいるので 体が冷えておかしくなりそうです。

いつまで続く この夏・・・・

お台場の水泳場 オリンピックで使うらしいけれど
トイレのような臭いだとか。
そりゃ そうだわ・・・
対岸の芝浦水再生場が排水しているみたいだし。
下水と雨水を一緒の流す合流式下水道とかで 今日みたいなゲリラ豪雨で下水処理場の処理能力を上回ると 下水が直接東京湾に流れ込むらしいです。レインボーブリッジの下あたりらしい。
船に乗っていても 決してきれいな水ではなかったです。

誰が 何故 あの場所を会場に決めたのでしょう。

今日は8月15日 終戦の日。

我が家には戦争に行った家族もいないし まわりにも戦死者はいないのですが
今日だけは 黙とうをささげることにしています。

広島 長崎 訪問しました。
広島の原爆資料館も行きました。
長崎は 平和記念公園の平和の像だけでしたが 思わず祈りをささげました。
資料館に行けなかったのが残念です。

遠縁のおじいさんは もう亡くなっていますが
福山の隊にいて 原爆直後 広島に衛生兵として入りました。
その後 原爆症の症状に長い間苦しみました。
しかし 直接の被害者ではないため 認定も受けられず
「なまけもの」「ぐうたら」と言われていました。
だるくて つらくて 働く気力もなかったからです。
それでも 病弱ながら かなりの年まで生きることができたそうです。

8月15日。
昼には 静かに平和への祈りをささげましょう。

台風の被害がひどくなりませんように。。。。。
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posted by うめのはな at 09:16| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2019年08月07日

レントゲン検査の日

家の中から一歩外に出ると サウナのように暑くて 出かけるのをためらいます。
しかし 通院日とあっては でかけざるを得ない。
午後の 一番暑い時間にしかたなく出かけます。
せめて 日傘を・・と させばビル風で抵抗があって さすのをあきらめました。
駐車場のおじさん 暑い中 ご苦労さん 気を付けてね。と
声にだせばいいのにシャイなもので 心の中でつぶやきながら 会釈だけして通り過ぎます。

一旦ビルの中に駆け込み あと少しと 外に出ます。
ほんの300mほどで おおげさなのですが 虚弱の身にはこたえます。

医者は お盆の8日間の休み前とあって めちゃ混みでした。1時間半たっぷり待ちました。

先日からの 心拡大のレントゲン検査の日でした。

結論からいえば よくなる傾向にある。
まだ薬を飲んで 2か月ですので 完全とは言えませんでしたが 多少小さくなっていました。

正面から撮った胸部レントゲンで胸郭と心臓の幅を比較し、これを“心胸郭比”といいますが、50%以上、つまり心臓が胸の大きさの半分以上だと心拡大といわれるのです。
心胸郭比(CTR)はB/Aで求められ、成人では通常50%以上で心拡大と判定されます。

今回は 53%でしたので ひどくはないが もう少し治療しましょうね。くらいです。
前回は 56%。
正常時は 45%でしたので やはり もう少し様子をみましょう なのです。

心拡大は本当に心臓自体が大きくなっている場合以外に、レントゲン撮影の際に十分に息を吸わなかったとき または 本来少量しか存在しない心臓周囲の液体(心のう液)が増加した場合も心胸郭比は大きくなります。
その他の 検査と合わせて 病気かどうかの判断が必要です。

「利尿剤飲むと トイレが近くて出かけられません」
と抵抗しましたが
「出かけるときだけ のまなくていいよー」で
却下されました。
もっとも 出かけないのだけれどね。

ということで いつもの薬を出されて はい 1か月後でした。

体調は以前より ずっと良くて 快調です。
暑いので トドのように 家の中でゴロゴロ寝ているので 体重は減りません。
ラジオ体操だけは もう半年以上かかさず やっていますが
運動はしていません。
家の中で ウォーキングするくらいです。

そもそも 暑くて動きたくないです。
台所で 小一時間火を使い 調理すれば 汗がたれるし かなりの体力を使います。
まぁそんなもので この夏は乗り切ることにしています。

「歩いて 息切れしませんか?」
これは 大丈夫。
「坂道は?」
そりゃ 坂があれば 息切れするだろうけれど 私の行動範囲に坂というものは存在しません。
「家事ではどうですか?」
ああ〜これは するのが いやなだけで 特段息切れすることはないです。
たまに さぼりたいときは 息切れする〜〜〜と 叫びます。
「食欲は?」
あるある。3食きちんと食べます。
快食快便 これだけなら とても健康です。
「睡眠は?」
もう〜よく眠れて 朝までぐっすりです。しかも 昼まで眠くて 昼寝トロトロ・・・。
医者との会話も こんなものです。
2時間待って せいぜい5分です。
どこもみな そんなものなのでしょうね。

たまに長々と愚痴や世間話はじめる 高齢者もいます。
そんなとき 待っていると とてもイライラします。
それで 血圧があがったりもしてね〜

医者も いろいろな人相手にして 大変だなぁと思います。

医者とはできるだけ 縁がないほうがいいのですが
万一のときのことを考えると 近くにかかりつけの医者を持つというのは いいことでしょうね。
私は 年に一度くらい 緊急でお世話になっているので 頭があがりません。。。。

健康が一番です。

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posted by うめのはな at 10:49| Comment(4) | TrackBack(0) | エトセトラ

2019年08月06日

音楽

ちょっと昔のなつかしい歌を思いだして 歌詞を思いだしてみる。
ネットでは たいていすぐ見つけられるのですが その歌詞を書くことはできません。

ブログなどでどう 伝えるか難しいところです。
歌詞がないと説明できないこともあって もどかしいのです。

近年著作権ということが 明確になってきて 特に音楽の場合はかなり厳しいことになっています。
JAS○ACによればウェブサイトに 歌詞の一部だけ記すことも NO!となっています。

ブログサービスの運営者が許諾を得ている場合は除きますが 個人のブログであっても
「一部だけでも歌詞を掲載する場合は著作権者の許諾が必要」となっています。
これは 厳しいですね。
つぶやくこともできそうにありません。

伏字にするとか ちょこっと変えるとかで
書きたいことを伝えるしかありませんね。

「著作権法上の要件を満たす場合は、歌詞の一部を引用することができる」との記載があります。
引用ってのも なかなか判断がつきにくいです。

触らぬ神に なんとかで 個人的にはやめたほうがいいような気がします。
これからは許諾権のあった
ヤフーのブログサービスも 終わってしまうので 歌詞を書くことのできる サイトはすくなくなりそうです。


京都大学の学長さんが入学式でボブディランの歌詞の一部分を引用して式辞を述べました。
この式辞を大学のHPに乗せたところ さっそく 使用料の催促が来たそうです。
なんとまぁ・・・と驚きました。一時話題になりました。
そこまでするか。。。。。


しかし
昔は 友人たちとバンドでライブやったり
コピーバンドがいて 演奏したり 歌ったりかなり自由に 楽しんでいました。

それも ダメなんでしょうね〜
音楽教室の 演奏もダメらしいし もちろん 商店街主催ののど自慢やカラオケ大会も
課金払わないといけないみたいです。

ただ 自治会 町内会 営利目的じゃない無料の催し学校などは いいそうです。
ややこしいです。

昔 流しの歌手が 飲食店で1曲歌って お代をいただくなんてのも もちろんダメですね〜
ライブもお店が契約しているならいいそうですが 路上ライブはどうなんでしょう。

こう考えると もうめんどくさくなります。

私なども 友人とコンサート開いたり ステージで歌ったりしていました。
あのころは いい時代だったなぁ・・・
音楽のコピーからはじまって 自作の曲にあっていくそんな人が多かったです。

昔は ラジオもかなり自由に音楽流していたように思います。
著作権無視の時代でした。

今の若者は どうやって音楽を演奏しているんでしょうか・・・・
著作権にしばられないなら 自作自演でいかなきゃ。。。なんでしょうか。

音楽って 楽しめなきゃ音楽じゃない気がします。

ブログでつぶやくこともできないなんてね〜
いい歌たくさんあるのにねーーー
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posted by うめのはな at 09:10| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2019年08月05日

数学

2〜3日前から ネットで 話題になっている 数式があります。

8 ÷ 2(2+2)=
の答えです。

私は すぐ 1 としましたが
どうやら 16 と 答えが2分しているらしいのです。

たしかに PCなどの電卓で計算すると 答えは 16と出ます。
しかし・・・
ちょっとまってください。
私たちは 計算で( )の中の計算は優先されると 習いましたよね?
ということはこの 計算の答えは
 8を 2(2+2)で割るということですから
8÷8=1
が正解だとおもいます。

ところが 8を先に2で割って そして(2+2)を かけると 答えは 4×4で 16となってしまいます。

世界中で論争になっていて 正解は 1と16 の二つだそうです。

でも〜〜納得いきません。
答えは 1でしょう?

たとえば 8÷ 2A とかけば 明らかでしょうね。A=(2+2)

数学というのは なかなか面白くて 好きでした。

a+b→c

これは 化学反応速度式 。この証明を解いた記憶もなつかしい思い出です。

ところが

a+b=c
となるとabc予想といって 数学上の未解決問題なのです。(論文を査読中だとか)
世の中には 天才がいるから 未解決の問題も いずれ証明できると思います。

せめて 
8 ÷ 2(2+2)=
くらい はっきり させてくださいね。
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2019年08月02日

夕暮れ時

夕暮れ時はさみしくて〜 のような歌もありましたっけ。。。
制限があって正確な歌詞は書けませんが
たしかに 若いころは夕暮れ時はさみしくて〜の感じもしたことがあります。
授業が終わっても 放課後何やかやと 学校に残って楽しくすごしていたので
歌の歌詞のように 恋人がいなくて 寂しいなどという ロマンチックな思い出ではありません。
夕暮れ時は 一人とぼとぼと 家路に向かう そんな感じでした。

でも 今は 夕暮れ時は忙しくて そんな感傷にひたっている時間はないです。
夕暮れ時はバタバタと。。。。
大人になればそんな感じでしょうかね〜

5時になれば仕事が終わって自由な時間が持てるという 楽しい時間の人も多いでしょう。

夕暮れ時の 言い方にも いろいろあって 日暮れともいいますし 黄昏もよく使います。
黄昏は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯です。
「たそがれる」 といいうように動詞化で使われてもいます。
「たそがれた人」というように使用されることもあります。
正しいのかどうかはわかりませんが
さみしそうに思いにふけっていると
「何 たそがれているの?」などといわれることもありますね。


薄暮という言い方があります。
薄暮の時は 車の事故が多いから注意って よく言われました。
日没後の黄昏を指し.日没後の太陽が地平線より6度程度下にある時間帯光の量が十分でない時間帯のこと。
たしかに 運転がしにくい状態です。

夕方の薄暗くなる、昼と夜の移り変わる時刻 すなわち たそがれ時のことを
逢魔時(おうまがとき)、大禍時(おおまがとき)というそうです。
古語なんでしょうが 古くは「暮れ六つ」や「酉の刻」ともいい、現在の18時頃のことらしい。
読んで字の如く、逢魔時は「何やら妖怪、幽霊など怪しいものに出会いそうな時間」、大禍時は「著しく不吉な時間」を表していて、昼間の妖怪が出難い時間から、いよいよ彼らの本領発揮といった時間となることを表すとするとのことです。
逢魔時の風情を描いたものとして、鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』があります。
魑魅魍魎の世界です。

日没直後は宵の口といい
日の入り後は 宵とか宵のうちといいます。

福井では 年寄は夜のことを
「よさり」という 方言を使っていました。
よさり とは 「夜さり」で 古語の 夜になる時分、今夜、夜分。
という意味です。

古語は方言の中に 時々あって
「夜とぎ」という言葉も使われています。
別の意味もあるのですが この場合は
お通夜のことです。

各地には そうやって 古語が方言として残っているから 面白いなと思います。
言葉の研究もなかなか 興味深いものです。

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2019年08月01日

ゴジラ

今日から8月。
湿気が多くて 暑いです。
遠くのビルが かすんでいました。
今夜は 江東花火大会でした。
さきほど 終わったかな・・・
音だけ 聞こえました。
暑くて 外で見る気になりませんでした。

今日 秋葉原駅にゴジラが 出現しました。
akgojir.jpg
本日8月1日から駅構内にオープンした ゴジラショップの宣伝企画の展示だそうです。
akgji.jpg
このゴジラはなんと 実際に映画で使用した 平成版ゴジラ(1984〜1995年)の型から複製した立像模型だとのことです。

ゴジラと言えば 日比谷のゴジラも有名です。
gjl (2).jpg
日比谷シャンテ ゴジラ像

ゴジラって 日本のアイドルかも。
ゴジラと言えば 古くからいろいろな映画がありますが
記憶に新しくて インパクトがあったのは なんと言っても
「シン・ゴジラ」でしょうね〜
新作 期待します~~~♪
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2019年07月31日

配偶者の呼び方

今日の記事をよんでいたら男性が 配偶者をどう呼んでいるかで、その男性へのイメージというのもだいぶ変わるというようなことが書いてありました。

男性配偶者のことを 主人 旦那と呼んだり 女性配偶者を嫁というのは 男尊女卑の流れをくんでいると なにかのリーフレットに書いてありました。

旦那さん 奥さん というのは普通のことのように思えるのですが ・・・

関西では妻を嫁と昔から言うようだし お笑いでも うちの嫁が〜とか 嫁はんが〜とか言っています。
東京では嫁なんていわなかったようですが テレビの影響で東京でも増えてきたかもしれません。
「うちの嫁」と呼ばれたくない人が多いそうです。そりゃ私もいやだわ・・
上から目線だし えらそうだし 何も あんたの家と結婚したわけではない!

大辞林によると
・よめ【嫁・娵】
1.息子と結婚した女性を、親の側からいう語。息子の嫁。

女の家と書いて 嫁ですので 嫁ぎ先の 義父母が 嫁というのは おかしくないですが
男性配偶者が 嫁 というのは おかしいということです。
今は 家に嫁ぐという意識は少なくなりましたしね〜

・おくさん【奥さん】
他人の妻を敬っていう語。「――によろしく」。

今どきの 女性は奥にはいませんし 自分の配偶者を 奥さんというのは やはりおかしなことです。

でも うちの 奥さんが〜とかいいますよねーーー。

・かみさん【上さん】
1.商人・職人などの主婦をいう語。また親しい間柄では、自分の妻をいう場合もある。「魚屋の――」「うちの――」 

「コロンボ」で 「うちのかみさんがねー」って 言っていましたが 配偶者は家の中では「お上」だ。これは女性への敬意をを持って、自分より 上に見ている すぐれているということらしい。謙虚な呼び方なんでしょうね。

・つま【妻】
配偶者である女性。 

自分と対等に見ている人は うちの妻は・・というようないいかたになるそうです。

・かじん【家人】 
同じ家で一緒に生活している人。家族

妻よりももっと フラットな関係。

同じ家で生活をしている人のことですから これっぽっちも上下関係のない言葉だそうです。

・あいかた【相方】
相手。相手方。特に、三味線の伴走者。また、万歳などの相手役。

漫才の相方なら普通なんですが 配偶者のことを 相方なんていうと 違和感を覚えます。
どういう考えで 相方なんていうのでしょう。覚めた感じがしてしまいます。

・パートナー【partner】
1.ダンス・競技などの、二人で一組となるときの相手。
2.仕事などを共同でするときの相手。
3.配偶者。 

特殊な関係の 配偶者なら パートナーなんでしょうけれど
これを 平気で 私のパートナーですなんて 言われると ずっこけてしまいます。

一般的に 女房 という言い方もあります。

もともと 女房は「女官の部屋」という意味で  平安中期以降、女官の部屋の意味から、私室を与えられた高位の女官、貴人邸に仕える上級の侍女をさす言葉です。主人の身辺を世話する係でした。 男性が 女性配偶者を 女房というようになったとか。親しい間柄なら 「うちの女房が」などということはあっても 相手が目上の人の場合は 自分の妻を 女房というのはマナー違反だそうです。
女房って言葉も 男尊女卑の言葉なんですねーー

連れ合いとう言葉もありますが 年配者が使う言葉です。
長年連れ添ったという 感じです。

呼び方なんて個人の自由でどうでも いいんですけれどね・・・

そりゃ 名前で呼び合う夫婦もいれば子供が生まれると お父さん パパと 呼ぶ夫婦もいます。
そのうちカカアとか おい とか あんた とか おまえとか・・・

呼び方には自分の配偶者をどう位置付けているかが透けて見えるそうです。

え〜
では 女性が男性を 呼ぶときは・・・
旦那 主人 夫 あなた あんた ちょっとーーとか 名まえでとか 。。。
あとなんだろう?

できるだけ 使いたくないのは 旦那さん と 主人 かなぁ〜
わたしあんたの 下女じゃないもん!!

そのうち じじいになるかもね〜

「お前百まで、わしゃ九十九まで、共に白髪のはえるまで〜」
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